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33 一丁あがり!

「もう。カルアのことが心配だから言ってるのに・・・」


「さっきだんな様はガルーダを呼んでおいででした。いざとなればガルーダが守ってくれます」




    あらら、カルアにはお見通しだったのか。



    最近、勘がいいなぁ・・・。




 尚もカルアを説得してオーベルジュへ帰そうと努力してみたが、


「私が一人で町を歩いて、あの白髪頭の男の仲間に連れ去られたらどうするんですか?」


 という反論に咄嗟に答えられなくて、済し崩しに2人でネロンガの後を追うことになってしまった。


 グルリアの町を大回りに巡る外環路のような道に出た容疑者と杖を突いた女性は、町の西側に集まっている食品工房が建ち並ぶ一角にひっそりと口を開けたような路地に入って行った。


「あの二人、知り合いだったのかな?」


「どうしてそう思うのですか?」


「カルアなら、たまたま助け起こされただけの男と一緒に、こんな人通りのないところに来るかい?」


「でも、ここらにあの女性の自宅があるのかもしれませんよ」


「そういう可能性も無くはないけど」


「それに、本当にあの男の人は親切で、それなりに名の通った方だということも考えられますね」


「う~ん・・・」


「しっかりして下さい、だんな様。ネロンガさんがそんな人を尾行しますか?」


「はぁ?」


「人が良すぎるにも程があります。あたし達はどうしてこんなところまで来ているのかよく考えて返答なさって下さい」


「えっ、いや・・・」




    カルアさんの人格に微妙な変化が・・・。



    こっちの方に魔法の水の効果が表れたのかな?



    んな、まさか。




「だんな様は、あたしには思いもよらない力をいくつもお持ちですよね」


「まぁ、反則級のも含めてその通りだね」


「では、この状況をどうにかしないと、このまま路地に入っていけば見つかってしまいそうですよ、ネロンガさん」


 路地の入口の角に身を隠して、ネロンガは奥に入っていく二人を見張っていた。


 アランとカルアは、一旦路地の入口を通り過ぎて中の様子をそれとなく窺った後、引き返してそこに張り付いているネロンガの肩をポンと叩いた。


「ぐはっ!」


「なに、その挨拶は?」


「そ・・・・・!」


 後ろに立っていた顔を見て、『総統!』と叫びかけたネロンガの口を咄嗟に塞いで、アランは知るべきことを尋ねた。


「あの男は、人身売買組織の人間かい?」


「なぜそれをご存じで?」


「じゃ、後はボクに任せておいて」


「いや、それはあまりに危険です。奴らは目的のためには手段を選びません」


「いいから。 この奥に奴らのアジトがあるんだね」


「おそらくは。でも、何度か来てみたんですがアジトの入口が見つからないので・・・」


「分かった。それじゃ、キミはカルアを護衛してて」


「いや、それは・・・」


 しかし、尚もアランに従おうとする素振りを隠さないネロンガにカルアが冷たく言い放った一言の破壊力は凄まじく、彼の心は一瞬で挫けた。


「言うことを聞けないなら、ガルーダを呼びましょうか」


そして更に、棒立ちになったネロンガの心を蕩かすような笑顔で囁いた一言に、アランは背中に冷たいものが流れるのを意識した。


「頼りにしていますよ、ネロンガさん」




    カ、カルアって、こういう娘だったんだ・・・。



    ボクも気を付けよーっと。










 ネロンガとカルアを路地の入口で待たせたまま、アランはそうっと侵入を試みた。


 そこは、ここら一帯の食品工房から出る食品廃棄物の一時保管場所になっているようで、食品加工の工程で出された廃棄物が醸し出す饐えた臭いが充満していた。


 さて、と考えて、アランはショルダーバッグに手を突っ込んだ。


 取り出したのは赤い革の手帳だった。


 カスマンド国内の主要都市の乗合馬車路線図のページを開いて、グルリアを探し当てたアランは、やっぱりなと納得した。


 首都のナンバサからはかなり離れていて、とても大都市と言った感じのしなかったグルリアだったが、カスマンド国内でも屈指の権勢と貴族序列を誇るデイマークス辺境伯領第一の町だから、必ず掲載されていると確信していた


 薄く描かれた町の概略地図に重ねて濃く示されている路線図を見ながら、推定した現在地を基に最寄りの停留所とそこから移動可能な方面を素早く読み取ったアランは、次にバッグからこれまで使うことのなかった道路地図を取り出して、カスマンド王国の主要都市を結ぶ道路網を目で追っていった。


 その中に、首都ナンバサ以外でただ一つ、他のすべての町と直通路で結ばれている町を発見した。


 その町の名前を見た時、アランの脳裏にカリンの複雑な笑顔が浮かんで、すぐに消えた。


 コータルと記された町は、カリンのまだ清算出来ていない記憶を呼び起こす誰かが拠点にしている場所だった。


 すべての獣人族を糾合して統一国家を建てることを夢見ながら活動しているというその誰かとカリンの間に何があったのか。


消息は不明ながらも愛する夫との間にシャナという可愛い娘を持つ今となってはどうでもいいことのように思えたが、カリンの心の中には未だに葛藤が渦巻いていることは間違いなく、彼女のあの複雑な笑顔を思い出すとそれは決して簡単に忘れ去ることの出来ない記憶であるのだろうと思った。


何らかの因果に導かれているようにこの町を注目することになってしまったことに、アランとしては心の奥の方に何とは表現できない類の妙な引っ掛かりを覚えてしまった。


 カリンの事は一旦頭の隅に追いやって、目の前の事態の推移に思考を戻したアランは、身体強化と瞬間加速を駆使して食品廃棄物保管施設の屋根に飛び移り、耳を澄まして物音を拾うことに専念した。


 路地には、両側の食品工房の壁と食品廃棄物保管施設以外には何もないようにしか見えないのだが、誰かの立てたわずかな物音とくぐもった声が、強化されたアランの耳に届いてきた。


 音の出所を特定しようとしたアランの耳は、次に女性が洩らしたと思しき小さな悲鳴を聞き逃さなかった。


 それが、自分が立っている食品廃棄物保管施設と食品工房の壁のわずかな隙間から聞こえたことを確認して、行動に移った。


 食品工房の壁を観察したアランは、食品廃棄物保管施設の簡素な小屋に半ば隠れるように巧妙に付けられた壁と同色の扉を見つけたが、扉の外側にはノブのようなものは何も付いていなかったので、そっと押してみた。


 それは、思った通り急いで隠れるための用途に使われるものだったようで、抵抗もなくすっと開いた隙間に、彼は音もなく身を滑り込ませた。


 明かりの類は何もなかったが、そういうものが必要ないアランにとっては、却って都合よく一気に奥まで進むことができた。


 突き当りは石壁になっていたが、そこにも巧妙に偽装された引き戸が仕込まれているようで、奥からは何人かの男たちの笑い声と女性のものと思しきくぐもった悲鳴が洩れてきた。


「一人で立てねぇってのがそそるって変態野郎が居やがってよ。そいつの注文をこなすのに手間ぁ掛かっちまったぜ」


「へへへへ、このアマ、立てねぇってだけで、それ以外はいいタマじゃねぇか」


「当たり前だろ。自分で立てねぇってだけなら、どこかの婆ぁでも掻っ攫って来りゃいいって話だ」


「違ぇねぇや。それにしてもいい女だぜ。たまにはオレ達にも味見させてもらえりゃいいんだけどよ」


「バカ言ってんじゃねぇ。バレりゃ命はねぇぞ。」


「ボスは恐ろしいからな・・・」


 それだけ聞くと、とりあえずあの足の悪い女性は今のところ無事だと判断して、突き当りを左に曲がった先にある僅かな明かりが洩れるドアに向かって進んで行った。


 そこはドアだと思っていたのだが、どうやらここも石壁に偽装した隠し扉だったようだ。


 幾分造りが甘いせいで中の明かりが外から見えるが、だからといって簡単に開けて中に入るというわけにはいかないようだった。


 明かりが洩れるのと同様に、中の物音も十分聞き取ることが出来たが、そこは恐らく攫ってきた者たちを一時的に閉じ込めておく部屋だったらしく、あろうことか扉には『倉庫』と書いた札が貼り付けてあった。


 人を物扱いするとは何事かと怒りに我を忘れそうになったアランだったが、ここに侵入した目的を思い出して冷静になるよう自分を律することに努め、先ほどの男たちの与太話が聞こえた部屋と、目の前の『倉庫』以外に人がいる部屋はないかと五感を研ぎ澄ませた。


 少しの間周りの気配を探っていたが、どうやらここにはそれだけの部屋と人数しか居ないらしくて、突き当りの偽装した引き戸の前に戻って来たアランは、ごくごく小さな声で呟いた。


「今から何人か外へ追い出すからね。みんな僕の匂いを付けておくからそいつらをお願い。あぁ、とりあえず殺しちゃダメだよ、ガルーダ」


 大して力を込めたつもりはなかったが、アランの蹴りの一撃で目の前の引き戸は石壁ごと向こう側に倒れ、引き戸脇の壁際に座って酒を飲んでいた男たちが下敷きになって気を失った。


 それは座っていた椅子やテーブルが支えになって壁に押しつぶされることだけは免れた状態で、皆足や胴体の一部を瓦礫に挟まれていた。


 部屋の奥には猿轡を咬まされた、例の足の悪い女性が奥の壁際に寝かされていたが、ロープで縛って体を拘束しなくても逃げる恐れがないことが、この場合幸いしたようだった。


 その部屋の中には他に動く者の姿はなく、結果的にアランは一撃で人身売買組織の手下達を退治してしまった。




    あっちゃ~。



    中を確認してから壁を蹴るべきだったかな・・・。



    ま、結果オーライって言葉もあることだし。




 何気にめげないアランだった。


 放っておいても逃げられそうにない手下達をそのままに、アランは瓦礫の山を踏みながら部屋の奥に進んで猿轡を咬まされた足の悪い女性を抱え上げた。


 一旦外に出て、抱えた女性の世話をカルアに任せたアランは、もう一度アジトにとって返して一番奥の『倉庫』から中の人たちを全員助け出した。


 捕えられていた人たちは全部で9人いたが、男性1人と男の子1人を除くと残りはみんな若い女性だった。


 空腹と過度の疲労で歩くのがやっとという人たちを外へ誘導したアランは、最後の仕上げにアジトへ戻る前に、ガルーダを呼んだ。


 アランの匂いがする獣人を探していたガルーダは、一向にそういう者が出てこないことに拗ねていた。


 『グルルル!  キュイ~!』


 舞い降りて来たガルーダの雰囲気が幾分剣呑だったことに加えて、いきなり甲高く鳴いたことに非常に驚いたネロンガは、その場にくずおれて使い物にならなくなってしまった。













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