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74 養殖池

 池の建設資材を大量に買い込んで、6台の荷馬車が帰って来たのは、予定通り出発から4日後の夕方のことであった。


 翌日の早朝から、アランは早速ケムラーに頼んでおいた設計図を基に、2班のカイネルに命じて再度養殖池の掘削を開始した。


 皆5日前に掘ったばかりの池を放棄してもう一度作り直すと言われて驚いた顔をしていたが、漏水防止の加工が必要だと説明されたので納得して仕事を開始した。


 新たに測量からやり直して、海岸線までの距離と勾配をキチンと割り出した後、養殖池とそこに海水を引き込む水路を繋いですべての底を石灰で固めた。


 海には、この世界でも干満があった。


 アランが知っている元の世界ほどの差はないが、それでも潮位の最高と最低では1サケンほどの高低差があるので、直接海から海水を引き込むのではなく、海と水路の間に人口の潮溜まりを拵えて、そこから水を引き込む設計に変更されていた。


 海から直接海水を取り込む、以前の仕様でも何ら問題はないのだが、池に不測の事態が起こって水が大量に必要になった時に、たまたま干潮と重なった場合には打つ手がなくなりそうだったので、そこまでしなくてもと思うほど慎重な設計になっていた。


 養殖池が今後増えて行ったとしても対応が可能な水路の分岐を拵えた後、懸案の排水装置の建設に取り掛かった。


 ケムラーが言っていたように、水は低いところから高いところへは自然に流れないので、歯車を縦横に噛み合わせて水車のような仕組みを構築して、これを2頭の牛に頸木で繋いで回すようにしたところ、なかなかいい感じで排水が出来るようになった。


 歯車の製作にはきちんとした知識と技術が不可欠なのだが、ようやく出番が巡って来た1班のメンバーの中には、経験者が意外と多くいたので予想外に仕事が進捗した。


 排水路は、水車の取水位置を高く設計して勾配を設け、自然流下方式で海岸近くまで流した後そのまま浜に染み込ませている。


 ついでに水車の取水場所には荒い目の布で囲いを設けて、小さなエビの子であっても間違って掬い上げない工夫がしてあった。


 また、取水は自然勾配に任せているから、放って置くと養殖池が溢れてしまう恐れがあったので、人口の潮溜まりと水路の間の取水口に堰板を取り付けて、必要ない時は取水しないようにしてあった。


 これのおかげで、排水に使役される牛は昼夜分かたず酷使されることを免れたし、水路のメンテナンスも容易に出来る仕組みになっていた。


 池の取水口と排水口はそれぞれ池の対面に設けられていて、養殖池の中で発生した水流によって常に新鮮な海水が行き渡り、エビの呼吸を妨げない配慮がされていたから、多少多くの子を産んだとしても初めに見たアランのように慌てる心配は無さそうであった。


 新しい養殖池は、底に厚く固めた石灰が乾くのを待って、3日後に完成を見た。


 村人の応援もあり、その日のうちにエビ達の再度の引っ越しが終わってアランが安堵した頃、グリザが空の馬車を御して合流した。


 グリンとカリン母娘をカナソワの陸軍病院で下ろして、すぐに海岸沿いに出て馬車を走らせて来たのでカリンの様子は見ていないと報告されたアランは、その晩改めてグリザの為にエビパーティを開催した。


 グリザ以外のメンバーも皆、食べ飽きるという事もなく食らいつくようにエビを堪能していた。


 エビパーティも佳境に入り、皆の食欲が落ち着いた頃を見計らって、アランは今後の予定を発表した。


 それは、これからシャーメシルの海岸沿いを順に北上して、養殖池が建設できそうな場所があればそこで工事をしながら養殖池を増やしていき、獣人族が住むエリアの北限まで到達したらすべての養殖池を網羅した商会を設立して、ゴドリック大陸すべてに輸出できる体制を作る。


 その為には、今後も各地に中継池を作ったり、それを管理する者を配置したりしなければいけないので、忙しくなるだろう。


 ただ、恐らくはエビだけは食べ放題にできると思うので協力を頼む。


 という内容だった。


 カルアはそれを聞いて、ロマンダリア人の父娘ネリマスとカリカに出会った時に感じたものが現実に変わろうとしていることに、深い感慨を覚えていた。


 アランがこうと決めたことで、今まで実現しなかったことはない。


 称号や爵位に頓着せず、自分のやりたい事をやりたいようにしていく中で、仲間も増えたが、これからは敵も沢山作るだろう。


 そうなった時には、たとえ周囲のすべての者が敵になったとしても、自分だけは最後までアランの味方でいようと心に決めた。


 カルアが健気な誓いを心に立てた時、アランは酔っぱらってマルタを誰かと間違えて膝枕を要求しているところだった。


 そして、パーティ会場は一瞬にして修羅場に変わった。


 









 シャーメシル国内で初めてのエビの養殖用の池を作った後は、予定通り海岸線に沿って北上しながら次々に用地を買収し、養殖池を作り続けた。


 シャーメシルも連合国家とは言いながら国土面積はロマンダリアに匹敵するほど広い。


 従って東部海岸線もそれなりの長さを持っていた。


 養殖用の池を一か所作ると、次に移動する際に先行部隊と調達部隊に分かれて効率的に建設していく計画を立案した結果、効率が上がって建設の速度もそれに伴って上がって行った。


 どの村でも初めは懐疑的な目で見られながらの作業となったのだが、養殖池と取水路・排水路、人口潮溜まりなどの一連の設備が完成して、実際にエビを池に放す段階になる頃には、村を上げて支援してくれるところが多かった。


 たまに、村では収入の道がないために男たちが出稼ぎに出てしまっているという村もあったが、エビの養殖自体は子供でも出来る仕事ばかりだったから、この仕事で収入が得られれば夫を呼び戻して家族そろって暮らせると泣きながら喜ぶ若い妻の言葉は、アランに自信と事業展開の拡大を強く意識させた。


 たまたま食べたエビという海産物に、人々を貧困から救い出せる可能性を見出したことは、本当に偶然のたまものでしかなかったのだが、それが齎す結果は想像をはるかに超えて大きなものになりつつあった。


 最終的に獣人族の住むエリアの北限にある村に到着して、そこでも養殖池と取水排水設備と潮溜まりを作っていた時に、2班のメンバーの1人が面白いことを聞き込んで来た。


 そこはシャーメシル北東端のゾルという村だったが、その辺りの海で獲れるエビは、これまで養殖事業で扱って来たものとは違ってかなり大きいのだそうだ。


 村人たちには昔から、何年かに一度新年を迎える祭の時に限ってそのエビを食べる習慣があった。


 今まで扱ってきたエビは、ひし形の甲羅に大きな2つのハサミのような爪と細い8本の足を持っていたが、このゾルで獲れる物は数倍の大きさがあり、人の顔ほどもある大きな甲羅と太くて長い足が8本生えた異様な姿をしているという。


 どういうところで獲れるのかというアランの質問に、村人たちは挙って沖の小島を指差して、


「あの島の裏側にたくさん棲んでいるのだけど、行き来する船が調達できないから普段は食べられない」


 と教えてくれた。


 新年を迎える祭の前夜、村長が村の社から小舟を引き出す許しを神様に願って、新年の最初の朝が穏やかな天候に恵まれた場合だけ小島に渡ることが出来るのだそうだ。


「なるほど。それじゃ滅多に口にできないわけだ。何重ものロックが掛かってるみたいだもんねぇ」


 独り言を呟いて1人感心していたアランだったが、ふと思いついて村人に


「あそこに渡れたとして、どうやって獲ればいいのかな?」


 と聞いてみた。


 するとその人は


「そりゃもう、うじゃうじゃ居るからさ、片っ端から持てるだけ拾ってくるのさ」


 と腰が砕けそうな答えを返してくれた。


 ならばと思い立ったアランは、養殖池が完成するのを待ってガルーダを呼びだし、その背に跨ってひとっ飛びに小島に渡った。


 村人が言う通り、島の裏側は奇妙な形の大きなエビに占領されていて、アランのショルダーバッグに片っ端から放り込んでいってもまったく数が減ったようには見えなかった。


 アランは、自分の持っているバッグに生き物を詰め込んでも大丈夫なのかどうか確信は持っていなかったが、とりあえずやってみてダメだったら改めてもう一度獲りに来ればいいかと、お気楽に考えていた。


 水が張られた養殖池の一つに、アランがショルダーバッグから取り出した大きなエビを1尾放してみると、そいつは何事もなかったように水に潜って行き、しばらくして池の縁に取り付いて顔を出してはズルズルと滑り落ちて行くという事を繰り返していた。


 その様子を一緒に見ていたゲルジンが、ふと思いついたように言った言葉は、アランの常識を根底から覆した。


「男爵様、このエビの様子はどう見ても溺れてるとしか思えませんなぁ・・・」


「み、水に溺れるエビって初めて見たよ・・・・・」


 養殖池そのものの水深はごく浅く、深いところでも1サケンあるかなしかといったところだったのだが、アランは慌てて2班のメンバーを呼んで、大小さまざまな大きさの石を拾って来させた。


 集められた石は、5つ作った養殖池に均等に分けて放り込まれて、池ごとに小さな島を幾つか形作った。


 そこまでしてやっと安心したアランは、順番に池を回ってバッグから大きくて奇妙なエビを放して行った。


 取り付く島が出来たエビ達は、そこが元々の棲み処だったかのようにのんびりと小石の島に上がったり溺れたりした。


 池の完成を祝って、村人たちはその奇妙なエビを塩茹でしてアランに食べさせてくれたのだが、これまで食べていたエビがあっさりとした味だったのに対して、この奇妙なエビは味が濃くそれでいて繊細だった。


「これは高級品として売り出せばかなり評判を呼ぶかもね」


 1人悦に入ってエビを堪能していたアランは、ふと思い出して見本として持って来ていたこれまでのエビを荷馬車から持ってこさせて、村人たちに聞いてみた。


「こういうの、知ってますか?」


 すると、それまで黙って成り行きを見ていた村長が、ぼそりと呟いた。


「こいつは水の中で生きていけるエビじゃないか」











 その日を境に、アランとその一行は進路を西に変え、内陸に向かって進んで行った。


 それは、養殖池から荷馬車で大よそ10日の距離を計って、その辺りに中継池を作るためだったが、シャーメシルとカスマンドを結ぶ幹道沿いの土地は、地味が痩せていて作物を植え付けるには適さない荒地が続いていた関係から、とんでもなく安く手に入った。


 もう既に持ち主が誰かハッキリとは分からない土地については、その土地が属する村に交渉して買収したのだが、驚くべきことに1サリx1サリの広さの土地が10リュアンで手に入ったこともあったので、土地の利用価値を広げてやればこの辺りに住む人たちの為にも貢献できると考えて、1人で納得したアランだった。













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