↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/145

46 悍馬は馬車よりも高し

 格安で手に入れた豪華装備の馬車を商業者協同組合の表に引き出した3人の御者は、次にこの馬車を曳く馬を調達するために、サリカムとグリザが仕事を貰っていた貸し切り専門の馬車屋へ行った。


 馬を調達するには動物商がいいと思われがちだが、それはあくまでも一般の農耕馬や町中を巡回する馬車を曳く馬の話である。


 長距離を高速で移動できる馬車馬は、それ専門の売買をしている業者でないと扱えない程気性が荒いのがたまにいて、誰かの紹介が無いと安心して馬を買えないことがあった。


 ウーサ種のように体格は大きいけれど温厚な馬と違って、高速で長距離を走る馬を特に悍馬と呼んで重宝する人たちもいた。


 カスマンドの首都ナンバサから各地方都市へ緊急の用件を伝える、その名も『速馬屋』と呼ばれる業者は、気性が荒く乗り手の制御を撥ねつけるほど我儘だが、とにかく抜群に速くて強い馬を好んで用いていた。


 サリカムは若い頃、速馬屋で悍馬を駆って国内を走り回っていたこともあったから、どんな馬でも御する自信があった。


 人を乗せて高速で移動する馬と馬車を曳いて走る馬では、調教の仕方がまるで違った。


 双方の仕事を熟せる馬というのは、かなりレアな存在だが居ないことはなかった。


 ただ、人間の技量がそういう使い道の全く違う馬を双方ともに使い熟せるレベルにあるか否かの方がもっと重要で、これを難なくしのける者は、カスマンド国内に果たして何人いるかというほど超レアな存在だった。


 たまたまテムジンが連れて来たサリカムという男は、この超レアな能力を持つ御者であったのだが、これまでその才能を発揮する場面がなかったことで、自分自身でも隠れた才能に気付いていなかった。


 馬車屋で悍馬を扱う専門業者に紹介状を書いてもらった3人は、その足でグルリアの城壁の外に広大な牧場まきばを有する業者の元へ一直線に馬を駆った。


 御者たちが駆った3頭の馬は、業者の元へ置いて来てもいいし、眼鏡に叶う馬がいなかった場合には乗って帰ってこいと馬車屋から好意で借り受けたものだった。


 この世界では、障害物が何もない場所で人が乗った馬が全力を出して3分で走り切る距離を1サリという。


 いつもの通り大雑把な距離感覚だが、これが意外とそう大きな違いを生じない。


 馬は全力で5分以上走らせると、心臓麻痺や呼吸困難に陥って急死することがままあるから、これが距離を一通りの目安として表せる限界の長さとされている。


 悍馬は、優にこれの10倍の距離を走り切ることが出来るため、高値で取引されるのだ。


 3人の乗った馬は、30分ほどで牧場まきばに着いた。


 大型のウーサ種や小型のテルミ種、農耕馬のガリ種、騎士が騎乗用にするダリア種などとは完全に隔離されたエリアで、3人の御者は大型のダーラ種を見つけた。


 残る2人がダーラ種を囲う柵の前で躍動感と馬体の美しさに見とれているのを放っておいて、サリカムは馬車屋の紹介状を持って牧場まきばの母屋に入って行った。


 紹介状を一目見た牧場まきばの主は、サリカムの才能をも見抜いたようで、


「お前になら売ってやろう」


と快諾して、ダーラ種の囲いのところまでやって来た。


 囲いの中には、まだ3歳になったばかりと思われるような若駒が20頭あまりも跳ね回っていたが、主と御者が持っている馬好き特有の雰囲気を察したように彼らの近くへ集まって来た。


「このダーラ種は、悍馬になる可能性が最も高いヤツらだ」


 そう言った主は、愛おしそうに馬たちを見ていた。


 この人はホントに馬が好きなんだなと思ったテムジンは、ふと浮かんだ疑問を口にした。


「悍馬の気性や能力って、生まれつきじゃないんですか?」


「そういうのも極稀にいるがね。普通は3歳を過ぎた頃から気性が変わって来るもんだ」


「じゃ、目の前のこいつ等の中にも?」


「それを見つけるのが目利きってもんだろ、ははは」


 試されているな、と感じたテムジンはじっと舐めるように馬たちを観察したが、分からなかった。


「うーむ、オレにゃ分からん」


「そういう正直な奴は嫌いじゃないぜ。だが、そう簡単に悍馬を見抜かれたんじゃ、オレの商売が上がったりだ」


グリザの方は、初めから目利きを諦めていた。


「オレは、馬と一緒に居るのが好きなんでな。気性が荒いとか走るのが速いとかいうのはどうでもいいんだ」


「それも御者にとっちゃ大事なことだ。速い馬を欲しがるのは貴族様に任しとけばいい」


 主はグリザのことも気に入ったようにそう言った。


「ではワシが見せてもらおうかな」


 サリカムは、そう言うと柵を乗り越えて馬たちの中へ入って行った。


「こいつとこいつ、後は、あっちにいるあれとそこのそいつ」


 迷うことなく4頭を選んで主にそう言うと、主は困ったような嬉しいような複雑な表情を見せて、サリカムに言った。


「オレの商売を何だと思ってやがる。そんなに簡単に見抜かれたんじゃオレっちのプライドってもんがよ…」


 主は、用意していた馬具を柵の中に放り込み、サリカムが選んだ馬一頭一頭に馬銜ハミを咥えさせ、頭絡と手綱に繋がる連結部分を馬の体を傷めないように丁寧に取り付け、鞍を置いて腹帯を締め、鐙の長さを調節していった。


「頸木に繋ぐのはお前ぇさん達の本職だろう。乗って帰れるようにしといてやるから、馬車屋から乗って来た馬は置いてきな」










 ネロンガとガイル、カッサムとデリスの4人は、商業者協同組合の表で馬車を磨き上げていた。


 自分たちが乗るだけの馬車なら、これほどまでに豪華な装備は必要ないが、アランやカルアが乗る可能性もあると考えて磨き始めたのだ。


 結構長い間放置されていた様子の馬車は、それでも造り自体がしっかりしている上に使われている素材もかなり良い物だったので、磨いた分だけ美しさを取り戻していった。


 そうして、外装の汚れを粗方落とし終わった頃に、テムジンたちが素人目にも素晴らしい馬を4頭連れて帰って来た。


 まずは馬たちに水を飲ませ、馬体を丁寧に拭いてから、ながえに2頭ずつ頸木で仕切られた中に2列に繋いで出発準備が整った。


 早速必要な物資を馬車に積み込んだガイル達3人に、サリカムが


「この馬たちは少し気が荒いかも知れませんので、私が御者として同行いたします。走り始めてこいつらのペースが決まるまでは多少不愉快な思いをなさるかもしれませんがご容赦を」


 と断って、3人が乗り込むと馬車をコータルへ向けて発進させた。


 馬車を見送ったネロンガと2人の御者は、もう一度商業者協同組合の建物の中へ入って行った。


「名誉男爵閣下は、馬車を2台増やすとお話しになっておいでだった。もう1台なんとしても都合をつけねばな」


 眩しいほどの笑顔でそう言うテムジンに同意した2人は、再びご相談窓口の前に立ち、意気消沈していた窓口係に声を掛けた。


「実は、もう1台馬車が要り様になってね、相談に乗ってもらえると有難いんだけど」


 ネロンガの口調はどこか嬉しそうに聞こえた。











 2頭立て6人乗りの馬車を買い上げて、馬車屋で馬を2頭わけてもらったネロンガ達は、意気揚々とオーベルジュ・ド・グルリアに帰って来た。


 商業者協同組合で購入した馬車2台の費用に加えて、牧場まきばと馬車屋で購入した馬たちの費用も一括でアランの口座から引き落とすように頼んだことで、2度手間を掛けずに済ませた分、帰って来た時間は早かった。


 馬車を駐車スペースへ持っていくグリアと別れたネロンガとテムジンは、アランに報告するため、客室係の女性に頼んで名誉男爵の都合を問い合わせてもらった。


 すぐにロビーまで下りて来たアランを駐車スペースに案内がてら、商業者協同組合での一連の顛末や牧場まきばと呼ばれる馬のブリーダーでの遣り取りを報告した上で、掛かった経費の全額を申告した。


 その金額に驚いたアランは、どんなマジックを使えばそれだけの出費に抑えられるのか不思議だったが、目の前の馬車と、もう1台のデイマークス辺境伯から贈られたものにも遜色ないと報告された馬車に、悍馬4頭と普通の馬2頭で合計260リュアンと言われては、よくやったとしか言葉を紡ぎ出せなかった。


 内訳で最も目を瞠ったのがやはり馬車の値段で、コータルに向けて走っている豪華な馬車を30リュアンと言った窓口係が、2台目の馬車に60リュアンの値段を付けた時にネロンガが言ったセリフを再現されて、アランは頭を抱えつつも大笑いした。


 曰く


「最初のあの馬車が30リュアンでこれが60リュアンってのは、あんたの商売の仕方に問題があるのか、それとも商業者協同組合として仕事に取り組む姿勢がいい加減なのか、ハッキリ聞かせて欲しい。それとも、あんたもしかして男爵様相手に詐欺するつもりですか?」


 そう切り返された窓口係の男性職員は、泣く泣く2台目の馬車を20リュアンと提案してきたそうだ。


 もう2度とあそこには出入り出来そうもないなと考えたアランは、ガイルの報告を待つ間、商業者協同組合に用が出来ないことを祈った。











 朝の間にアランからお呼びが掛からなかった残りの4名は、ゲンも含めてそれほど無能だったわけではなさそうで、ネロンガ達に遅れること30分ほどでオーベルジュのロビーに集合して、各自が収集した情報を吟味し合っていた。


 盗賊団と人身売買組織のアジトを壊滅させて以後、町は平穏を取り戻し、特にスラム街と呼称される貧民街は街に巣食うダニが一掃されたこともあって、少ないながらも雇用が発生して住民にとっても領主にとっても先行きに明るさを感じられる雰囲気が歓迎されていた。


 ただ、騎士団だけはその潮流に乗れなかったと見えて、住民たちの信用を取り戻すべく町中の巡回警邏を増やしつつ、新たな悪の芽が育つことを警戒して日々熱心に活動に取り組んでいた。


 ある日の夜、ナタリアはアランに呼ばれて男爵夫妻が過ごす部屋のソファに座っていた。


「暁の花園のメンバーとも少しは打ち解けたかな、と思って来てもらったんだけど」


 アランの言葉の真の意味を斟酌しながら、ナタリアはカルアに問いかけた。


「コータルへ出発するのはまだ先になりそうですか、奥様」


「そうですね、だんな様のご都合が宜しければ、明日にでも出発出来ましょうが、こればかりはあたしにも返答のしようがありません」


「ねぇ、本人を前にして内緒話はやめてくれない?」


「内緒話などと、とんでもない。私は奥様と男爵様の近況について話していただけですわ」


「何か不満でもあるのかな、ナタリアは?」


「不満? とんでもございません。私のするべき仕事が何もないからといって、そんなことを不満に思っているなどとお感じになられる閣下の方こそどうかなさっておいでです」




    そういうことか…。



    仕事が無いってか。



    でも、今は報告待ちで動けないんだよね。




「だんな様、ナタリアさんにあれをご馳走なさってはいかがでしょう?」


「そうだね、それがいいかも知れないね」


「なんですか、ご夫妻揃ってのその田舎芝居は!」













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。