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75 ご挨拶

 シャーメシルとカスマンドが直接国境を接する地域は、ロマンダリアとカスマンドの間に存在する小国群に比べて、総体的に地味が痩せていた。


 過去には両国ともに土地の有効活用促進を打ち出して、就農者支援や産業奨励、企業誘致などで後押ししてきたこともあったが、いずれも成果を出すことが出来ずに結局手つかずの荒地だけが横たわっていた。


 アランが中継池を作ろうと思った場所は、どこも忘れられたように村が残っているところで、誰もが貧困に喘ぎながらも行くところが無く、そこにしがみ付いているしかない人々だけが住んでいた。


 一番の問題は、池に張る水が確保できるか否かだったのだが、過去に移住してきた人たちが最も頭を悩ませたのも、やはり水の確保に尽きた。


 自分の持ち物が規格外のチート揃いだとはいえ、さすがに好きなように水を出すなどという荒業は不可能だと思ってはいたが、試しに大きな地図帳を取り出して国境付近の拡大図を開いて見たところ、現在地に遠くない場所に妙な破線の囲みが表示されていた。


 それがどういう意味なのか分からなかったアランは、いつもの如くペットボトルを取り出してチビチビと水を飲んでいると、破線の囲みの上に段々と文字が浮き出て来た。


 そこに書かれた字を見て、アランは思わず口に含んでいた水を吹き出した。


 『地底湖 地下6サケン』


 そう表示された囲みは、点々と南に向かって続いていた。


 地表からの距離はそれぞれ違ってはいたが、それらは大草原まで点在してその後消えていた。


 これは、大草原の地下にある永久凍土層が温暖な地層に触れて溶けだした水が地下に流れを作った結果、荒地の地下に地底湖が点在するのだと推論を立ててみたのだが、おそらくはそれが正解だっただろう。


 地下の湖までは6サケンの縦穴を掘ればいい。


 そして、モノリスのメンバーには井戸掘り機械を作る職人も居れば、歯車を製作できる技術を持つ者達も多くいた。


 これだけ条件が揃っていれば、中継池を作れないわけがない。


 この場所からなら、カスマンドの方が近いと判断したアランは、荷馬車をすべて動員してカスマンドで井戸掘りに必要な器具、道具、資材一式を購入させるために送り出した。


 恐らくは調達と往復に15日近い日数が必要だからその時間を有効に使おうと、15日後にこの場所で落ち合うことを決めてアランの近侍一行は小国群に向けて南下していった。 


 獣人族の住むエリアの南限は言わずと知れた岩山地帯だが、カスマンドとシャーメシルの国境線の南には岩山地帯に至るまでに虎人族の国メヌラ、兎人族の国ケスガイゼ、鼬人族の国チャーバントと並んでいて、メヌラより南の小国はどちらも治安に問題がある。


 特に鼬人族が集まって国家と名乗るチャーバントは、ほとんど自国内の統治が出来ておらず、盗賊が追われると逃げ込むところとしても有名だった。


 現在の国王と名乗るのは建国の英雄で初代国王カカミの17世の子孫と自称する男だったが、実は彼自身が盗賊の出身だった。


 このまま自国内の治安が維持できない状態が続くようだと、周辺諸国が動いてチャーバントを滅ぼす可能性も無くはないと噂されていて、そうなると国を失った犀人族のような獣人族がまた一つ増えることになる。


 本来鼬人族というのは機転が利いて勤勉な種族なのだが、ここ何代か愚王が続いた末に、盗賊に乗っ取られてしまった。


 同種で群れる習性のある獣人族として、国を失うというのは他種族が考える以上に大変なことらしく、過去に猫人族がそうだったように存在そのものが消滅してしまう恐れがある。


 そのせいで、たとえ愚王であろうが盗賊上がりであろうが、共に戴くことが出来る存在がある限り、環境がいかに過酷なものに成ろうとも故地を追われて彷徨するよりは、と考える者が多数を占める。


 周辺諸国にとって、これほど迷惑な話はないのだが、とりあえず独立国という体裁を取っている以上、内政に干渉することはかなり問題を大きくする可能性があるので、皆手を拱いているのが現状だった。


 結局最後は、腹を括ったどこかの国がチャーバントに宣戦を布告して壊滅に追い込むか、諸国連合を結成して敢然と内政に口を出すかしか方法が残されていない。


 しかし、大国であるカスマンドもロマンダリアも、チャーバントに迷惑を蒙っている訳ではない。


 それは、盗賊上がりだけにその辺りは目端の利く現国王が、大国に睨まれるような真似をしていないからである。


 アランは、事典の記載を頭に入れて近侍を連れて南下していった。











 メヌラの中継池を近くに見ながら通過しようとした時、怒声が聞こえて来た。


 中継池の周囲は、遠くからエビを買い付けに来る者の為の市場があって、怒声はそこが発信源だった。


 見ると、エビを積んだ荷馬車が5台横付けされていたのだが、それらは中継池を作ったのとは別の業者のものだったらしく、荷を下ろせないことで困っていたところに、その荷を買い取ると言う者が現れて騒ぎが起こっている様子だった。


 中継池を利用できなければ、当然荷のエビは生きて出荷できないから業者としては丸損となる。


 しかしそれを買い取ると言う者に売れれば損害は回避されるので業者としては売りたいが、そこは中継池を作った業者が作った市場なので勝手に商売をするなという妨害が入る。


 すったもんだの末に怒声が飛び交い、荷馬車をひっくり返そうかという騒ぎに発展し始めていた。


 アランとしては、業者同士が揉めようが和解しようが興味はなかったが、ひっくり返されようとしている荷馬車の主の顔を見て、ネロンガが叫び声を上げたことで事態は急変してしまった。


 その荷馬車の主は、ヒッチハイクしていたネロンガを乗せてくれた件の男であったらしい。


 皆が止める間もなくネロンガが馬車を飛び降りて荷馬車の主を助けようとして、反対に市場の者達に殴り倒されてしまった。


 メイド達がそれを見て悲鳴を上げる中、アランは好機到来とばかりにニヤリと微笑んだ。


 それを横目で見ているカルアが、


「また悪い顔をなさっていますよ、だんな様」


 と皮肉ったが、すでに事態は止められそうになかった。


 カルアはここで商売をしている総ての者に対し、短い祈りを捧げた後知らぬフリを決め込んだ。


 先ずは、アランの身辺を警護する目的で近侍しているゲルジンが、争いを止めるために騒ぎの中心に近づいて行った。


「我らのご主人様の近侍の者に暴力をふるうとは、どういうつもりか!」


 一喝したが相手はまるで気にしていない。


 ゲルジンも笑いが込み上げそうになるのを必死に堪えて


「それ以上我らの仲間に手出しをすると、後悔することになるぞ!」


 と叫んだ。


「うるせぇ! 関係ない奴ァ引っ込んでな!」


 市場の者が威勢よく怒鳴り返して来たので、ゲルジンはネロンガを助け起こしてそっと自分の背に庇う姿勢になって言った。


「我らのご主人様の名を聞いて、まだその啖呵が口に出来るか、キサマ!」


「へんっ! お前たちの主人なんぞオレ達の知ったことかよ!」


「ご主人様の不興を買うと、高くつくことになるぞ」


「そんな脅しは他所でしな。 ここはオレ達の縄張りだ。誰にも文句は言わせねぇぞ!」


「忠告はしたからな。後で泣き言を言っても知らんぞ」


「寝言はベッドの中で言いな。 それ!」


 市場の男は仲間に指示して、荷馬車に手を掛けようとしたが、そこに一際高く鋭い鳴き声が響いた。


 皆が一斉に荷馬車の荷の上を見ると、そこにはいつ飛んで来たのか一頭のケームが立って、辺りを睥睨していた。


「ほら言わんこっちゃない。 ありゃご主人様の使役獣ガルーダだ。もう止められないぜ」


 水を打ったように静まり返った中、ガルーダは豪華な造りの馬車が連なるところに降り立ち、中から出て来る男を待ち受ける姿勢を取った。


「ボクの従者に手を上げたのは誰かな?」


 物音一つしない中、アランが姿を見せた。


 馬車から降りたアランは、ガルーダの嘴を撫でて自分の使役獣だという事を証明しつつ、エビを満載した荷馬車に近づいて行った。


「ねぇ、聞いてるんだよ。ボクの従者に手を上げたのは誰かって」


 誰も答えられる者は居なかった。


 それどころか、まともに口が利ける者さえ居なかった。


 業者たちは、皆ロマンダリア人である。


 ロマンダリア人であれば、猛獣ケームを手足の如く使役する者が誰か、子供ですら知っている。


 それは決して逆らってはいけない相手なのだ。


 市場の者達は、真っ青になって震え出した。


 とりわけ、ネロンガを殴り倒した男は完全に戦意を喪失した上に、恐怖の震えから吐き気を催していた。


「なんで、なんでここに・・・」


「だから言ったじゃないか、後で泣き言を言っても知らんとな」











「まぁ、今回は勢い余った結果という事にしておきましょうか・・・」


 中継池を管理する建物の中で、養殖業者の代表が床に額を擦り付けて謝罪するのに対して、アランはそれだけを口にした。


「でもね、何か問題がある度に相手に手を上げるというのは止めた方がいいんじゃないかな」


 何を言われても平身低頭して謝り続ける代表が鬱陶しくなってきたので、アランはここらで本題に入ろうと言葉を選んで口にし始めた。


「しかしねぇ、何もないじゃ殴られたネロンガが可哀想だしねぇ」


「はい、それはもう、ご尤もなことでございます」


「うん。分かってくれるんだね」


「はい、損害の賠償につきましては如何様にもさせて頂きますので、どうか御容赦下さい」


「ネロンガの怪我なんて大したことは無いからそれはいいんだけどさ。まぁボクの体面ってこともあるから…」


 そう言ってアランは一つだけ希望を口にした。


 しかし、それを聞いた代表は真っ青になって震え出してしまった。


 それは、到底呑める条件ではなかったのだが、相手がロマンダリア救国の英雄であり、カスマンド王国名誉男爵であり、暁の花園の総統である以上、拒否するなど思いもよらないことでもあった。


 養殖業者の代表としては、まさに青天の霹靂。


 突然降って湧いた悲劇の始まりであった。


 アランはこう言ったのである。


「ボクもエビの養殖を始めるつもりなんだけど、その時は邪魔しないでね」















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