28 やって来ちゃいました、貴族の館
デイマークス辺境伯は、騎士団に半ば拘束されるように連れ帰られた僧服の一団を見て頭を抱えた。
僧服の一団が何を画策したかは想像に難くないが、それにしてもアラン・リードとの接触において、誰よりも先にデリカムに行動を起こされたという事実は、辺境伯の立場をかなり危ういものしたと見るべきだろう。
カマス・デリカムは、先代辺境伯の頃からの部下であった。
自分の父親がなぜ、こんな時代錯誤の言動を繰り返す男を麾下に置いていたのかは全くの謎だが、領地と領民と家臣団を丸ごと引き継いだ当初は、当然のことながら家臣団一人一人のことなど把握出来ていなかった。
そんな中にあって、神官のフリをしながら、神への祈りの言葉の一遍だに唱えることのできない特異な集団に気が付いたのは、辺境伯となって3年ほどが過ぎた頃の事である。
その集団は、既に使われることのなくなった古い言い回しを好んで使い、相対する者をイラつかせることしか出来ない不思議な男たちであった。
こんな者たちでも、あるいはそのうちどこかに使いどころがあろうかと、城内に居場所を与えてやっていたのだが、家臣団の中にあって、結束を乱すこと甚だしいデリカムを放置していたツケが今、最悪ともいえる状況で回って来てしまった。
そして、騎士団長ナスカ・マルチネスの報告を聞くに及んで、デイマークス辺境伯は己が顔面から血の気が引いていくのを意識した。
とりあえず、マルチネスの謝罪を受け入れてくれたことだけが、救いである。
アラン・リードが宿泊するオーベルジュの名を告げていったというので、明日の使者にはマルチネスを指名し、カマス・デリカムと僧服の一団は軟禁という形で招待客の目から遠ざけることにした。
彼がなにゆえロマンダリア救国の英雄という称号を与えられたか、詳細をデイマークス辺境伯は承知していなかった。
ロマンダリア国内に100年以上にわたって蔓延って来た犯罪者集団を壊滅させた、という噂を耳にした程度である。
しかし、考えてみれば国家が称号を与えるなど、そうそうあることではない。
その手段はともかく、十数頭に及ぶケームの群れを完全に統率していたというから、その戦力たるや自らに忠誠を誓う騎士団が総力を挙げて挑んだとしても、結果は簡単に予想できるだろう。
万が一、対応を間違えれば、自身と自身の領地に未来はない。
そこまで考えるに及んで、カマス・デリカムと僧服集団に憎悪という感情が湧いてきたとしても、仕方なかっただろう。
「願わくば、アラン・リードが傲慢の士でないことを祈るしかないか・・・」
広大な領地を有し、国内屈指の地位と名声を誇るデイマークス辺境伯は、その夜悩み疲れて気を失うように眠りに就いた。
客室係の手を借りて、初めて礼装に身を包んだアランは、同じく地味ながらも見事なデザインのドレスを着たカルアを見て、目が泳いでしまうのを止められなかった。
ボクの奥さん、艶やかすぎて直視できないよ・・・。
カルアの装いはローブモンタントである。
襟が高く、肩も袖も露出しているところは極端に少ないし、裾は足首を隠すほどの長さなのに、何故か人目に晒したくなかった。
元が凄絶なまでの美形であるカルアは、華美を抑えた礼装に身を包むと、その美しさの真価を発揮するようだった。
右肩に飾ったコサージュが色をなくしているように見える。
ベージュのドレスに青いバラの組み合わせは、若い女性のコーディネートとしては王道だろうが、それすら必要としないほどの美しさを誇るカルアには、余計な物と見えなくもなかった。
もしかして、カルアの美しさも魔法の水の効果が出てるのかな?
確かに初めて会ったときから美人さんには違いなかったんだけど・・・。
ここでこれ以上美人になるな、などと考えてその通りになられると、それもちょっと惜しいから何も考えないことに徹するアランであった。
ロビーに下りてきた二人を待っていたのは、昨日変な僧兵を怒鳴りつけてくれた、デイマークス辺境伯領騎士団長のナスカ・マルチネスだった。
彼は、形式に則った所作で招待状を差し出して、
「昨日は大変ご迷惑をお掛けしましたことを、改めてお詫び申し上げます。これは、我が主ケンポート・フォン・アルカリック・デイマークス辺境伯よりの招待状でございます。主に成り代わりましてお迎えに上がりました」
と、形通りの挨拶を述べた。
「ケンポート・フォン・アルカリック・デイマークス辺境伯閣下のご招待、まことにありがたく存じます。謹んでお受けしてお招きに与らせていただきますので、宜しくお取り計らい下さい」
なんでこんな舌を噛みそうなセリフがスラスラ出て来るんだろ?
無敵だね、魔法の水・・・。
「当方の招待を快くお受けいただきましてありがとうございます。早速ですが、馬車を待たせてございますのでどうぞこちらへ」
そう言って騎士団長はカルアの手を取って馬車へと導いていった。
ボクの奥さんなんだけどな・・・。
アランは騎士団長とカルアに遅れないように馬車に乗り込んだ。
辺境伯の居館は、グルリアの町を出て1サリほど東にある丘の上に建っていた。
豪壮華麗という趣ではなく、質実剛健を旨とした実用本位の造りの館は、周囲を二重の水堀と10サケンほどの高さの塀で囲まれていて、敷地内に入る道は大手門に通じる跳ね橋だけのように見えた。
こりゃまた実用本位の城って感じだね。
一人でうろうろしてたら迷子になる自信があるぞ、ボク。
敷地はおおよそ周囲18サチョウもありそうな広大な楕円形で、ロマンダリアで暁の花園を始末したときの城跡などよりよほど広かった。
跳ね橋を渡って大手門をくぐり、長い長い車寄せのカーブの緩やかな勾配を上って正面玄関に着くと、高級士官の軍人を思わせる長身で細身の、プラチナブロンドの髪と栗色の髭をたくわえた男性が、燕尾服のような正装で出迎えてくれた。
プラチナブロンドの髪の間からのぞく耳は、ピンと立ったハスキーのようで、髪の色によく似合った灰色をしていた。
意志の強そうな眼差しは、しかし、時折その光を弱めることがあり、犬人族の習性など知らないアランにも、彼が悩みごとの渦中に居ることを窺わせた。
外見から50代に差し掛かったか否かという辺境伯は、希望の光でもあり悩みの大本でもあるアランを前にしても、取り乱して醜態を曝すことだけは避けたいと強く願うことで、精神的に微妙なバランスの上に立ちながらも、見事にホストを務めていた。
フロックコートを着た執事らしき男性が馬車のドアを開けると、まずマルチネス騎士団長が素早く馬車を降りてカルアの手を取り、彼女が馬車から降りるのを助けた。
また放っておかれたアランは仕方なく一人で馬車を降りて、緋毛氈の敷かれた道をこちらへ歩み寄って来る燕尾服の男性と挨拶を交わした。
男性は続いてカルアの手を取り、その甲に軽く口づけして
「本日はようこそおいで下された。私が第7代デイマークス辺境伯、ケンポート・フォン・アルカリックと申します。今宵は晩餐でも取りながら、ゆっくりと話を聞いていただきたい」
と、今晩は泊まって行けと言わんばかりに予定を決められてしまった。
主賓はカルアかい!
ってか、ツッコミどころはそこかよ、ボク!
特に用事がある2人ではなかったので、そうすることに吝かではなかったが、着た切りの一張羅だけではあまりだと思っていると、馬車のドアを開けてくれたフロックコートの執事のおじさんが、
「お召し替えは、お部屋の方にご用意してございます。何かご希望がございましたら担当のメイドにお申し付け下さいますように」
と、慇懃ではあるけれど有無を言わせぬ雰囲気を漂わせて、小声で言ってきた。
「本日はお招きに与り、まことに栄誉なことでございます。このうえはデイマークス辺境伯閣下のよろしいよう万事執り計らわれますように」
アランは、ここで形式通りとは言い難い強気な物言いでに挨拶を交わした。
ちょっと上から目線の物言いだったかなと思ったが、辺境伯の目が幾分泳いだ程度だったので、掴みはバッチリと思うことにした。
3人は執事に先導されるまま応接室へと通された。
そこは一目見ただけで芸術品の宝庫だと分かるほど、小物の類の一品に至るまで素晴らしい出来栄えの調度品で溢れていた。
壁には歴代デイマークス辺境伯の肖像画が飾られていて、それぞれの横には淑女の肖像も並べて掲げられていた。
恐らくは歴代辺境伯の第一夫人たちだろう。
体が半分以上沈み込みそうなソファに座って調度品や肖像画を見ていると、大きな垂れ耳をつけた可愛いメイドの女性がお茶を出してくれた。
触れると割れてしまうのではないかと思えるほどに肉の薄い磁器のカップには、下品になり過ぎない程度の飾りが彫り込まれて、それは
『大角ヤギ1頭で、このカップ何個買えるかな?』
などとおバカなことを考えてしまうほどの逸品だ・・・と思われた。
「昨日は部下が先走って迷惑をかけたようだ。お詫び申し上げる」
と、突然辺境伯が言い出した。
貴族が詫びを口にすることなど有り得ないと思っていたアランにとって、それは正に青天の霹靂であったから、驚いて辺境伯の顔を穴が開くほど見つめてしまった。
「そういう顔で見つめられるのは正直辛い」
と、と言いながら、カルアを見て
「こちらは奥さんかね?」
と尋ねられたので、内心、来たぞと思って姿勢を正した。
「カルアといいます。自慢の妻なんです」
と、正直に言ったのが良かったのか、にこやかに頷いてくれた。
その後、部屋に案内された二人は、部屋付きのメイドの手を借りて簡単な衣装に着替えた。
「あはは、こんなの着たことないから脱ぐのも大変だね」
誰にともなくそんなことを言ってみたが、誰からも返事を貰えなかったアランは、正直ヘコんだ。
「お召し替えはこちらになります。一度試着していただければ、袖丈や裾などを調整いたしまして、晩餐のお時間までにお持ちしますが、それでよろしいでしょうか?」
プロ集団が後ろに控えてるってことだね。
やっぱすごいな、貴族の屋敷って。
「奥様のお召し替えは続きの間にてご試着願えますでしょうか。殿方のご衣裳に比べまして若干手間が多ございますので、先にこちらへお越し下さいませ」
一人取り残されたアランが呆然と立っていると、いつの間に入って来ていたのか、もう3人のメイドがカルアの方へ付いて行った。
男って、こういう時何してればいいんだろ?
困ったねぇ、これは。
窓を上げて突っかえ棒を噛ませたアランは、見るともなく手入れの良い樹木と芝生が池の周りに上品に配された中庭と、その奥にある練兵場のような広場を眺めていた。
広場では訓練用の太い槍を構え合った2つの集団が、互いに相手方を牽制しつつそれぞれが相手の横に食いつこうとする、集団戦の訓練に汗を流しているのが遠望できた。
そういえば、こちらの世界に来てから魔法ってのを見たことがないな。
自分でこれは魔法の水です、とか言いながらチートしてるけど。
本物の魔法使いって、いないのかな?
魔法のない世界で、魔法のような能力を駆使しているアランは、常に独り勝ちの状態で、普通なら考えられない大軍を相手に苦も無く制圧してしまったり、ケームなどという猛獣を猫の子を扱うように飼い馴らしてしまっている。
魔法とか、魔力とか、属性とか、その手のノベルでは色々読んだ覚えがあったものの、そんなことを現実問題のように検討したことのなかったアランにとっては、全く馴染のない能力に親近感など持てなかった。
当然といえば当然のことである。
来るべくして来た世界ではない。
しかしながら、元の世界での自分の最期の瞬間の記憶を取り戻してしまったからには、もうどこへも帰ることなど出来ない。
やっぱりボクは、この世界のことをもっと真剣に調べなくちゃね。




