65 再興
ハイデルフォール子爵家執事のケメリオは、自分の用は済んだとばかりに会長室を出て行った。
ハイデルフォール家からの迎えの馬車は、すでに店先に到着していたから、ケメリオは後ろを振り返ることも挨拶することもなく、ただ黙って馬車に乗り込んだ。
さて、とタカジルはここまで筋書き通りに進んでいることに内心ほくそ笑んでいたが、ここからが正念場であると気を引き締め直した。
「スヘルデン会長は各地を巡って、その土地の名産品を選んで店頭に並べるという、素晴らしい慧眼の持ち主と伺っておりますが…」
タカジルは、いきなりスヘルデン会長を持ち上げるように話し始めた。
「うむ、まぁ、趣味と実益を兼ねた、オレに相応しい仕事だな」
「そうでしょうなぁ。誰にでも出来ることじゃございませんしね」
「それが何か?」
「いえ、私共の主はそういうかけがえのない才能の持ち主を尊敬する、広い度量の持ち主でございまして」
「ふむ、そうかも知れんな。コータルの出店をポンと買い取るくらいだからな」
「ええ、そうでございますとも」
「それで、何か話に続きがあるような口ぶりだが?」
「会長は、今現在スヘルデン商会の経営と、掘り出し物の発掘と、どちらにより力を入れて仕事をなさっておられますか?」
「うむ。まぁ、最近はカスマンド国内でも粗方回りつくした感があってな。できれば国外での買い付けに力を集中したいと考えているところだ」
「なるほどなるほど。」
「しかし、そうなると店の方が心配でもあるんだが、先代から勤めておった番頭どもが次から次へと辞めてしまいおってな」
「はぁ、それでは会長ご自身がすべてを見ておられるのですか?」
「そういうことだ」
「そうしますと、折角の会長の慧眼を発揮する場がありませんなぁ」
「そうなんだ、そこなんだよ、一番の悩みは」
「会長としては今後どうなさりたいとお考えでいらっしゃいますか?」
「うむ、昔のように信頼のおける番頭に店の経営は任せて、オレ自身は珍しいものを発見して回りたいのだがなぁ」
「そういたしますと、お辞めになった番頭の方々を呼び戻されるお考えで?」
「いや、あんなバカどもはもう要らん。オレの方針に一々楯突きおって、挙句に皆辞めてしまうなど責任感が無いにも程がある」
「なるほど、会長のおっしゃる通りですなぁ」
「誰か店を任せられる者を知らんかね?」
「私どもではそういう者に心当たりはございませんが、会長の方針を尊重したやり方ならご提案出来ると思いますよ」
「なに、それは本当か!」
「はい。きっと会長のお考えに沿うものになるかと」
「どういう手段があるんだ、それで?」
「会長ご自身には、これまで通り掘り出し物を探す仕事に本腰を入れていただければ結構でございます」
「店は? 店は誰が面倒を見るんだ?」
「そこでございますよ、この案の一番のポイントは」
「もったいぶらずに早く言え」
「これは失礼いたしました」
「私どもが責任を持ってスヘルデン商会を守り育てて行けば、これまで以上に盛業となりましょうし、会長の努力も実を結ぶかと存じます」
「お前らが店を? お前らにはそういった経験があるのか?」
「リード男爵家に仕える者達は多士済々でございましてね、こういった仕事の経験を持つ者も1人や2人ではございません」
「ふむ、悪い話ではなさそうだが…」
「何かご懸念でも?」
「うむ。 やめて行きおった番頭どもが、オレを給料制で縛りつけようとしよったことがあってな」
「なんという愚かな真似を」
「お前もそう思うだろう」
「仰る通りでございますよ。会長には自由に動いていただいて、掘り出し物を探していただかねばならないというのに、給料制とは、いやはや呆れましたな」
「そうだろう、やっぱりそう思うだろう」
「もちろんですとも」
「では、さっきの話に戻るが、店の経営をお前らに任せると言うのは、まぁ分からんでもないが、それで出た利益はどう処分するつもりだ?」
「言わずもがなのことを仰いますな。ここはスヘルデン商会ですぞ」
「うむうむ、分かっているようだな」
「つきましては、今後の経営環境の整備と、会長のご身分につきまして若干の申し合わせを記しました契約書がございますので、ご覧になって納得いただけたらサインをお願いできましょうか?」
「分かった。しかし、そんなものをじっくり読んでいられるほどオレはヒマじゃない」
「なるほど、そうでしょうなぁ」
「この場でサインするから、そちらもサインをして寄越せ」
「こちらにつきましては、ご覧の通り既に我らの主アラン・リード名誉男爵のサインが認めてございます」
「なに! 本当だ。手回しが良いな」
「勿論でございますとも。では、サインしていただくに先立ちまして、今後の会長のご予定をお伺いしたいのですが」
「変なことを訊くヤツだな。 まぁいい。明後日辺りからロマンダリアへ買い付けに行こうかと思っていたところだ」
「それは大変好都合ですな」
「何かあるのか?」
「リード男爵の第一夫人はロマンダリアのご出身ですので、何かあればそれなりの助言もいただけるかと存じまして」
「ふむ、なるほどな。天下の美形と聞いているが、本当か?」
「私もこの歳になるまで、あれほどお美しい方をお見かけしたことはございませんでしたよ」
「そうか、いつか会えるといいな、その美形にも。くっくっく・・・」
「では、こちらにサインを」
「うむ」
そして、スヘルデン会長は、スヘルデン商会とそれに関係する一切の権利を手放した。
代わりに、買い付けた品物が販売に耐える物であった場合に限って、その売り上げの15%を支払うという契約は、世間の常識に照らしても決して悪い条件ではなかったが、スヘルデン会長にそれだけの目利きが出来るか否かという問題はまた別であった。
但し、本人はそのことに気付いてはいないようだったが・・・。
その夜、ルネと一緒に戻って来たタカジルは、契約の顛末の一部始終を話して、アランの爆笑を誘った。
上屋の向かいの倉庫群、スヘルデン商会のコータル支店、そして総本山のスヘルデン商会そのものを、しめて3.500リュアンで買い取ってしまったのである。
爆笑もしようというものだ。
スヘルデン会長に目利きの才があったなら、こういう事態に陥ることはなかっただろうから、今後スヘルデン氏に支払いの必要が生じることはまずないだろうし、万に一つ良いものを仕入れてくれば、契約通りに対価を支払ってやればいい。
ただ、浪費癖の付いたスヘルデン氏にどれほどの期間、活動が続けられるかは別問題だったが・・・。
腹を抱えて笑い続けた後、タカジルに再度命じてスヘルデン商会の会長に愛想を尽かせて辞めていった番頭たちを探し出すことにした。
餅は餅屋である。
勝手を知ったスヘルデン商会の経営を任せるには、元居た番頭たちに勝るものはないだろう。
「それとね、タカジル」
「まだ何かお考えですか、男爵様?」
「うん、売り払った支店を買い戻せればいいかなと思ってね」
「畏まりました。では、私の方でチームを組むことをお許しいただければ、すぐに取り掛かりますが」
「うん、じゃぁそっちの方はタカジルに任せるよ、後はよろしくね」
「はっ」
上屋の1階部分の区割りがほぼ終わった頃、タカジルは6人の男たちを連れて、アランに謁見を申し出て来た。
タカジル自身だけなら直接会いに行けばいいのだが、今回はアランに依頼された件で探し出して来た元スヘルデン商会の番頭たちが一緒だったために、形式を踏んだのである。
番頭たちは皆一様にスヘルデン商会を買い取ったのが、人身売買組織を壊滅に追い込んだ貴族だと知って戦々兢々としていたが、実際に謁見してみると実に気さくな若者だったので、逆に驚いた。
中でも番頭たちの目を釘付けにしたのは、やはりアランの周りに侍る女性たちで、第一夫人のカルアを筆頭に誰もが目を見張るほどの美形揃いだった。
挨拶を終えて、アランは早速6人に意思の確認を行った。
全員がスヘルデン商会の再興に力を尽くすと答えたのに加えて、軒が傾いた原因であった旧主を排除できた上での要請だったから存分に腕を奮うと力強く答えてくれた。
簡単な食事をともにしながら、アランはまず売却した支店の買い戻しを考えていることを伝えて、現在その仕事を担当しているのがタカジルだと教えた。
6人の中で1番の年嵩の元大番頭だったというバゼックが、アランに提案するように言い出した。
「スヘルデン商会の大番頭を務めておりましたので、売却先も承知しておりますし、盛業に戻った暁には買い戻すという条件付きの契約でしたので、それは然程難しくはないかと存じます」
「へぇ、ちゃんと手は打ってあったんだね。さすがは老舗というべきかな」
「問題は、スヘルデン商会を再興するのに必要な資金が枯渇しているという事の方でございまして、こればかりは男爵様のご主導で解決の道を探りませんと如何ともし難く…」
「あぁ、それは心配しないで」
「そうおっしゃっていただけるのはありがたく存じますが、かなりの額が必要になると思いますので・・・」
「とりあえず、100.000リュアン用意してるんだけど、足りないかな?」
「じ、100.000リュアンでございますか!?」
「うん」
「それは、スヘルデン商会本店の月間売り上げに匹敵するほどの額でございますので、全支店を再開して仕入れに力を入れましてもまだ営業資金に余裕が出ます」
「そう、それは良かった」
「それで、いつから仕事に取り掛かればよろしゅうございますか?」
「そうだね、できれば早い方がいいんだけど」
「会長が密かに手に入れたという倉庫群が活用できれば、仕入れた商品を一度に店頭に並べられたものを…」
「なにそれ?」
「私どもにも秘密のうちに買い取った広大な土地と建物があるらしいのですが、会長に思惑があったようでそれが何処にあるのかも知らされていないものでして…」
「それって、15棟の倉庫が立ち並んでるって言ってなかった?」
「はい、確かそのようなことを申しておりましたような」
「それ、この向かいだよ」
「はっ!?」
「後で見て来るといいよ」
「畏まりました」
「それで、営業資金だとか仕入れ代金なんかは、そのナタリアに言ってくれれば用意するから」
アランに指名されたナタリアは、優雅な物腰で立ち上がり、自己紹介をした。
「ご紹介にあずかりましたナタリア・ハメルスと申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそ宜しくお願い申し上げます」
6人の番頭が一斉に立ち上がって、ナタリアに挨拶し、会食は終わった。




