64 買取
ルネの助っ人に指名されて3班から呼び戻されたタカジルは、グリザの馬車の後をサリカムの馬車でゆっくりと尾行した。
車内には念のため4班のゲルジンに頼んで付けてもらった護衛役が2人乗っていた。
正確には、護衛が務まるほどの腕前は持っていなかったが、常に武器を携帯していることと多少の実戦経験があることを加味しての、早い話が車内での話し相手でもあった。
ルネの実力が未知数なために、どれほどの仕事が熟せるのかが分からない。
だからといって無闇に助けに入ることも憚られる。
男爵がなぜ自分をルネに付けたのかを考えて、タカジルは自分なりの答えを見つけていた。
男爵は、自分に変わって雑事を取り仕切る人材が欲しいのだ。
人材というのは、磨いてみないと真価が現れない。
初めから出来る人間など、ごく稀に現れる天才くらいのものだから、皆何がしかの経験を繰り返しながら成長していくものである。
ルネの場合も、押し掛け執事として自分を売り込んで来た割には、タカジルの目から見ればあまりのもヒヨっ子過ぎた。
もし自分がルネを雇う立場にあったとしたら、と考えると、タカジルにはこれほどの大金が絡む取引に一人で放り出すことなど到底出来ないだろうと思えた。
そしてそこがリード男爵の凄いところであり、誰にも真似できない成功の秘訣の一端だとも思えた。
グリザの馬車は2頭立てであり、サリカムの馬車は4頭立てである。
しかもサリカムの馬車の4頭は悍馬でもある。
速度が違いすぎるので、サリカムも逸る馬を抑えるのに若干苦労していた。
そのことに気付いたタカジルは、サリカムに頼んで一気に追い越してもらうことにした。
先に王都で情報を集めておくことも決して悪いことではない。
潰れかけた雑貨店ではあるが、カスマンド有数の名店でもある。
すでにその評価は過去のものになりつつあるが、それでもスヘルデン商会の名を知らない王都の住民はいないほどの表に出てこない価値があるのも事実である。
男爵の言うように、スヘルデン商会そのものを買い取るのに35.000リュアンを支払っても、それは決して過剰な出費だとは言えないだろうとはタカジルも思っていた。
だが、すでにかつての栄光を失い、信頼できる部下に去られて、経営のことなど何もわからない当代の会長に、それだけの出費は必要ないともいえた。
若い頃から叩き上げで苦労してきた経営者ならともかく、後継ぎがいないからという理由で親戚から選ばれた当代は、店頭で接客したことすらないのだろう。
スヘルデン商会という雑貨店が、何をどれほどの価格で売っていくらの利を得ているかが分からないから、要らぬ錯覚を起こすのだ。
地道な日々の営業が自分の糧に繋がっていることが実感できていないから、歴史も伝統もあるカスマンド最大の雑貨店の軒を傾かせることになってしまった。
そんな無能に大金を渡す必要など、タカジルは小指の先ほども感じていなかった。
だから、タカジルは男爵に対して10.000リュアンでも高い買い物だと断言したのである。
自分も商売の経験が多少なりともあって、高額の取引も何度か成立させたことがあるからこその意見だが、タカジルは今回の買収を成功させる自信があった。
それもかなりの安値で。
相手は世間知らずのお坊ちゃまである。
自分の片腕となって働く経営陣の意見を無視して、挙句逃げ出される程度の器なら、目の前に並べられた現金の魔力に適うはずもない。
店を大きく飛躍させることが目的なら、目腐れ金に騙されるはずも無かろうが、結局は道楽、遊ぶ金欲しさが表に出てしまっている以上、本来持っている値打ちよりも目先の小金に惑わされるのは必然である。
そんなことをつらつら考えているうちに、4頭の悍馬が引く馬車はあっさりと王都に到着していた。
ルネは、とりあえず懸案である、スヘルデン商会のコータル支店の買い取りのために、ハイデルフォール子爵邸を訪れた。
取次の門番にリード男爵から渡されたタランテロード家家令の返書を提示して取次を願うと、5分も待たないうちに執事が一人出て来た。
「リード名誉男爵家の執事殿とお見受けいたします。わたくし、ハイデルフォール家執事のケメリオと申しますが、本日は貴殿に同道の上取引の立ち合いを申し付かりました」
そう挨拶したハイデルフォール家執事に、ルネも型通りの挨拶を返して早速スヘルデン商会本店に向かった。
つい数日前に来た時はまだ客が品物を物色する姿が見受けられたのだが、最盛期のスヘルデン商会を知らないルネから見ても、現在の店頭は活気がないことが分かるほど客の姿が見えなかった。
もしかすると、客の数より店員の数の方が多いのではないかと思えるほどに閑散とした店内は、櫛の歯が欠けたように品物が載せられないままの棚があちこちに見受けられて、尚更侘しさを感じさせた。
用件を切り出す前に、店内を一回りしていると、どこかで見たことがあるような男たちが3人、所在無げに並べられた品物を手に取ったり戻したりしていた。
ハイデルフォール家の執事を金魚のフンのように引き連れたまま、ルネはその男たちに近づいて声を掛けようとしたが、反対にどう聞いてもわざとらしい物言いで挨拶をされた。
「おぉ、これは執事のルネさんじゃないか! こんなところで会うなんて奇遇だなぁ」
「は、はぁ…」
「おれ達のことは知らないか?」
「いえ、お顔は存じ上げているのですが、お名前を失念してしまいまして」
正直に言うルネに舌打ちして、男たちの1人が自己紹介をしてきた。
「同じ主君に仕える者同士なんだからよ、顔と名前は覚えといて欲しいもんだぜ」
「これは大変失礼いたしました、次からは必ず覚えておきますのでお名前をお教え願えますか」
「しょうーがねーなぁ、おれはタカジルってんだ。こいつらはエヘリスとルスカイってんだ、きっと覚えときな」
「畏まりました、タカジルさん」
「おうよ、分かればいいんだ、分かればよ」
その時、ルネの後ろに立っていたケメリオが痺れを切らせたようにルネに声を掛けた。
「リード家のお仲間との挨拶はそれくらいにされては如何なものかと…」
「はっ、お待たせしておりまして申し訳ございません。では会長のところに向かいましょうか」
すると、それを聞き咎めたようにタカジルが言葉を挟んで来た。
「おっと、お前さんもココの会長に用事か?」
「は、はぁ? ご主人様に命じられた用件のために会長にお会いするところですが、それが何か」
「おれ達もさ、会長に用事があってさ、会いたいと思ってたんだけどよ、お前さんもそうだってんなら、どうだい、一緒に行こうじゃないか」
そう言われたルネは、思わずケメリオの顔を見たが、彼は素っ気なく
「わたくしの用件はルネ殿の取引の立ち合いだけですので、ご随意に」
と答えてさっさと歩きだしてしまった。
ルネはケメリオの気分を害してしまったかと慌てたが、タカジルはニヤっとして無言で彼に続いた。
「どうした、さっさと行かないと、あのあんちゃんにまた怒られるぜ」
「は、はい」
スヘルデン会長との面会を取り次いでもらおうと、その辺に居る店員に声を掛けたルネは、その答えに耳を疑った。
「会長なら部屋から出てこないから、行けば会えるよ」
「分かりました、ありがとう」
その会話を聞いていたケメリオが舌打ちしながら呟くのを、タカジルは聞き逃さなかった。
「スヘルデン商会の店員がこんな物言いをするとは、信じられん…」
ニヤリと口元が緩むのをなんとか隠しながら、タカジルはさも驚いた風に言った。
「なんという体たらくだ、こりゃ。仕方ねぇ、行こうか、ルネさんよ」
会長室の扉はすぐに分かるように、飾りつけがされていた。
ルネがノックすると、中から舌打ちが聞こえて、その後
「入れ」
と声がした。
失礼しますと言うルネに続いて、4人はぞろぞろと中に入って、そして声を失った。
会長室の中には、誰が見てもガラクタとしか思えない雑貨が雑然とそこら中に置かれて足の踏み場もない状態だった。
当代のスヘルデン会長は、それらを慈しむように眺めながら、入って来た5人の男たちを不思議そうに見つめた。
「誰だ、キミたちは」
「お初にお目にかかります、私はリード男爵家の執事、ルネ・マルーンと申します」
「リード男爵?」
「はい」
「おぉ、この前、ハイデルフォール子爵家から言ってきてたな。そうだ、アンタだっけか、使いに来てたのは」
会長はそう言ってケメリオを指差した。
「本日は契約の立ち合いに参りました」
ケメリオは指さされたことに憤慨したか、素っ気なく用件だけを述べて口を噤んだ。
「では、こちらに契約書をご用意いたしましたので、早速ですが価格………○%#&!」
ルネが型通りに交渉を開始しようと値段について言及しようとしたところで、タカジルに後ろから小突かれた。
「わたしゃリード男爵から全権を任されて来たタカジルという者ですが、これが先日お譲り頂いた倉庫の代価です」
ルネを無視して、タカジルはいきなり交渉の主役になったかのような態度で話し始めた。
「それもなんだっけ、番頭のマルカスが言ってたな。 で?」
「はい、こちらに」
そう言って、タカジルは会長の机の上に500枚の金貨が入った袋を6つ並べた。
「確かめていただいても結構ですが、3.000リュアンございます」
「わお、3.000リュアンだって、凄いじゃないか!」
いきなり大金を前にして、会長は我を忘れたかのように興奮して叫んだ。
「それから、コータル支店の土地建物の件ですが、いくらでお譲り頂けますかね?」
タカジルは間髪を入れずに交渉を始めた。
「それは・・・」
会長は目の前の大金に圧倒されて、考えが纏まらないのか、言い淀んだ。
それを好機と見て取ったタカジルは、机に並べた金貨の袋の一つを開けて中身を会長に見せびらかせるようにザっと広げた。
「これで500リュアンですからねぇ・・・」
呟くように言うタカジルの言葉は、すでに会長の耳には届いていないようだった。
月々の売り上げ額や、年間の販売目標として5.000リュアンだとか10.000リュアンといった単語は日常的に聞いていたが、実際の金貨の山を見るのは実は初めての経験だった会長は、それだけで感覚が麻痺してしまっていた。
「コータルという町は、国王陛下が行幸される折こそ賑わいますが、普段は片田舎の農村よりも人口が少ないところでしてね」
「うんうん」
「そこの店をお譲り頂くのは、スヘルデン商会にとっては経費の節減にも繋がることじゃないかと思うんですよ」
「そうだね、確かにそうだ」
「店は客が物を買ってこそ値打ちがあるけれども、1年のうちに店を開けていられるのが僅かひと月ほどしかないコータルでは、どれほどの売り上げが期待できますかね?」
「ふーむ」
「この際、無駄な経費はすべて削ぎ落として、身軽になられてはいかがでしょうね、会長」
「うん、そうだな、キミの言う事は尤もなことだ」
「ならば、ここに新たにもう1袋金貨をご用意しましたから、これでどうです?」
タカジルは、初めに開けた金貨の山の上に、更に1袋金貨を開けて山を高くした。
「これだけあれば…」
「そうですよ会長。これだけあれば10年や20年は他の大陸にだって買い付けに行けますよ」
「分かった。これでいい」
「ルネさん、契約書を」
「は、はい」
ハイデルフォール家の執事ケメリオは、その光景を黙って見ていた。
自分の仕事は立ち会う事だけだから、価格交渉に口出しするなと言われていたのだが、目の前で展開された茶番劇はあまりに滑稽で、スヘルデン商会の歴史と伝統が崩壊した瞬間を目撃したというには、あまりに冷淡な自分に驚きもしたが、同時に納得もしていた。




