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90 お引越し

 岩山地帯に属するチャーバントの国土一帯から、延々と続く鼬人族の人の列は先頭がケスガイゼ-カスマンド国境線の北の端に達しても、まだ最後尾は出発すらしていなかった。


 総勢3.000.000人とも推定される国民の大移動に伴う道中の安全の確保については、カスマンドが責任を持ってこれを行うという約定の元、タランテロード公爵もデイマークス辺境伯も、己が一門に命じて各貴族の私兵をこれに充てていた。


 最後尾が遥か北の地、新しい国土に到着するには恐らくひと月はかかるこの大移動では、人の流れが滞ることの無いように予め宿営地や休憩場所がきちんと計画的に配置されていたのだが、実際の人の動きはカスマンド側の目論見通りにはいかなかった。


 所々で停滞が発生し、また、所々では人の列が途切れる箇所が散見された。


 人の列が途切れた箇所では、警備の目が行き届かない部分もあって、それを狙って盗賊たちが蠢くようになっていた。


 ただ、途切れた人の列の最後尾から襲い掛かった盗賊たちは、略奪行為を行う前に上空から急降下してきたケームによって完膚なきまでに叩き潰されて行った。


 雨後の筍の様に次から次へと出現する盗賊たちに、初めは恐怖のあまり身動きが取れなくなっていたチャーバント人たちだったが、その度ごとに上空から矢の様に飛んで来て1人残らず始末してしまうケームの絶対的な力に守られていることを理解するに及んで、誰しもがほっと胸を撫で下ろした。


 これまではチャーバントといえば他国に被害を及ぼす側であり、今自分達を守っているケームによって偽国王以下戦力となる者を悉く殲滅されたことなど忘れたかのように喝采を送っていた。


 実際のところ、現在大移動をしているチャーバント人たちは盗賊団とは何の関係も無い人々であり、言い方を変えれば彼らとて被害者であった。











 アランがチャーバントの新国土に指定した土地では、既に各国の協力の元建設労働者が大量に派遣されてきていた。


 チャーバントの王太子の意を汲んで、新たな王宮は質素な造りを目指していたが、それでもなお建設には多くの人手と確かな技術を受け継ぐ職人が必要だった。


 それを見越して、アランはロマンダリアに要求を受け入れさせていたわけで、酔ったうえでの詐欺師まがいの外交交渉ではあったものの、その効果は如何なく発揮されていた。


 ロマンダリア王都の歴史的建造物群を修理保存する技術を継承している国内唯一の公的機関である『ロマンダリアの息吹』という組織が、国王カール・ハインツ・ネッケルト・シュネーデルン・カリスワッチ・ラ・デルモンド・ソル・カラチ・ド・ロマンダリアの意を受けて、ロマンダリア国内に残っていた資料を基にチャーバント王宮とそれに付帯する王都の街並みを再現するべく腕を奮っていた。


 彼らロマンダリアの息吹の構成員は、国内の建設関連の資格で最難関と言われる国家資格『匠の技』を全員が保持していた。


 これらの事からも分かる通り、ロマンダリアという国は獣人族の中にあって最大の版図と人口を擁すると共に、文化芸術に関しても深い理解を持っていた。


 獣人族といえば、体力と敏捷性に優れている代わりにそれ以外の事柄には無頓着だと他種族からは思われがちだが、ことロマンダリアを構成する豹人族はその評価に甘んじることなくあらゆる方面に対しての素養を持つべく努力していた。


 結果として多方面に目を向けることに精を出す余り、その脇の甘さを突かれて暁の花園などという誇らしくない集団の跋扈を許した過去もあったのだが、その大勢力を完全に駆逐してみせたアラン・シュネーデルン・リード伯爵の要請は、国王としても無視できるものではなく、また、ロマンダリアの息吹という集団にとっても、既存の建築物の修復ではなく新たな国家事業として国王の坐す王宮と王都の街を一から建設するというプロジェクトに沸き立ち、皆手弁当で馳せ参じていた。


 全く何もない荒野に建設されるチャーバントの新王宮は、続々と到着するチャーバント国民の目から見ても異様なものに映っていた。


 先ず第一に自分たち国民が住むべき家も無い状態で、王宮の建設だけが優先されているようにしか見えない今の状態には、如何に我慢強い鼬人族の国民と雖も文句の1つも言いたくなった。


「オレ達は何処で暮らせばいいんだよ!」


「こんなとんでもない距離を歩いて来て、その挙句がこの始末かよ!」


「明日はおろか、今日食べる物も、水さえ無いじゃないか!」


 皆思い思いに不満を爆発させ、暴動が起きようかという一触即発のその刹那、大空から8頭ものケームの群れが、それぞれ大量の木材を運んで降下してきた。


「えーっと、王宮の建設場所の前に下ろせって言われてたんだけど、ココでいいのかしら」


 世界最強の猛獣の背から飛び降りるように地面に立った者の姿を見て、それまで不満の塊だった鼬人族の集団は声を失った。


 ケームの群れを御して来たのは、豹人族の国ロマンダリアにあって内務省の至宝とまで謳われた美貌の女性官僚だったリリック・ヨースデンその人だった。


 鼬人族の男たちは、自分達よりも頭一つほども背の高い美女の登場に不満を口にすることも忘れてただその美貌に見とれた。


 偽王とその配下の盗賊たちをあっさりと始末してしまったケームの群れは恐ろしいものの、リリックの美しさはそれさえも忘れさせるほどの効果があった。


 続々と到着するチャーバント国民は次第に大きな壁となり、王宮建設現場の前はかなりの人数で埋め尽くされようとしていた。


 後から後から押し寄せる人の波は、ケームの群れを見てその場で動きを止め、リリックの姿を見て少し進むということを繰り返していた。


 王太子から特に国民の保護を厳命されていた元の王宮守護隊の第一陣が到着したのは、ちょうどその時だった。


 先遣隊の隊長を命じられていたアマナックという名の元第一守護隊長は、混乱する現場を見て何処から手を付けて良いものか判断に窮した。


 既に王宮の建設現場の前には数千人の人垣が出来つつあり、わずか20名余りの守護隊だけでは対処することも出来ない状況だった。


 目の前に、思い思いの姿で休息をとるケームの群れが有り、後ろからは途切れることの無い人の列が続き、人の数は更に増えて行った。


 そんな中にあって幸いなことは、何もない荒野であるが故に人垣の誘導に成功さえすればこれ以上の混乱を避けられる目途が付くという事であった。


 しかし、どうやってこの人数を処理するべきか、とアマナックが悩んでいるその時、ケームの群れの第2陣が舞い降りて来た。


 鼬人族の人の波は、期せずしてケームを避けるべく何もない荒野に一気に広がって行った。


 第1陣のケームから少し離れた場所に舞い降りた4頭のケームは、それぞれが食料と水の入った樽を持って来ていた。


 それらのケームを率いて来たのは、この場には似つかわしくないメイドの衣装に身を包んだ犬人族の女性だった。


 彼女は、黄色い首輪を巻いたような羽毛に特徴のある少し小さな個体から滑るように降り立つと、8頭のケームの群れの前で途方に暮れるリリックに歩み寄って行った。


「リリックさん、食料を届けに来たんですが、ここに集めておけばいいですか?」


「え、えぇ、私も住宅用の資材を持って来たんだけど、来れば分かるって言われただけで何処に届けるとかまでは聞いてないのよね・・・」


「あら、それじゃ、ココに置いとけばいいんじゃないですか」


「そういう訳にもいかないような・・・」


「でも、受け入れ側の担当者が居ないのであればそうする他ないんじゃないですか」


「ちょっと待ってね、確か受け入れ側の責任者の名前は・・・」


 リリックは、上着のポケットから折り畳んだメモを引っ張り出してそれを見た。


「えっとね、担当者はアマナックさんっていう人で、王宮守護隊の隊長さんだった人なんだって」


「分かりました、アマナックさんですね」


 そう返事をするが早いか、コニーは普段の様子からは想像もつかない行動力を示して、大声を上げて担当者の名を叫んだ。


「アマナックさ~ん。アマナックさんという方はいらっしゃいますか~~!」


 人垣が崩れて順々に人の波が左右に分かれ始めたことに安堵していたアマナックは、ケームの群れの方から自分の名を呼ぶ女性の声を聞いて本来の仕事を思い出したように顔を上げて走り出した。


「アマナックは私だが・・・」


 自分の名を呼ぶメイドの衣装を着た犬人族の美女に声を掛けたアマナックは、その横に立つ豹人族の美女を目にとめて2人の女性を交互に見やった。


「あら、やっぱりいらっしゃったんですね」


 そう言って微笑む犬人族のメイドに目を奪われていると、横から


「じゃ、ここに資材と食料を積み上げておきますけど、それでいいですか」


 と問いかける長身の豹人族の美女に目をやって、そして彼女から目が離せなくなった。


「あら、アマナックさんの好みは私じゃなくてリリックさんみたいですね」


「ちょっとぉ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。ちゃんと受け渡しの確認もしなくちゃいけないのに」


「まぁねぇ。でも、私はお邪魔かしらね、アマナックさんにとっては」


「まだ言ってる! もう、アマナックさん!」


「はっ。あ、あまりのことに気持ちが動転してしまって・・・」


 言い訳するアマナックを尻目にコニーはこれ見よがしに言った。


「あららら、貴女を見て気が動転したんですってよ、リリックさん」


「だから、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」


「じゃ、食料の受け渡しの方もお願いしますね」


 そう言うと、コニーはナールの方へ駆け出した。


 そして、ケーム達が持って来た食料と樽をその場に残してナールに跨るやさっさとその場を立ち去って行った。


「もう、立ち回りだけは上手なんだから、あの子ったら・・・」


 リリックもコニーの事情は十分知っていたので、それ以上文句を言うことも無くアマナックに笑顔を向けて荷物の確認を依頼した。


 実はこの後、コニーにはケスガイゼの仮設王宮で新規採用のメイド達を教育する仕事が待っていた。


 ただ、大量の資材や物資を運ぶ手段が無かったため、已む無くナールに騎乗できるコニーが借り出された訳だが、本来ならそういう仕事をするべきアランは、その時カスマンドの王都ジャガンダールのデイマークス辺境伯邸から、遥かシャーメシル最北のエビ養殖池に向けてガルーダと共に疾駆していた。


 何もない荒野の真ん中にチャーバントの新国家を建設するうえで最低でも必要となる国家の収入を、一時的にアランの計画していた中継池を貸し出すことで賄うことにしたアランは、北から順に養殖池の様子を見て行くつもりだった。


 過去何度も入植に失敗した荒地ではあったが、アランの知識で地下水を利用できる目途が付いたので、その一帯も遠からず緑豊かな穀倉地帯へと変貌を遂げるだろうとは思っていたものの、今日明日にそれが可能なわけも無くそれまでの繋ぎとしての収入源を模索しての結果だった。


 そして、井戸を掘って中継池を作る事業は一気に加速していった。














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