66 見舞
スヘルデン商会の再スタートは、予想以上に好調な滑り出しを見せた。
仕事のすべてを取り仕切っていた番頭たちが戻って来て、やる気のない態度で接客に当たっていた店員を解雇したうえで、当面は前会長に愛想を尽かして辞めていった従業員たちを呼び戻して営業の主力に宛て、更に新たに雇った新人たちをキチンとした教育プログラムに基づいて、じっくり時間を掛けながら育て上げる方針を採用した。
雑貨店の取扱品目は、想像以上に多岐にわたってしかも膨大である。
王都の本店が盛り返したのを受けて、買い戻しに成功した各支店でも、元居た店員たちを呼び戻して積極的な経営に乗り出した。
再生スヘルデン商会の一番の強みは、在庫切れがないことと、取扱品目以外の商品の取り寄せが早いことであった。
ここでアランの伝手でアスワン商会とタイアップした商品管理が強みを発揮した。
これまでは取扱品目以外の商品を希望する客には、丁寧に断りを入れてお引き取りを願っていたのだが、新たな体制ではどんな要望にも応えられる環境を整備して固定客以外への売り上げが飛躍的に上がっていった。
コータルの町でアランが考えていた、世界中の物産を取り扱う店を開くという計画は、スヘルデン商会を手に入れたことで当初の目標よりも遥かに規模が大きくなって現実のものとなった。
アランが口を出す必要のなくなった新生スヘルデン商会は元居た番頭たちに任せて、アランは旅立ちを何時にするか考えていた。
「男爵様、お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
そんな折、カリンがアランにそう話しかけて来た。
「なんでしょう、カリンさん?」
「実は、父と故郷に帰ることにしたのですが、恥ずかしながら私も父も先立つものがありません」
「はぁ」
「本当に身勝手なお願いだとは承知しているのですが、いくらかご融資頂けたらと思いまして」
「先日お話しした、ロマンダリアでの幹部会参与の件は白紙に戻すということでいいんでしょうか」
「重ね重ねの無礼は心からお詫びします。でも、豹人族の方々の中で私一人が狐人族の身でありながら幹部会参与というのは、あまりのも都合が良すぎるような気がして…」
「そんなこと、気にしなくてもいいのに」
「いえ、そういうわけにも」
「じゃぁ、カリンさんとシャナちゃんのために、何か収入の道を考えなくてはいけませんね」
「そこまでしていただくのは大変ありがたいのですが、それほどの価値が私たちにあるかといえば…」
「あぁ、そこは気にしないで下さい。単なるボクのお節介ですから」
その後しばらく話していたものの、二人の会話は平行線を辿ったまま、結局その日は妥協点を見つけることが出来なかった。
上屋の内装工事もすでに終わって、新装なったアランとカルアの居室はせいぜい他の個室の倍ほどの広さしかなかった。
ずっとこの建物で生活をするわけではないからと、アランが豪華な部屋にすることを禁じたためであった。
部屋に戻ったアランは、夫の服を畳んでショルダーバッグに詰め込んでいたカルアに相談を持ち掛けることにした。
ソファに座るや否や、マルタが慣れた手つきでお茶を出してくれたが、メイドとしての技量はコニーが保証するとまで言ったように、動きに無駄がなかった。
「カルア、そろそろ次の場所へ出発したいんだけど、準備はいいかな?」
「そう仰る頃だと思って、いつでも旅に出られる準備は整っていますよ、だんな様」
「さすがにボクの奥さんだね。ところでさぁ…」
「行先はシャーメシルでしょ?」
「なんで分かるの?」
「分からない方がおかしいんじゃないですか?」
「そうなの?」
「カリンさんは、幹部会参与の件をお断りになられたようですね」
「どうしてそう、全部分かっちゃうかな」
「いつも申し上げておりますが、だんな様はお考えがお顔に出る性質でいらっしゃるからですわ」
「なんとかしないといけないね、このクセ」
「そうですね。貴族として生きていくには褒められたものでないことは確かでしょうが…」
「なに?」
「だんな様らしくてあたしは好きですよ、だんな様のそういうところも」
「それはどうも」
「で、シャーメシルでの活動は何をお考えですか?」
「うん、まだ内戦の痕跡がそこらじゅうに残ってる状態らしいから、ココみたいな暮らしは出来ないかもしれないけど、あっちにも拠点は欲しいしね」
「では、そちらのことはだんな様にお任せして、あたしは少しカリンさんとお話してみましょうか」
「そう。それは助かるよ。カリンさんて、一度決めたら意志が固い人だからね」
「畏まりました。では、何がしかの結論が出たらご報告するという事で宜しいですか?」
「うん。それでお願い」
ソファに深く腰掛けて、事典とペットボトルを取り出したアランは、深く深呼吸してから事典を開いてシャーメシルの項目を読み進んだ。
分からないことや、もっと詳しい情報が知りたい時にはペットボトルの水を口にしながら、およそ2時間をかけて必要な知識を拾い上げた後、アランはふらりと一人で外へ出てガルーダを呼びだした。
久しぶりに呼ばれたガルーダは、とても嬉しそうにアランに頭を擦り付けて喜びを表していたが、いきなり蹲って『乗れ!』のポーズを取った。
「お前もボクの考えてることが分かるのかい?」
そう呟いた後、一気にガルーダに乗って東の方角へ矢のように飛んで行った。
シャーメシルという国は、元々国土の東に狐人族が、西に狼人族がそれぞれテリトリーを持って独立した国を作っていた。
首都のハナイは、双方の真ん中に新たに作られた計画都市で、中心に政庁舎が置かれ、その周りを各種役所が取り囲んでいる。
ハナイの特徴は、国政だけを担当する都市であることと、経済活動を行う商会や工房などが一切存在しないことであった。
そこに住む政治家や官僚そしてその家族が生活するための物資は、すべて近隣の都市へ買出しに行かねばならないほどその制度は徹底されていて、好んでこの街に住み着こうと思う者が現れない、ちょっと変わった町であった。
それは建国時に為政者が政治家と経済界の癒着を警戒したために取られた措置であったが、そのせいでシャーメシルの政治家は清廉で知られているほどであった。
だから、ハナイには商業者協同組合も冒険者協同組合も狩人互助組合も存在していない。
アランは、事典の記載を頼りにハナイの隣町であるカナソワの町へ向かって飛ぶように、ガルーダをコントロールしていた。
カナソワには、シャーメシル陸軍病院があって多くの戦傷者を収容していたが、その中にカリンの夫ケスラムの名前もあった。
病院の入り口を入って面会受付と書かれた窓口でケスラム・サマワシルの名前を挙げたアランが彼との面会を希望すると、受付の担当者はケスラムとの関係を問い質して来た。
「なんでそんなに警戒するんですか?」
そう言いながらも、アランが商業者協同組合の特別組合員証を提示すると、記載事項を確認していた担当者の姿勢がスっと改まった。
「ロマンダリア救国の英雄でカスマンドの名誉男爵と仰る方が、ケスラム・サマワシルにどんなご用件でございましょう?」
当然の質問に、アランは淀みなくその答えを口にした。
「戦火に追われてロマンダリアとの国境を越えて来られた奥さんと娘さんを保護していましてね。これまで消息が不明だったのがこの病院に運び込まれたと伺ったものですから、その確認に来たまでですよ」
「左様でございましたか。私共でも手は尽くしているのですが、依然意識が戻らない状態が続いておりましてね。この状態が長く続くようであれば記憶障害も併発する恐れがありますし、そうなると意識が戻られても奥さんや娘さんの顔が分からないという悲劇になる可能性もありまして…」
「それは大変ですね。ボクも奥さんからだんな様が発見されたと報告は受けたんですが、お目にかかったことがないものでお顔を存じ上げないんですよ」
「なるほど。それでわざわざロマンダリアからおいでになったのですね」
「今はカスマンドに滞在しております。一応名ばかりではありますが名誉男爵なども受爵しておりまして」
「これは大変失礼をいたしました。では、面会が可能か否か医師の判断を聞いてまいりますのでこちらでお待ちください」
受付の担当者はそう言って、アランを待合室の奥にある貴賓室へと案内した。
内戦が終わったばかりで戦傷者が溢れている病院に貴賓室など要るのかと思ったが、普段は貴族の関係者も入院するほどに医療技術の高い病院なのだと思うことにした。
アランからしてみれば、呪いと医療が未分化な世界の病院だから、進んで入院してくるのはそういった富裕層がメインなのだろうと勝手に解釈したが、それは当たらずと言えども遠からぬ答えであった。
陸軍病院は、その名の通り主に軍関係者を受け入れる傍ら、余裕があれば一般の患者の診療も受け付けると言った方針で運営されている関係上、もともと一般人の利用者が少なかったことに加え、いきなりの内戦勃発で一気に多くの怪我人が運び込まれたので通常とは違う体制を敷いていた。
シャーメシルが連合国家である以上、狐人族であろうと狼人族であろうと分け隔てなく受け入れて治療に当たっていたが、そう考えない者も病院を訪れることが当然ながらあった。
そこで、敢えて問題行動を起こしそうな人物を人目から遠ざける目的も兼ねた部屋だったのだ。
しばらく貴賓室で待たされた後、担当医と名乗る医師がやって来て、ケスラムの容体を少しばかり丁寧に説明した後、彼が眠る病室に案内された。
ケスラムは、シャナが自慢にする父親であった。
だから、もう少し若いと思っていたのだが、カリンとはかなり歳の差があるように見受けられる人物であった。
二人の結婚をグリンが嫌がった訳が少し理解できた気になって、アランは思わず苦笑を噛み殺したが、よく見るとケスラムには右腕と左足が無かった。
その症状の重篤さに思い至ったアランは慌てて平静を装ってはみたが、いかにも呼吸が弱々しく、顔色も土気色をしていた。
恐らくは怪我を負ったときに流れた血が多すぎて、これ以上の回復が見込めないと医師は判断しているのだろう。
アランは、ケスラムに魔法の水を使うべきか否か判断に迷ったが、意識を取り戻しはしても欠損した部位までを完全に修復できる可能性は限りなく低いと思わざるを得なかった。
魔法の水は、もともと備わった部分の強化には適していても、無いものを新たに生み出す効果は無いとアランの頭の中で誰かの声がしたような気がした。
だから、魔法の水を取り出すことは控えて、ただケスラムの顔を見て病室を出た。
カリンに報告すべきは、今後どのような事態に陥っても必ず生活の保障をするということと、だんな様は立派な方でしたね、という事くらいだと判断して、アランはガルーダに跨ってコータルに帰って行った。




