78 収穫祭の準備
アランは、収穫した麦の詰まった袋を村の中心にある広場に積み上げて、その周りに即席の竈をいくつも並べた。
村長の老人は、その様子を複雑な心境で見つめていたが、ついに堪りかねてアランに言葉を投げかけた。
「村の為に色々とお骨折りをして下さってありがとうごぜぇます、男爵様」
「いえ、お気遣いなく」
「だどもな、こうやってせっかく積み上げた麦も今晩には持って行かれちまうだよ」
「ご心配なく。これは村の皆さんのものですから、誰にも渡しませんよ」
「そうは言っても…。チャーバントの盗賊団は半端な連中じゃねぇだよ」
「まぁ、その辺はボクに任せておいて下さい」
「へぇ。だども、この竈は何をするだかな?」
「折角収穫できたことだし、今夜は村のみんなでお祝いをしようかと思ってるんですよ」
「お祝いだぁ? そんな悠長なことぉ言ってる場合じゃねぇですだ、男爵様」
「まぁ、それも含めてボクに任せて下さい」
何を言っても糠に釘。
どうにも現実が見えていないと思った村長は、もう何を言う気も失せたようでトボトボと自分の家に向かって歩き始めた。
「村長さん、今日は日暮れから収穫祭をしますと皆さんに伝えて下さいね」
アランの呑気な声が去っていく老人の背中に向かって投げかけられたが、村長はそれを本気にはしなかったものの、たとえ肉の一切れでも村人たちに分け与えられるならと、カスマンドの貴族の誘いを村の皆に知らせて回った。
「そうか、何か大勢で食べる料理を作るにはバーベキューセットだけじゃどうしようもないな」
ブツブツと独り言を呟くと、アランは馬車へ戻ってショルダーバッグを肩に掛け、広場に戻ろうとして歩き始めたところにカルアの声が届いた。
「お1人ですべての準備をされることはないですよ、だんな様」
「うん、ちょっと食材が足りないかなと思ってね。大羊でも狩ってこようかと思ってたんだけど」
「では、後のことはお任せ下さい」
そう言ったカルアは、コニー達メイドを指揮して村中から大きな鍋を借り出して宴の準備を始めた。
一方、アランは村人たちに無用の恐怖心を抱かせることを避けるため、出来る限り村から離れた場所まで歩いて、そこでガルーダを呼びよせた。
キュイ~! キュー!
アランの呼び出しにすぐ現れたガルーダは嬉しさを体一杯に表わして高く鳴き上げた。
「今日は久しぶりに狩りに連れて行っておくれ、ガルーダ」
キュイ~!
「みんなで収穫祭をしたいんだけど、肉が足りなくなっちゃってさ、ははは」
アランの言葉を聞くと、ガルーダは蹲って乗れの姿勢を取った。
「じゃ、狩りに行こう」
アランが跨るが早いか、ガルーダは一気に上昇して南の大草原の方へ一直線に飛んで行った。
そして、後にはいつものようにアランの悲鳴が響き渡った。
「あ~~~れ~~~!」
コニー以下、リード男爵の使用人たちが手分けして祭の準備を始めてしばらくした頃、身を隠す木の一本すらもない荒れ野を、収穫を済ませたばかりの村に向かって慎重に進む3つの人影があった。
毎年略奪に訪れているだけに勝手を知った土地を、それでも巧みに気配を殺して速足で進むのは、チャーバントの国営盗賊団の斥候達であった。
「なんか賑やかだぜ」
「どうせオレ達に持って行かれるってのによ」
「今年は女の声が多くないか」
「こりゃ、役得ってヤツだな」
「斥候なんてつまらねぇ役回りなんだからよ」
「そうそう、たまにはいい目を見たって悪かないよな」
丈の低い草に身を隠しながら女たちの声が聞こえる方へ近づいて行った斥候3人は、その光景を見てポカンと口を開けたまま閉じる術を忘れたかのように呆けていた。
「こりゃぁ、大当たりだぜ」
「オレ、こんな綺麗な女たち見たことねぇ」
「犬人族かな、あれは」
「どこかのお屋敷のメイドかな」
「おいら、もう我慢できねぇ」
「お、おぅ、手当たり次第押し倒せ」
「それ!」
草の影から祭りの準備のために忙しく働いていたメイド達に襲い掛かろうと走り出した3人の斥候は、5歩ほど進んだところで意識を失った。
「こんなにバカでも斥候が務まるとは、オレもチャーバントで一旗揚げられそうだな」
刃挽きをした剣を手にしながら、ゲルジンは呆れたように呟いた。
4班のメンバーは当然のようにメイド達の護衛に就いていたのだが、斥候達と違って敢えて身を隠す必要もないので、誰からも分かるように抜身の剣を片手に提げて巡回していた。
チャーバントの斥候達3人は、それにすら気付かないほど目の前の光景に没頭していたという事だろう。
気を失った男たちを縛り上げて、ゲルジン達は馬車を停めている広場から少し離れた村長の家の裏に引き摺って行った。
丁度村長の家からその妻と共に外へ出て来たカルアが、それを見て目を丸くしてゲルジンに問いかけた。
「その男たちは…?」
「耳の形と尖った鼻先から見て、恐らくはチャーバントの盗賊団の斥候役だと思います」
「どうなさるおつもりですか」
「それは、お帰りになった男爵様がお決めになるでしょう。取り敢えず、ここに穴を掘って首から下を埋めておきます」
「まぁ」
「ここらにゃ縛り付けておく木の一本も無いもんでね。奥様には少し残酷に見えるでしょうがお許しください」
「いえ、ゲルジンさんのお考えの通りになさって下さい」
「かしこまりました」
メイド達はゲルジン率いる4班のメンバーに引き摺られて行く3人の男を見て、初めて自分たちが標的になっていたのだと気付いて一頻り騒いでいたが、広場に歩いて来たカルアに一喝されて再び仕事に戻った。
「だんな様が戻られる前に準備を終わらせないと、あなた達の分が誰かのお腹に消えますよ」
騒ぎが落ち着いて間もなく、両足と嘴にそれぞれ獲物を掴んだガルーダに跨ってアランが帰って来た。
祭りの準備もほぼ終わった広場に投げ出された獲物を、村人たちは見たことがなかったが、ゲルジンはそれを見て腰を抜かすほど驚いた。
冒険者だった経歴を持つ者にとって、それは幻と評されるほどの希少性ととんでもない値打ちを持つモノ達だった。
「ガルーダが久しぶりの狩りに燥いじゃってね、こんなもの獲って来ちゃった」
アランの言葉を目を丸くして聞いていた4班のメンバーは、恐る恐る獲物に近づいて矯めつ眇めつしながらも、テキパキと解体作業にかかった。
「男爵様、このソーン大銀猪の毛はどう処理すればいいですか」
「大角ヤギの肉は食えるんですか」
「取り敢えず、皮だけ剥いでおきましょうか、この灰熊は」
口々に話しかけられて、アランはここには商業者協同組合も狩人互助組合も支部を開設していないことに気が付いた。
どう処理しようかと考えているところに、カルアが近づいて耳元に何事かを囁くと、アランはゲルジンを伴って村長の家の前に向けて走り出した。
「こいつらがチャーバントの盗賊団の斥候かい」
「時期的に収穫も近いと判断しての事でしょう」
「うん」
「おそらくは本隊も近くまで来ているかと」
「じゃ、折角の収穫祭が出来ないかも知れないってこと」
「その可能性は否定できませんな」
「それはちょっと許せないね」
「襲撃は恐らく日が落ちてからのことになると思いますが、斥候が帰って来ないことをどう判断するか…」
「祭の邪魔をされるくらいなら」
「どうされますか」
「こいつらを囮に使ってサクサク片付けちゃおうか」
「サクサクですか?」
「うん」
「そうは言っても、相手は100人を超す大盗賊団ですから、そう簡単には」
困惑を浮かべつつゲルジンはそう言ったが、デイマークス辺境伯に勝手に名誉男爵にされて以降、カスマンドに滞在していたアランの事しか知らない彼としては仕方のないことだっただろう。
「じゃ、こいつらに本隊がどっちから来るか聞いてみようか」
「口を割ってくれれば話が早いとは思いますが」
「ま、そこは任せてよ」
笑顔でゲルジンにそう答えると、アランは首まで土に埋められている3人の斥候役の男たちに向かって問いかけた。
「ねぇ、キミ達の本隊は何処にいるのかな」
男たちは当然のことながら無言であった。
「じゃぁさ、どっちから来るかだけでも教えてくれないかな」
堪りかねて、斥候役の男たちのうちの1人が笑い出した。
「何を言うかと思えば。オレ達に手を出したことを後悔する前にさっさとここから掘り出しな」
「それはちょっとマズいんじゃないかな」
「何がマズいってんだよ。早くしないと手遅れになるぜ」
ゲルジンから見れば、アランのやっていることは交渉でも何でもない、ただの世間話のように思えた。
が、次の瞬間、アランの纏う雰囲気が辺りの気温を一気に下げるほどに冷たくなったことに気付いて、ゲルジンは思わず身震いをした。
「正直に話してくれるとボクも嬉しいんだけどなぁ」
「おめぇ、バカだろ。オレ達に歯向かって生きていられると思うなよ」
「しょうがないなぁ。じゃ、進んで話したくなるようにしてあげるね」
そう言うと、アランは
「ガルーダ、ちょっとおいで」
と呟いた。
ものの瞬き2回するほどの時間で、ケェ~! という鳴き声と共に猛獣が空から舞い降りて来た。
それがケームだと斥候役の男たちが気付いた時、自分たちが首まで土に埋められている事実を改めて実感した。
ガルーダの嘴を優しく撫でながら、アランは再び男たちに問いかけた。
「本隊は何処にいるのかな」
男たちは酸素不足で口をパクパクさせる金魚のように、必死で息をしようと喘いでいたが、声を出せる者は誰も居なかった。
「そうか、言わないんだね」
そういうと、ガルーダと共に男たちに一歩近づいて、再びアランは問いかけた。
「どっちから来るか教えてくれないかな」
「あわわわわ・・・・・・」
そしてまた一歩近づいて、アランはガルーダに一言命令を下した。
「いいよ、遊んで」
それを聞くと、ガルーダはキュイ~!と一声鳴いて、右端に埋められていた男の脳天に向けて嘴をぶち込んだ。
大角ヤギの頭蓋骨すら容易に貫通するガルーダの嘴の一撃に、右端の男の頭は弾け飛んで真っ赤な血柱が吹き上がった。
首まで埋められて身動きの取れない残りの男たちは、首を動かすこともままならず、視界の端でその光景を捉えて恐怖に歯を噛み鳴らした。
「正直に答えてくれると嬉しいなぁ」
そこまでが男たちの限界だった。
男たちは恐怖で震え、歯を鳴らしながら懸命に情報をアランに伝えた。
それによると、本体はこの村から南の方角に馬で1日の距離に留まっていて、斥候が戻って来るのを待っているらしい。
往復2日を要する行程にそれを過ぎても戻らない場合は、斥候を待たずに襲撃を開始する手筈になっているので、このままだと2日後にはこの村に盗賊団が現れるということになる。
「なんだ、まだ2日も余裕があったんだ。急がなくちゃいけないかと思って損しちゃったよ」
何事もなかったようにそう言うアランの、普段とは全く違う側面を見せられたゲルジンは、残る2人の処遇についてどうするか尋ねたかったのだが、彼もまた恐怖に捉えられて一歩が踏み出せないでいた。
しかし、それでは自分の役目が果たせないと考えて、渾身の力で勇気をかき集めたゲルジンは、アランに2人の処分を問いかけた。
「この2人、どうするおつもりで」
「うん。こんなの生きてたって悪さしか考えないでしょ」
「まぁ、国営盗賊ですから、真っ当な者じゃないですわな」
「じゃ、後腐れ無いようにしちゃえばいいじゃない」
「は?」
「こういうこと」
そう言うと、アランはガルーダに命じて首まで埋められた男たちの周りの土を少し掘り返した。
ようやく身動きが取れるようになった男たちは、今度は縛られている縄をガルーダに咥えられて無理やり土の中から引き抜かれた。
まだ拘束されたままとはいえ、土から出ることが出来た2人の斥候役は、アランの言葉に再び凍り付いた。
「このまま逃げてもいいよ」
「え」
「は」
「但し。10数えた後からガルーダが追いかけはじめるから、後はキミ達の運次第だけどね」
「そんな、逃げられるわけねぇじゃねぇか」
「た、助けてくれよ」
それを聞いてアランは顔から微笑を消して言い放った。
「助けてくれって懇願されて、これまで相手を助けたことがあれば考えなくもないけどね」
「チクショー!」
「覚えてやがれ!」
どこか場違いなセリフを吐く男たちに、アランは尚も冷たく言い放った。
「もうカウントは始まってるよ」
男たちは両腕を後ろ手に拘束されたまま、一目散に走り出して10歩ほどでその場に転倒した。
「7、8、9、10・・・。 ガルーダ!」
そして、斥候役の男たちの頭が弾け、その場に2本の血柱が新たに噴き上がった。




