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88 一本釣り

 王都ジャガンダールにあるデイマークス辺境伯邸の前庭で、思い思いの姿勢で佇むグリフォン達を前にして、アランはリリックに初めての任務を与えた。


 ロマンダリア王宮でチャーバントの戦後処理を検討している担当者に、アランが少しばかり存念があるのでそれを聞いてほしいと伝える事を命じられたリリックは、その際の対応をどうするか指示を仰いでいた。


「伯爵様のご意見をお伝えするだけなら、恐らくは伝書ツバメでも事足りるはずです。私をこの仕事に指名した理由が有るなら仰って下さい」


「ほぉ…。なかなか鋭いね、リリックは」


「もう、茶化さないで下さいってば、伯爵様」


「ごめんごめん。実はね、少しばかり急ぎで担当者に会いたいんだけど、ボクは体が空いてない状態だから担当者に来てもらいたいんだよ」


「でも、ロマンダリアのケスからジャガンダールまでだと、馬車で換え馬を使って突っ走っても最低ひと月はかかりますよ」


「だから、リリックに行ってもらうんじゃないか」


「もしかしてそれって、担当者を攫って連れて来いってことですか」


「いや、それは人聞きが悪いでしょ。ちょっとご足労願うっていうかさ」


「おんなじことです!」


「まぁ、だから取り敢えず行って来てよ。そんでもって、ロマンダリアの担当者を連れて来て」


「伯爵様の要請でってことを強調してお伝えしときますね」


「うん」


「で、もし相手が嫌だって言ったら」


「そこを説得するのが総統代理の仕事でしょ」


「でも、どーしてもイヤだって言ったら」


「そん時は、ボクが行くけど、覚悟してねって伝えといてよ」


「それって、普通、脅迫って言いませんか、伯爵様」


「へぇ、ロマンダリアには便利な言葉が有るんだ」


「カスマンドにだって、シャーメシルにだって、きっと有ります!」


 コメットに跨ったリリックは、初めての長距離飛行に幾分緊張しながらも与えられた仕事を全うすべく飛び立って行った。


「さてと、これでロマンダリアの方はいいとして、カスマンドの方は直接宰相に掛け合ってみるかな」


 誰に向かって言うでもなく、そう呟きながらアランは自分に割り当てられた部屋へと戻って行った。











 ロマンダリアでは、伝書ツバメの一報でカスマンドからチャーバントの戦後処理の協議のために担当者を派遣したい旨を伝えられて、協議に応じるための人選を行っていた。


 実際問題として、チャーバントに詳しい専門家が居る訳でもなく、長らく平和な時を過ごして来たことから、政治的な決断を1人で下せる人材に心当たりのない国王の頼りは、やはり先日伯爵に叙任したアランだった。


 本心では、すべてお膳立てを整えてから奏上してきてくれれば話は早かったのに、などと思っていると、暁の花園の新総統スネーデン・シャロワックが急ぎ謁見を願い出ていると取次役の者が伝えて来た。


 これまでシャロワックが単独で謁見を願い出て来ることなど無かったことから、これは背後に待望の伯爵の意があると判断した国王は、即座に謁見を許す旨を伝え、宰相を呼び寄せた。


「暁の花園の新しい総統ですか…。これは、リード伯爵の言葉を持って来ていると考えて良うございましょうかな、陛下」


 長年政治的な判断と腹芸を磨いて来た宰相は、即座にその事に思い至った。


「うむ。おそらくはチャーバントの件で腹案でも出して来るのかものぅ」


「御意」


「では、リード伯爵の手並みを見るとするかのぅ」


「これでチャーバントの件が片付けば、内政に専念出来ますわい」


 取らぬ狸の皮算用とでも言うべき主従の会話が終わった頃、謁見の間にシャロワック総統と見覚えのある美女が入って来た。


「陛下に置かれましては、本日特に拝顔の栄を賜り恐悦至極に存じ奉ります」


 臣下の礼を取り、形式に則った挨拶をするシャロワックに、国王は思わず一言呟いた。


「ふむ、リード伯爵の後継者はやはり固いのぅ。もそっと楽に致せ」


「ははっ。お言葉忝く存じ奉ります」


「陛下、シャロワック総統は元々近衛の連隊長にございますれば、これが平常の姿かと」


 宰相の一言で、国王も納得したように鷹揚に頷いた。


「総統、本日の謁見の申し出の趣旨は何であろうか」


 宰相がシャロワックに尋ねると、新総統は斜め後ろに控える金髪の美女を振り返ってから、改めて国王に向き直り奏上した。


「本日ここに伴いましたのは、アラン・シュネーデルン・リード伯爵の指名により総統代理となりましたリリック・ヨースデンと申す者にございます」


「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう・・・」


「ふむ、リード伯爵が特に指名したとな。その方が今日の用件を持って参ったか」


「御意。伯爵の意をお伝え申し上げます」


「うむ、苦しゅうない」


「チャーバントの戦後処理の件に関して存念がございますれば、この件の担当者をリード伯爵の下に派遣して頂きたくお願い言上に参りました」


 ロマンダリア国王は、それ来た! と思ったものの顔には出さず。宰相の方をチラっと見てから徐に口を開いた。


「ふむ。伯爵の事ゆえ、我が国に徒なす腹案を持っておるとは思わんが、内容についてはその方、聞き及んでおるかの」


「まことに遺憾ながら、詳細につきましては伯爵が直接担当者と協議する故、承っておりませぬ」


「そうか、まぁ良い」


「では、陛下、こちらでも人選を急がねばなりませんかな」


「朕としては、文官と武官を揃えて担当とするつもりであったが、それではいかんかのぅ」


「内聞にして頂きとう存じますが、担当者1名を私が伯爵の下へ連れ帰るよう申し付かっております故、何卒ご再考を賜りますよう願い奉ります」


「ふむ、連れ帰るとな。して、リード伯爵は今何処に居る」


「これもまた内聞に願いたく存じますが、現在伯爵はカスマンドの王都ジャガンダールのデイマークス辺境伯邸に滞在しております」


「ほっほっほっほ。ついこの前この場で謁見したというに、もうカスマンドの王都に居るか。まさしく神出鬼没な男じゃのぅ」


「カスマンドで待っておるという事は、それなりの心算があってのことにござりましょう。陛下、ここは伯爵の存念に乗ってみるのも一興かと」


「うむ。では宰相、急ぎチャーバントの戦後処理担当者を1名指名してリード伯爵の下へ送るが良かろう」


「御意」











 ロマンダリア側から担当者に指名されたのは、対外政策の専門家として国内では夙に名の知れたカマンダン子爵という貴族であった。


 まだ27歳と新進気鋭の趣のある男だが、実際のところ政策通ではあったが対外交渉の経験はまだ無く、実質的にこれが初仕事であった。


 しかし、宰相が自ら指名するほどの人材であることから、それなりに期待できそうな面も無くはなかった。


 カマンダン子爵は、暁の花園の本部執務室に現れると、即座にシャロワック総統を呼び出してアラン・シュネーデルン・リード伯爵の為人ひととなりを聞いた。


 怒らせるとチャーバント一国をほぼ1日で無力化するほどの戦力を有すると聞かされた時点ですでに腰が引けていた子爵は、移動に掛かる日数を目算してその間の食料の手配と出来得る限りの宿の手配を依頼したものの、その場に居合わせたマルワン・リネル官房長の柔らかな笑顔とは裏腹な言葉に、乾ききった口を湿らせる為の水を所望するのが精一杯の態であった。


「ケームで移動するというのか」


「御意」


「しかし、ケームといえば旧暁の花園を滅亡に追いやった猛獣ではないか」


「御意」


「それに乗れ・・・・・、そもそも騎乗が可能なのか?」


「御意」


「御意だけでは分からん」


「本件の担当は暁の花園総統代理、リリック・ヨースデンでございますので、彼女にご下問あれば宜しいかと存じます」


「リリック・ヨースデン! あのリリック・ヨースデンか」


「御意」


「内務省の至宝とまで謳われた才色兼備の、リリック・ヨースデンが余と同道するのか」


「ご挨拶が遅れました。暁の花園総統代理リリック・ヨースデンでございます、子爵閣下」


 そこには、暁の花園に転籍するまでロマンダリア内務省にあって、若手官僚の中でも最高の切れ者と噂された美貌の主が立っていた。


 アランの前ではどういう訳か道化役にされてしまいがちなリリックであったが、元を糺せば有能な官僚であった。


 同行者が美貌を誇る総統代理と聞いて、ケームに対する恐れを一瞬忘れたカマンダン子爵は、即座に同行に同意すると共に日程の詳細を問い質した。


「日程と仰られましても、これから出発すれば今日の夕方には着いているでしょうし・・・。カマンダン子爵におかれましては、そのお体一つでおいで下さるようにと、特に言付かっております」


「はぁ?」


「ですから、これから出発いたしますので、お手回りの品だけを御確認下さい」


「う、ウソだろ、そんな・・・・・・」











 リリックの言葉通り、カマンダン子爵はその日の夕刻カスマンドの王都ジャガンダールにあるデイマークス辺境伯邸にあって、アラン・シュネーデルン・リード伯爵と相対していた。


「遠いところをようこそおいで下さいました、カマンダン子爵」


「ほ、本日は国王陛下より全権を委任されて参りました、ヨツンハイド・サラマスト・カマンダン子爵であります」


 アランの周りに侍る美女たちを前に、子爵はそう挨拶を返すのが精一杯だった。


 子爵としては、リリック・ヨースデンこそがこの世の花であると信じて疑わなかったのに、目の前に並ぶ女性たちは誰もかれもがリリックをして平凡な美女と表現せざるを得ないほどの粒ぞろいであった。


 中でもリード伯爵の隣で優しい笑顔を向けて来るロマンダリア人の伯爵夫人は、すでに神の域に達したとしか思えないほどの美貌の持ち主であった。


「本日はケスからの長旅でお疲れのことと思いますので、チャーバントの戦後処理に関する実務者協議は明日以降に本格的な会議を行いたいと思っています」


「あ、これはお心遣い感謝申し上げます、伯爵閣下」


「では、この邸をご自分の家とお考えになってお寛ぎ下さい」


「はい、重ね重ねありがとうございます」


「何かご用がございましたら、このマルタが伺いますので、何なりと仰って下さい」


「では、お部屋の方へご案内申し上げます。どうぞこちらへ、子爵様」


 突然のケームに跨った長距離移動は恐怖心との戦いであったが、その後に待っていた楽園との落差に戸惑いを隠せないまま、カマンダン子爵はデイマークス辺境伯邸内の一室に案内され、心身の疲れから夕食を取ることも忘れてベッドに倒れ込んだ。


 子爵が消えた後、カルアはアランにそっと語り掛けた。


「今日おいでになったカマンダン子爵と仰る方は、なんだかリリックさんにご執心のご様子でしたわね、だんな様」


「うん、誰が見てもスグ分かるほどにね」


「リリックさんは、お綺麗な方だからあんな風に思われる殿方がいっぱいいらっしゃるのでしょうね、きっと」


 カルアがそう言うと嫌みにしか聞こえないのに、何故か怒りの心が湧き上がらなかったリリックにアランが一言添えた。


「よくやったね、リリック、あれは大正解だ。よくも上手にあれほど扱いやすそうなのを釣り上げて来たもんだ」


「だから、担当者の人選は私がしたわけじゃないですよ」


「ロマンダリアでは音に聞こえた美人官僚だもんね、リリックは」


「もう、またそんなことを言う!」


「ほら、唇が突き出してるってば」


「これは治せません」














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