4. アルルーナ
二人は先程戦闘があった場所から幾つかの階段を下り、十分に移動したが、この校舎は延々と続いているようだった。
途中、幾つかの教室の戸を開けてみたところ、見た目通りの教室だったところも少数あったが、
大半は見た目よりも遥かに広大な異空間が広がっていた。
ジャングルのように樹木が生い茂っている場所もあれば、
氷かクリスタルなのか、透明な鉱物に覆われた洞窟のような場所もあった。
エンジュは興味津々で探検に出ようとしたが、臆病な性質のシュスランは決して踏み込もうとしなかった。
シュスランは、何かしらの目印を見つけようと考えた。
ただただ長い廊下をうろついていては、進んでいるのか戻っているのか、
同じところを右往左往していても分からなそうだった。
シュスランは、教室の表札を見てみた。
こんな場所でも、ご丁寧に教室にはそれぞれクラスがわかるように表札が付いている。
ちょうど目の前にある表札には、「3−3」と書かれている。
その隣の教室は「3−4」。そして更に移動して確認すると、その隣は「3−5」……。
幸い、この教室の並び順に関しては、それなりに常識的に並んでいるようだった。
これならある程度の目印にはなるだろう。
「ねぇエンジュ。ちょっと一番下まで行ってみない?」
シュスランは暇そうにブラブラしているエンジュを促す。
仮に常識的に並んでいるとしたら、
下の階に行けば何らかの法則性があるのではと考えたのだった。
そして一つ下の階に降りてみると、そこの階は「2−11」。
クラス番号こそかなり大きくなっているようだが、学年が一つ下がっている。
シュスランはエンジュに問う。
「つまりこの下は1学年の階。で、更にその下は?」
「0学年?」
「そんなものないでしょ」
正解してほしいというよりは、むしろ予想外の答えを期待していたわけだが。
まあ行ってみれば良い。そのくらいの問いだ。
さっき外から眺めた時は、地面が全く見えない状況だったことを考えると、
もしかしたら果てしなく高い建物なのかもしれない。
例えば、延々と1学年から6学年がループしているかもしれない。
この建物が何階建てかなんて、教室内の異空間を見ればまともに考えるのも馬鹿らしいのかも知れない。
そう思いながら、また一つ階段を降る。
「あれ〜〜?」
先行していたエンジュが声を上げる。
「もう下の階かないよぉ〜」
それを聞いたシュスランも足早に階段を降りる。
確かに、この階段はこの階で終わっていた。
「ふぅん、予想外っていうか…案外あっさりついたわね。一番下に」
建物全体の構造を考えれば、この階段はここで終わっていたとしても、
まだ下に続く階段はある可能性はあるだろう。
階段を降りた足で、そのまま廊下の窓に近寄り、外の景色を確認する。
が、地面らしきものは見当たらない。
「もっと下の方まで見えればいいのだけれど」
「ん〜。さっきみたいにビームで壁壊しちゃえばいいんじゃない?」
「簡単に言うわね…」
ああいう破壊行為を容易く行っていいとも思わないし、何かの騒ぎの元になるかもしれない。
それに、同じことがまたできる気がしなかった。
シュスランはできる気がしなかったし、またあの状態になりたくはないのだけれど、
いざと言うときにあの力を使えないのも困るだろう。
(得体の知れない力…だけど自分の意志で使えるように使えるようにならないと…)
そう一人呟いた。それは表には出さず、
「ちょっとあんたがやってみなさいよ。あたしはさっき力を使って疲れてるの」
適当な理由をつけてエンジュに振ってみる。
エンジュはそれなりにやってみようと思ったのか、壁の前をうろうろする。
コンコンとノックをするように壁の強度を確認すると、2,3発、それほど力はこもっていない様子で壁を殴ってみる。
「ダメみたいです!」
「あっそ」
シュスランはその様子を半目で確認しつつ、その答えを聞き流す。
シュスランは周囲を確認し始めた。
各教室の表札を確認すると、ここは1学年…ではなく、
職員室や保健室などの教室ではない場所がいくつか並んでいるようだった。
もっと先を確認しようとした矢先…。
二人の背後から、何か黒いものが湧き出し、ゾワゾワと音を立て始めた。
「シュスラン! 何か出てきそうだよ…!」
「う、うん」
身構えたエンジュの影にシュスランは隠れつつ、二人はそれを見ていた。
ゾワゾワと影が集まり、身長大まで大きく膨らんだあと、人の形に収束した。
その人の形をしたものが、カツ、カツと踵を鳴らしながら近寄ってきた。
影だったものに光が当たる。
「うちのボンクラ共を随分かわいがってくれたみたいじゃないか。」
大人の女性だ。
体の曲線がしっかり出る形のロングドレス、メリハリのしっかりした妖艶な女性の体型。
ただ、目の白目に当たる部分が黒く、何かしらの異形であろうと感じさせる。
エンジュは率直な気持ちを口にする。
「えっと…どちらさまでしょうか…」
そういうと、その女性の背後から、
大きさが様々なトサカを持ったヒヨコ達が顔を出してきたかと思うと、口々に喋りだした。
「忘れたとは言わせねぇぞ!」
「ぶちのめしてやるピヨ!」
「姉御! やっちまってくだせぇ!」
やいのやいのと騒ぎだす。
それを見たその女性は、苛立ちを隠さずに後ろに控えているヒヨコたちを睨みつけ、
「騒がしいんだよ! 黙ってな!」
「ひっひい! すいやせん! 姉御が怒ったぞ!」
ヒヨコたちはその様子に驚いて、全員蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
一気に閑散とする。
その女性はため息を一つついて、改めてエンジュたちを見やる。
二人は最初に見たときと同様に、警戒を解く様子はないようだ。
その女性は語る。
「あいつらみたいにとって食おうって訳じゃないわ。
うちの子らを返り討ちにした奴がどんなやつかちゃんと見ておこうと思ってね。」
そう言って、二人を品定めするように見る。
礼儀として名乗っておこうかしら、と前置きし、少し考えた様子だ。
「そうね…。私は、アルルーナとでも呼んでもらおうかしら。
貴方達の名は?」
社交性という意味では、大抵の場合シュスランが受け答えしそうな状況だが、
シュスランは警戒して何も喋ろうとしなかったので、
エンジュが代わりに喋る。
「エンジュだよ。後ろにいるのがシュスラン。」
警戒し、端的に自己紹介する。
「貴方達はどこから来たのかしら?」
「…わからない。さっき気がついたばかりだし。」
「さっき気がついた、ね」
エンジュは警戒はしていたが、ウソを付くようなつもりもなかった。
その答えに、アルルーナは何か思うところがあると言った様子だ。
「こっちも聞いていい?」
アルルーナは、どうぞと手の仕草で応える。
「お姉さん、黒い翼をもつ人を知ってる?」
「黒い翼。
何人かは心当たりはあるけど、この辺りにはいそうにないわね。
その人がどうかしたのかしら?」
「エンジュが起きたときに、声のおじさんが、その人を探せって。」
「声のおじさん?」
「うん。声だけ聞こえてきて…。その人が道を導くだろうって」
「姿は見てないの?」
「うん。そうだよ。」
「……」
アルルーナは再び何か思考を巡らせたようだった。
「うちの子分たちが、あんな可愛い姿になったのに何か関係ありそうね。」
「……あ。確かに…。」
エンジュは完全に頭から抜けていたが、謎の生命体がヒヨコになったのは、その声の主の影響のようだった。
そして、その変化があってから、声は聞こえなくなった。
アルルーナは、お陰で私がこういう姿になるのに、楽に变化できて楽なんだけど、と軽くボヤきつつ続けて話す。
「その黒い翼の者とは直接関係ないかもしれないけど、
あっちの方で、あんたたちと同じような服装で、倒れてる人がいるって、報告があったわ。」
そう行って、アルルーナは自分の背後を指差す。
「貴方がさっき目覚めたというなら、貴方達と何か関係があるのではなくて?」
エンジュは素直に、なるほど、と頷く。
「ここをまっすぐ行けば外に出られるわ。
そこから道なりに行けば陸上競技場。そこにいたらしいわ。」
「うん。そっちに行ってみるね! ありがとう!
お姉さんいい人だね!」
エンジュは一転していつもの調子でお礼を言ったあと、
さっさとシュスランの手を引っ張って、すぐに動き出す。
「ちょっ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
シュスランは引っ張られながらも、アルルーナに会釈してその場をあとにしようとする。
アルルーナは聞こえるように少し大きな声で言う。
「私はそこの園芸室にいるわ。何か見つけたら教えなさい。」
「うん! わかったよー!」
エンジュは遠くから叫んで返事をする。
全く子供というのはセッカチだ。
アルルーナは、あっという間に駆けて行った二人の後ろ姿を見送ると、一人呟いた。
「いい人、ね。
さて…、どうかしら。」
アルルーナは人型を解いて、音もなく闇に溶けた。




