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47 ナタリアが立っ・・・たらいいな

 それは、果たしてそのままミネラルウォーターとして飲むのがいいのか、お茶やスープなどとして飲むことでも効果があるのか、はたまた、煮炊きのためだけに使っても何らかの恩恵が与えられるのか、やってみないことにはまったく分からないアランとカルアは、とりあえずお茶として魔法の水をナタリアに飲ませてみることにした。


 ただの水だけを大量に飲む光景は、異様なものがある。


ホテル・ド・ロマンダリアの一室で、アランが次々とペットボトルの水を飲み干していく姿を見て、薄気味悪く感じた思い出のあるカルアとしては、やはりどうしてもお勧めできる摂取法とはいえなかった。


 考えがまとまらない時などに、時折ペットボトルの水を飲んでいることがあるアランの習慣を知っているカルアにしても、毎日必ず寝る前に魔法の水を一口飲む様に言われていた。


 これ以上の何をあたしに求めていらっしゃるのかしら、とは思いながらも言われた通りに必ずカップ一杯の魔法の水を飲むことを続けている。


 あらかじめ水差しに入れておいた魔法の水を使って、お茶を淹れてくれるようにマルタに指示したカルアは、


「残ったお茶は、マルタもご相伴にあずかりなさい」


 とマルタに耳打ちした。


 効果が無ければただの水だろうし、アランとカルアの世話とボディーガードとしての役割を担うマルタの能力が引き上げられることは、決して無駄にはならないと考えたカルアの独断だったが、耳打ちの内容が聞こえているはずのアランが何も言わないので、問題ないと判断した。


 一方、アランはアランで身体の急激な改造に伴う副作用を多少なりとも経験しているので、いきなり大きな効果を求めてナタリアを苦しめるのは本意ではなかった。




     できれば、副作用は小さい方がいいからね。



     あまり辛い思いをさせて、警戒されてもねぇ。





 アランとカルアの部屋のソファに座るメンバーの前に、マルタが淹れたお茶が供された。


 一口飲んだアランは、カルアが口を付けるのと同時に心で強く念じた。





     もっともっときれいに成ります様に!





 どう見てもこれ以上美しくなるには神の御業が必要だと言えそうなほどの美人に、まだ美しくなることを望むアランの心は、どう贔屓目に見てもただのエロ親父のようだった…。










「あら、このお茶、なんだかいつもと違って美味しい」


 お茶を一口飲んだ感想がナタリアの口から洩れた時、カルアもマルタもまた同じことを感じていた。


 一流のオーベルジュの特別室に備えられている茶葉だから、決して安物ではない。


 これまでも、不味いと思って飲んだことは一度も無かった。


 それが今日、この時に限っていつもより遙かに美味しく感じられた3人の女性の味覚は、正確に魔法の水の効用を明かしていた。


「そうかい? それはマルタの技能が上がったってことなんじゃない?」


 一人だけ蚊帳の外に置かれたアランは、特に何も感じずにお茶を口にし、そんな言葉を吐いた。


 しばらく3人で談笑していたが、ナタリアが姿勢を改めて言い出した。


「今夜私が呼ばれたのは、お茶をいただく為ではないですよね」


「うん。実はね、最近馬車を2台と馬を6頭買って、それに御者を2人雇ったんだ」


「それはまた、豪勢なことをなさいましたね」


「まぁね。それで、これに掛かった経費を記録して残高の記録を修正しておいて欲しいのと、御者の給金を決めて毎月の支払いに組み込んで欲しいってことを伝えたかったんだ」


「記録の修正はすぐにでも出来ますが、御者の方々の給金に関しては私の一存では出来ません。」


「どーして?」


 ナタリアは蟀谷を押さえて息を整えてから口を開いた。


「馬車や馬の代金にしろ、御者の給金にしろ、お出しになるのは男爵閣下でいらっしゃいます」


「そうだね」


「男爵閣下の財産の処分に関しては、男爵閣下のご判断の下でしか出来ません」


「だから、そのためにナタリアに来てもらったんだよ」


「私は経理のお手伝いこそ出来ますが、資産の処分や必要物資の購入などの財産管理をすべて一任されても困ります」


「だって、ぼくには出来そうにないもん」


「あのねぇ・・・」


 ナタリアは急に眩暈と頭痛が襲って来たので、しばらく言葉を口にできなかったが、それが収まった途端に舌鋒鋭くアランに切り込んだ。


「男爵閣下の個人財産を処分するに当たって、閣下のお身内でもない私がどうして勝手な真似が出来ましょう。これらの馬車や馬をきちんと管理するためにはそれなりの手間も人手も必要となります。そうすると、この代金だけの問題ではなく恒久的に支出され続ける経費の全額を予め見積もって、年間の必要額を算出した上でこれを御者の方々の給金と共に項目を1つ設けて管理しなければなりません。また、馬車にしろ馬にしろ、いずれは故障するなりけがや病気で動けなくなったりすることも見込んでおかなければいけないでしょう。そうすると、そこでもまた新たな馬車や馬の購入という経費の発生を考えてこれまた項目を1つ設けて管理しなければいけばくなることでしょう。それら以外にもこれから向かう旅先で、宿泊や食事などの人間が生活するうえで最低限必要な経費も発生します。これらもすべて男爵閣下がご負担下さるのか、食費に関しては各自の負担となさるのか、それ以前に今回お集めになったメンバーには無償で役務を提供させるのか給金をお支払いになって雇用関係とされるのか、いずれもまだ何一つ決まってはおりません。更には、この先訪れる国々においてはその地方独自の文化がありましょうし、貴族でいらっしゃる男爵閣下におかれては何らかの寄付や出資を求められることも考えに入れておかなければなりません。それを全て私一人で考えろと?」


「よくしゃべるね、ナタリアは。でもね、そうだよ。そのためのナタリアだもの」


 ナタリアは力尽きてソファに頽れた。


 なんとか残された気力を掻き集め、体力を総動員してソファの上に座り直そうとして、ナタリアは衝撃に身を固くした。


 身を頽れさせた拍子に流れた足が、自分の意志通りにきちんと引き寄せられたことに。


 体を起こす際に、これまでなら腕の力だけで上半身を持ち上げなければならなかったものが、膝を支点に腰を浮かせてすっと座り直せたことに。


 ワンピースの裾から顔をのぞかせる膝を揃えるのに、両手を使わずとも足が自然に動いて揃えられたことに。


「うそ。なにこれ。どーして?」


 これまで使うことのなかった足の筋力が不足しているために、まだ両足を動かすだけで膝が笑ってしまうことは否めないものの、それでも自分の足が自分の意志で動かせることに呆然となり、次いで涙が滂沱として溢れ続けた。


「それがね、とりあえずナタリアに汗をかいてもらうための、給金の前払いの一部」


「うちのだんな様って、時々粋なことをなさいますでしょ、ふふふ」










 次の朝、まだ暗がりの中で目覚めたマルタは、そっと部屋を出て洗顔の為にオーベルジュの裏庭に出た。


 寝乱れた髪を手櫛で整え、顔を洗って口を漱ぎ、顔を拭いた時におかしなことに気付いた。


 マルタの顔には、両頬の髪の生え際近く、普段は髪で隠れている部分に、実は痘痕があった。


 子供の頃に患ったと母親に聞かされてから、これも私の顔の一部と諦めにも似た気持ちで毎日顔を洗っていたのだが、今朝はその痘痕のある辺りに指が触れた時、いつもの独特の感触が感じられなかった。


 鏡が無いので詳しく見ることは出来なかったが、元々その痘痕のせいで鏡があまり好きではなかったマルタは、おかしなこと、とは思いつつも特に気に留めることなく日常に戻った。


 これさえなければね。


 母によく嘆かれた思い出のある痘痕を意識することなど、ここのところほとんど無かった彼女にしてみれば、鏡と痘痕と母の嘆きはひとつのセットになっていて、幼い頃からいつも意識しないままに過ごす癖が付いていた。











 目覚めて、アランの顔をじっと見つめるカルアの裸の胸が、下から伸びてきた両手に優しく包み込まれた。


 その大きさゆえにコンプレックスを感じていたカルアは、胸に触れられることを例えそれが女性であろうとも嫌がった。


 もっと小さければ、楽に動き回れたのに。


 いつもそう思いながら過ごしていると、男の視線が自分の胸に集まることに気が付いた。


 その視線がイヤでさらに臆病になり、晒で巻いて小さく見せる努力を重ねて来た。


 アランに助けられ、アランに愛されるようになってから、アランが自分の大きな胸を飽きることなく慈しむことに、初めは戸惑った。


 こんなもののどこがいいのかしら?


 しかし、変わることなく自分の事を愛してくれる夫が、この胸をそっと包み込むようにその手の中におさめる時、何故か心が安らぐことを知った。


 以来、夫の手が伸びて来る度に無意識に身構えていた硬さが取れて、自然に振る舞えるようになったカルアは、それまで遠慮がちに接してきた夫との関係にも一歩踏み出す勇気が持てるようになり、結果としてそれでアランの求めているパートナーとしての役割をカルアなりに熟せるようになってきた。


 夫婦の関係というのは、こんなところからも進展していくことがあるのかと、小さな驚きと大きな喜びを知ったカルアだった。


「おはようございます、だんな様。もうお目覚めですか?」


「うむ・・・、もうちょっと。もうちょっとだけ…」











 ここしばらく、馬車を出す機会がなかったので、テムジンは新たに雇われたグリザと共に、4頭の馬の調教に出た。


 オーベルジュの近くで並足で歩くぐらいしか運動させてもらえなかった馬たちは、大外回りにグルリアの町を半周して南の城門から外へ出してもらえることを知って、喜んで嘶き跳ね回った。


「こらこら、そんなに暴れては奥様をお乗せした馬車を曳くときが心配になるぞ」


「テムジンは奥様が気になるらしいな」


「それはそうさ。あんな美しい女性は見たことがないもの」


「そうだな。奥様に声を掛けていただくと、それだけでやる気が出る」


「グリザだって同じじゃないか」


 2人の御者は、笑いながら馬たちを並足から速歩、さらには遠駆けへと徐々に速度を上げさせ、最後は追い切りの要領で全力疾走させた。


 およそ2時間にも及ぶ調教が終わる頃、東の空が明るみを帯びてきて、夜明けが近いことを知った。


 南の城門に近づくと、警備兵の交代の時間が過ぎた後だったようで、出る時とは別の警備兵に誰何された。


「2人で4頭の馬を曳いて来るとは胡乱なヤツらめ。事情を聴くから詰所まで来い!」


 テムジンとグリザは互いに顔を見合わせて笑った。


「仕事熱心なのは感心だが、この馬の持ち主を知らんとは少々勉強不足だな」


「まぁ、見たところまだ若いようだし、世間を知らんと見える」


2人の会話が耳に入ったのか、警備兵は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「何を勝手なことを喋っているか!」



















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