95 処罰
メヌラ王宮は、過去に砦として建てられた簡素な城に手を加えて成り立っていた。
その関係で、城内の各所へ通じる道は隘路が多く、城内に詳しい者の先導が無ければ1人で歩き回ることは出来なかった。
王宮の謁見の間では現国王メヌラ28世が玉座に着き、リード公爵の到着を戦々兢々の思いで待っていた。
リード公爵からの申し出を届けて来た執事は、人族の公爵にしては珍しく獣人族の男であったが、それ以上に国王の興味を惹いたのはその執事が公爵によって1日で滅ぼされたと噂されるチャーバント人だったことだった。
何の理由が有ってチャーバント人の執事を召し使っているのか分からなかったものの、その執事の物腰は洗練されていて、交渉に当たっての物言いでは決してこちらに言質を取らせるような不手際を見せなかった。
主が当代随一の実力者であることから鑑みても、この執事の実力は相当なものであろうとは簡単に推測できたが、彼はメヌラ側の予想をはるかに超えて優秀だった。
いつの間にか謁見が面会という形にすり替えられていた。
家臣たちの中には、我が国王に対するに他国の公爵如きが面会を要求するなど不敬千万と気色ばむ者も居たが、それが猿人族の国ガナーツや鹿人族の国デンシュラーの貴族ならともかく、相手はケスガイゼの筆頭公爵である。
メヌラ28世にはそれを覆すだけの権威も実力も無かった。
家臣のうちでも不敬だと騒いでいる者達は、恐らくケスガイゼ筆頭公爵という身分の意味を知らないのだろうという事は簡単に推測できたし、それが今後の家臣たちを掌握していく過程での試金石に成り得る可能性に思い至ったメヌラ国王は、却って物事の判断に難のある家臣を炙りだすことに成功したことを喜んでいた。
そして、その時はやって来た。
アラン・シュネーデルン・トロイジャール・リード公爵は、華美な装いをせず普段着と何ら変わらない服装で謁見の間へと入って来た。
国際儀礼上立ち上がって迎え入れなければならないことはいくら凡庸な王であるメヌラ28世とて知っていたから、その通りに席を立ち一歩前に踏み出してリード筆頭公爵を迎えた。
居並ぶ家臣たちの中にはその事に眉を顰める者が多かったが、その人物の名を記録せよと命じていた執事たちによって、彼らの今後の出世の芽は摘み取られて行った。
玉座と対面するように配されたアランの座も、これまた国際儀礼に則って国王が使用するに相応しい格式のものを用意していたので、メヌラ28世は形式通りにリード筆頭公爵が着座した後から玉座に着いた。
簡単な挨拶を互いに交わした後、アランはズバリと本題に切り込んで行った。
「陛下御自身が与しておられるとは思いたくありませんが、貴国では奴隷を容認する風潮が散見されますね。このことについては如何お考えでしょうか」
メヌラ28世は、初めのうちは季節の移ろいや流行りの装いなどについての一般的な外交辞令から会見が始まるものだと思い込んでいたので、アランの容赦ない一言に度肝を抜かれて答えに窮してしまった。
「それは、どういうご趣旨の発言と受け取ればよいのか、些か当惑しております」
漸うの事でそれだけを口にした国王は、それに対するリード筆頭公爵の発言を耳にして目の前が真っ暗になってしまった。
「実は私の家臣が、貴国の王都メヌラシアの行政長官カラサイテル伯爵を名乗る者の手の者に拐されそうになりましてね」
「そ、それで・・・」
メヌラ国王は口の中の水分が一気に蒸発してしまったように、舌が上顎に張り付いてしまった。
「なんとか部下の手でそれは阻止できましたが、今度は昨夜同じ手の者に襲撃を受けました」
それは、メヌラにとって最も避けねばならない行為であった。
リード公爵の保有する純粋な戦力は、獣人族一の規模を誇るロマンダリアの戦力を以ってしても到底太刀打ちできないほどの規模である。
それに対してメヌラの貴族が牙を剥いたとあっては、すでに国運が尽きたどころの話ではなかった。
その気になれば今からでもこの国を亡ぼせる力を持つ人物に不快感を露わにされて、国王は進退が極まってしまった。
「そ、それで…」
なんとか声を絞り出して返事を返そうと努力したものの、国王の口から出た言葉はそれだけだった。
「えぇ、この場にカラサイテル伯爵が居られるならば、釈明を聞きたいと思っています」
国王は居並ぶ家臣たちを順に見て行ったが、この場に居なければいけない筈の、当の本人の姿は何処にも見えなかった。
その事を感じ取ったアランは、意地悪く問いかけた。
「おや、王都の行政長官ともあろう重職の担当者がこの場に不在とは、私の沽券に関わりますね」
「いえ、そんなことは決して…」
「では、この件に関しては私に一任していただけますか」
「え、えぇ、もちろん。そのような不心得者が我が国の要職に就いているはずもないですから、存分に調査して下さって結構です」
「お心遣い感謝申し上げます、陛下」
「お気になさらず」
「しかし、調査の結果カラサイテル伯爵に嫌疑が及んだ場合はどういたしましょう」
「・・・・・・・」
「それもこちらに一任していただけると有り難いのですが」
「処罰は閣下ご自身の手で下されると」
「もちろん、何の関係も無かった場合は陛下と伯爵にはお詫びいたしましょう」
「・・・・・・」
「しかし、調査の結果関与が明らかになった場合には、一切の容赦はしないつもりです」
「は・・・・」
「あぁ、それと」
まだ話があるのかと気が遠くなりそうになりながらも、国王はアランに話を促すべく頷いて見せた。
「貴国に滞在する犀人族への迫害も見逃せるものではありません」
「犀・・・人族・・・?」
「えぇ、花を作って生業としている亡国の民です」
「あぁ、そのことであれば、彼らには自由に商いを許していますし、特段の税も掛けてはいない筈」
「ついこの前までは、ね」
「えっ!」
「この件に関してもカラサイテル伯爵を名乗る者が関わっているようでして」
「あの・・・、カラサイテル伯爵を御存じでいらっしゃるのか、閣下は」
「いえ、面識等ございませんし、その名を聞いたのも昨日が初めてでした」
「では何故それほどまでに特定の貴族、しかも王都の行政長官の名を持ち出されるのか理解に苦しみますが」
「私としても、部下が被害を受けていなければこれほどまでに執着するほどの者とは思えません」
「閣下のご家臣に危害が及んだと?」
「今、そう申し上げませんでしたか」
「・・・・・・・・・」
「では、この件に関しても私に一任していただくという事でよろしいですね」
「・・・・・・はい」
会見を終えると、アランはすぐに馬車を待たせてある王宮正面に出て来た。
テムジンはアランの姿を認めると御者台から飛び降りて扉を開き、アランが座るのを確認するなり扉を閉めた。
その後は一気にリード公爵の配下が待つ王宮前の広場へと馬車を走らせた。
車内ではジャヌレに会見の経緯を話して向後の対応を一任することにしたが、その後アランはそのまま口を閉ざしたきり、以後車内では一言も口を利くことは無かった。
カラサイテル伯爵が執務を取る王都の行政庁では、この日朝から伯爵の裁可を求める職員の行列が出来ていた。
そこに並んだ職員の列は一向に前に進むことが無く、午後に至って長官室のあるフロアから階段を経て、階下にまで及んでいた。
行政長官としてのカラサイテル伯爵は、特に有能ではなかったがまるで使い物にならないほどのバカでもなかった。
毎日定時に登庁して適当に執務をこなし、空いた時間には秘書と称して長官室に勤務させている女性を執務室奥の休憩所へと連れ込むことも仕事のうちであった。
いつものように出勤してきた秘書の女性は、その日いつになっても登庁してこないカラサイテル伯爵のことを不審に思っていたが、行政関係の仕事などからきし分からない彼女は、裁可の印を待つ行列がどれだけ長くなろうと一向に気にしていなかった。
ただ、定時になったので帰宅の準備をして長官室の扉を開けた時、そこにいた職員たちに睨みつけられたことを不快に思った彼女が、二度とこんなところに来るものかと憤慨して足音高く階段を下りて行ったのを最後に、その後長官室の扉が開くことは無かった。
その夜、アラン一行が昨夜襲撃を受けたと思しき時間になって、カラサイテル伯爵の屋敷では緊張の糸が切れたかのように雰囲気が弛緩していた。
刺客として送り出したはずの30名にも及ぶ裏仕事のスペシャリスト達が、ただの1人も帰って来なかったことに恐怖していたカラサイテル伯爵もまた、緊張の糸が切れてソファで居眠りをしていた。
敷地内に放してある犬たちが何かに怯えたように尻尾を丸めて、屋敷の庭の奥に逃げ込んだのを確認した影は、一気に塀を飛び越えると屋敷の窓に取り付いて器用に外から窓を開くと、部屋の中へと体を滑り込ませていった。
伯爵の書斎に辿り着いた影は、そのまま室内に侵入した後探し物をしていたが、目当ての物を見つけてそれらの書類を持って来た袋に詰めると、今度は踵を返してカラサイテル伯爵の眠るソファが置かれた居間へと侵入した。
緊張の疲れから熟睡している伯爵の体を肩に担ぎあげた影は、そのまま居間の窓から外へ出ると、待たせてあったケームに跨って一気に空高く舞い上がり、すぐに見えなくなった。
翌日の朝、伯爵の為の朝食を用意して居間へと運んできたメイドが、伯爵の姿が見えないことに気付いて探していると、書斎のドアが何者かに開放されたままになっていることに気付いた執事の声を聞きつけた。
急いで書斎に向かうと、一番の古手の執事が顔を真っ青にして何かを探していたが、どうしてもそれが見当たらないようで舌打ちを繰り返し、あまつさえ伯爵のことを罵る言葉を立て続けに吐き捨てる処を見るに及んで、恐ろしくなって逃げ出した。
毎晩夜になると庭に放されているはずの犬たちの姿が見えない事を不思議に思った庭師の目は、一回り庭を巡って最奥にある石垣の下で泡を吹いたまま事切れている哀れな生き物たちの姿を捉えていた。
その後、屋敷に奉公する者達全員による捜索も空しく、伯爵の姿は神隠しにあったかのように忽然と消え果ていることだけが確認された。
なお、この場であったことはきっと誰にも話すなと固く念を押されていたにも拘らず、買い物に出たメイドの1人がタカジルの誘導尋問に引っかかって洗い浚い喋ってしまったことで、王都の行政長官失踪の噂は一気にメヌラ国内を駆け巡って行った。
2日後、王宮の正面玄関に涎を垂らして虚ろな目をしたカラサイテル伯爵の姿が出現した。
伯爵は既に正気を失っていたが、首から下げられた袋の中には彼自身によって計画され実行に移された不正の証拠が詰まっていた。
事の次第を聞かされたメヌラ28世は、竜の逆鱗に触れた哀れな貴族を処刑することを認め、以後この一件に触れることを許さないという勅令を発して、強制的に事件を終了させてしまった。




