45 格安馬車1台ゲット!
ガイルとの打ち合わせを終えてレストランを出る時、アランは給仕の女性に部屋へカルアの朝食を持って来てくれるように頼んだ。
テムジンが帰ってくるまでの間何をしていようかと考えるまでもなく、テムジンが実直そうな中年の男とテムジンよりは5歳ほど年長に見える男の2人を伴ってオーベルジュの玄関に入って来た。
「早!」
思わず出た言葉を聞いたテムジンは、彼らの待機所が宿のすぐ傍にあることを明かして、少しだけ得意そうな顔を見せた。
ここで話をするのも憚られるからと断ったうえで、アランに馬車置き場までご足労をと願ったテムジンは、アランの馬車の前まで来ると2人の話を切り出した。
「彼らは、いずれも馬車を御して15年以上の経験を持っております。考えられる限りのほとんどあらゆる場面に遭遇した経験がありますので、馬車で移動中に何かあった場合でも彼らに任せておけば大丈夫だと考えるであります」
「へぇ、凄い人達なんだね」
「はっ、年嵩の方がサリカム、若い方がグリザと申します」
「辺境伯のお邸に出入りの御者って聞いたけど、どんな馬車に乗ってるの?」
「はい」
年嵩のサリカムと呼ばれた男が代表して答えた。
「デイマークス辺境伯閣下にご用がお有りで、ご自分の馬車をお持ちでない方をお乗せするのが我々の仕事であります」
「ふーん、じゃ、どこかの業者さんに属してるとか」
「我々の身分はフリーとでも申しましょうか、お客様があった時にだけ報酬を頂くことになっております」
「じゃ、お客さんが何日も無かったらどうしてるの?」
「そういう場合は、貸し切り馬車屋の馬の世話をして何がしかのお代を頂いております」
「なるほど、じゃ、馬の調教なんかも出来るのかな?」
「もちろんであります」
「馬の状態なんかも分かるんだ?」
「一目見てそれが分からない様では、我々の仕事は出来ません」
「ふーん」
ほんの少しの間沈黙していたアランは、こう切り出して2人を戸惑わせた。
「下世話なことを訊くようで申し訳ないけど、お二人の収入ってどうなってるの?」
「はぁ…」
それは、お互いの顔を見つめ合うことで察してくれと言わんばかりの態度が如実に物語っていた。
そこへ、テムジンが一言添えた。
「一回馬車屋から辺境伯邸にお送りすると、その日のうちにお帰りの場合は、お邸でお客様をお待ちする分も含めて1ブーイであります」
「それって、結構な高給取りみたいだけど・・・・」
「恐れながら、名誉男爵閣下が辺境伯閣下のお邸にご逗留中、他に来客はございましたか?」
「結局22日も居たけど、一組も無かったね・・・」
「馬車屋に属する御者はこの2人だけではございませんので、その辺りからお察し下さればと存じます」
「なるほどねぇ・・・」
再び少しの沈黙の後、アランは2人にこう切り出した。
「立ち入ったことを訊くけど、2人に家族はいるのかな?」
「残念ながら、収入が安定しませんので家庭を持つことも叶いませんで…」
「なんでそんなに御者の仕事に拘るの?」
「それはやはり、馬が可愛いからであります」
と、それだけは言いたいとばかりに、今度は若い方の男が答えた。
「じゃぁさ、今の仕事を辞めて、ボクの専属の御者になってほしいって言ったら来てくれるかな?」
「は?」
男2人が見事にハモった。
「恐れながら、今は専属の御者としてテムジンがお仕えしていると聞いておりますが・・・」
「うん、実は従者の数がいきなり増えてね。馬車が1台では足りなくなったんだよね」
「ということは、馬車を増やされるご所存でいらっしゃると?」
「うん、早急に2台増やさないといけなくてね」
とりあえず今日の分の日当は保証するからと、今交渉中の馬車の購入と馬の状態をしっかり確認してくれと念を押した上で、3人一緒に商業者協同組合グルリア支部へ急がせた。
喫緊の課題を1つクリア出来そうな目途が立ったところで、アランはやっと部屋へ帰ることが出来た。
さて次は、カルアとナタリアの世話をしてもらう予定のマルタの件か、と呟いてドアを開けると、丁度お茶の用意が出来たところらしく、カルアの前にだけティーカップが置かれていた。
アランの姿を認めたカルアは、急いで立ち上がって出迎えようとしたが、その時には既にマルタがドアの前でお辞儀をしてアランを出迎えていた。
いつの間にと思ったカルアだったが、マルタが用意した急須からティーカップにお茶を注いで、アランがソファに座ると同時に彼の前にそれを置いた。
なんか、マルタとだんな様のお世話で競い合っているみたいね、と一瞬思ったものの、マルタにそんな意志のあろうはずもなく、まるで一人相撲じゃないのと自嘲した。
お茶を一口飲んだアランは、カルアの横で控えるマルタに問いかけた。
「ナタリアには、もう会ったのかな?」
「はい。先ほど奥様のご紹介でお目にかかりました」
「じゃ、ナタリアが杖なしでは立つことが出来ないことも?」
「はい」
「じゃ、話が早いや。ナタリアには、ちょっと変わった仕事をしてもらおうと思って仲間に入ってもらったんだ」
「お仲間でございますか?」
「うん。今朝来てくれた8人も、さっき雇い入れた2人の御者も、ネロンガもテムジンもみんなこれから世界中を見て周る、ボクの大切な仲間だよ」
「お言葉を返すようで僭越でございますが、お立場というものがございます上に、男爵様がそう考えておられても、皆には遠慮の気持ちがありましょう」
「それは、それでいいんじゃないかな。それぞれの立場はそのうち自然に定まってくると思うよ」
「さようでございましょうか?」
「だからね、ゲンみたいなヤツもいれば、マルタみたいな律儀な性格の人間も居るってことだよ」
今一つ納得できかねる顔をしているマルタに、アランはこう付け加えた。
「だって、これからも仲間は増えて行くと思うし、みんなが同じじゃつまんないよね」
「はぁ…」
商業者協同組合グルリア支部の朝は、朝礼で始まる。
今日も一日しっかり働いて、組合員の便宜と我々の利益をしっかり両立させて、健全な発展を目指しましょう。
副支部長の挨拶で締め括った朝のミーティングが終わると同時に、今日最初のお客様のご入来となった。
窓口係の女性職員達の間では、その日最初の客がどういう用件か、或いはどういう人物かでその日一日がラッキーか否かを占う習慣が、いつの頃からか存在していた。
大抵は、手形の期日前の現金化であったり、口座の残高チェックであったりしたが、たまに大型プロジェクトの案件が成立したお祝いにと、甘いものを土産に訪れる常連客もいたりする。
そういう場合、窓口係の女性職員の間では、『今日も1日ラッキー!』と共通認識が成立して、皆の笑顔が2割増しになることもあった。
ただ、今日という日は、朝一番の来客が、支部職員の間で知らぬものが無いほど有名な、件の名誉男爵の従者とその仲間だったので、フロア全体の雰囲気が一気にトーンダウンされて空気までが重く感じられた。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件で当支部をご利用でございましょうか?」
入口を入ったところで、さて誰に総統の希望を伝えるべきか、と悩んだネロンガが立ち止まって辺りを見回していると、案内係の腕章を巻いた女性職員が非常に非積極的に近づいてきた。
「リード名誉男爵閣下の用件で来たんですけど、うちの総統の専任担当者って、いませんかね?」
そんな者がいるわけないでしょ! と叫びかけてようやく思い止まった案内係が、不自然な笑顔を張り付けたまま、前回もアランを担当した『ご相談窓口』へ、ネロンガたち4人を案内していった。
「どうも、この前もお世話になったっすよね、この窓口」
「はい、いつもご贔屓いただいておりまして、誠に有難うございます」
「今日もリード名誉男爵閣下の用件で来たんですけど、いいですか?」
「もちろんでございますとも」
目だけが笑っていない営業スマイルを顔に張りつけた歴戦の勇士といった風貌の窓口係の男性職員の様子に、明らかな違和感を覚えたガイルは、
「ここからは、オレが話そう」
と言って、アランに命じられた最速の馬が曳く4頭立ての馬車を至急用意してほしい、という用件を出して相手の反応を確かめることにした。
「最速の馬が曳く4頭立ての馬車でございますか?」
「あぁ、6人乗りのな」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
そう言って、頭の隅にあった、売れない様なら二束三文でもいいから処分してくれと頼まれていた中古馬車の情報を思い出した。
窓口係の男性職員としては、アランとその一行に対する意趣返しの気持ちなどさらさら無かったはずだったが、どう見ても馬や馬車について詳しい知識を持ち合わせていなさそうな目の前の男に、中古馬車を引き取らせようと考えてしまった。
加えて、あの馬車は4人乗りの小型で、形式は2頭立てだったが、そんなものはどうにでもなると、自分の弁舌の冴えを過信してしまった。
「丁度掘り出し物がございまして、現在当方の馬車専用スペースに保管してございます。ご覧になられますか?」
「見せてもらおう」
「リード男爵様のご要望にお応えできる馬車ですので、少々値は張りますが、30リュアンでいかがでしょうか?」
「まぁ、値段は見てからの事だな」
ガイルとて、慰問団の荷運びのリーダーだった男であるから、馬車の良し悪しくらいは分かる。
馬の見立てまではムリかもしれないが、我らの総統にそこら辺りの抜かりはなかろうと安心して、窓口係の男性について行くことにした。
一度玄関から外へ出て、建物の裏側にある馬車専用保管スペースに向かう途中で、急いでやって来たテムジンたちと鉢合わせした。
「名誉男爵閣下がお望みの馬車は見つかったか、ネロンガ?」
「うん。なんでもこの人が掘り出し物があるって言うから、今から見に行くところだよ」
「では、我々も一緒に見せてもらおうか、4頭立て6人乗りの馬車」
新たに合流した3人のうち、一人の顔に見覚えがあった窓口係の男性職員は、3歩ほど歩いたところで、その男の事を思い出した。
その男は、貸し切り馬車屋に所属するフリーの御者だった。
窓口係の職員も、辺境伯邸に陳情に向かう組合員の要望で貸し切り馬車を借り上げる仲介をしたことがあったし、その際に馬車を回送してきた御者の顔も覚えていた。
しまった、と思った時にはすでに遅かった。
馬車専用の保管スペースには、各種用途に合わせた馬車が何種類も格納されていて、一目で豪華な装飾が施された貴族御用達と思わせるものから、屋根すらついていない箱馬車まで十数台が並んだ、目移りしそうなほどの壮観な眺めだった。
馬車の売買を専門に扱う業者は、実はグルリアにはいなかった。
一台で相応の価格がする馬車は、在庫を抱えるリスクを負うわけにもいかず、オーダーメイドしようにも職人の手が足りていなかった。
必然的にそういう需要は商売人同士の個人売買で済ませるのが当たり前になっているのだが、有力な組合員に強く請われると仕方なく間に入って売り買いの双方から手数料を取ることも無くはなかった。
その過程で、希望したものと違う馬車が斡旋されたケースでは、仲介という形を取って商業者協同組合の保管場所に保管して売れ先が決まるのを待つ場合もあった。
そして、ネロンガたちの前に陳列されている馬車が、まさにそのケースに該当する馬車だった。
「4頭立て6人乗りの馬車となると、これか・・・」
保管スペースの中で、最も目を引く豪華な造りの馬車を指差して、テムジンは呟いた。
「これが30リュアンでいいというのか?」
「え・・、いや・・・、はい・・・」




