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73 池を作ろう!

 廃墟が並ぶ光景を無言で見ていたアランは、グリンに声を掛けた。


「この村が無事だったら、あなた達をここに置いて行くつもりだったんだけど、これじゃどうしようもないね」


「元々、娘が男を連れて来ると言ったのが発端でこの村を捨てた身ですから、今更ここに未練なんぞありゃしませんよ」


「で、どうしようかな。これからカリンさんのご主人の入院している陸軍病院へ向かうことになるんだけど…」


「そいつはどうも気まずいですなぁ」


「だろうね」


「ところで、カリンの亭主の容態はどうなんです?」


「それはね・・・・・。それは、自分の目で確かめてくれた方がいいと思うよ」


「・・・・・」


 グリンは、アランの言い方で大よその見当がついてしまった。


 まだ一度もまともに話をしたこともない男のことをあれこれ考えられるはずもなく、グリンは父親としてカリンの傍についていてやることにした。


 シャーメシルの首都ハナイは、この村のあった場所から馬車で6日の距離にある。


 カナソワの陸軍病院までは、ハナイから1日の行程であった。


 但し、今回はグリザの馬車にカリンとグリンとシャナを乗せて、先行させようと思っていた。


 アランとしては、カリンの夫の容態云々よりもエビの養殖事業の方が気になっていたので、馬車団を引き連れて廃墟から東に進路を取るつもりでいた。


 その夜、ゴーストタウンの中でテントを張ったモノリスのメンバーは、風で廃墟の戸が傾ぐ音や野良犬の遠吠えなどがする度に体を硬直させて、夜食も喉を通らない有様だった。


「みんな何を怖がってるんだろ? ただ燃えてしまった家があるだけなのに」


 呑気なアランの声は、メンバーの耳には届かなかったようで、翌朝にはいつも誰よりも早く起きてパンを焼くはずのカリスの姿が見えなかった。


 朝からお腹を空かせているアランにとって、目が覚めた時に朝食の用意が出来ていないことは悲劇そのものであった。


 だから、隈なく辺りを探してカリスの姿を見つけようとしたが、何処に隠れたかまったく分からなかった。


 仕方なくカルアと一緒にお茶でも飲もうと自分の馬車に戻って来たところ、近くに停まっていた荷馬車の台座の下から這い出して来るカリスと目が合った。


「そんなところで何してるの?」


「いえ、あのぅ、いろんな音が気味悪くてここに隠れてたんですが、どうも寝過ごしたようでして…」


「いろんな人を見て来たけど、馬車の下に避難する人って初めてだよ」


「はははは・・・・・」


「でさぁ、ボクお腹空いたんだけど?」


「はっ、すぐにご用意いたしますので、少しだけお待ちください」


「その必要はありませんよ、カリスさん」


 馬車から降りて来たカルアは、そう言ってアランに昨日の残りのパンを手渡した。


「これ、昨日のパンじゃない?」


「そうですよ」


「なんか固くなってない?」


「庶民は皆こういうものを頂いているのです。お忘れなきように、だんな様」


「あ、あぁ、そうだね、そうだった…」


 普段は朝一番に置きだして竈に火を入れているカリスが不在だったせいで、お茶を淹れる湯を沸かすことが出来なかったマルタが、仕方なく馬車に備え付けの火打石を火打ち金に打ち付けて、乾燥した小さなキノコを砕いた火口に火を着けようとしていたが、慣れないことは難しかったようでなかなか上手く行かない様子だった。


 見かねたカリスが代って火花を飛ばすと、すぐに火口に火がついて、そこに附木を当てて燃え移らせた後、移動用の簡易竈の焚口に放り込んだ。


 消し炭を敷いてある簡易竈の焚口は、小さな木片しか入れられないので大きな火を熾すことは出来ないが、火を付けるだけなら比較的簡単にできるのでカルアも時々利用することがあった。


 お茶が淹れられてパンと一緒にアランの前に供されると、先ほどの文句を忘れたかのように嬉しそうに食べる様子を、カルアは複雑な顔で見ていた。


「だんな様って、口に入れば何でもいいのかしら?」


 朝食が済むと、すぐに出発となった。


 グリンとカリン母娘の乗った馬車は、グリザに言いつけてカナソワに直接向かうように手配した。


 カナソワの陸軍病院で夫の姿を自分の目で確かめた後どうするかは、カリンが決めることである。


 生活していくうえでの支援なら、どんなことでも惜しみなくするつもりのアランであったが、最終的な決断はカリンに委ねた。


 北に向かうグリザの馬車に遅れること30分。


 アランは先日世話を頼んだエビの様子を見るために、進路を東と指定した。


 東海岸に向かう道筋は、海に近づくほどに荒廃を免れている様子だった。


 元々国土の東半分には狐人族が国を建てて住んでいたのだから狐人族が多いのは当たり前だが、海に近いほど何らかの産業と縁が薄くなる傾向は否めない。


 農業にしろ工業にしろ、塩害を恐れるあまり海には近づかないからだろうと、アランは思っていた。


 事実、海から遠くないところの畑では葉物野菜などは栽培されておらず、根菜類が中心になって来ていたし、4日後、海が遠望できる地点に来た時には、辺り一面赤い実を付けたトマトのような作物の畑だけが広がっていた。


 一度海岸線に出た一行はそのまま北上して、翌日ついに念願の村へと到着した。


 アランの頼んだ通りに柵が巡らされた池の周囲には、一定の間隔でリード男爵家所有地と書かれた看板が設置され、柵の切れ目から中に入ると人だかりが出来ていた。


「先日はどうも。ちゃんと約束を守っていただいてありがとうございます」


 馬車の窓から顔を出してアランが挨拶すると、顔を覚えていた村人たちが馬車を取り囲んで騒ぎ出した。


「男爵様、大変だ。エビが子を産んだ!」


「へっ?」


「おいら達は何もしてねぇけどさ、適当にエサになりそうなものを日に一度やってたら数が増えてたんだよ、ちっこい奴がいっぱい・・・」


「あれから半月ほどしか経ってないんだけど、ホントですか?」


「ウソなんかついてねぇよ。男爵様の目で確かめてくれたらいい」


 アランは半信半疑のまま馬車から降りて池を覗き込んだ。


 この前は1200尾余りのエビを持って好適地を探しながら海岸沿いを移動していたから、順々に味見をしてもらった結果500尾余りが手元に残っていただけだった。


 だから、それほど巨大な穴を掘っていなかった割りに水面からエビの姿を確認するのが難しいほど広さに余裕があった。


 ところが、今見る限り池の表面は小さなエビで埋め尽くされていた。


「こりゃ大変だ。エビが呼吸できなくなってしまうぞ・・・」


 ぼそりと呟いた言葉に、村人が一人反応して笑った。


「息が出来ねぇってのは、オレ達が水の中に入った時に使う言葉だよ。エビ達ゃ始めっから水の中だもの、そりゃねぇや」


 この事態については説明して納得させる必要を感じつつも、アランは目の前のことを優先することにして、早速馬車に戻ってコニーを使いに立てた。


「2班のみんなに集合するように言ってきて」


「畏まりました。道具は何を持参させればいいでしょう?」


「そうだね、シャベルがあればいいんだけど、穴を掘ることが出来る道具なら何でもいいよ」


「畏まりました」


 コニーを行かせた後、アランは池の周りを回って様子を見ていた4班の中にゲルジンを見つけて、傍に呼んだ。


「ねぇ、これの倍くらいの池をあと5つ作りたいんだけど、今日中に出来ると思う?」


「まぁ、その程度なら60人いる2班で十分でしょう」


「なら、池の水と海を繋いで水を循環させる道具はできるかな?」


「はぁ? 水を換えるんじゃなくて、海と池の水を直接行き来させるってことですか?」


「まぁ、大雑把にいうとそういうことなんだけど」


「それは、1班の連中に考えさせては如何ですか? 素人が頭を捻ったって大したことは考え付きゃしませんよ」


「なるほどねぇ。そうか、餅は餅屋だね」


「なんですかその餅屋ってのは?」


「いや、こっちの話…」











 2班のメンバーが総がかりで穴を掘った結果、とりあえず池は完成した。


 しかし、海岸から水路を設けて直接池に水を張ることには成功したのだが、アランが思い描くような水の循環装置は2班のメンバーには作れなかった。


 暗くなるまでに元の養殖池に溢れかえっていたエビを、新たに完成した5つの池に均す様に分けて入れた後、循環装置について考え込んでいたところ、ゲルジンに話を聞いた1班の何人かがおずおずとアランに近づいて来た。


「あの、男爵様。ちょっと話を聞いてもらえませんか?」


「なに? あぁ、1班の人だったね」


「はい、私は元機械工で井戸掘りの道具を作ってたんですが、その時の道具が応用できるんじゃないかと思いまして…」


「うん、思いついたことがあったら、何でもいいから言ってみて」


「水ってのは高いところから低いところへは放っておいたって勝手に動いて行きますが、その反対だと結構大変なんですよ」


「そうだね」


「今日掘った池は、海の水よりも低いところに作ったから勝手に水が一杯になりましたが、これを掻き出すためには何か動力源が必要になります」


「なるほど」


「それに、折角掘った池ですが、このままではいつか水が干上がってしまうでしょう」


「ん、どうして?」


「やはり、水を貯めるためには池の底を漆喰か石灰で固めなきゃダメなんですよ」


「水が漏れるってことかな?」


「今すぐってわけじゃないかもしれません。現に何日も前に掘られた池は今でも水を張ったままですからね」


「うん」


「でも、最初と比べて水面が低くなっていませんか?」


「うん、そう言われればそんな気もするかな・・・」


「これは私の推測ですが、最初は池の縁ギリギリまで水を張ってたんじゃ?」


「あぁそうだ。そうだよ。キミの言う通りだ」


「お手数でしょうが、明日近くの町で石灰か漆喰を買い込んで準備してから、もう一度計画的に池を作り直しては如何でしょう?」


「分かった」


 アランは、ケムラーという名のその男の進言に従ってもう一度池を作り直すことを承諾し、更にどういう形に掘れば循環装置を取り付けられるか設計図を描いてくれと彼に頼んだ。


 その夜、モノリスのメンバーが集まって、侃侃諤諤意見を交換したが、一応の結論を見たのはかなり遅くなってからのことだった。


 翌朝、村人に近在で一番大きい町の場所を聞いた1班と2班のメンバー30人は、幌をかけた馬車を6台借り出して建材を仕入れに出かけて行った。


 残った者達は、アランから池に放したエビの育て方を聞いたが、あまりのいい加減さに驚いた。


 しかし、日に一度エサをやるだけで後は放って置いても子まで産むと言う信じられない生態に疑問を持つ者はいなかった。


 間違いない成功例が目の前にあるから、誰も疑問を口に出来なかったのだ。


 大きな買い物ができる一番近くの町までは、馬車で往復4日かかると聞いたアランはその間することもなく、またメンバー達にもさせる仕事がなかったので、毎日エビを茹でたり焼いたりして楽しんだ。


 驚くほどの繁殖力と成長の速さを見せるエビという生き物の凄さを実感しながら、みんなは飽きることなく毎日食べ続けたが、どれだけ食べても食べつくす事が出来ないことに嬉しいながらも空恐ろしさを感じていた。













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