91 大宴会
ケムラーとタカジルの率いる井戸掘り隊は、南から順にアランの指示した場所に井戸を掘っては中継池の核となる池を作って行った。
初め半信半疑で井戸掘り作業に従事していたメンバーも、穴を掘った場所から確実に水が噴き出すことが続くと誰もアランの指示に疑問を持たなくなった。
これほどの数の中継池が本当に必要なのかと思うほどに掘り続けて、彼らは遂に獣人族のエリアの北の端、大森林が望める位置まで来て井戸掘り作業に終止符を打った。
「ロマンダリアの養殖業者の連中は1か所の中継池で十分に採算が取れているみたいだったけど、オレ達ゃいったいいくつ井戸を掘ったんだ」
これで最後という井戸を掘り終えて、そこから流れ出る水を貯める池を作っていたメンバーの1人が、腰を伸ばす様に体を反らしながら隣に居た同僚に問いかけた。
「さてな・・・。10か所じゃきかねぇな」
「ならよ。それだけのエビが養殖出来てるってことだよな」
「だろうな」
「この仕事が終わったら、またエビを食いてぇもんだぜ」
「旨かったな、あれは」
「酒の肴にゃあれが最高だぜ」
「オレはよ、肉より旨いものなんぞ無いと思ってたけど、世の中にゃまだまだ知らないことがあるんだな」
「男爵様に付いて回ってれば、そのうちもっと旨いものに出くわすかもな」
「おぅ、それも楽しみだな」
立て続けに10本以上の井戸を掘り続けるというのは、言葉にするよりも遥かに大変な作業である。
さして屈強とは言い難い男たちがそれを熟せるには些か訳があった。
タカジル達が曳いて行った馬車の積荷の中にあった水の樽に、アランがこっそりと仕掛けを施していた。
総勢50名を超えるモノリスからの合流組のための樽の数は、総数で30本を超えるほどの量があったが、その1本1本につきペットボトルの水を1本分ずつ紛れ込ませていた。
ケスガイゼで初めて訪れた村の人々がそうだったように、彼らにもその驚くべき効果が如実に表れていた。
ほんのスプーン2杯で今まさに命の灯が消えようとするほどに衰弱していた村人を癒したばかりか、その場で立ち上がらせるほどの劇的な効果のあるアランのペットボトルの水である。
あの時程の効果は必要ないものの、疲れ切った体をテントの中に横たえて数時間も眠れば、前の日の疲れなど忘れたかのように体を酷使出来るぐらいの事は十分に可能だった。
中に1人2人、不思議に思う者達も居なくはなかったが、体を害する効果が齎されるわけではなかったので、ふとそう思ったというに留まっていた。
北の端から折り返して、井戸の周りにこの場所でエビの養殖が可能なほどの池を複数作りながら南下してきたメンバーは、チャーバントの新王宮が建設されている現場を遠望できる場所まで戻って来たところで、単騎で走って来る男を視認した。
それは、体の線の細さから女性ではないかと初め思われたのだが、近づくにつれて見習い執事のルネだと分かった。
遠くからルネの騎乗する姿を見ていたタカジルは、以前を思い出して笑いを噛みつぶしていた。
青と緑の双子馬車を買い付けた際、ウーサ種の鞍の上で震えていた執事も、一人前になったものだと感心すると共に、急ぎの用が出来したかと心を引き締めた。
池を掘る作業をしていたところに到着するや否や、ルネは馬から飛び降りてケムラーの名を呼びながら走り出した。
まるで見当違いの方向へ走るルネに、背中から声が掛かった。
「ケムラーは設計の担当だ。穴を掘る現場にゃいないぜ、ルネ」
「あ・・・、はい。そうですね。はい」
「あわててどうした。何か男爵様の言伝でも持って来たか」
「えぇ。少しばかり計画を変更したいと仰ってました」
「ほぉ、井戸掘りは中止か」
「いえ、その反対です」
「反対? そりゃまたどういうことだ」
ルネは、馬の鞍に括り付けられていた筒を外すと、中からアランの指示を書いた命令書を取り出してケムラーとタカジルに示した。
「この辺り一帯は、今度チャーバントの国土になりました」
「なに!?」
タカジルとケムラーは、同時に素っ頓狂な声を出した。
「ここら一帯はシャーメシルでもなきゃカスマンドでもないって曖昧な線引きの場所だろ」
「えぇ、この前まではそうでしたが、公爵閣下の発案でこの辺りの土地とチャーバントの国土を交換したんだそうです」
「はぁ! なんてことを考え付いたんだか・・・」
そう呆れたように呟いたタカジルの言葉に被さるように、ケムラーの疑問がルネの耳に届いた。
「公爵閣下って、誰のことだ?」
「おぉ、そうだ。何処の国の公爵閣下のことだ、それは」
「あれ、ご存じ・・・ないのも無理はないですね。皆さん先行して井戸を掘っていらっしゃったんだから」
「いや、お前さんの独り言はいいからよ、何処の国の公爵様が考え付いたんだって訊いてるんだよ」
「それはもう、私たちのご主人様のアラン・シュネーデルン・トロイジャール・リード公爵閣下ですよ」
「なんだそれ」
「アラン・リード様は名誉男爵閣下だろ。お前夢でも見てるのか」
「いえ、お気持ちは分かります。信じられないかも知れませんが、私たちのご主人様は、初めロマンダリアから伯爵に叙されたうえに国王陛下の諱を頂戴されて、アラン・シュネーデルン・リード伯爵となられ、その数日後に今度はカスマンドで名誉男爵から侯爵に陞爵されたうえにカスマンド国王陛下より諱を頂戴されてアラン・シュネーデルン・トロイジャール・リード侯爵閣下となられ、そのまた数日後にケスガイゼ国王陛下より公爵位に叙任されて今に至ります」
「はぁ・・・!?」
「公爵閣下ってことは、もうそれより上は無いってことだよな」
「えぇ、そうですね」
その場に居てルネの話が聞こえたメンバーは一様に仕事の手を止めて呆然としていた。
皆が言葉を失う中にあって、サカが1人口を開いた。
「オレはさ、冒険者稼業でいろんな国を渡り歩いた経験から、ちょっとばかし耳年増なところがあるんだけどさ・・・」
サカは戦闘行為や害獣討伐ではからっきしの腕前だったが、尾行や情報の収集という面ではかなり優れた腕を持っていた。
そして、そんな冒険者としての活動の中で仕入れた知識を基にして、サカは知っていたのだ。
「ケスガイゼの公爵ってのはさ、他の国の公爵とは格が違うんだよ」
「どういうことだ、それ」
生唾を飲み込むようにしてから、タカジルはサカに聞き返した。
「ケスガイゼって小さな国だよな」
「おぉ、オレ達も行ったし内情も知ってるちっぽけな国だった」
「でもな、獣人族の中ではケスガイゼの国王の地位はロマンダリアよりも格が上なんだとさ」
「なんだそりゃ」
「なんでもさ、ケスガイゼの辺りってのが獣人族の発祥の地なんだって言うらしいよ」
「で」
「だからさ、獣人族の発祥の地を治めてる国の王様の地位ってのはとんでもなく高いんだそうだよ」
「だから・・・」
「だから、そんな国の公爵の位を貰ったってことはさ、オレ達のご主人様は雲の上のそのまた雲の上の人ってことだよ」
「具体的にはどうなんだ」
「聞いた話だけどさ、オレ達の国だったカスマンドの貴族筆頭って知ってるよな」
「もちろんじゃねぇか、タランテロード公爵様だろ」
「そのタランテロード公爵様が、公式の場ではケスガイゼの公爵には膝を着いて挨拶するらしい・・・」
「う、ウソだろ、そんな話・・・・・・・・・」
「過去にもあったそうなんだけどさ、国王の代理でケスガイゼの公爵がカスマンドに来た時は、カスマンド国王が謁見の間では立ち上がって迎えるそうだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その場に居た全員が言葉を失くした。
「冗談じゃなくてさ、ロマンダリアだってそうらしいんだ」
皆が押し黙ってしまった中で、ルネは唇が震えて来るのを止められなかった。
「私が立ち会った授爵の場では、ケスガイゼの国王さまから特にお言葉が有って、筆頭公爵にって・・・」
「ケスガイゼの筆頭公爵は、通常空席なんだよ」
「なんでだ?」
「だって、他の国の王様と同格だもん」
「だから・・・」
「ん?」
「だからなんですね」
「おい、ルネさんよ、言いたいことが有ったらハッキリ言いな」
「えぇ、だから、リード公爵閣下がチャーバントの僭王を弑しても、何処の国からもお咎めが無かったんだ!」
「なんだと!」
「公爵閣下はケスガイゼの王宮に単身で乗り込んで、チャーバントの国王を僭称する男を一撃で弑したらしいんです」
「そりゃまぁ、ケスガイゼをあんな風にしたヤツだからな。誰からも文句は出ないだろうよ」
「それにしても公爵閣下か。今日は仕事をやめて祝杯を上げなきゃいけないな」
「賛成~!」
そして、男たちは道具を放り出してテントを張り、荷馬車から酒の入った樽を引き出すと、皆が皆浴びるように飲み始めた。
「あ、あのぉ、私の持って来た指示書の件なんですけど・・・」
ルネは1人で男たちのところをウロウロしながら話を進めようと努力したが、誰も彼もが祝杯を上げながらルネの言葉を無視していた。
「もぅ、それじゃ、私もいただいちゃいます!」
「おぉ、呑め呑め!」
「明日はちゃんと仕事して下さいよ」
「当ったり前だろうが。こんなバカ騒ぎは今日しかできゃしねえんだ。みんな、呑んだ呑んだ~!」
タカジルのその言葉を最後に、どんちゃん騒ぎの現場では意味の分かる言葉が飛び交うことは無くなってしまった。
「で、ルネも二日酔いで帰って来たんだね」
アランの前で復命しながら、真っ直ぐに立てないルネを見ながらアランは笑いを堪えていた。
アランとしてはもう少し肩の力を抜いて仕事に取り組めばいいと常々思っていたから、今のルネの状態はなかなか歓迎すべきものだった。
いつもいつもこういう状態で主の前に姿を現すようでは仕事に支障が出るだろうが、たまに羽目を外して仲間と酒を飲むことも大事なことだと思っていた。
「それはだんな様がいいと仰るのなら、あたしとしては何も申し上げることは無いですけど、とりあえず主の前に出るのであれば着替えるくらいの配慮は必要かと思いますけどねぇ・・・」
ネロンガに肩を貸してもらって、漸うアランの前に立っていたルネは、復命を終えると同時にその場で昏倒し、鼾をかき始めた。
「まぁ、こいつも人間味が出て来たってことでいいんじゃないの」
「そうでしょうか」
「あぁ、マルタ、ルネをその辺のテントに放り込んでおいてよ」
「かしこまりました」
「こいつが気が付いた時でいいから、今度はちゃんと復命できる分だけにしとけって言っておいてね」
「ぷっ・・・。かしこまりました」
笑いを堪えながら、ネロンガに背負われたルネをテントに案内するために、マルタはその場を後にした。




