24 結婚は日常生活の延長です。
昼食を終えて、人心地ついたアランとカルアはそのまま商業者協同組合の建物を探してグルリアの町を歩くことにした。
たまには商業者協同組合の方にも顔を出しておかないと、と思ったこともあるが、一つにはこの町の造りが普通と異なっていて、住む人の利便性を無視しているように感じたので、その理由が知りたいと思った、ということもあった。
こんな造りをしているには、きっとそれなりの理由があるはずで、それはもしかすると南の門からやって来る何かを一直線に町の中心部へ進めないようにしてあるのか、などと考えていた。
ほどなく、町の中心を南北に走るメインストリート沿いに商業者協同組合らしき建物を見つけたので、口座の残高の確認という名目で建物の中に入ることにした。
商業者協同組合の建物も狩人互助組合と同じ様に基本的な構造はほぼ世界共通らしく、カシュの町にあった支部もヨーネに振り回されたカランサ支部も、ここグルリア支部も施設の基本的な部分は同じだと見えて、アランとしては迷うことなく案内係の女性を見つけることが出来た。
「お忙しいところ申し訳ありませんが、口座の残高をチェックしたいので担当の窓口を教えていただけませんか?」
腕章を巻いた垂れ耳の女性に話し掛けたところ、3番から6番の窓口がそうだと教えられた。
いつもカウンター脇のスペースへ連れて行かれたり、商談室へ入れられたりしていたことを思うと、こういうあっさりした対応は用事が早く済んでいいな、と気楽なことを考えながら自然と5番の窓口に足を向けた。
実際には窓口はどこも混雑しておらず、5番の窓口へ向かう理由としてはそこに居る職員が可愛らしいリボンをピンと立った耳の間の髪に結んでいたからということに過ぎなかったが、後ろを歩いていたカルアにはそれがお見通しだったようで、
「あたしもあんな風にリボンを付けたら、だんな様にもっと可愛がっていただけそうですね」
と言われてしまった。
「いや、そうじゃなくてさぁ、たまたま。そう、たまたまなんだよ」
と、妙な罪悪感と共に言い訳を口にするアランであった。
「いらっしゃいませ。こちらは口座管理担当の窓口でございますが、本日はどのようなご用向きでございましょうか?」
リボンちゃん、とアランが勝手に名づけた窓口の女性職員の前に立つと、彼女は極上の営業スマイルを見せて声をかけてきた。
「えっと、今日はボクの口座の残高の確認に来たんですが、お願いできますか?」
「かしこまりました。では、お客様の組合員証を拝見させていただけますでしょうか」
いつものパターンじゃないといいな、と思いながらも、アランは自分の特別組合員証をリボンちゃんに提示して見せた。
「お預かりします。ふぇっ!」
あっちゃ~、またいつもの流れかよ。
もういい加減勘弁してほしいよね、まったく・・・。
「あの、ボクの組合員証に何か?」
「いえ、失礼いたしました。では、ただいま残高を確認してまいりますので、少々お待ち下さいませ」
「だんな様、あの方に何かしたんですか?」
「まさか・・・。組合員証を見せただけだよ」
ほどなくしてリボンちゃんが窓口に戻って来た。
「お待たせいたしました。アラン・リードさまの口座の現在の残高は3.886リュアンでございます」
「そう。ありがとう。割と減ってないもんだな・・・」
「それで、なんですが、アラン・リード様には『暁の花園』という団体をご存知でしょうか?」
「えっ、はい。知ってます。というか、ボクが代表者なもんで。それが何か?」
「はい。『暁の花園』の代表者という肩書をお持ちでいらっしゃいましたので、そちらも確認いたしましたところ、『暁の花園』の活動資金という名目で3.587.661リュアン3ブーイ2シュル229ムオンの残高がございました。これらは今後も分けて管理なさいますか、それとも・・・」
3.587.661リュアン・・・?
資金の残高までは把握してなかったけど、凄い額だね。
よくロマンダリア政府の目を掻い潜って隠し通せたもんだよ、まったく。
「あ、もちろん別管理でお願いします。『暁の花園』は福祉団体だから、一緒にすると色々とまずいんですよ」
「かしこまりました。では今後もそのように管理させていただきます」
ふと、振り向いてみると、カルアの目が点になっているのが分かった。
美人ってすごいなぁ、目が点になってても綺麗なんだから。
「カルア、カルア、戻っておいで」
「・・・・・・。だんな様に一般的な常識を当て嵌めるのもどうかとは思いますが、規格外過ぎるでしょう」
「はははは、でも、ボクだって今まで知らなかったんだし」
「お取込み中大変申し訳ございませんが、『暁の花園』名義の口座には、ロマンダリア政府の裏書がございまして」
「裏書? 手形でもないのに?」
「はい。ロマンダリア政府の権限により、この口座に関しては源泉分離課税を免除するとの内容でございます」
「ちゃーんとお見通しじゃないですか、口座にプールしてある資金・・・。てか、源泉分離課税? 普通は何%課税されるの?」
「口座取引または預金金利等により利益が発生した場合に限りまして、利益の25%が税金として徴収されます」
「たっか~!」
「そうですね」
「冷静に答えられると、調子狂うんだけど・・・。ってことは、一般の口座にも預金金利は発生するの?」
「いえ、当組合に顕著な功績があったと認められた方の口座に限りまして、年利6%の預金利息をお付けする規則になっております」
「じゃ、ボクの場合は関係ないね」
「いえ、アラン・リード様個人の口座ですとそうなりますが、代表を務められます『暁の花園』の口座の場合ですと、預り金の運用益をかなりの額見込めますので、やはり6%の預金利息が発生するかと」
「えっ? じゃ、これも毎年少しずつ上積みされていくんだ・・・」
「来年度の見込みでは、215.259リュアンがこれに加算されます」
「もう、どーでもいいや・・・」
聞いているだけで疲れる話に終止符を打って、アランとカルアはメインストリートを北向きに歩き始めた。
結局、とんでもない額の資金の存在を知らされたことで、町の構造に関する質問を忘れたまま商業者協同組合を出てしまったので、行く当てもなくあちこちウィンドウショッピングとしゃれ込んだ。
2人で腕を組んで歩きながら、そういえば・・・、とアランは唐突に思いついた。
こっちの結婚式はどういう形式なのかな?
ウェディングドレスなんてのもあるんだろうな、きっと。
カルアが着ると綺麗だろうな。
「ねぇ、カルア」
「なんでしょうか、だんな様?」
「ロマンダリアの結婚式って、どんなことするの?」
「結婚・・・式、ですか?」
「うん」
「なんですか、その結婚式とは?」
「へっ?」
「はっ?」
ごくごく一般的な質問をしたつもりなのに返って来た答えが予想外過ぎて、アランは思わずカルアの顔を見つめたまま次に言うべき言葉を探す羽目になってしまった。
どこまでも噛み合わない2人であった。
「だから、ほら、ボクたちこの前結婚したでしょ」
「結婚という言葉の意味がよく理解できませんが、あれはだんな様があたしを妻にするという宣言かと」
「そう・・・なの?」
「この先何人の妻を娶られるか存じませんが、第一夫人はあたしだと仰っていただいたのであたしはそれで十分に満足しています。ですから、第二夫人だろうと第五夫人だろうと、或いは軽いお気持ちで妻ではなく妾を何人お持ちになろうと特に気になりません。そこから先はだんな様のお気持ちで決まることですから」
「ち、ちょっと待ってよ。妾って何?」
「ですから、それに悋気を起こすつもりはありませんから、堂々となさって下さいね」
「いや、だからさ、そんなにいっぱい要らないと思うんだけど」
「立派な殿方に見初められるのは、女の本望でもありますから」
「それは男としては嬉しいような気もするけどさ。そんなにいっぱい女の人を侍らせるのもどうかと思うけどなぁ」
「それも殿方の甲斐性かと」
「あのさ、カルア。なんか無理してない?」
「無理なんて…。してません!」
「そうか、結婚式に花嫁さんのウェディングドレス姿ってのは夢で終わるんだね」
「ウェディングドレスですか?」
「うん、結婚式に花嫁が着る特別な衣装のことだよ」
この後、アランは結婚式とウェディングドレスについて、カルアにこんこんと説明した。
「妻になる女が、一生に一度だけ袖を通す衣装ですか?」
「うん、そういうものなんだけど」
「なんという贅沢な・・・」
「でも、結婚するって、特別なことでしょ。少なくとも日常的なことじゃないと思うよ」
「男が女を娶ることなど、格別変わったことでもないと思いますが。少なくとも、あたしはだんな様に娶られて何かが変わったという実感はありません」
そりゃ確かに、日常生活に変わりはないかもしれないけど。
でも、何も感じないってのもなんか寂しいなぁ・・・。
「ボクはカルアを妻にできて幸せだよ」
「それは・・・、あたしだって女ですから、だんな様に望まれて妻にしていただけたことは嬉しいですし感謝していますよ」
「だからさ、その嬉しいって気持ちをみんなにお披露目するために着飾るんだよ」
「それは、本当に必要なことでしょうか?」
「え・・・?」
「だんな様は考えられないほどの資産をお持ちですから、衣装の1枚や2枚ぐらい大したことではないかもかもしれませんが、普通に暮らしている者たちにとっては、夢物語じゃないでしょうか?」
「う~~ん、たしかに・・・」
・・・って、論破されてどーする!
でも、価値観の違いがこんなにも大きいとは思わなかったぞ。
とりあえず、ウェディングドレスの件に関しては、これ以上の水掛け論を回避したアランが歩きながらふと前方に目をやると、見慣れない一団が歩いて来るのに気が付いた。
それは一言でいえば、僧侶の集団という感じなのだが、纏う雰囲気が明らかに尋常ではなかった。
その集団はどう見ても、僧兵という表現が最も適しているようにアランには思えた。
ゴドリック大陸の宗教についてはまったく詳しくない彼にしてみれば、僧侶が武装することに違和感を否めなかったが、こちらの世界の住人にすればどうなのだろう、などと考えていると、突然カルアに袖を引かれた。
「だんな様、あの集団には関わりを持たれない方がよろしいかと」
「あ、やっぱり・・・」
そう思った矢先、僧兵集団のうち1人だけ赤い僧服を着た50年配と思われる顎鬚をたくわえた男に声を掛けられた。
「卒爾ながらお尋ね申す。そこもとはアラン・リード殿とお見受けするが如何に?」
はぁ?
時代劇じゃないですから。
卒爾ながら、なんて言葉初めて聞いたし。
そんでもって、そこもとと来ましたか・・・。
「はい。ボクがアラン・リードですが、あなた方は?」
「これは失礼仕った。それがしは、ここグルリアを含めカスマンド南部を治めるケンポート・フォン・アルカリック・デイマークス辺境伯の近侍を相務める、カマス・デリカムと申す者にござる」
「はぁ・・・。で、その辺境伯様のご家来がボクに何か?」




