81 コニー、空を翔ぶ
後頭部から大量の血と脳漿を撒き散らせて動かなくなった鼬顔の男を放り出して、アランは玉座の後ろに逃げ込もうとした黒いマントを羽織った男の腕を無造作に掴んだ。
「ケスガイゼ国王との謁見を取り次いではくれないか」
そう黒いマントの男に語りかけると、男は恐怖にこれでもかというほど目を見開いて震える声で答えた。
「陛下は貴様が・・・」
アランは茶番劇に付き合うつもりは全くなかったので、男の言葉を最後まで聞こうとせずに吐き捨てた。
「何度も言うが、ケスガイゼは兎人族の国だろう。こんな顔をした兎人族が何処に居る」
「陛下は貴様が今、弑し奉ったではないか」
男は尚も頑強にそれを繰り返した。
アランも男の意図は読めていたので、自分に剣を向けて来る鎧姿の騎士たちを振り返り様、無造作に腕を一振りして薙ぎ払った。
十数人のフル装備の騎士たちを腕の一振りで弾き飛ばした光景に、男は信じられないものを見せられたかのように硬直し、そして反攻の態度を捨て去った。
「素直に教えてくれると、こちらとしても無益な殺生を重ねずに済むんだが」
暗に、正直に言わないと命はないぞと言われた男は、鼬顔の尖った鼻先に脂汗を浮かべて答えた。
「ケスガイゼ国王は我がチャーバント王宮に行幸しておられる」
「ほう、国内の惨状をよそに外遊中だというのか」
「我らの国王アイルシン・セラメリク・ドメニカンド・デ・チャーバント22世陛下のたってのお誘いに応じて下さってのことだ」
「なるほど、盗賊上がりの盗人国王がケスガイゼの正当な血筋を絶とうと目論んだか」
「我が国王陛下を侮辱するか。不敬罪で切り捨てるぞ」
「ほう、やってみてもらおうか」
男は、自らの口を突いて出た言葉に慌てて周囲を見回したが、そこには五体満足に立っている者は1人としていなかった。
「カスマンドからの表敬訪問でこの王宮を訪れたのだが、事前に通告したにも拘らず正式な返答が全くないことを訝しんだ結果、単身でケスガイゼの国王陛下に謁見を願い出るべく参上してみればこのザマだ。これを何と言って我がカスマンド国王に奏上したものか悩んでいてね」
その一言は、黒マントの男に劇的な変化を齎せた。
「カスマンドのお方か・・・」
「そうだ。わが名はカスマンドはデイマークス辺境伯が一門のアラン・リード名誉男爵である」
「あ、アラン・リード名誉男爵閣下とは・・・」
男の脂汗は今や顔全体を流れ落ちていて、粘り気の多い汗が目に入って痛みに顔を歪ませた。
「ほう、我が名に聞き覚えがあったか」
「そ、それは・・・」
「名誉男爵など、この世には掃いて捨てるほど居るがな」
自嘲を込めた言葉を口にしたアランだったが、男はそれに気付くことなく尚も驚愕に震えながら答えた。
「その名を知らぬカイエリアの構成員は居ない・・・」
言ってしまってから、男は絶望に染まった眼差しをアランに向けた。
口が裂けてもカイエリアという名詞は言ってはならないという掟を破ってしまったことに気が付いた男は、自ら命を絶つべく舌を噛み切ろうとしてアランに顎を砕かれた。
「おのれ・・・」
舌を噛み切る事は出来なくなったが、辛うじて言葉だけは喋ることが出来る状態で、男はアランに担ぎ上げられた。
「何処へ連れて行く気だ」
口から血を流しながら苦しい息の中、男は抵抗する姿勢を崩さなかったが、アランの肩に担がれたまま謁見の間を一歩出て自分の運命を悟ったかのように声を失った。
謁見の間の豪華な扉の前で、互いに鑓を突き合って事切れた警備兵を睥睨するようにその場でアランを待っていたガルーダのうなり声を耳にして、
「一思いに殺してくれ」
と口走った。
男は心の底からそう願って、アランに懇願したが、
「せっかくの手駒を簡単に死なせてどうする」
そうアランに宣告されて男は身も世もないほどに泣き叫んだ。
「みっともない、という言葉はお前の為にあるようなものだな」
アランは、矜持を捨てた男を生かしておくつもりなど全くなかったが、まだ引き出せる情報がいくつもあると考えて、敢えてガルーダの前に放り出した。
「ケスガイゼ国内を荒らし回っていたチャーバント国営盗賊団とやらは、全滅したよ」
「・・・・・!」
男は無言のまま目を見開いたが、言葉を発する事は無かった。
カスマンドの貴族が何故自分を猛獣の前に放り出したのか、その意図を理解した故の沈黙であった。
「盗賊たちが集めた品物は全て回収させてもらった。その配分を相談しに来たつもりだったんだが、手間が掛かって仕方がない」
ケスガイゼの実りがチャーバントの国民を飢えから救っている現状を知り尽くしている男は、顔に張りつけた恐怖の上に絶望を重ねた。
「で、物は相談だ。ケスガイゼの国王陛下は何処に御座す」
「知らん・・・」
「言う気はないと?」
「だから知らん」
「ガルーダ、まずは右足だ」
アランの言葉に、ガルーダは何の躊躇もなく男の右足の膝から下をもぎ取った。
鋭利な刃物で切断されることに比べて、力任せに足を引きちぎられる痛みは想像を絶していた。
「もう一度聞く。ケスガイゼの国王陛下は何処に御座す」
男は息も絶え絶えに言葉を紡ぎ出したが、それは既に言葉という形式を成していなかった。
「分かるように言え」
「だから、チャーバントの南限の岩山地帯に幽閉している」
「岩山地帯のどの辺りだ」
「詳しくは・・・」
「ガルーダ、次は左足だ」
「言う! 言うから待ってくれ!」
「早く言え。まだ交渉が可能だと勘違いしているようだな」
「だから、言うと言って・・・」
「ガルーダ、左足だ」
男が情報を口にすることを条件に何らかの譲歩を引き出そうとする素振りを見せた瞬間、ガルーダの嘴は男の左足の膝から下を毟り取った。
「ぐぁ~! チャーバントの離宮だ。今は使うことのない忘れ去られた離宮に国王一族は幽閉されている!」
「警備の規模は」
「知ら・・・」
「ガルーダ、今度は右う・・・」
「3個中隊1500人の警備兵と1個小隊100名の特殊部隊が警戒に当たっている」
男は声を限りに叫んでケスガイゼの国王一族の幽閉場所をアランに教えた後、失血の為に意識を失った。
利用価値のなくなった男を捨て置いて、アランはガルーダを通じてチャーバントの山中にある忘れ去られた離宮に幽閉されているケスガイゼの国王一族の身柄を確保するようケーム達に命じた。
それは、ケームの能力を活かした作戦としては秀逸で、チャーバント国内の岩山地帯に存在する離宮にあって、兎人族の臭いのする獣人たち以外を殲滅させることで至極簡単に成功した。
アランがガルーダに跨ってチャーバントの岩山地帯にある離宮へ到着した時には、既に鼬人族とその他の獣人たちの盗賊崩れから結成された警備の者たちは完全に殲滅されていた。
食料を僅かしか与えられずに幽閉されていたケスガイゼの国王一族は、既に拉致された折から人数を半減させていたが、国王と王子2人、王妃と王女1人の他数名の生存者を確保し、アランはこの離宮まで国王一族を搬送してきたと思われる檻付きの馬車3台に全員を分乗させて、それごとグリフォン達に運ばせた。
檻付き馬車が着いた先はケスガイゼの王宮ではなく、岩山地帯を越えた先にあるソーン大草原のオアシスに作られた、かつてアランによって叩き潰された盗賊団のアジトだった。
正面の扉を開けると、そこにはカイエリアの末端構成員だった男たちの死体が折り重なるように放置されていた。
「あちゃ~、忘れてたよ、こいつらのこと・・・」
アランがこいつらと言った目の前の死体は、初めてコータルに来た時に今ではアランのメイド長として仕事を熟しているコニーを襲っていた男達だった。
疲れ果てて護送用の檻付き馬車の中で眠りこけているケスガイゼの王族達に気付かれないうちにと、アランはケーム達に命じて人身売買組織カイエリアの構成員だった死体をどこか遠くへ捨てさせた。
その後、3階建てのアジトのうち幹部達が使っていたと思しき比較的マシな部屋を簡単に掃除して王族達を迎え入れた。
その際、簡単な自己紹介として自分がカスマンドの名誉男爵であることを告げて、チャーバントの掃除をして安全を確保出来たら迎えに来ることを約束して、ケーム達を引き連れて大空へ舞い上がった。
大急ぎでテントを張った自分の馬車団の宿営地へ取って返したアランは、コニーを呼んでケスガイゼの王族の世話を申し付けるとともに、必要と思われる物資を集めて荷馬車に詰むように指示した。
大急ぎでそれらの用を済ませた6人のメイドが乗った乗用馬車と、荷物を満載した3台の荷馬車を、ケーム達に命じて一気に大草原のアジト跡まで運ばせたアランは、メイド達を引き連れて再びケスガイゼの国王に謁見し、彼女たちを紹介して何なりと用を申し付けて欲しいと申し出て、国王一家の心を少しばかり安んじさせた。
その後、コニー1人をアジトの正面扉の前まで連れて来ると、2人の前に蹲って服従の姿勢を取るケーム達の中から、黄色い首輪を巻いたような羽毛に特徴のある少し小さな個体を呼び寄せた。
「こいつはナールといってね」
「カリン様とシャナお嬢様がコータルへおいでになる時に乗っていらしたケームですね」
「うん。コニーはケームが怖いかい?」
「ケームを怖がらない者はいないと思います。ご主人様や奥様は例外かも知れませんが…」
「だろうね」
そう言いながら、アランはナールの前までコニーを連れて行って彼女の匂いを覚えさせるように、緊張を忘れるまでコニーにナールを撫でさせた。
しかし、一般女性が恐怖心無しにケームと触れ合うのは難しく、なかなかコニーの体からぎこちなさが取れなかったが、そのうちナールの方がコニーの事を従うべき主人として認識したかのように頭をコニーの体に擦り付けるようになった。
もう大丈夫だと判断したアランは、コニーの耳元で囁いた。
「乗せてって言ってみて」
「えっ!?」
「遠慮しなくていいから」
「いえ、はい、そのぉ、遠慮しているというわけじゃなくて…」
「いいから、言ってごらん」
「・・・・・はい」
覚悟を決め、コニーはナールに向かって優しく語りかける様に命じた。
「ナール、乗せてちょうだい」
すると、ナールはそれをちゃんと理解した様子で、さっと地面に蹲り片方の羽をすっと伸ばして乗れのポーズを取った。
「さぁ、コニー、乗せてやるって言ってるから、乗ってみようか」
「え! は!? ちょっと・・・・・・、うそ!」
コニーの美しい顔が恐怖に歪んだが、アランはそれを斟酌することなく彼女の手を引いてナールに跨らせ、自分はその後ろに跨った。
「飛べ」
その号令を待っていたかのように、ナールはすっくと立ち上がると、ゆっくりと大空へ舞い上がった。
カリンとシャナを乗せていたこともあって、ナールは乗る者に恐怖心を与えることなく優雅に飛ぶ術を心得ていた。
しばらくアランとコニーを乗せて天高く舞っていたナールはそろそろ大丈夫かと判断して高速飛行に移った。
それは、馬車が進む速さしか知らないコニーにとっては初めての経験だったが、意外と恐ろしさを感じさせない飛翔だった。
大空を堪能した2人は、ナールに任せて地上へと戻って来た。
「これでいつでもボクと連絡が取れるね」
そう言って笑うアランに、そういう意図があったのかと今更ながらに理解したコニーは、
「お任せ下さい、ご主人様」
と言って、美しい微笑みを見せた。




