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48 はじめてのおつかい

「馬泥棒の分際で南門警備の任に着く我々を騙そうなどと、片腹痛いわ」


「はぁ、そうですか・・・。それで、御者を仕事とする我々が調教を終えて町に帰って来る度にこうしてお咎めを受けなきゃならんということですか、警備兵殿」


「それはちょっとばかり剣呑な話になりますよ、警備兵殿」


「何を勝手なことを言っておるか! これから取り調べを行うに当たって、北門脇の騎士団詰所へ連行する故、おとなしくついて来い。逃げようなどと考えたところでオレがキサマらの顔は覚えたからな」


「へいへい、わかりやした、警備兵殿」


 事態の進行具合が面白そうなことになって来たので、テムジンもグリアも言われるままに警備兵の後をおとなしくついて行こうとしたのだが、


「馬はここへ置いて行け。お前たちには枷を嵌めるからおとなしくしろ」


 と言われて今度は目が点になってしまった。


「こらこら、警備兵殿、我々に枷を嵌めると言ってたみたいだが、容疑は固まったのか?」


「うるさい、馬泥棒の分際で屁理屈をぬかすな」


「屁理屈と言われたついでに言うがね、普通馬泥棒ってのは町の中で盗んだ馬を外へ連れ出すもんじゃないのか?」


「オレもそう思うがな、警備兵殿」


「御託ばかり並べよって。言い訳は騎士団詰所で聞いてやるからその時に言え」


 そのまま御者2人を連行しようとして馬を放置したまま歩き出した警備兵に、さすがにそれはまずいだろうと思って、テムジンが親切に一言教えてやった。


「なぁ、馬をこのまま放っておいて逃げ出したら、証拠がなくなるけどいいのか?」


「それに、馬の持ち主でいらっしゃる我らのご主人さまも、それではさすがにお怒りになると思うぞ」


 グリザもついでに一言添えてやったが、警備兵は聞く耳を持たなかった。


 南門の警備兵詰所に手枷を2人分取りに戻った件の警備兵は、何事かと一緒に出て来たもう1人の警備兵に慌てて制止された。


「リード男爵お抱えの御者に枷を嵌めてどうするつもりだ、たわけめ!」


「へっ?」


「グルリアでは泣く子も黙るリード男爵だぞ、死ぬ気か貴様!」


「は。ひぇ。そ、そんな…」


 警備兵の遣り取りを聞いていたテムジンとグリザは、自分たちの方こそ頭を抱えたくなった。


「なんちゅう言い草だ…」


「泣く子も黙るって、あんまりだろ」










 並足で馬を歩かせてオーベルジュに戻った2人の御者は、朝からヒドイ言われようだったとネロンガに愚痴って憂さを晴らしたつもりになった。


 ネロンガが面白い話を聞いたと笑いながら、アランとカルアの朝食を部屋へ運ぶために下りて来ていたマルタを捉まえて一頻り語った話が、男爵夫妻の元へ朝の御膳と共に運ばれていった。


「お伝えするべきか迷ったのですが、民草の生活を知るうえで、こういうこともご存じでいらっしゃった方がいいかと思いまして・・・」


 と前置きした後、ネロンガに聞かされた話が男爵夫妻にマルタの口から伝えられた。


「わはははは! 泣く子も黙るリード男爵か、こりゃいいや」


 大笑いしながらそう言うアランを複雑な表情で見ていたカルアは、それでもマルタに向かって一言呟いた。


「男爵閣下とあたしにとっては面白いだけの話ではありませんが、それを知っておくのも大切なこと。こういう話を耳にした時は隠さず教えて下さいね」


「かしこまりました、奥様」


「しかし、予想はしてたけど、そこまでヒドイ言われ様だとはねぇ」


 やっと笑いが収まった様子のアランは、それでも大して気にした素振りも見せず、それだけコメントするにとどまった。


「南門の警備兵というところが少しばかり…」


「まぁ、ボクらの期待に応えてくれたことがなかったからね」


「それは確かにそうですけど」


「これからテムジンとグリザの朝の日課を邪魔する奴がいなくなったと思えばいいんじゃない?」


「そういう問題でしょうか…」











 明日は約束の6日目というその日、アランとカルアは出発の挨拶のためデイマークス辺境伯邸に顔を出すことにした。


 朝食が終わった頃あいを見計らってネロンガとナタリアを部屋に呼んだアランは、


「デイマークス辺境伯邸においとまの挨拶に行きたいから、二人で辺境伯閣下の今日のご都合を伺って来てくれるかな?」


「オレとナタリアさんが2人で行くんですか?」


「うん。これからこういう仕事が増えるかもしれないから、しっかり練習してきてね」


「はぁ、大丈夫かな、オレで…」


「ネロンガは、ボクとカルアの使いっ走りなんだろ?」


「そりゃそうは言いましたけどね」


 不安そうな顔をするネロンガに対して、ナタリアは笑顔で答えた。


「かしこまりました。それで、どなたに取次ぎをお願いすれば宜しいでしょう?」


「騎士団本部にその旨を伝えれば、きっと上手く伝わると思うよ」











 自力で歩けるようになってからも、毎日カップ1杯の魔法の水を欠かさず飲んでいるナタリアは、すでにかなりの距離を歩き通せる体力がついていた。


 毎日何かと確認事項を自分で設定しては商業者協同組合や狩人互助組合へ通い、口座の残高の確認をしたり、雇用関係の契約書の作成のアドバイスを貰ったりと、それなりに忙しい日を送っていた。


 ナタリアが外出する際には、必ずネロンガをお伴に付けてグリザの馬車を使用した。


 そうすることで、テムジンの御する馬車はアラン夫妻専用という認識が確立できたし、グリザにとっても馬車を操る機会が増えることで、操作の無駄が省かれるようになってきた。


「これが、ボクから辺境伯閣下への挨拶状だからね。これを騎士団本部で見せれば後は勝手に向こうが返事をくれるから」


「了解っと。やっぱ、これを見せて用件を伝えるのはナタリアさんがやった方が無難ですね」


「ナタリアがそれでいいならね」


 グリザの操る馬車は、馬の動きに連携が取れていて、実にスムーズに進んだ。


 途中、グルリアの北門を出る時も、アランの自筆の書状を提示することで円滑に通り抜けることが出来た。


「いちいち挨拶状やら総統の手紙やらを見せなきゃいけないってのも不便だよね、ナタリアさん」


「そうですね。貴族の皆様はそれぞれ独自の紋章をお持ちですから、男爵様もお創りになればよろしいのです」


「それって、勝手に作っちゃっていいもんなのか?」


「さぁ、私は根っからの貧民街の住民でしたから、そんなこと存じませんけど」


「帰ったら総統に言ってみるかな、紋章の事」


 グリザの操る馬車は、北の門を抜けると速度を上げる間もなく、すぐに辺境伯の館へ着いた。


 北門から1サリほどしか離れていないために、馬たちは汗もかいていない。


 二重の堀に掛かる跳ね橋を渡り、門の前で歩哨に立つ騎士にアランの親書を提示して中に入ると、騎士団本部へと馬車を向かわせて玄関前に横付けした。


 ナタリアは初めてだったが、ネロンガは二度目の訪問である。


 顔を覚えていた騎士もいて、ナタリアを紹介がてら滞りなく辺境伯の予定を確かめることが出来た。


 辺境伯から名誉男爵宛ての返書を受け取って、何の問題もなくネロンガとナタリアの初めてのおつかいは終了した。


 結局、今日の訪問が可能なのかそうでないのか、可能ならば何時ごろ来ればいいのか、という点については2人は蚊帳の外に置かれたわけだが、そもそも使いの者に口頭で返事を伝えることなど有り得ない環境だから、そういうものだと割り切ってしまえば気が楽である。


 すぐさまオーベルジュへ取って返したネロンガとナタリアが、アランに辺境伯からの親書を渡したのは昼食前だったから、相当早く済んでしまったわけだ。


 辺境伯からの返書を開いたアランは、一目見るなり頭を抱えた。


 そこには、グルリアを去る名誉男爵と別れの宴を催して一夜盃を交わしたいが、丁度良い機会だから一門の貴族たちに顔合わせをしておきたいので、3日待てという趣旨が書かれていた。




    ボクは何かに祟られてるのか?



    何処かへ移動しようとすると、なんでこうなるかな?





 まだ、アランの勘でしかないのだが、コータルが怪しいと思った以上すぐにでも行って、何らかの対策を講じたいと思っていた矢先のこの始末である。


 アランは、カルアを相手に愚痴を零しても仕方がないことは充分に承知していたが、それでも言わずにはいられなかった。


「まったく、危機感のないお方だよね…」


「今回、グルリアのアジトを壊滅させた件について、辺境伯閣下はどれほどまでご存じでいらっしゃるのでしょうか?」


「・・・そうか」


「詳しくご存じでいらっしゃらないとなれば、この返書も致し方ないかも知れませんね、だんな様」


「デュケリの不始末をどう報告したのか聞きたいもんだね」


「正直にお伝えしていないとお考えですか、だんな様は?」


「当然だよ。もし正直に報告してたら、今頃この部屋は辺境伯からの見舞いの品で埋まってるんじゃないかな?」


 カルアはそこで初めて、騎士団から辺境伯への報告が改竄されたことに気が付いた。


「では、デュケリ副団長は・・・?」


「おそらく、殉職ってところじゃないかな」


「なにか、割り切れませんけど…」


「辺境伯への抗議を止めたのはカルアだよ」


「まぁ、そうでしたわね。すっかり忘れておりました」










 翌日の昼過ぎ、サリカムが御者を務める豪華仕様の馬車がオーベルジュの前に横付けされた。


 ドアが開いて降りてきたのはガイルとカッサムの2人だけで、デリスの姿はそこになかった。


 報告の為、館内の掃除をしていた客室係の女性を呼び止めて、ガイルはアランの都合を問い合わせてもらうことにした。


 しばらくして、マルタが姿を見せてガイルの案内に立つと、カッサムはその足で仲間の姿を探しに町へ出て行った。


 馬車置き場に豪華仕様の馬車が2台並んで停まっている光景は、一流のオーベルジュといえどもなかなかに壮観だった。


サリカムが4頭の馬たちを頸木から外してながえの外へ出してやると、重しがとれたかのように勢いよくその場で跳ね回って、手伝いに来たテムジンとグリザもその躍動感に魅せられてしばらく馬たちのしたいようにさせておいた。


「どうだった、こいつらの走りっぷりは?」


 グリザがサリカムに聞いてみると、


「オレはこいつらに楽しませてもらっただけだ。鞭なんぞ一回もくれてやってないからな」


「ほぉ、そんなに賢い連中か」


 今度はテムジンが訊いた。


「そうともよ。こいつらにゃ御者は必要ないのかもな。初めて組んで走るってぇのに、最初っから息がぴったりだとは、オレも驚いたよ」


「そいつはいいや」



















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