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96 後始末は豪快に

 犀人族の懸念を取り払った後、リード公爵に付き従うことに同意しなかった人たちの生活基盤を確固たるものにするため、アランは再びジャヌレに命じてメヌラ国王との面会をセッティングさせた。


「かしこまりました。して、此度はどういう用件を匂わせればよろしゅうございましょうか」


「あぁ、そうか。相手は国王だもんね。そう頻繁に通うってわけにもいかないか」


「いえ、お館様のご身分であれば、突然の訪いも可能でございましょうが、何かしらの用件を匂わせておくことで交渉がスムーズに進むという事もございましょう」


「ふむ。なるほどねぇ。腹芸ってやつだね」


「お言葉に多少の難はございますが、とりあえずはそのようなことでございます」


「じゃぁね、犀人族達から巻き上げた税の不正蓄財の返還って辺りでどうかな」


「貴族個人の罪を王室に肩代わりさせよと」


「ま、ヤツは王都の行政長官だったし、まるで関係ないとは言えないんじゃないかな」


「かしこまりました。しかし、落としどころはこのジャヌレに一任していただけましょうか」


「分かった。とりあえず、取れる分だけでもいいからね」


「御意」


 そう指示した後、今度はジャヌレに変わってアランの傍に侍る執事のコレットに、ジャスミンとカスミドールを呼ばせた。


 既に犀人族の精鋭たちは、アランに従うと決めた時点でリード公爵の馬車団を遠巻きに護衛するような格好で駐屯していた。


 メヌラ国民、とりわけメヌレシアの市民はそれを恐る恐ると言った目で見ていたが、犀人族の蜂起にしては一向に行動を起こす気配がないことを察して、徐々に警戒の度合いを下げていた。


 虎人族の間でも、個人的な争いになれば体格的にもほぼ互角の犀人族とはなるべく事を構えない方が良いという認識が一般的だったので、自分達が犀人族を迫害してきたという自覚はまるでなかったし、事実その通りだったのだが、これだけの数の猛者が一か所に集まって駐屯していることにはかなり不穏な空気を感じ取らざるを得ない部分があった。


 公爵の呼び出しに何事かと駆け付けたジャスミンとカスミドールは、アランという人間の底知れない配慮に、更に感銘を深く受けてしまった。


「ボクに従うと決めた以外の犀人族の生活について聞きたいんだけど、誰か代表者はいるのかな」


「いえ、特に誰をと決めている訳ではありませんが、それで混乱が起きている様子も無いですから…」


 ジャスミンがおずおずとそう答えると、さらにそれを補足するようにカスミドールが口を開いた。


「これまではジャスミン様を戴くことで皆の意志を統一していましたが、既にジャスミン様が公爵閣下に従うと決められた以上、それに異を唱える者はおりません」


「2人の気持ちは嬉しいんだけどね、ボクが勝手に犀人族の精鋭を引き抜いて行くことになるわけだから、後始末はちゃんとしとかないとね」


「しかし、我々には既に糧を得る術が有りますし、メヌラの国民との間にも軋轢は有りませんから、それでこの地での生活を奪われるということはないでしょう」


「でもね、今回のバカな貴族の例もあるし、この先もそういうヤツが現れないとも限らないからね。念には念を入れておきたいんだ」


「それほどまでに我々の為を思っていただけるとは、正直考えてもいませんでした」


「それで、ジャスミンが抜けた後の代表者にも会っておけたら良いかなって」


「では、早急に代表者となるべき者を選んでこの場に呼びましょう」


 ジャスミンとカスミドールがアランの前を辞したとほぼ同時に、ジャヌレが馬車の用意が出来たと報告して来た。


「早! 仕事早!」


 驚く間もないうちにアランは馬車に乗せられて再びメヌラ王宮へと出発した。


 今度は事務的な交渉が多いこともあって、ジャヌレを同席させることに決めていたアランは、


「大筋だけはボクが決めるから、細かいことは任せるよ」


 と言ってジャヌレに丸投げを決め込んだ。














 王宮の正面玄関に止まった馬車から降りると、アランとジャヌレは勝手を知った我が家の様に歩き始めたので、先導役の王宮執事が慌てて先頭に立った。


 謁見の間ではこれまた前回同様、メヌラ28世が顔色を悪くしたまま今度はどんな難題を吹っ掛けられるかと怯えていた。


 居並ぶ廷臣や貴族たちの顔ぶれが、前回と様変わりしていることに気付くはずも無く、アランは扉が開けられるのを待ちかねていたように謁見の間へと踏み出した。


 1歩後ろには影のように従うジャヌレの姿があったが、それが前回の面会をセッティングした張本人だと分かったメヌラの宰相は、胃の辺りを押さえて軽く呻き声を上げた。


 前回同様玉座から立ち上がり、1歩踏み出してアランを出迎えたメヌラ28世は、アランが座に着くと憂鬱そうな顔を隠しもせずに自分も玉座に着いた。


「今回は慌ただしいご訪問ですね、閣下」


「色々とお忙しいのは重々承知しておりますが、この地を去る前に懸案事項を解決しておきたいと思いましてね」


「ほぉ、今度はどちらに向かわれるご予定でしょうかな」


 リード公爵の一行がこの地を去ると聞いて、一気に気分が晴れやかになった国王は、軽口の1つも叩きたくなるほどに嬉しさが込み上げて来た。


「今度はシャーメシルでの用事を済ませるつもりです」


「そうですか、公爵殿は顔が広くていらっしゃるからあちこちから引く手数多なことでしょうな」


「いやいや、それほどでもありませんよ」


「それで、今日は旅立ちのご挨拶だけにおいでになったのでしょうか」


「まさか」


 そこで、アランがいつもの如くカルアの言う悪い顔になって言葉を口にし始めた。


「犀人族の件なんですが」


「はぁ」


「なんとかいう伯爵が掠め取った彼らの財産の返還の交渉に伺ったわけですよ」


 メヌラ28世はそれを聞いた途端、先ほどの浮遊感にも似た喜びから一転、奈落の底に突き落とされるが如くに気分が沈みこんだ。


 やっぱり、只の挨拶だけでこの公爵が来るわけがないとは思っていたんだ・・・・・・。


 国王の心の叫びは、しかし表に出るはずも無くアランに先を促した。


「王都の行政長官が犀人族達の利益を巻き上げていたことはご存知ですね、陛下」


「もちろん、存じておりますとも」


「では、彼の伯爵の資産を取り崩して犀人族達に返還する手続きをお許しいただけますか」


「いや、しかし、どれほどの額を返せば良いものか、当方としても軽々にはご返答できかねますが」


「ほぉ、ならば本日伴いましたこのジャヌレに一任して頂ければ話が早いでしょう」


「ジャヌレというのですか、公爵殿の近侍は」


「えぇ、抜きんでた才は無いかもしれませんが、仕事を任せるには十分な資質を有しておりましてね」


「それは心強いことでしょうな」


「お褒めの言葉として受け取っておきましょう」


「しかし、額の特定にはやはり相当な時間が必要かと」


「先ほども申し上げましたが、我々は次の地へと出発するつもりでしてね」


「それは存じておりますが」


「我々の足を止めると仰いますか、陛下」


 自分の言った言葉の内容に気付いた国王は、顔を青くして懸命にそれを否定した。


「とんでもない! 公爵殿の行動を制限するなどもってのほかのこと」


「ならば、どういたしましょう」


「うーむ」


「額の算出には時間が掛かる。我々の足を止めるわけにもいかない」


「・・・・・」


「となれば、王室の予算で肩代わりをお願いするのが良いですか」


「!!!!」


「ははは、これは素晴らしいアイデアではないですか、陛下」


「いや、そればかりは・・・」


「これもダメだとおっしゃる…」


「いや、ダメだとは申しませんが・・・。ちなみに公爵殿には犀人族への補償額を如何程とお考えでいらっしゃるのでしょうな」


「ふむ、総勢1万人に近い犀人族が総出で行う花卉栽培の売り上げの半額を徴収していたらしいですからね、おそらくこれまでの総額では1.000.000リュアンはくだらないのではないかと」


「ひゃ、1.000.000リュアンですと!」


「えぇ、それだけの不正徴収・不正蓄財をしてきたのですよ、かの廃人伯爵は」


「しかし、それを王室予算で肩代わりするなど…」


「出来ませんか?」


「いや、その・・・・・」


「ふむ、いや・・・・・。しかし、それは・・・・・・・・・・、いやいや・・・・、はっはっはっはっは!」


 突然哄笑を始めたリード公爵に驚きの目を向けた国王は、続いて出たアランの言葉を聞くに至って心を完全にへし折られてしまった。


「どうなさいましたのか、公爵殿…」


「いや、いつの日か国王陛下が涎を流しながら王宮玄関に座っていなければ良いなと思ったまでの事。いやいや、ご失念あれ」


 そこから先、メヌラ28世はアランの主張に抗う素振りさえ見せることなくスムーズに交渉が進んで、カラサイテル伯爵の有する財産は総てリード公爵の管理下に置かれることで合意がなされた。















 カラサイテル伯爵の資産は、裏帳簿の額まで含めると2.800.000リュアンの現金と邸の土地・建物のほか、邸内に飾られていた美術品、私兵の装備等で構成されていた。


 邸などの土地建物は領地にあったものも含めて王室に買い取りを承諾・・させて4.800.000リュアンを捻出し、美術品についてはカスマンドからスヘルデン商会の経営陣を呼び出して鑑定に当たらせた。


 流石に小国とはいえ代々伯爵家を世襲して来た家柄だけあって、その鑑定額はかなりのものになったが、それらすべてをスヘルデン商会とアスワン商会に買い取らせて2.200.000リュアンの現金に換えた。


 また、私兵の装備一式は手数料としてアランが接収して犀人族に下賜した。


 そうして得た10.000.000リュアンにも上る多額の現金は、メヌラ国内の犀人族に200.000リュアンを返還した残りのうち、5.000.000リュアンをチャーバントの国家予算に組み入れることで当面の財政難の打開策とし、残る4.800.000リュアンのうち3.500.000リュアンをケスガイゼの復興支援として有償貸与した。


 このことは瞬く間に獣人族のエリアだけでなく普く世界総てに知れ渡り、また1つリード公爵の偉業という形で人口に膾炙していった。


 ただ、正確には1.300.000リュアンの行方が不明になっていたのだが、それを指摘出来る者は誰もおらず、事は有耶無耶になってしまった。















 メヌラ国王との面会から10日後、改めてジャスミンとカスミドールを呼び出したアランは、後顧の憂いを無くしていつでも旅立てる用意をした2人に2000人の犀人族の処遇について申し渡した。


「犀人族の精鋭を2000人も配下に出来たのはいいんだけど、そういつもいつも争い事があるとは思っていないし、2人もそう思うでしょ」


「えぇ、そうですね。獣人族の国々で公爵様に手出しをしようと思うほど馬鹿な国王はいないでしょうし、これから先訪れる国々でもそう状況は変わらないと思います」


 ジャスミンが正直なところを口にすると、後ろに控えているカスミドールも然りとばかりに首肯して見せた。


「それでね、みんなには軍隊のような装備一式を下賜しようとは思うんだけど、常にそれを着けて歩くと行軍みたいに思われて、どこで戦争を仕掛けられるか分からないからさ、普段は身に着けないで各自の持ち物として保管しておいてもらってほしいんだ」


「ですが、そうなると凄い数の馬車が必要になりますよ、それに馬も」


「それはこれから買い付けるからいいとして・・・」


「良くないですよ、いくらかかると思っていらっしゃるんですか、公爵様」


 ジャスミンは少女だとは思えない経済感覚を発揮してアランに諌言した。


「もしかして、お金の心配をしてるの、ジャスミンは」


「もちろんですよ。だって、2000人分の装備一式と彼らが乗るための馬車と荷物を運搬するための荷馬車、それに使う馬だって半端な数じゃないでしょ。


「うん・・・、とりあえず、兵装で行軍できるだけの馬車が200台と輜重用の荷馬車が300台あればいいかな。それと、馬が2000頭・・・。換え馬も必要か、なら3000頭」


 ニコリと微笑みながら常識外れのことを言いだすアランに、ジャスミンは呆れ果てて言った。


「それだけの物を用意しようと思ったら、どれだけの資金が必要だと思っていらっしゃるんですか」


「さて、軍用馬車が200台で10.000リュアン、荷馬車が300台でこれも10.000リュアン、馬がウーサ種だと仮定して3000頭で100.000リュアンってところかな」


「今仰った馬と馬車だけで120.000リュアンもかかるんですよ、何処にそんなお金が…」


「ボクを誰だと思ってるんだい、ジャスミン」


「そうでした。失礼しましたリード公爵様」


「じゃ、とりあえず馬と馬車の手配だけでもしとこうか」


 そう言うと、アランはコニーとリリックを呼び出して手紙を持たせると、それぞれカスマンドとロマンダリアへとケームを飛ばした。


「最初のうちは徒歩で申し訳ないけど、犀人族のみんなにはボクたちの馬車に付いて来るように言ってくれるかな」


 ジャスミンとカスミドールは揃って犀人族の方へと駆け出そうとしたが、アランは慌ててジャスミンを呼び戻した。


「ジャスミンは王家の血を受け継いだお姫様なんだから、馬車に乗りなさい」


「だって、カスミドールたちだけを歩かせるのは可哀想だし」


「みんなに主として認識されている以上、配下の者と同じことをしていちゃいけないんだよ、ジャスミン」


「そうなんですか」


「カスミドールに聞いてごらん、ジャスミンは歩いた方が良いか馬車に乗った方が良いか」


 ジャスミンが振り返って尋ねようと言葉を口に出す前に、カスミドールの答えが返って来た。


「公爵様、ジャスミン様をお願いします」


「ね、分かったかい、ジャスミン」














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