49 コータル
コータルでの活動拠点をどこにするかを考えていたアランは、ガイルから一通りの報告を受けて、それが杞憂だったことに安堵した。
地図の通りなら、コータルという町は碁盤の目の様に道路が整然と走り、居住区画と商業区画が交わることのない造りになっている。
国王の直轄領である関係から、町の中心部に代官の勤務する役所が建っていて、それを中心にして行政機関の出張所が軒を並べている。
大して大きな町でもない割に役所の数が多いのは、国王が行幸する機会が多いこの町ならではの特徴といえた。
国王が行幸し、役人が大挙してやって来ることを見越して、王都に本店を構える高級服飾ブランドの支店も多く出店していたし、百貨店と呼んでも差支えのない大型店舗も営業していた。
これは、国王と王族、さらにはそれに近侍する貴族や役人たちが家族を連れてこの町に来るという特徴に由来する。
というのも、コータルという町は王都から一番近い別荘地としても有名で、4代前の国王が離宮を造営したことがきっかけで、側近の貴族や役人たちもこの町に別荘を建てることを競った歴史があった。
それは、裏を返せば国王の行幸がない季節の人口が激減するという事でもある。
そのことが獣人族の統一国家建設を目論む活動家の拠点となったり、人身売買組織の温床となっていても、表立った動きさえしなければほとんど人目につかない原因でもあった。
コータルという町が、王都以外で唯一すべての都市と直通道路で結ばれているのは、実は国王の離宮があることが理由ではない。
多くの国民がそう勘違いしているので、それが定説の様に語られることも多いのだが、実際はこの町で離宮建設以前から営業を続けている、国内最大の運送事業者の本部がある為である。
アスワン商会という名のその運送事業者は、獣人族全域に営業ネットワークを張り巡らせて、カスマンドを始とした12の国家すべての主要都市に支店を持っていた。
つまりは、コータルに直結する道路はすべてアスワン商会が自費で敷設したものであったのだ。
アランも知らないことだったのだが、生まれ変わった暁の花園が慰問団を結成して、ロマンダリア国内の各所に大量の資材や人員を移動させる必要に迫られた時、指導を受けたのがアスワン商会のケス支店だった。
その伝手を頼ってアスワン商会の本部に顔を出したガイルは、快く迎え入れられたうえにデイマークス辺境伯一門の貴族の下で働いていることを明かすと、営業拠点としてはすでに利用していないものの、事務所や倉庫として使う分には何ら支障のない上屋を一棟借り受けることが出来た。
アランにしてみれば、能天気な親爺でしかないケンポート・フォン・アルカリック・デイマークスというオッサンだが、カスマンド有数の大貴族だけにこういうところで顔が利くのが有難いと、正直にそう思った。
アスワン商会の好意で借りられることになった上屋を地図で確認してみると、コータルの離宮と一般商業区域を隔てる大きな川の商業区側の畔に建っていることが分かった。
この川は離宮の外堀の役目も持っているので、離宮の付近だけは水深が12サケンとかなり手が入れられているらしい。
コータルで情報を集めたのはわずか2日だったので、人身売買組織のアジトまでは辿り着けなかったものの、それなりに噂話程度のものはいくつも拾えたとガイルが言った。
その中で、この離宮の外堀の役目を果たしているグリーセ川に纏わる話の中に不思議なものがあったが、特に記憶に残っているのが幻の船の話だったそうだ。
その話の概略は、離宮の外堀を兼ねるグリーセ川には当然のことながら普段は舟を浮かべることが出来ない。
しかし、王族が離宮に滞在中はこの限りではなく、遊覧船を就航させることがあるらしい。
乗客はもちろん王族とその取り巻きに限られているし、警備のための巡視船も多数出動して厳重な警戒態勢を敷くのだが、噂ではその時期、カスマンド国内の行方不明者の数が増えるのだという。
なぜそれが国王や王族の離宮滞在と結び付けられるのか、理由までは語られていないのだが、この話をしてくれた噂好きの男は、船が怪しいと言ったという。
コータルへ先行した3人は、いずれも似たような話を全く違う場所で集めて来ていたので、そこそこ有名な話であることは確かなようだと感じたアランは、
「申し訳ないけど、ボクらはデイマークス辺境伯の宴を済ませるまではココを動けないってことになってるらしいから、残りの4人の仲間を連れてもう一度コータルで調査を続けてくれないかな」
と片目を瞑ってガイルに告げた。
「分かりました。では、道案内にカッサムを残していきますのでお役立て下さい」
そう答えて、ガイルは仲間のところへ合流しに行った。
アランが、くれぐれも今夜はゆっくり休むように指示していたのを横で聞いていたカルアだったが、その日の夕食の席に現れたのはカッサム1人だったので、まさかと思って恐る恐る尋ねてみた。
「カッサムさん、ガイルさん達はどこにいらっしゃるのでしょう?」
カルアは、ガイルどころかカッサム以外の暁の花園のメンバーに加えてアランの姿も見当たらないので、薄々見当はついたものの、諦めにも似た気持ちを込めて一応尋ねたのだ。
「おや、もういませんか?」
「えっ…?」
全身の力が抜けて行くのを感じながら、なんとか感情をコントロールして、カルアは言い足した。
「何か言い残して行かれたことなどが有りそうな気もするのですが」
「私が直接総統からお聞きしたわけではありませんが…」
そう前置きしてから、カッサムは続けた。
「リード名誉男爵夫人は稀に見る美貌の持ち主である以上に稀に見る賢夫人である、と」
「はぁ?」
予想だにしなかったカッサムの言葉に、一瞬呆けそうになったカルアだったが、なんとか立ち直って言葉を口の端にのせた。
「それはどういう意味でしょう?」
「例えボクが辺境伯主催の別れの宴に間に合わなかったとしても、きっと賢夫人が上手に切り抜けてくれる、だそうです」
それを聞いて、カルアの顔がすっと真顔に変わり、
「それはどなたが仰ったお言葉でしょう?」
と呟いた。
「総統のお言葉をリーダーが聞いたものらしいですが、何か?」
「そうですか、よく分かりました」
デイマークス辺境伯の系譜に連なる一門の貴族は、サザニウム侯爵家を筆頭に134家に上り、カスマンド王国貴族序列第一位でデイマークス家を立てるまでは一族でもあったタランテロード公爵家の一門185家に次いで、国内第二の勢力を誇る大きな派閥であった。
元一族であったとはいえ、すでに別れて7代が過ぎた今となっては、当然のことながら血の濃さも影響力も何ら他の貴族と変わらない程に薄れてしまったタランテロード家とデイマークス家は、互いに勢力が拮抗している分だけ激しいライバル関係にあった。
就中、タランテロード家の現当主は既に老齢で、隠居して代替わりを望む一方、デイマークス家の勢力拡大を抑止するだけの力量を、我が子の中に見出せないことに焦りを感じていた。
まして、今回はカスマンド南部一帯を荒らし回っていた大盗賊団の壊滅という輝かしい功績を上げて、国王の覚えが一層目出度くなっているデイマークス家の一門に、此の度の一件の真の立役者で、ロマンダリア救国の英雄という称号を持った男が、新たにカスマンド王国の名誉男爵に叙されて加わったことで更に勢い付いている状態である。
タランテロード公爵は、最近一方的に守勢に立たされることが多い己が一門の勢いと誇りを、代替わりの置き土産に今一度輝かせたいと願ってもいた。
そんな中、グルリアのデイマークス家に一門の主だった家の当主が集まって何やら企んでいるという情報を掴んだタランテロード公爵は、この機会に国内での勢力を盤石なものにするべく、一門のうちですぐにでもコータルに馳せ参じることが出来る貴族たちを集め、舞踏会という名目で一堂に会して気勢を上げようと目論んだ。
勢力、序列共に国内第一を誇るタランテロード公爵家が、王都で一門を集めた催しを急に主催することは流石に憚られるので、コータルの別荘に拠点を設けることにしたのだ。
タランテロード公爵家は、カスマンド貴族の序列第一位だけあって、コータルにも広大な別荘を有していた。
普段は無人の建物は、年老いた夫婦が管理人として常駐するほかは、月に一度公爵家の家令の指示で掃除と備蓄食料の確認が行われる。
その日、家令の命を受けた5人の執事が、60人のメイドと50人の端女や下男を伴って、コータルのタランテロード家別荘を訪れる予定であった。
指定された刻限をかなり過ぎても顔を見せないタランテロード家の執事に、突然の別荘使用の準備は今日ではなかったかと思った老夫婦は、『年は取りたくないもんじゃ』と苦笑いしながら門の閂を差し直し、厳重に鎖を巻いて施錠した後、屋内に戻ってしまった。
老夫婦が屋内に入って数時間後、あちこちに血痕や鍵裂きを付けて、すでにメイド衣装の態を成していない服の名残を身に纏った若い女性が、傷だらけの体で髪を振り乱し命からがらといった様子でタランテロード家別荘の門扉に取り縋った。
「お、おたすけ・・・、お助け下さい。どうか、どうかお助けを・・・」
叫ぼうにも既に声も出ない有様の女性は、力尽きて頽れそうになるところ、背後に迫った大勢の足音に気が付いて絶望の表情を浮かべた。
離宮に国王の行幸がないこの季節、コータルの別荘街は正にゴーストタウンの様相を呈しており、十人余りの破落戸達が大っぴらに顔を曝け出して傷ついた女性を取り囲んでも、その場を通りかかる者はおろか、遠巻きにそれを眺める者の姿さえなかった。
「ちっ、手間ぁ掛けさせやがって。どうせ何処へも逃げられやしねぇんだ。観念しな」
破落戸達の中で1人だけ上等な服に身を包んだ肥満気味の男が、女性の肩に手を掛けて吐き捨てた。
「いや・・・、いやぁー!」
「どれだけ叫んだって無駄なこった。誰も来やしねぇさ、こんなところ」
そして、女性の髪を鷲掴みにして引きずり倒そうとした破落戸の手が、何かの衝撃で門扉に叩き付けられた。
門扉に叩き付けられた自分の手を見て、次に自分の肘を見た破落戸は、盛大に血が噴き出す肘を見つめて尚も何が起こったか分からず、失血によるショックで意識を失った。
眼の前で人間の肘から先が毟り取られて血が噴き出すところを間近に見てしまった女性も、そのまま意識を手放した。
自分たちのリーダーの手が、公爵家別荘の門扉に叩き付けられて大きな音がしたうえに、その男が後ろ向きに後頭部から地面に倒れても、破落戸達は何がどうなったのか分からずに押し黙ったまま一歩もその場を動けなかった。
ただ、下手に動くと今度は自分の腕が毟り取られそうな気がして、棒立ちになった10人余りの破落戸達は、視線をさ迷わせることすら恐れている様子で、ただただ突っ立っていた。
しばらくその態勢でじっとしていた男たちのうちの1人の、何も起こらないことに苛立って逃げ出そうと一歩踏み出したその足が、今度は短い矢のようなもので地面に縫い付けられた。
骨を砕かれた痛みに泣き叫び、体を無茶苦茶に動かしたせいで、男の脛の骨が耐えられなくなって大きな音と共に折れた。
折れた骨の先は、ズボンを突き破って顔を出し、足の甲を砕かれた痛みと脛が折れた痛みと恐怖で錯乱した男は白目を剥いて泡を吹き、気を失うと同時に失禁し脱糞した。
酷い臭いが辺りに充満し、恐怖で発狂しそうな残りの男たちは、1人残らずその場で腰を抜かしてへたり込んだ。




