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34 警備兵さん、職務怠慢でしょ!

 倒れこんだまま動こうとしないネロンガの様子を見て、アランは困ったなと思いながらも同時に無理ないかとも思った。


 最初のガルーダとの邂逅がそれだけ強烈だったのだ。


「立てるかい、ネロンガ?」


とりあえず言葉をかけてみたが反応は依然としてない。


「一番近い警備兵の詰所まで走ってもらおうと思ったんだけど、これじゃ無理そうだね」


 アランの口から嘆息と共に出た言葉に、カルアがニコっと笑って一言添えた。


「いつまでも寝ていると、ガルーダがエサと間違えますよ、ネロンガさん」


 その一言で、ネロンガは跳ねるように立ち上がった。




    黒い!



    あまりに黒いぞ、カルア!




「総統、どこへ走ればよろしいので?」


 健気にも青い顔をしたままネロンガが訊いてきた。


「うん、ここを真っ直ぐ南に行くと、あ、こっちね。道なりに左に折れるからその先にあるグルリアの南門まで行って、警備兵を呼んで来て欲しいんだけど」


 ネロンガが白髪頭の男を尾行してきたのと反対方向を指差して、指示した。


「了解しました。でも、この件を説明する時に総統のお名前を出しても構いませんか?」


「うん、まぁ。 その方が圧倒的に話が早いと思うけど」


 脱兎のごとく駆け出したネロンガを見て、カルアが優雅に微笑みながら呟いた。


「まぁ、あれじゃガルーダが怖いみたいね」


  


    怖いんだよ、実際。



    ほとんど逃げてるようなもんじゃない、あの走り方。




 食品工房の廃棄物貯留場になっているこの場所は、すぐ行き止まりになる短い袋小路で、アラン達が今立っている場所以外に出入り出来る所はない。


 アジトの中では壁の瓦礫に挟まれて動けない人身売買組織の手下が何人かいるが、逃げ出すことも出来ず気を失っているから、ここから動かない限り犯人たちを逃がすことはないだろうし、仮にそんなことが出来たとしても何歩も行かないうちにガルーダに咥えられることになる、とアランは思っていた。


 カルアと犯人たちの処遇について話しながらしばらく待っていると、ネロンガと共に南の門の警備兵が3人ほど走って来た。




    ネロンガはどんな風に伝えたんだか・・・。



    3人じゃ手に余ると思うけどなぁ。




 3人と1人が近づいて来るに連れて、警備兵が声高に叫んでいる内容が耳に入って来た。


「貴様、ロマンダリア人の分際で我が国の男爵閣下のお名前を軽々しく口にするとは何たる不敬か!」


「男爵ってなんだよ、そんなこと一言だって言ってないし」


 ネロンガも負けてはいないようだったが、形勢は明らかに不利だった。


 アランの名前を出して引っ張って来た警備兵達だったが、ネロンガに文句を付けていたのとは裏腹に路地の角で屯する集団を見ても、そこに件の『名誉男爵閣下』が居ることに気づいた者は1人もいなかった。


 北門と違って人の出入りの少ない南門の警備担当とはいえ、領主家に連なる貴族の顔すら覚えていないのはどうかと思ったアランだったが、その後の行動を見て南門警備という閑職に配備されたにはそれなりの理由があったのかと妙な納得をしてしまった。


 警備兵たちは、渋々ながら路地の奥のアジトの入口に近づいて中を覗き込んだが、暗闇の奥に僅かな光が見える程度の視界では踏み込む勇気が出なかったのか、その場に足踏みしたままうんともすんとも言わなくなってしまった。


 先ほどまでの威勢はどこへ行ったのやら、とアランが呆れていると、カルアがそこに助け舟を出すように一言付け添えた。


「この人数では危険があるかもしれませんね。 では、騎士団をお呼びになったらいかがでしょう?」


 男性の目を惹きつけてやまない笑顔と共に発せられたその一言は、警備兵たちに劇的な変化を齎した。


「そうだな。うん、そうだ。我々だけでは些か心もとないところがあるかもしれん」


「まったくだ。そんな凶暴な犯罪者がこの中に居るのなら、我々の手には到底負えん」


「では早速!」


 最後の一人が言葉を発するや、3人は一目散に北向きに駆け出して行った。


「誰1人現場に残さずに全員で行っちゃったよ。これでまた待ち時間になっちゃったなぁ」


「では、この間にこの方達にお話をお伺いしてはいかがでしょうか、だんな様」


「そうだね。他にすることもないし・・・」


「あいつらオレには偉そうなことばっかり言ってたくせに、いざとなったら被害者の保護も放り出して行っちゃうんだもんなぁ・・・」


 南門の警備を担当する者達だから仕方ないとは思いつつも、これが現実とは何たることかとアランは体の力が抜けていくのを意識した。


「南は盗賊団がやって来る方角ですのにね。 まぁ、もう居ませんけど・・・」


 カルアが洩らした一言を耳聡く聞きつけたネロンガが、アランの顔を穴が開くほど見つめてきたが、とりあえず分からないフリをしてごまかすことにした。


「総統、またやったんだね・・・」










 人身売買組織のアジトから助け出した合計10人の様子を観察していたアランが、バッグに手を入れてペットボトルを取り出そうとしていることに気が付いたカルアは、そっとアランの腕に手を置いて、ゆっくり顔を横に振った。


「だんな様、この方たちのことは辺境伯閣下に責任をもって面倒見ていただきましょう」


「う・・・ん。でもかなり弱ってる人もいるみたいだし」


「騎士団の方が駆けつけて、だんな様のお顔を見れば、すぐに手配がつきますよ」


「まぁ、そうなんだけど・・・」


 それまで優しく話していたカルアの雰囲気が、突然変わった。


「だんな様!」


「はい。分かりました。ごめんなさい、もうしません!」


「あたし如きの意見をお聞き入れいただけて嬉しいですわ」


 そして、元の優しくて綺麗で淑やかなカルアに戻った。


 何が起きているのか今一つよく分かっていなかったネロンガは、カルア姐さんと呼ぶべきかどうか真剣に悩んだ。


 ロマンダリアを離れる前に見た総統夫人と、今目の前に居る麗人の纏う雰囲気がまるで違っている事に驚いていたのだが、同時に釈然としないものを感じてもいた。


 こんなすげぇ女の人だったかな、カルア姐さん…。









 このアジトを発見する切っ掛けとなった足の悪い女性に近づいてしゃがみ込んだアランは、


「お疲れでしょうし、答えたくなければそれでも構わないんですけど、どうしてあの男に付いて行っちゃったんですか?」


 女性は、初めとても言い難そうにしていたが、人の心を安心させるようなところのあるアランの顔を見て、おずおずと話し始めた。


「転んで起き上がれないところを助けてもらったんです、あの男に」


「えぇ、知ってます」


「えっ、なんで?」


「見てましたから、二人で」


とカルアの方を振り返ってアランは言った。


「じゃ、子供がぶつかってきたのも・・・?」


「男の子の振り回す棒があなたの足に当たってこけたんですよね、たしか」


「え、えぇ」


「でも、子供たちだけじゃあなたを助け起こせなくて・・・」


「えぇ、男の子も女の子もみんな泣き出してしまうし、どうしようかと思いました」


「そこへあの男が現れたんですが、知り合いだったんですか、あいつと?」


「少し前から親切にしてもらってました。特に買い物の時には荷物を持ってくれたりして、優しい人だなって思ってました」




    なるほど、詐欺師の常套手段だよね。




「今日は、なんでこんな所までついて来ちゃったんですか?」


「杖を・・・。転んだ時に杖に罅が入ったので、新しい杖を見に行こうって・・・」


「そうですか、こんなところまで連れて来られては、足のお悪いあなたでは逃げられませんものね」


 カルアが話に入って来た。


「だんな様、もういいんじゃないですか?」


「あ、あぁ、そうだね。これ以上はもう・・・」


 しかし、アランは目の前の女性から視線を逸らさなかった。


「あなたの足はどこが悪くて歩けないんですか?」


「生まれつき、なんです」


「ほら、だんな様」


 カルアに手を引かれて立たされたアランは、北の方から響いてきた騎士団の馬蹄の音を聞いていた。


 カルアは、アランが目の前にしどけなく足を延ばして座り込む女性に興味を惹かれていることに気が付いていた。


 そして、アランの出してくる魔法の水で、彼女の足が治るかもしれないということも。


「最後に一つだけ訊いてもいいいですか?」


「えぇ、なんでしょう?」


「あなた、経理は分かりますか?」


「はぁ?」










 現場に駆け付けたのは、デイマークス騎士団のデュケリ副団長が率いる一団だった。


 10名を一小隊とする2個小隊20名と、救護隊5名が彼の指揮下にあった。


 現場に到着したデュケリ副団長は、ケームの嘴を撫でる金髪の優男と、豹人族の特徴である丸い耳を頭にのせた傾国と呼ぶに相応しい美女に最敬礼で挨拶した。


「到着が遅れ、大変ご迷惑をお掛けしました、リード名誉男爵閣下!」


 それを聞いた被害者達、特に立てないでいる障碍者の女性とネロンガは驚いて声も出ない様子だった。


 デュケリ副団長は、指揮下にある2個小隊のうち、1個小隊をアジトの中に突入させ、救護隊に被害者の健康状態をチェックさせるとともに、衰弱で動けない女性たちを残りの1個小隊に背負わせて、遅れて到着した搬送用馬車に運び込ませた。


「最終的なアジトの捜索はおそらく明日以降になると思われますので、本日はお引き取りいただいても構いません」


 と、直立不動の姿勢で報告する副団長を見て、アランは


「一つだけお願いを聞いてもらえるかな、デュケリ副団長」


 と何気ない様子で訊ねた。


「はっ、どのようなことでありましょうか、リード名誉男爵閣下」


「あの足の悪い女性がいるでしょ。彼女の身元が分かったら教えて欲しいんだけど」


「はっ、承知いたしました。可及的速やかに調査を実施しご報告に参上いたします」


「そう。じゃ、頼んだからね」


「はっ」


 カルアは、これまで何かあるとすぐに頭をもたげてきた弱気の虫が顔を出さないことに自分で驚いていた。


 アランが他の女性に興味を示すということは、これまで独占してきた彼の寵愛を失うことに為りかねない筈なのに、一向に危機感が湧いてこなかった。


 それは、自分がアランの第一夫人であり、誰よりも長く傍に居て彼の愛を欲しい儘にしてきた余裕とも違うように感じた。


 新しい女性が何人現れようと、まるでアランの愛は決して揺るがないことを熟知しているような不思議な感覚だった。


「デュケリ副団長さん、報告はあたしにお願いします。女の事は女の方が都合がいいこともありますから」


 嫣然と微笑むカルアに見とれながら、デュケリは半ば上の空で『はっ!』と返事をした。


「いいのかい、カルア。キミのライバルに成るかもしれない人の事なのに」


「だんな様が望まれることを、あたしがどうして邪魔できますか」


「それは嬉しいけど・・・」


「さきほど、経理についてお尋ねでしたものね。彼女の指のインクの痕と胼胝をご覧になったんでしょう?」


「なんでもお見通しだね、ボクの奥さんは」













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