35 バーベキューはほどほどに・・・。
「本当なら、あたしがそういうことを全部出来ればいいのでしょうが、あたしは頭も良くないですし、難しいことは分からないですから・・・」
ボクはカルアに何を言わせてるんだ!
そんなことがして欲しくてカルアに傍に居てもらってるんじゃないよ。
しっかりしろ、アランの馬鹿!
「何もかもカルアが一人でしちゃったら、カルアに隣に居てもらえなくなるね」
「だんな様・・・」
「それは、ボクとしては大いに困る。うん、とっても困る。というか、そんなのヤダ!」
「もう、子供みたいに・・・」
アランにそう言いながら、カルアの目には光るものがあった。
「今日は疲れただろ、カルア」
「いえ、今日は一日だんな様とずっとご一緒できたので、なんでもありません」
「たまには一緒にガルーダに乗ってみる?」
「えぇ、だんな様さえよろしければ」
「あのぅ、盛り上がってるとこ、申し訳ないんですけど・・・」
「ネロンガ、まだ居たの?」
この後の行動を相談することと、名誉男爵と呼ばれていた経緯などを聞きたかったネロンガが強引に二人の会話に割って入った。
「オレ、このままロマンダリアに帰っていいのかな、と思って」
「何か他に用でもあるの?」
「いやぁ、総統と姐さんの仲があまりにもいいもんで聞きそびれてたんですが、いつの間に貴族になんかなっちまったんですか?」
「ボクもよく分からないんだけど、済し崩しに貴族にされちゃったんだ・・・」
「この国の貴族ってのは、済し崩しで成れるもんなんですか?」
「さぁ、そうなんじゃないの?」
「じゃ、オレもしてもらいたいな、貴族に・・・」
「ガルーダを乗りこなせたら成れるかもね」
「いいっす。絶対貴族になんか成らなくていいっす」
ネロンガは、特に目的があってカスマンドに来たのではなく、やはりあの似非紳士を追いかけて入国したらしい。
詳しいことは知らないが、ロマンダリアで身体障碍者の生活支援に力を入れようとしていた矢先に、障碍者ばかりを狙う誘拐犯罪が続発していることを知って、怪しい人物の足取りを追っているうちにここまで来たのだ。
結局、ロマンダリア国内で行方不明になった人たちの消息は掴めなかったが、アランにも会えたし末端とはいえ組織のアジトを一つ潰せたしで、ロマンダリアへ帰ろうかどうしようかと思っていた。
「でさ、総統と姐さんに使いっ走りが必要なら、このままついて行こうかな、ってさ、考えてたんすよ」
「ネロンガさん」
「はい」
「一つ質問してもいいですか?」
「どうぞ、姐さん」
「その姐さんって、どういう意味かしら?」
「あの、もしかして、気に入って貰えませんでしたか、姐さんて呼ぶの」
「えぇ、とっても不愉快です」
「ち、ちょっと待って下さいよ。なんで姐さんが睨むとガルーダさんまでオレを睨むんですか?」
結局、ガルーダと仲良くできるなら、ということでお試し期間を設けて帯同を許すことにしたのだが、ロマンダリアでの活動に支障は出ないのかと思って、訊いてみた。
「ネロンガはさぁ、ロマンダリアでやりたいことがあったんじゃないの?」
問われて、その内容が今一つ理解できなかったネロンガは、質問に質問を重ねた。
「やりたいこと?」
「うん、身体障碍者支援に力を入れてるって聞いてたから」
「あぁ、そういうことですか。でも、それって、ロマンダリアじゃなきゃ出来ないってことじゃないでしょ」
「まぁ、そうなんだろうけどね」
「目の前に困ってる人が居たら、それに手を貸すのが人の道ってもんでしょ、総統」
「うん、そうだね。でも実際、ロマンダリアでもそういう活動してたんなら、ネロンガの助けを待ってる人が居るんじゃないの?」
「暁の花園は大所帯ですぜ、総統」
「まぁね」
「でも、総統と姐さんにゃ、今のところ使いっ走りが居なさそうだし、・・・」
「ネロンガさん・・・」
「あわわわわ、失礼しました。もう二度と言いません!」
その場に土下座して額を地面にぶつけるほど謝るネロンガに、どうしたのかと振り返ったアランは、ケームが人を睨む光景を初めて見た。
軽く睨むようにネロンガを見るカルアの頭の上から、ガルーダの殺人光線のような視線がネロンガを攻撃していた。
「もう許してやりなよ、ガルーダ」
「キュイ!」
ガルーダは、カルアに嘴を撫でられて目を細めた。
なんか、最近、ボクよりカルアに懐いてないかい?
まぁ、仲が悪いよりいいんだけどさ・・・。
「ネロンガさん、ホントにだんな様の手足になる覚悟はありますか?」
恐る恐る顔を上げてガルーダをチラ見したネロンガは、土下座したまま真剣な顔で言った。
「もちろんです。総統のお許しさえあれば地の果てまでだってお伴します!」
「って、言ってますけど、どうなさいますか、だんな様?」
「まぁ、いいんじゃないの、しばらくはやっぱりお試しだけどね」
「ありがとうございます!」
その後、グルリアの人身売買組織の調査が終わるまでこの町に滞在することと、オーベルジュ・ド・グルリアという宿にいるから、泊まるところに困ったらいつでも顔を出せ、と言ってアランとカルアはガルーダに乗ってデートに出かけて行った。
久しぶりに二人で空を飛ぶ気分は最高だった。
カルアは何も言わないが、あれこれと舞い込む厄介ごとに時間を取られて二人きりになる暇がなかったのは事実だったし、その分寂しい思いもさせてきた。
これからはなるべく二人の時間を大切にしようと思っていた。
そう思ってはいたのだが、考え事をしながらガルーダの飛ぶに任せていた結果、アランは自分たちが大草原の上に居ることに気が付いて、ちょっとアセった。
「ガルーダ、お願いだからカルアを乗せたまま狩りを始めるのはやめてね」
「キュ~イ!」
分かったと言わんばかりに機嫌よく返事をしたガルーダは、そこから一気に急降下して獲物を狙う態勢に入ってしまった。
「わ~、全然分かってないじゃないか!」
あっさりとヒツジのような獲物を一頭掴んで急上昇に転じたガルーダは、そのままオアシスの泉の畔に下りた。
カルアが後ろで目を回したんじゃないかと慌てたアランは、勢いよく飛び降りた彼女がそのままガルーダの頭に抱き付いて
「すご~い、すごいですよ、ガルーダ。狩りをするところを初めて見ましたが、お前はカッコいいですね」
と、はしゃぐのに面食らってしまった。
「ねぇ、平気だったの、カルア?」
「ガルーダの背中に乗ってても、ちっとも揺れませんね」
そうか?
ホントにそうか?
ボクはそう思わないけどなぁ・・・。
単眼族の大国カラライ王国のカランサの町で、ヨーネに振り回されながら手に入れたバーベキューセットが活躍する場面がやってきたかと、バッグから一式を取り出してセッティングを始めると、カルアが目をキラキラさせて寄って来た。
「こんなものまでお持ちだったんですか、だんな様」
「うん、いつか必要になるかなって、ロマンダリアに来る前に手に入れてたんだけど・・・」
「それでは、後はお任せ下さい。それと、ナイフのようなものはお持ちですか?」
大羊のもも肉を燻製にしたとき使っただけの短刀を取り出して、
「こんなものしかないけど」
とカルアに渡すと、彼女は笑顔でそれを受け取って、一気にヒツジの解体に取り掛かった。
シュールだよね。
美女が、絶世の美女が・・・。
嬉々として獲物を解体していくところを見られるなんて。
これ以上のシュールレアリズムは他にないよね・・・。
大方の解体作業が終わったところで、泉に手を浸してきれいに洗ったカルアは、炭火に火をつけて火力が安定するまでの間に肉を食べやすい大きさに切り揃えていった。
何かの歌を口ずさみながらご機嫌で食事の用意をするカルアは、肉の一切れ一切れに丁寧に塩を振り貴重な香辛料を摺り込んで、ほど良く熱した金網の上に一枚一枚丁寧に並べて、トングを使って優しく裏返していく。
食べる人が一番美味しいと感じる焼き加減を熟知しているように、焼き上がった肉をトレーに並べてアランの前に出した。
「どうぞ、食べてみて下さい。だんな様の好みはミディアムとウェルダンの中間くらいの焼き加減ですから、ちょうど今が食べ頃ですよ」
「ありがとう。こんなに楽しそうに料理する人、初めて見た」
アランは、純粋に感動していた。
料理ひとつでこれほど楽しさを表現できるカルアに。
「だんな様に美味しいって言ってもらえると、それだけで嬉しくなりますから」
カルアも、アランだけのために料理をするという経験は今日が初めてだったので、より一層心を込めて食材に手間をかけ、焼き上がりの好みに合わせて焼き上げ、そして褒めてもらう喜びに身を委ねた。
肉が好物だとカミングアウトしてからは、アランの前でも遠慮なくステーキを平らげ、串焼きに齧り付き、これ以上食べると動けなくなるほどに肉を堪能するカルアが、今日に限ってはただの一切れも口にしていないことに気が付いたアランが、
「どうして食べないの? 一人で食べてても美味しくないよ」
と言っても、手を付けようとしなかった。
「だんな様がお食べになった後に、十分に頂戴しますから、どうぞご遠慮なくお食べになって下さい」
そう言うばかりで、肉を焼くことだけに専念し続けた。
アランの好み通りに焼き上げられた肉をいつもより多めに食べたので、かなりお腹が苦しくなってきたアランは、ついにフォークを置いて
「ごちそうさま、もう食べられない」
と、素直に満腹宣言した。
すると、それまでミディアムとウェルダンの中間くらいの焼き加減でトレーに移されていた肉が、表面に火が通ったか否かというタイミングで次々とカルアの口に投入されていった。
優にアランの食べた3倍を超えるほどの量の肉が地上から消えた頃になって、ようやく人心地ついたカルアが満足そうにフォークを置き、一旦ペットボトルの水を飲んでから、更に親の仇のように肉を焼き始めた。
その一回だけの食事で、ガルーダが狩ったヒツジの片腿が消費された。
それは既に、見ているだけのアランの満腹中枢を弥が上にも刺激して、嬉しそうに食べるカルアの顔を見ながら吐き気を堪えるのに苦労した。
「あぁ、美味しかった。生まれて初めて、もう食べられないというほど肉が食べられて、あたし幸せです、だんな様」
「うっぷ・・・」
「また機会があったら、連れて来て下さいね」
その日、傾城の顔が羅刹に見えたアランだった。




