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50 コータル 2

 悍馬へと成長する可能性が限りなく高いダーラ種の若駒4頭が曳く高速馬車は、それらの馬が間違いなく悍馬になることを示すかのように、凄まじい速度でグルリアからコータルへの直通道路を突っ走った。


 御者が天才肌のサリカムでなければ、10サリも行かないうちに横転しそうなほどに揺れて跳ねてまた着地することを繰り返しながら、普通の馬車が2日を要する道程をわずか半日で走りぬいた。


 商業者協同組合であれこれと悶着はあったものの、そこに保管されていた馬車の中では群を抜いた豪華装備と高機能を有していたサリカムの馬車は、悍馬が奔放に走ることで巻き起こす人体への耐え難い衝撃を、いくらかではあるものの見事に緩和して見せた。


 とはいえ、半日の間休憩もなしに揺られ続けたガイル達5人は、半死半生という表現が見事に当て嵌まった状態で、アスワン商会の好意で借り受けた上屋の前に横付けされた馬車から転がり落ちた。


 前日の夕暮れ前にオーベルジュを密かに出発したことから、コータルの活動拠点である上屋に到着したのは夜明けまでにまだ数時間の余裕がある真夜中だった。


 異口同音に『金も女も要らねぇから、横にならせてくれ』と哀願する仲間の様子を憐れみと同情の浮かんだ表情で見ていた留守番のデリスは、それでも全員で雑魚寝するつもりだった上屋の奥の倉庫跡に毛布を敷いて皆を寝かせてやった。


 こいつら全員ホントに生きてるのかとデリスが思うほど、ピクリとも動かずにただ睡眠と休息を貪る仲間の様子をしばらく見てから、上屋の裏の駐車スペースに馬車を回して馬たちの世話をしているサリカムのために、朝食代わりのビスケットと昨夜の残りのスープを差し入れた。


 










 たまたま、離宮周辺をガルーダの背に跨って飛んでいた時、アランは不審な集団を見かけたので、それに目を付けて行動を監視していた。


 10数人に上る胡乱な集団は、離宮周辺の貴族の別荘が建ち並ぶ区画を走り回っていたが、一際大きな別荘の近くに来た時、いきなり走る速度を速めた。


 迂闊なことに、アランはその集団から逃げようとして大きな別荘の門扉に取り縋る女性に気が付かなかった。


 不審者たちが走る速度を速め、その辺りで最大の別荘の正門に近づくのを上空から見て、初めて半裸のような女性が助けを求めて門扉を揺すっていることに気付いて、集団の目的を理解した。


 カルアの時とよく似た状況と、被害者の女性の状態が更に深刻だったことで、一気に頭に血が上ったアランは、抵抗できない女性の髪を鷲掴みにして引き倒そうとする小太りの男の腕目がけて弩を発射した。


 威力を殺すとか、角度を変えるとか、そういうことを一切顧みずに至近距離から放たれたボルトは、男の肘から先を見事にもぎ取った。


 尚も気を失った女性に危害を加えようとする者が男たちの中に居れば、容赦なく射殺するつもりで弩を構えて1ブロック手前の角から狙いを付けていたが、男達の戦意はすでに霧消していて、逃げ出す機会をうかがっている様子だった。


 女性一人を寄って集ってひどい目に遭わせた男たちを許すつもりなどさらさら無かったアランが、逃げ出そうと一歩を踏み出した一人を見逃すはずもなく、盗賊団のボスにしたのと同じように、その足をボルトで地面に縫い留めた。


 恐怖のあまりその場にへたり込んだ男たちに近づいたアランは、全員の意識を刈り取ってその場に不審者の山を拵えた後、ガルーダに命じて野生のグリフォンを集合させ、その場の全員の臭いを記憶させることにした。


 それが終わると、グリフォン一頭ずつに男一人を咥えさせて、一気に大草原のオアシスにあった盗賊団のアジト跡まで運ばせた。


 グリフォン達を自由にしてやってから、三階建ての盗賊団のアジト跡の中に縛りもせずに転がした男たちを閉じ込めて、アランもコータルに取って返した。


 ガイルの説明通りの場所に、その上屋はあった。


 上空から見ると、建物の裏手に馬車が一台停まっていた。


 その周りで、まだ成長の伸びしろが有りそうな若駒が4頭、一人の男に世話をされていた。


 サリカムがダーラ種の馬を順にブラッシングしている横にガルーダが音もなく舞い降りて、その背からアランが半裸の女性を抱えて下りると、再び舞い上がってすぐに見えなくなった。


「男爵様、お早いお越しでいらっしゃいますなぁ。我々も今着いたばかりで誰もお出迎えは出来ないと思いますが、どうかご容赦下さ・・・い」


 馬をブラッシングする手を一旦止めて振り返り、何事も無かったように挨拶しようとしたサリカムだったが、語尾が微妙に震えてしまった。


「なんかあったの?」


「悍馬に馬車を曳かせるなど私も初めての経験でございましたが、乗っていた皆様は意識朦朧の中到着されて、今は中でおやすみになっておられます」


「あぁ、なるほどね。」


「デリスさまでしたら、もう起きていらっしゃいましたが、お呼びして参りましょうか?」


「いえ、気を使わないで下さい。ボクの気まぐれで来てみただけですから」


「さようでございますか」


「じゃ、ちょっと中の様子を見て来るけど、サリカムさんもちゃんと休んで下さいね」


「ありがとうございます、男爵さま。こいつらの世話が終わったら休ませていただきます」


「じゃ、また後で」


「それより、その方は…?」


「あ、見えてる?」


「見えてはいけないものが見えているのでございましょうか?」


「うん。何も見えてないことにしといてね」


「・・・かしこまりました」


上屋の入口に回ったアランが扉を開けて中に入ってみると、荷物こそ置かれていなかったものの立派な倉庫として使えるうえに、内階段を上った先には建物の3分の2の床面積で2階部分が作られていて、間仕切りの仕方次第で皆が眠れる居住部分に充当できそうだった。


「これは凄いものが借りられたもんだね」


 半裸の女性を抱えたアランは一気に内階段を駆け上がって、事務所スペースの一番奥の隅にショルダーバッグから引っ張り出した一人用テントを張った。


 中に毛布を敷いて女性を寝かせ、もう一枚の毛布を上から掛けて、テントの入口を閉じたアランは、一気に階段を駆け下りて何事も無かったように先ほどと同じ言葉を口にした。


「これは凄いものが借りられたもんだね…」


 アランの独り言が聞こえたか、奥からただ一人起きている居残りのデリスが顔を見せた。


「お早いお着きですね、総統・・・じゃなかった、男爵様」


「うん、ボク一人でガルーダに乗って来たからね」


「では、奥様や従者のネロンガ達はまだ?」


「デイマークス辺境伯が主催する別れの宴ってのが終わらないことには身動きが取れないみたい」


「えっと…、その宴とやらの主賓はもしかしなくても?」


「そうだね。アラン・リード名誉男爵ってことになるのかな」


「宜しいんですか、ここにいらっしゃって?」


「カルアも居るし、間に合えばボクも出席できると思う、多分」


「はぁ…」


 大丈夫なのかと問いたそうな顔をするデリスに、アランは本来の用を言いつけて皆の目が覚めたら一斉に行動を開始するように厳命した。


「いいかい、デリス。ここへ来る前にヤツらのところから逃げ出した女性を一人保護したんだ」


「ホントですか!」


「捕まえようとしていた男たちは全員あるところに隔離しているから、そろそろ連絡が取れないことで組織が動く可能性があるんだ」


「それはまた、お見事なことで」


「カスマンドの国王陛下がご不在のコータルで組織がどんな動きをするか分からないから、人手は多いに越したことはないんだけど、残念ながら今のところ増援は期待できない」


「それはもう重々承知しております。アスワン商会のお偉方がかなり好意的に協力してくれていますから、こちらの盲点になるような箇所にアドバイスを貰ったりしてるので、今のところ町の中で動く分には問題なくやれてますよ」


「それは何よりだね・・・」


 そう言いながら、アランは別の事を考えていた。


 商人が好意だけで、それほどまでにデイマークス辺境伯一門に肩入れするものだろうか。


 ガイルがどこまで名誉男爵としての自分のことを話したか分からないが、その辺りにカギがあるのだろう。


 名誉男爵を授爵した経緯などは、大商人であれば当然知っているだろうし、なにか自分の利用価値のようなものを見つけたのか、などと取り留めのない思考の中で、一つ思い当る節があった。




    これか。



    なるほど、大商人って言うのは抜け目がないねぇ。



    ってことは、この先もずっとってことだよね。



    ま、いいか。




 アランは、アスワン商会の好意を商人としての先行投資と割り切ることで、気持ちの負担を軽減させた。


 ただの人だった自分に身分という価値が付くことで得られる恩恵は、この先何度も我が身を助けることがあるかもしれないが、同時に足枷となって行動の自由を奪うこともあるだろう。


 そう考えると、貴族の態度の中にある傲慢さというものが、ほんの少しだけ理解できた気になった。


 自分に近づいて来る者の中で、誰が自分に恩恵を齎し、誰が自分に枷を嵌めようとするのかが分からない以上、理由なく近づく者には警戒感を露わにすることも止むを得ないのではないだろうか。


 まぁ、実際にそこまで考えてそんな行動を取っている貴族がどれだけいるのかは分からないけれど。


 


    アスワン商会にも挨拶に行かなきゃ。



    ガイルが起きたら連れてってもらうかな。



    おっと、その前に…。




「2階に上がられるとちょっとマズいんだけど、ボクとの約束守れるかな、デリス?」










 暁の花園のメンバー7人が顔を揃えてアランの前に並んでいた。


 幾分旅の疲れと体の痛みを顔に出していた者もいたが、皆気力だけは横溢しているように見えた。


 先ほどデリスに語った事情を、もう一度全員の前で話したアランは、ガイル以外のメンバーに情報収集を命じてその場を解散した。


「こんな立派な上屋を貸してもらったんだから、お礼に行きたいんだけど案内してくれるかな、ガイル」


「喜んでお伴致します、男爵閣下」


 2人は上屋を出て、商業区域の中心にあるアスワン商会の本部へ馬車を走らせた。


アスワン商会までの道沿いに並ぶ店舗はどこも休業中で、広い通りと閑散とした雰囲気が何処か絵になる不思議な空間が広がっていた。













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