79 膝枕予備軍現る・・・
チャーバントの国営盗賊団の斥候達3人を、情報を引き出した後に路傍の花でも摘むようにあっさり始末したアランに、ゲルジンはそれまでの見方を完全に放棄した。
事あるごとにカルアが言っていた言葉の意味がようやく実感できたのである。
『だんな様を怒らせると、町の1つや2つ簡単に潰してしまわれますよ』
それは、ウソでもハッタリでもなく、真実だったのだ。
盗賊を始末することに関しては、ゲルジンとて躊躇などすることはなかっただろう。
その点に関しては、アランの行動を斟酌する必要はなかった、
が、情報を引き出すために、掴まえた斥候をいともあっさり始末して仲間の恐怖心を引き出す手法は、自分には真似できないと痛感させられた。
それは謂わば盗賊たちの常套手段であり、それ故にそういうことを常にやっている盗賊たちに対してはこれ以上ないと言うほどに効果があった。
いつもはカルアに何から何まで世話を焼かれないと、まっすぐ歩くことすら危ういのではないかと思わせるほどの体たらくなのに、一旦その心に火が付くと手段を選ばないアランの行動を、ゲルジンは素直に恐怖した。
そして、アランは、忘れ物を取りに行くような気軽な口調で一言言い残して、ガルーダに跨ると一直線に南の空へと飛び立った。
「じゃ、残りを片付けて来るから、祭りの準備は任せたよ」
人間の目では到底確認できないほどの高高度から俯瞰して、アランは目的の集団を容易に発見した。
常人の視力を遥かに凌駕し、獲物を狩る猛禽類の目ですら及ばないアランの目は、身を隠すには不適当な草原の真ん中で野営の準備をしている胡乱な連中を捕捉していた。
この程度なら自分が手を下すほどでもないと判断したアランは、ガルーダに仲間を3頭呼ばせた。
恐らくはこういう規模の集団が、収穫期のこの時期にはケスガイゼ国内に大量に投入されているだろうと予測したアランは、この場を呼び寄せた3頭に任せて次を捜索することにした。
呼ばれた3頭は、ガルーダを通して一切の容赦なく殲滅せよ、との命令を受け取って喜び勇んで100人規模の盗賊団に向かって急降下していった。
それを確認することもなく、アランは再び高度を上げてケスガイゼ国内の様子を確認し、それと疑わしい集団があれば高度を下げて詳細に観察して、チャーバントからの闖入者だと判断するや否やケームの群れを次々に送り込んで徹底的にそれらを殲滅していった。
いったいどれほどの盗賊集団を始末したか数えるのも面倒になって来た頃、アランは今まさに襲撃を受けている集落を発見して、急降下した。
手当たり次第に周囲の建物に火を放っていくやり口は間違いなく盗賊であった。
目に入る男たちはその場で切り殺し、若い女と見れば躊躇なく押し倒して近くに居る盗賊たちが群がって順番を待つという、およそこの世のものとは思えない光景を目にして、アランは自分がいやに冷静でいられることを自分で不思議に感じていた。
同時に、チャーバントの鼬人族特有の臭いを覚えてしまっているケーム達に、兎人族は放って置いて鼬人族だけを攻撃するように命じて、自分もその集落に降りて行った。
まず、焼け落ちて行く建物の中で、最も大きな草葺きの屋根の上で襲撃の様子を見ている鼬顔の男を発見すると、強化された身体能力を使ってその草葺きの屋根に飛び上って鼬顔の男の真後ろに立った。
突然後ろに誰かの気配を感じた男は驚いて振り返ろうとしたが、その時には既にアランに両肩を掴まれて振り返ることはおろか身動きすら取れない状態になっていた。
体は動かないものの、口だけは普通に動くその男は、得体のしれない真後ろの誰かに向かって虚勢を張った。
「誰だ、この野郎! こんなことしやがってただじゃおかねぇぞ!」
真後ろで自分を両手だけで拘束する誰かは、男のセリフを鼻で笑って受け流し、返事の代わりに肩を掴む手に少しだけ力を込めた。
余りの激痛に思わず膝を着きそうになった鼬顔の男だったが、後ろの誰かはそれを許さず、足の力が抜けて却って両肩の痛みが増してしまった。
「ぐぁ~っ! 痛ぇ、痛ぇじゃねか!」
ほぼ肩だけを掴まれた状態で宙に浮く形になった男は、次第に力が込められていく見知らぬ誰かの指に、そこで初めて恐怖を覚えた。
「バカ野郎! 肩が折れるじゃねぇかよ」
その時、初めて後ろに立つ誰かは言葉を発した。
「何処から来た?」
「放せよ、教えてほしかったらオレを下ろしやがれ」
「自分の立場が分かっていないようだね。もう一度聞くよ。何処から来た?」
「てめぇこの野郎、人にものを聞く時には礼儀ってもんがあるだろうが!」
「礼儀? そうか、分かった」
後ろの男がそう言うや否や、鼬顔の男の左肩が大きな音と共に砕けた。
「ギャー!」
「まだ礼儀が足りなかったか?」
「言う、言うから下ろしてくれ」
「今度は右か・・・」
右肩に更に力がこもるのを感じた男は、駆け引きが通用しない相手だという事にようやく思い至って叫んだ。
「チャーバントだ、チャーバントの国王陛下の命令で、この辺一帯の村の収穫を奪いに来たんだ」
「素直に言えば怪我しなかったのに」
「正直に言っただろ。だから下ろしてくれ」
「分かった」
無機質な声はそう答えると、右肩を掴む手に力を込めて男を地面に向かって叩き付けた。
大きな音を立てて、鼬人族の盗賊の男だったそれは、地面に叩き付けられると同時に内臓が周辺に四散してしまった。
「あらら、力入れ過ぎた?」
鼬顔の男の後ろで両肩を掴んでいたアランは、気の抜けたような言葉を吐いた。
その光景を見てしまったチャーバントの盗賊団は、兎人族の村人たちを襲撃することも忘れて棒立ちになってしまっていた。
その様子に、草葺きの屋根に立ったままアランは盗賊団に向かって優しく語り掛けた。
「気を付けないとケームが来ますよ。ほら、そこ」
後は一方的な蹂躙であった。
グリフォンの攻撃は爪、嘴を駆使して精密な狙いを付けたように鼬人族の盗賊たちの頭を吹き飛ばしていき、ものの3分ほどで襲撃されていた村を鎮圧してしまった。
この村を襲撃した盗賊団は、ここに来る前に既に何か所かの村を襲って来ていたらしく、主を失った荷馬車が数十台放置されていた。
それらはすべてケスガイゼの国民に還元すべきものだったのだが、何処の村にどれほど返して良いやら分からなかったアランは、この村で当面必要となる分の食料といくらかの薬品を除いて、村人に手伝ってもらいながら15の山に振り分けた。
ショルダーバッグに手を突っ込んで、アランは大きな網と丈夫な縄をイメージすると、ぞろぞろとそれらがバッグから引き出されてきた。
15の山それぞれに網をかぶせて口を閉じ、縄を使って器用に梱包した後、アランは上空を旋回しながら次の指示を待っていたケーム達に、一つずつ掴んでガルーダの後を付いて来るように命令してその場を飛び去った。
アランが15頭のグリフォンを引き連れて帰って来た時には、すでに宴の準備は済んでおり、後は日が暮れて篝火を焚くだけになっていた。
朝方狩って来た獲物はきれいさっぱり処理されていて、食用になる肉や内臓を除いた有用部位はすべてアランの馬車に振り分けて積み込みを終えていた。
「お帰りなさいませ、だんな様」
自分の夫が何をしてきたのか薄々分かっているカルアに出迎えられて、15頭のケーム達に持たせた荷物の山をその場に積み上げたアランは、ホッと一息つく間もなく再びガルーダに跨り群れを率いて飛び立った。
「あら、まだ暴れ足りなかったのかしら・・・」
悠長に言葉を紡いだカルアを前に、一同は何をか況やとばかりにため息を吐いた。
アランが再び飛び立ったのは、グリフォンの小隊に襲撃を任せたままにした盗賊団の宿営地をもう一度見回るためだった。
ガルーダが選んで呼び出した仲間たちだったから、その攻撃能力には信頼を置いてはいたが、そこにどれだけの物資を持っていたかという事はアランが自分の目で確かめない限り分からないことだった。
その為、一度飛んだコースを丹念になぞりながらもう一度ゆっくり飛んでいると、あちこちに物資を満載した馬車や荷車が固まって点在していた。
それらを見つけるたびに梱包して自らが率いる馬車団の滞在する村へと運ぶことを何度も繰り返し、やがて辺りが薄暗くなりはじめた頃になってようやくアランの用事は終了した。
ケスガイゼは小国である。
故に村の数もカスマンドやロマンダリアに比べれば驚くほどに少ない。
今日1日でケスガイゼ国内のほぼ3分の1のエリアを掃討したアランは、明日以降のことを一旦忘れることにして宴に集中することを自分に課した。
恐らく今日一番働いたのはアランだっただろう。
それは彼の同行者たちの表情からも読み取れた。
しかし、こればかりはアランにしか出来ないことであり、誰に肩代わりを頼むことも出来ないことであった。
普段は頼りなく見える男爵の違う一面を見せられたメイド達からその夜の宴で盛大な歓待を受けて、アランは少しばかり嬉しくなった。
人身売買組織から奪還されて以来、元タランテロード公爵家のメイド達は陰日向なく仕事を熟していたが、自分たちが使える主人の実像がハッキリしないという不安や鬱憤が無いとは言えなかった。
これまでもエビの養殖業者との悶着を鮮やかに解決して見せた一面を知ってはいたものの、なぜ一介の風来坊のような人が自分の祖国の貴族にまで取り立てられたのか、非常に疑問に感じていたのも事実だった。
妻であるカルアに事あるごとに世話を焼かれていながら、何をするでもなく無為に日を送っているようにメイド達の目には映っていたのだろう。
だから今日、チャーバントの盗賊たちの斥候を尋問した折の苛烈さを聞かされた時には、俄かにそれを信じられなかったし、宴の食材を調達すると言って出かけた後、あろうことかものの数時間でそのどれか1種類だけでも親子3世代に亘っても使い切れないほどの富を齎すと言われているとんでもない獲物を3つも獲って帰って来たことに更に目を見張らされたが、その仕上げがチャーバントの盗賊たちに奪われたケスガイゼの収穫を無傷で持ち帰ったことだった。
これらのことに、メイド達は一様に瞬きすることさえ忘れてしまうほど驚いた。
自分たちが仕える主は断じてただの成り上がりではない。
新たに加わったメイド達に、絶対的な信頼と曇ることの無い忠誠心を植え付けてしまった当の本人は、今日も今日とて宴会の終わりを待たずにカルアの膝枕で夢の国へと旅立ってしまった
『今度は私の膝を枕にしてお眠り頂いても構わないのに・・・』
そう密かに思ったメイドは、1人ではなかった。




