82 アラン・リード伯爵?
ケスガイゼからチャーバントへ延びる幹道を、3頭の逞しい悍馬が疾駆していた。
騎乗はチャーバント近衛大隊所属の正騎士達であった。
男たちは既に3度、悍馬を乗り換えていた。
ケスガイゼを事実上属国としているチャーバントは、両国間の往来をより確実かつ高頻度に保つため、幹道の20サリごとに宿駅を設けて物資の移動をアシストしたり、急用で急ぐ兵士の為の換え馬を用意していた。
今脇目も振らずに幹道を疾駆している3人の騎士達も、各宿駅ごとに用意されている換え馬の恩恵に与っていた。
いかな悍馬と雖もケスガイゼ - チャーバント間を一気に走破することなど出来なかった。
そのために整備された宿駅制は、今回の場合理屈抜きによく出来た制度だった。
3人の騎士は、ケスガイゼ王宮でアランにただの腕の一振りで沈黙させられたうちの生き残りだったが、それ故に自分達が祖国に向けて一直線に駆け戻る必要性を死ぬほど痛感していた。
連絡が遅れると、本当に祖国が崩壊する。
騎士たちの思いは同じであった。
あんなバケモノがチャーバントで暴れ回ったら、いくら傭兵を大量に集めて王宮の防御に当てていると言っても、それ自体が無駄だと言い切れる。
それほどの経験をこの3人はしていた。
自分達が1秒でも早く駆け戻ることが、王室の命脈を保つ為のギリギリの攻防であると信じて疑わなかった。
数年前に即位した現国王は、力こそ正義と主張して憚らない剛の者であった。
それ故、常に飢餓に苦しむ国民を見かねて国営の盗賊団を組織した。
そして、体裁や手段はどうでも良いと断言した。
チャーバントの民から飢えの恐怖を取り払うことを至上命題として隣国に攻め入り、そして奪い尽した。
3人の騎士達とて、知ってはいたのだ。
現国王と称する僭王が歴代チャーバントの王室に何の縁も無いことを。
しかし、それでも構わないとさえ思うほどに、国民は飢えていた。
そして、力こそ正義だと言う名目は、国民の間から飢えの恐怖を取り去った。
国民に希望を与えられる存在であれば、出自などどうでも良かったのだ。
それが、どこで歯車が狂ったのか、僭王は今日弑されてしまった。
自分達が命に代えても守り通さねばならない筈だった国王が、他国の一介の名誉男爵如きに。
それはまさしく一瞬の出来事だった。
件のカスマンドの名誉男爵は、自分達が振るった剣をまるで意に介さぬかのようにすり抜け、国王の下へ近寄るや否や即座に頭を玉座の肘掛けに叩き付けて弑してしまった。
有り得べからざる光景を目にして、その場に居た騎士達は尚も宰相を手に掛けんとするところに詰め寄って一撃を加えるべく全員で切り掛かったにも拘らず、その貴族の腕のたった一振りで無力化されてしまった。
己の屈辱を晴らすなどこの際どうでも良いことだ。
チャーバント後宮にあって次期国王として立つべく薫陶を受けておいでの王太子殿下の身に万一のことがあれば、わがチャーバントは滅ばざるを得ない。
せめて殿下の御身だけはこの一命に代えてもお守り申し上げる。
そう心に誓っていた3人であった。
チャーバントという鼬人族の国は、事実上一度滅亡を経験していた。
どれほど勤勉な国民性を持つ鼬人族と雖も、日々の糧に窮することが続いたことで希望を失くし、そして国王の崩御を切っ掛けに命脈が絶えてしまった。
僭王と称されることを嫌いながら、それでも力こそ正義と信じて隣国の富を奪い続けた現国王は、尊敬はされなかったものの国民からの期待は大きかった。
そしてついに、隣国ケスガイゼの王室の命脈を絶って自分がその座に就こうとしたところを大国カスマンドの名誉男爵に弑されてしまった。
獣人族の故地とされるケスガイゼは、すべての獣人国家の羨望の地であった。
そこに何故兎人族の国家が樹立されたのか、その経緯は今となっては詳らかではないが、その地に国を建てることは即ち全獣人族の中にあって最高の尊崇の対象となることだった。
ケスガイゼは小国故に命脈を保って来たと言える。
仮に獣人族の故地にロマンダリアやカスマンドに匹敵する大国が樹立されたとしたら、周辺国家は何を措いても同盟を組み、その国を滅ぼしたことだろう。
権威と実力は伴ってはいけないというのが、獣人族の基本的な国家観である。
だからこそ、兎人族という矮小な獣人国家が存続できたのだろう。
チャーバントの国家としての命脈を偶然とはいえ断ち切ってしまったアランは、感慨深く事典の記述を読んでいた。
知らない事とはいえ、チャーバントの国王の頭をケスガイゼの玉座の肘掛けで叩き潰し、同じくその宰相をケームに弄り殺させてしまった後、ケスガイゼ王族の身の安全を確保したアランは、チャーバントの王宮へ殴り込みをかけてしまった。
ガルーダを使って情報を引きずり出した黒いマントの男の口から、カイエリアなどという単語さえ出てこなかったら、これほどまでに性急に事を運ぶ必要は無かったとも言えるだろう。
それほどに人身売買組織を憎んでいたアランであった。
チャーバントの王宮では、国王との謁見を求めて強談判に及ぼうとしたその時、父の名代と称してわずか12歳の王太子が現れて、我が一命に代えて国民の生命を安堵するよう求められたのである。
この子がカイエリアの手先であるはずがない。
そう確信したアランは、歴代国王の肖像画を飾ってある謁見の間にあった現国王の肖像を目にしてフリーズしてしまった。
それは髪の薄い肥満体の鼬人族の男の肖像であった。
そしてそれは、取りも直さず自分がケスガイゼの名ばかりの王宮でまず初めに始末してしまった男の顔でもあった。
鼬人族のクセに、ケスガイゼ国王などと称さなければあんな事故は起きなかったはずだと、何度も何度も悔いたのは誰にも言えない秘密ではあったが。
元盗賊であっただけに、チャーバントの先代国王はカイエリアとの繋がりがあったことは間違いないだろう。
そうでなければ、町中を火の海にして逃げ惑う若い女性を狙い撃つように攫っていくことの意味が分からない。
現にこの王宮の下働きに至るまで探したところで、兎人族の女性が居る様子は無かった。
攫われて行ったのは相当な数の女性たちである。
何処にも居ないということなら、カイエリアによって売り飛ばされてしまったのだろう。
悔しいことだが、今のアランにはそれを追跡できるだけの陣容が揃っていない。
仮に1つアジトを潰したところで蜥蜴の尻尾切りに遭うだけだろう。
攫われて売られて行った女性たちには本当に申し訳ないが、今はどうしようもない。
いつか必ず・・・・・。
そう心に誓うアランであった。
それはそうと、アランが始末してしまったせいで現在チャーバントでは国王不在の状態が続いている。
おまけに懐刀ともいうべき宰相も一緒に始末してしまったから、今の時点で国政を担当できる者がいないというのがこの国の最大の懸案事項であった。
かといって、カイエリアと深い繋がりのある国王や宰相をそのままに出来たかといえば、そんなことを許せるはずがない。
この世界に残されたもっとも根深い問題が人身売買であるといっても過言ではない現状で、それを推進することに一役買っていた国家と元首に何らの掣肘も加えられないなどというのは、攫われて行った若い人たちに対する冒涜行為である。
怒りに任せて国王と宰相を始末してしまった以上、ここは腹を括ってチャーバント国王の代替わりを勧めるしか手はない。
さすがに国王の代替わりなどという大きな節目を取り仕切れるほどの権勢も実力も持たない一介の名誉男爵の身としては、この事に関してのアドバイスをカスマンドとロマンダリア両国の国王に仰ぐほか解決の糸口が無いのも確かなことである。
仕方なく正直なところを報告がてら、両大国を訪問する予定を組まざるを得ない仕儀に相成った。
「早まっちゃったかな、やっぱり・・・」
そう独り言を言う回数が最近めっきり増えて来たアランである。
本来なら、ここを引き払ってエビの養殖池を作る段取りをしなければいけないというのに、再びカスマンドに逆戻りしそうな状況である。
アランの胸の内も分かろうというものだ。
しかしながら、周辺国の政情不安はやがて自国に何らかの影響を与える可能性が極めて高い。
長年国政を担当している両大国の宰相たちならば、すべてを言わずともアランの齎した一報の重大さを理解することだろう。
ここは寄り道することを既定路線としていかないと、後々どんなお鉢が回って来るか知れたものではない。
アランはまず、カルアの故国ロマンダリアの宮殿に現れた。
常に神出鬼没を旨として行動しているせいか、宮廷サロンのメンバーに然程の驚きは無かった。
しかし、暁の花園の総統として、またロマンダリア救国の英雄として、アランは最低限国王と宰相には事態の推移を伝えなければならない義務があった。
そのため、特に人払いを願って国王の謁見を受けたのだが、その場に残ることを許された宰相ともどもにアランは最近流行りの握手を求められて2人から激賞されてしまった。
「チャーバントの蛮行に関しては、朕とて知らぬという事は無かったのじゃが、さりとて小なりと雖も独立国であるが故に干渉は慎まねばならぬのが決まり事じゃ」
「救国の英雄殿は、また我らの懸案を一つ消してくれましたな、陛下」
「うむ。これ以上問題が大きくなれば朕とて看過できぬという体裁で、チャーバントに何らかの掣肘を加えねばならぬかと憂慮しておったところでな」
「英雄殿、貴殿はカスマンドでは名誉男爵の受爵を辞退せなんだそうじゃな」
「・・・・・。なんでそれがここで話題に上りますかね、宰相閣下」
「ふむ。我が国としては隣国の爵位を受けてしもうたそなたに、再び助けられたのじゃ。ただで帰すという訳には行くまいの、宰相」
「御意にござりまする」
「いや、だから、何だか背中がこそばゆいというか、首筋が寒いと言うか、あまりいい予感がしませんが」
「では、陛下」
「うむ。ロマンダリア王国第27代国王カール・ハインツ・ネッケルト・シュネーデルン・カリスワッチ・ラ・デルモンド・ソル・カラチ・ド・ロマンダリアの名において、そなたをロマンダリア王国伯爵に叙するものである」
「・・・・・・!・・・・・・?・・・・・・!?」
「宰相、この旨速やかに公布し施行せよ」
「御意」
「いや、だから、ちょっと待ってくださいってば」
「なんじゃ、侯爵の方が良かったか?」
「いや、そっちの問題じゃなくてですねぇ」
「なら、この際じゃ。俸禄を増額するという事で納得しては貰えまいか」
「は?」
「宰相、領地を持たぬ伯爵の俸禄はいくらじゃったかの?」
「年額150.000リュアンにございます、陛下」
「では、救国の英雄殿の伯爵位の俸禄は、年額200.000リュアンということで良かろうかの」
「御意」
「朕は伯爵に2度も助けられた。これでは足りぬと思うが今はこれで辛抱してくれまいかの」
「それはこの際お忘れ頂いても結構ですが、ボクはロマンダリアに永住すらしませんよ」
「なんじゃ、そんなことを気にしておったか。安心せぃ、国を離れて遊学中の貴族など掃いて捨てるほど居るわい。のう宰相」
「御意。我が兄の不行跡の話など持ち出してご不興ならばお叱りはお受けしますが、今は伯爵殿への説明ゆえお許し下さりませ」
「うむ」
「我が兄は公爵家を継ぐ身であったが、ゴンデール大陸まで足を延ばしたまま、ついに帰って来なんだ・・・。公爵家の嫡男には、それでも年額200.000リュアンの俸禄が下賜され続けたものじゃよ」
「ホントにいいんですか、ボクに爵位なんかくれても?」
「構わんわい。伯爵に助けられたことを思えばこんなもの鼻糞のようなもんじゃ」
「いや、伯爵位が鼻糞って、それはどうかと思いますけど」
「うむ、では、これより後、如何なる場所にあっても、その方は我が臣。我が剣となり我が盾となる。そして、如何なる場合においても、その方はロマンダリア王国伯爵じゃ。その事、努々忘れるでないぞ」
「は!」
「では伯爵殿、本日の謁見はこれにて」
「お心遣い何に代えること能わざる御恩、アラン・リード感謝の極みにございます」
「ふむ、ちと名乗りが寂しいかの。ミドルネームに我が名を許す。これよりはアラン・シュネーデルン・リードと名乗るがよかろう」
「御意」
「では、またのぅ、ふぉっふぉっふぉっふぉ」
アランにまた一つ爵位が増えてしまった。




