62 商機
カルアから受け取った返書を確認して、アランは改めてルネに初仕事を申し渡した。
ゲンが取り付く島もなく追い返された例の店を譲渡してもらう手続きを完了させるため、もう一度王都まで行かなくてはならない。
タランテロード家に一筆を入れさせてある以上、たとえ3歳の子供がお遣いに行っても用件は完了するのだが、押し掛け執事の腕前を確かめようとルネを指名した。
今一度グリザに馬車を出してもらうべく、ルネがデイマークス辺境伯家のお仕着せの執事の姿に身を固めた直後、コニーに声を掛けられた。
「お取込み中恐れ入ります。リード男爵家メイド長のコニーと申します」
話しかけられた手前、無視するわけにもいかなかったし、ましてやこれからずっと同じ主の下で働くことになる、いわば同僚の挨拶にルネも丁寧に返事をした。
「お初にお目にかかります。この度リード男爵閣下に雇い入れをお願いした執事のルネと申します」
「ご丁寧な御挨拶痛み入ります。声をお掛けしたのは、ルネ様がご着用のその衣装の件なのですが、少しお時間を頂戴しても宜しいでしょうか?」
「は、はぁ…?」
「男爵様には既にご了解を頂いておりますので、ご懸念の無き様予め申し上げておきますが、この度のご下命については殊更に急ぐ必要のないことと、リード家執事として男爵様の体面を汚すことのない衣装をお召下さるようにとの事でございます」
「なるほど、ではどこかで執事としての衣装を手に入れて来いと仰るのですね」
「いえ、そうではございません。これから失礼ながらルネ様の体の各部のサイズを計らせて頂きまして、その上で衣装は私共メイドの方でご用意させて頂きます」
「つまりは、リード男爵家のお仕着せを着ろということですか?」
「単刀直入に申し上げれば、そういうことでございます」
他に人目も無かったので、コニーはその場でルネのサイズをあちこち計り、3分ほどで用を済ませるとメイドの溜まり場に帰って行った。
別れ際、コニーが言った言葉にふと我に返ったルネは、とりあえず下を向いたまま赤面する頬を両手で覆った。
『見かけとは裏腹にご立派な体格をしていらっしゃいますこと。では、衣装が用意できるまで2日ほどお時間を頂戴いたしますので、その点お含みおき下さいませ』
「ふわぁ、いい匂いだったなぁ、コニーさん…」
2日の時間が突然出来てしまったルネは、アランに改めて馬車の使用許可を貰って、外出した。
行先は王都のスヘルデン商会という大手の雑貨屋で、コータルの中心部にある店舗を売りに出している当事者であった。
店の中に入ったルネは、普段着なのを良いことにあれこれと展示してある商品を品定めしながら店員たちの対応を確かめた。
ついでに近所中の同業者の店舗にも顔を出して、あれこれと世間話をする中にスヘルデン商会の噂話などを織り交ぜて、結構器用に情報を取得していった。
その中に面白い噂話が混ざっていたので、ルネは特に心に留めておいた。
それは、スヘルデン商会は創業150年を誇る老舗だが、当代の会長というのが稀代の珍しい物好きで有名で、とにかくカスマンド中から目新しい商品を発掘しては店頭に並べて1人悦に入っていたのだが、最近は隣国や種族の違う国々の商品にも目を向けて、あちこち買い付けの旅に出かけているらしい、という話だった。
そのせいで、店の売り上げ自体は好調なものの、掛かる経費がバカにならないので、コータルに出店していた季節限定の支店を整理せざるを得なくなったというのが真相だという。
自分の主の目論見が那辺にあるのか分からないが、とりあえず仕入れた情報を整理して一先ずコータルへと戻って、リード名誉男爵にこれらを報告することにした。
最近、何もかもを自分だけで処理する必要のなくなったアランは、正直なところヒマを持て余していた。
だからといって、アスワン商会に日参して物流の基本を伝授してもらうということも出来ない。
まず第一に、事務所の中で貴族がウロウロしていたら、それだけでも大迷惑だろう。
それに、今のアランはその事だけに掛かりきりになるということも許されない身の上だった。
当面の懸案事項は、コータルの地盤をより強固なものにして次に進むということなのだが、さて何を柱に据えれば良いかが今一つ見えてこない。
現状で100人以上の人間を抱え込んでいるのだから、毎日の食費だってバカにならない。
幸いなことに、手持ちの人員はモノリスのメンバーを取り込んでから多才な者達の集団に変わったため、よほど特殊なことでない限り自前で解決できる能力を持つに至っている。
たまに4班のリーダー、ゲルジンがメンバーを連れてコータルの郊外へ出て狩りをしているようだが、それだけで食費をすべて賄えるかというと、現実はそれほど甘くない。
第一に、肉ばかりでは早晩飽きが来る。
アランを除くすべてのメンバーが獣人だからと言って、それではあまりに可哀想である。
いくらカルアが肉好きだと言ったところで、限界があるだろう。
つらつらとそんなことを考えているところに、ルネが戻って来た。
何をしていたのかは知らないが、とりあえず何か目新しい報告が中に一つでも混じっていれば良しとしようと、ルネの言うことを聞いていたアランは、途中から目を輝かせて聞き入っていた。
「それで、そのスヘルデン商会は資金難に陥っているのかな?」
「今のところはなんとかなっていますが、このままの調子で会長の道楽が続くとなると早晩軒が傾くかと」
「ふーん、じゃ、コータルの店舗も値切れそうだね」
「おそらくは、すぐにでも資金が欲しいところでしょうから、交渉次第ではかなり買い叩ける可能性があると思います」
「それでさぁ、もし店舗の買い取り交渉が上手く運んだら、本店の方も買取できないか聞いてみてくれるかな?」
「スヘルデン商会そのものを買取されるおつもりですか?」
「できればね」
「確かに王都でも指折りの老舗ですから、かなりの上客を持っているでしょうし、商いのノウハウなども表に出ないものが結構あるかとは思いますが…」
「じゃ、そういうことで」
「かしこまりました」
「でさ、もし人手が足りなかったり、身の危険を感じたりしたら、すぐに言ってね。ちゃんと部下を付けるから」
「ご配慮、ありがとうございます」
スヘルデン商会という固有名詞を聞いたアランは、その足で改築中の部屋へ戻って事典を見た。
思った通りそこにはスヘルデン商会の項目が出ていて、当代に至るまでの歴史とこれまでの取引先の主なものが掲出されていた。
その中でアランの目を惹いたのは、最大の顧客がタランテロード公爵家であり、王都の今の場所に店を構えるに当たって後ろ盾になったのがハイデルフォール子爵家だということだった。
なるほどねぇ。
そういう経緯があっての子爵家ですか。
でも、今はどうなんだろう?
アランは、いつものように最新の情報を得るために、ペットボトルの水をチビチビ飲みながら、詳細な解説を読み進んで行ったが、先代までのスヘルデン商会は貴族家の御用達を多く勤め、非の打ちどころのない手堅さで商売をしてきたのだが、先代には息子が生まれずに親戚から養子を迎えて当代に据えたらしい。
初めのうちこそ猫を被っておとなしくしていたものの、先代が世を去るといきなり人が変わったように道楽にのめり込んでしまったという。
コータルを含めてカスマンド国内外に12の支店を持っていた全盛期から、わずか30年ですべての支店を手放して財務整理寸前に追い込まれているという点に注目したアランは、もう一度魔法の水を一気に煽ってしばらく目を閉じ、再び目を開くと事典の項目を一気に読み進んだ。
これまで手放したとされている11の支店のうち、財務内容の悪化に伴って整理対象にされたのが7店舗。
それ以外に会長の道楽費用の捻出専用に売却されたのが4店舗もあった。
みな、同業の他店に買い取られていたが、驚くべきはその売却金額で、1店舗当たりに均せばなんと300リュアンで契約が成立していた。
もちろん、店頭に並べるべき商品もない空き店舗を買い取ったにしてはかなりの高額とも受け取れるが、賎しくもカスマンド王国随一の規模を誇るスヘルデン商会の支店の立地条件などを勘案しても、これはあまりに酷い取引である。
しかしそこは、リード男爵家としても付け込める部分が多々あるわけで、この情報を元に交渉を有利に進めるべく、あれこれと手を打っていった。
今の季節こそ人通りの全く途絶えるコータルであるが、国王の行幸に際して随伴する貴族や役人が、それぞれ家族を伴って移って来た際の殷賑振りは想像することも出来ないほどの活況を呈するという。
皆保養地での休暇中ということも有って財布の紐が緩むらしく、1シーズンだけの営業にも拘らずその売り上げは本店に匹敵すると目されている。
当然スヘルデン商会側では、極楽蜻蛉の会長を除く経営陣がコータル支店の売却を頑として拒否し続けたためこれまで実現されなかったのだが、現会長が誰にも言わずに創業以来大口の得意先の一つであるハイデルフォール子爵家に売却を持ちかけてしまったので、経営陣としても手が出せずに困惑していたところらしい。
経営陣の頭の中では既に、コータルの支店を手放した時点でスヘルデン商会の命運が尽きると判断していた。
為に、ハイデルフォール子爵の名前を持ち出したことで辞表を出してスヘルデン商会を去って行った者も多く、実際のところ現時点で経営を任せられる人材など1人も残ってはいなかった。
善は急げとばかりに部屋を飛び出したアランは、コニーを見つけると一言
「ルネの衣装を急いで支度して!」
と言って階下に降りて行った。
新しい執事の体のサイズは計り終えていたので、とりあえず明日にでも王都のブティックでそれなりの服装を探してくればいいか、と考えていたコニーは、いきなりの予定変更にも動じることなく、そのままカルアの下へ伺候して馬車の使用許可を取り付けた。
「急ぎの用ですか?」
カルアが念のため聞いてみると、コニーの答えは明瞭だった。
「ご主人様自ら私に急げとの仰せでございました」
「では、サリカムの馬車をお使いなさい。揺れますが速いのは間違いありません」
「畏まりました、奥様」
コニーは一気に階段を駆け下りると、馬車置場に向かって走ってサリカムを見つけると、大きな声で叫んだ。
「サリカムさん、私を王都へ連れてってー!」




