97 魔法の馬車
16台の馬車を連ね、その後に続く2000人の屈強な男たちがメヌラの王宮を見渡す広場から移動を開始した。
それはまさしく壮観というに相応しい眺めであった。
一部にまだ犀人族の兵装が整っていないところもあったが、それを補って余りある迫力は、見送る人々にある種の感動さえも与えた。
広場を抜けて猿人族の国ガナーツへと続く街道に入った辺りで、一行を待ち受ける犀人族の一群が目に留まった。
「犀人族の方々が集まっていらっしゃいます」
御者席からテムジンにそう告げられたアランは、新しいリーダーが挨拶に来たのかと推測していたが、どうやらそれだけでは済みそうもない様子であった。
犀人族の一団は、見送りの挨拶だというにしてはかなり人数が多く、とりわけ若い女性が多く見られた。
「これは何事でしょう」
カスマンドに使いに出ているメイド長のコニーに代ってアランの馬車に詰めているメイドのサラがそう呟いた。
それは一握りの犀人族の男性と、アランに従う精鋭に匹敵するほどの数の若い女性たちだった。
女性たちは皆、普段着ではなく、かといって一張羅という訳でもなく、厚い布地の汚れや傷みに強そうな、強いて言えば旅装と呼べそうな衣装を身に纏っていた。
犀人族の集団が待つところに至った一行は、必然的に見送りと挨拶を受けるために停止し、馬車からはアランやカルアを筆頭に主だった面々が降りて来た。
最後尾の馬車の更に後ろから駆け寄って来たカスミドールが、アランとカルア、そしてジャスミンを見つけて近寄り様に片膝をついて臣下の礼を執ってから徐に立ち上がり、見送りに集まった中から新しい犀人族の代表である壮年の男を紹介した。
「これがこの度我ら犀人族のグループの長となるカサンデリンガと申します。公爵閣下にはお見知りおき下されば幸いに存じます」
紹介を受けたアランは、カサンデリンガと呼ばれた男に向かって言葉をかけた。
「勝手に壮丁を連れて行くことを申し訳なく思います」
「もったいないお言葉を頂戴して、我ら一同歓喜に堪えません。ですが、公爵閣下に同行すると決めたのも我ら犀人族ですから、ご懸念には及びません」
「それにしても、凄い数ですね、皆さん」
「その事ですが、公爵閣下にお願いがございましてここに一同でお待ち申し上げておりました」
「お願い・・・ですか?」
「はい。我ら一同で考えましたこと故、閣下にはご不快に感じられるやも知れませんが、一通り我らの考えをお聞き下さい」
「それは構いませんが」
「壮丁2000人を旅立たせるに当たっては、我らとて何の支障も無い訳ではございません」
「それは分かります」
「そこで、ジャスミン様と共に行く壮丁に女どもを付けてやれば、何処か希望の土地に出会った時にそこを我らの居場所とすることも出来るのではないかと愚考いたしました」
「なるほど、お気持ちは分かります」
「更に、女どもを付けることによって、これから先、世代が代っても公爵様にお仕えすることが出来ましょう」
「という事は、彼女たちは彼らの花嫁候補ということですか」
「花嫁というお言葉の意味は分かりかねますが、子を為すためには女が要りましょう」
「それで、彼女たちには意思の確認はとれているのでしょうか」
「もちろんでございますとも。それに、これは我々犀人族にとっても一つの方途でございます」
「なるほど」
「公爵閣下のご存念に便乗するような形になることは申し訳なく思いますが、これらの者達は公爵様の手足としてお使いいただくことで、万一使い潰されるようなことになったとしてもそれもまた運命かと」
「そういう事態になることだけは避けたいとは思っていますが…」
「それに、この者達は自らの手で食い扶持くらいは得られるように教えられておりますので、そういう面でもお気遣いなきようにと存じます」
「いやいや、何人増えたところでみんなの食料や必需品はこちらで用意しますよ」
「これは重ね重ね有り難いお申し出でございます」
新しい犀人族のリーダー、カサンデリンガとの挨拶を終えたアランは、自らの一行に新たに加わることになった犀人族の女性たちに向き直った。
「皆さんは犀人族だから体力的には問題ないかと思いますが、もしこの先辛いと思ったら我慢せずに必ず申し出て下さい」
これまで、貴族にそういう気遣いをされたことの無い女性たちは、皆一様に驚いた顔をしていた。
「1人が我慢をしてしまうと、それがみんなに波及してしまいます。いざという時に力を出してもらう為にも、それがボクに仕える者の心構えだと思ってください」
女性たちは、驚きの表情から次第に微笑に変わり、更に涙を浮かべてアランの心遣いを受け入れた。
「では、我々はここでお見送り致します。くれぐれもこの者達を思う存分お使いいただくようお願い申し上げます」
「わかりました。では」
アラン一行は、これで4000人を超える大集団となった。
既に世界を見て回るには規模が大きくなりすぎた感があるものの、行く先々で待ち受ける様々な事柄に対応するためには、数もまた力と考えることができた。
犀人族の女性たちのことはカスミドールに任せて、アラン達はまた馬車に乗り込んだ。
猿人族の国ガナーツはメヌラと鳥人族の国ハシマスレに挟まれた小さな国である。
総人口が50万人ほどの、大国であれば一つの街ほどの大きさの国であった。
ガナーツで特筆すべきは、養蚕であった。
蚕の繭から取れる絹を使った製品はこの世界に普く知れ渡っており、それを販売するための組織が充実していて、世界に向けて大きく活躍していた。
そして、ここでもアスワン商会はかなり大きな店を構えており、あれこれと揃えなければならない物品を調達するためには、かなり都合が良い国でもあった。
一気に人数が増えたアランの一行では、これまで考えられなかった程に食料の補充が必要となった。
まだ荷馬車の調達が出来ていない現状では、各自が携帯する食糧に頼らざるを得ないので、毎日の食事も自然と質素なメニューになっていた。
犀人族からは、自分達に配慮することなくこれまで通りに食事を取って下さいという要請が何度も来ていたが、アランとしてはこれまでもそう豪華な食事を毎度毎度取っていたわけではなかったから、犀人族の目には自分の食事がそんなに貧相に映っているのかと、かなりショックを受けていた。
そこで、ガナーツの市場に全員で買出しに行くことをアランは命じた。
絹製品の製造で潤うガナーツは、近隣の小国群の中では随一を誇る品を揃えた市場があった。
通常、6日に1度とか10日に1度とかの割合でしか開かれないバザールなどと違い、ガナーツの商人は毎日店を出して商売に励んでいた。
事典でその情報を知っていたアランは、ここぞとばかりに皆を使って人海戦術を駆使した物資の調達を目論んだのだ。
1人1人が食料を買い出すよりも犀人族を除く全員で市場を買い占める方が結果的に値段交渉の点で有利になると判断した結果、アランと4班のメンバーを見張りに残して、カルアを先頭に執事までもが買出しに狩り出されて行った。
ただ、このまま進めばロマンダリアに入れるから、そこでそれなりに装備の調達も可能になって行程も楽になるだろうと目論んでいるのだが、実は2000人を運ぶ馬車とそれに対応する輜重用の馬車しか手配していないことを、アランはしっかり失念していた。
ロマンダリアへ先行させたリリックは、装備の調達を暁の花園の総統スネーデン・シャロワックに要請して既にアラン一行の元へ帰って来ていた。
また、カスマンドに派遣したコニーもタランテロード公爵やデイマークス辺境伯に加え、アスワン商会やスヘルデン商会、果ては王宮までも巻き込んで装備の調達の目途を付けて戻って来ていた。
ここに来て当初の予想から更に2000人の大幅な随行人員の増加に対応するために、アランは遠慮なくロマンダリア王室も巻き込むつもりだった。
初めに想定していた200台の乗用馬車と300台の輜重用馬車ではまるきり足りないのは明らかなので、この際乗用馬車を500台、輜重用馬車を1000台に増やしたうえ、馬も8000頭を用意しようと思っていた。
ただ、実際問題としては、1500台の馬車に8000頭の馬、総勢4000人を超える随員をどうやって意のままに移動させるかという手立てについてはまるで考えていなかった。
自分が持っているチートの1つ、こちらの言葉で言うところの空間鞄のような機能を持った荷馬車が有れば、とりあえず馬車の数と馬の数は大幅に減らせるのに、などと取り留めの無いことを考えながら、物は試しとショルダーバッグに手を突っ込んで心の中で様々な機能をくっ付けた馬車を想像していると、何かが手に当たる感覚があった。
まさかなぁ、などと思いながらそれを引っ張り出してみると、どう見ても一枚の布にしか見えない代物だった。
なんだこれは。
やっぱりボクのチートにも限界があったんだなとぼやきながらも、それを広げる為に4班のメンバーを呼んだ。
「これ、何に見える?」
問いかけられたゲルジンが困った顔になって、
「馬車の幌といったところですか」
と答えたのを聞いて、アランは何か閃くものがあったようで、さっそくそれを荷馬車に被せてみるように指示した。
そろそろ幌に亀裂が入りそうな馬車を曳き出して来て、傷んだ幌を取り去ると、アランが出して来た幌をそれに代わって被せてみた。
見たところ何の変哲もない幌馬車が出来上がって、アランもかなり落胆してしまったが、サカの上げた驚きの声にふと我に返った。
「荷台に積んでた水の樽は下ろしたっけ」
「誰がそんな手間なことするって言うんだよ」
呆れたような声でタカジルがそれに答えたが、サカは頑強にそれを否定して水の樽が無くなったと主張した。
まさか、ホントに出来ちゃったのか、魔法の荷馬車。
そんなことを考えているうちに、今度はタカジルの声が聞こえて来た。
「ホントだ、無くなっちまってるぜ、水の樽」
「大事な水だから無くなっちまうと困るんだがなぁ」
あまり困ったようには聞こえないサカの呟きを聞きながら、アランは魔法の荷馬車に近づいていった。
「ホントに無くなったの?」
アランの問いかけに、今度は顔を青くしてタカジルが懸命に弁解をしていたが、それを聞き流して荷馬車の幌の中に手を突っ込むと、心の声で『水の樽』と念じると、樽が手に触れた。
「あるじゃないか、ここに」
「え~!」
その場の全員が驚きの声を上げて荷馬車に駆け寄って来て、アランが触っている樽を見て安堵の表情を浮かべた。
「ほら見ろ、ちゃんと有るじゃないか」
そう言うタカジルに、サカは笑いを堪えた様子で冷たく答えた。
「自分も無いって言って青くなってたくせに」
それを聞いて、一同は爆笑した。
本当にこんなものが出来るとは思っていなかったアランは、しかし使い勝手がいまいちだと思って修正できないかといろいろ試していると、それはアランが希望する通りに形を変えて、最終的に御者の背中に一番近い部分の壁だけに魔法の幌の機能を持たせることに成功した。
どれくらいのものが入れられるのか試してみないと分からないが、限界以上に詰め込んだ挙句、すべてが吐き出されても困るなと思いながらも、アランはその場に居た4班のメンバーに協力させて、片っ端から荷物をその壁に向けて放り込んで行ったが、どれだけ入れてもまるで抵抗なく入って行く様子に少しばかり寒さをかんじてしまった。
結局12台の馬車に積み込んであった食料やら水の樽やら、井戸掘りの道具やら皆の着換えやら、その他諸々の荷物を総て入れても荷馬車の車軸に影響は出ていなかった。
試しに、アランが腕を突っ込んでみたところ、肩口までは入れられるもののそれ以上はどうしても入って行かなかった。
不要な人身事故が防げることが分かったところで、アランは4班のメンバーだけを集めて重要な話があると切り出した。
「今から言うことは絶対に外に漏らしてもらっちゃ困ることなんだけど、約束できるかな」
「勿論ですとも、公爵様」
一同を代表してタカジルがそう答えると、皆も一様に頷いた。
「これはボクの最大の秘密なんだけど、かなりの物が入れられる荷馬車に改造したんだ」
「オレ達も驚きましたよ。12台分の荷物がこれ1台に収まるなんて」
「こういうのをもう何台か用意するつもりだから、これから増える荷物には対応できるだろうけど、誰かに見られるとマズいことになると思うんだ」
「そりゃ、誰だってこういうのが有れば欲しいでしょうからね」
「だから、このことはここに居る者だけの秘密ってことで」
「分かりました」
全員がそう答えた後、タカジルが念のためという感じでおずおずと質問して来た。
「飯の支度をする時にはカリスが、洗濯の時にはメイド達が、顔を洗う時には全員がこの馬車に近寄ってきますが、その時はどうしましょうか」
「そうだね、じゃぁ、これから新しく仕入れる物だけをこの馬車に積むことにして、普段使う物に関しては元の通りに積み直そうか」
「それがいいかと思います」
結局普段使いの品物や個人の私物の服や身の回りの物はすべて元の通りに積み直し、これまで嵩張って場所を取っていた井戸掘りの道具や機械関係のものはそのまま魔法の馬車に積んでおくことにした。
それでも、大きな道具を片付けただけで馬車の荷台にはかなり余裕が出来たし、空のまま走らせることになった馬車も増えてしまった。
どうにか証拠を隠滅し終えた頃になって、ガナーツでの食料や衣料品の調達から皆が戻って来た。
かなりの荷物を各自が持って帰って来ていたが、それ以上に疲れた様子のアランと4班のメンバーに、皆は不思議そうな目を向けた。




