25 変な奴って、居るんだよねぇ・・・。
「デイマークス辺境伯閣下のお召しにござる。我らと同道願いたい」
「はい?」
突然何を言い出すかと思えば・・・。
「ボクをお呼びになる理由をお尋ねしてもいいですか?」
「我らも詳細は存じ上げておらぬ。されど、デイマークス辺境伯閣下のお召しゆえご同道下さるのがそこもとの為にも成り申すかと愚考致すが」
「なんですかそれ。いきなりの犯罪者扱いは勘弁してほしいんですけど・・・」
アランはそう言いながら、特に困っても焦ってもいなかった。
いざとなれば、カルアを抱えてガルーダで飛べばいいと思っていたので、少しばかり気持ちに余裕があったし、なんだか目の前に居るカマスと名乗った人物が滑稽に見えていた。
秋田犬のような赤犬の三角耳を頭に乗せて、時代がかったセリフを口走る自称辺境伯近侍の小父さんは、どう贔屓目に見ても重用されているような雰囲気ではなかった。
当然のことながら、信頼し重用する家来ならどうしてアランを招聘するのか、その理由くらいは知らされていなければ役に立つまい。
困惑を顔に表すアランを前に、カマス・デリカムは実力行使に出るべきか否か迷っていた。
噂に聞くに、飼い馴らされたケームと豹人族と思われる絶世の美女を連れて、突然グルリアの町にやって来た目の前の人族の青年は、ロマンダリア救国の英雄という称号を持つという。
もし、そんなVIPの処遇に落ち度があれば、辺境伯の顔に泥を塗りかねない。
葛藤に悩む体のカマスが何か言おうとしたその矢先、僧兵集団の背後から馬蹄の響きと共に騎士団と思われる一団が凄まじい勢いでこちらに走って来るのが見えた。
アランとカマスの間に無理矢理馬体を滑り込ませた騎士らしき人物は、馬から飛び降りるやカマスと僧兵集団を怒鳴りつけた。
「愚か者どもが。閣下があれほどご丁重にお迎えに上がれと仰ったのを忘れたか!」
やっぱり・・・。
そういうキャラなんだ、この小父さん。
カマスらを怒鳴りつけた後、アランとカルアに振り返って兜を脱いだ騎士は、
「この者達がご無礼を働いたかと存じますが、主に成り替わりまして深くお詫び申し上げます」
と頭を下げた。
あら?
この小父さんがボク達に何を言ったのかお見通しみたいだよ、騎士さん。
「あいや待たれよ。我らは客人をお迎えする為にこの者を誰何しておったに過ぎませぬぞ」
「それがご無礼を働いたというのだ、バカ者!」
「あのぅ、あなたは一体・・・?」
「重ね重ね失礼しました。私はデイマークス辺境伯騎士団長ナスカ・マルチネスと申します。本来であれば辺境伯閣下の招待状を持参してお招きに上がるべきところ、先走ったこの者たちの捜索を優先させましたのでこのような無様な仕儀になりました」
「はぁ・・・」
「改めまして、明日アラン・リード様にデイマークス辺境伯よりの招待状をお届けに上がりますのでご容赦下さい」
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「この者たちのことであれば、ご容赦ください。その旨主に伝えおきますので、直接お聞きいただければ、と思います」
「・・・・・。分かりました。ボク達の宿はオーベルジュ・ド・グルリアですので、明日改めてお会いしましょう」
「そう言っていただけて感謝します」
その言葉を機に、マルチネス団長は騎士団に向かって命令を発した。
「愚か者どもを城へ連行する。半個小隊5人は先遣隊として城へ先行し、この旨閣下にお伝えせよ」
そして、一人の騎士を指差して指示を飛ばした。
「ノル、貴様が先遣隊を指揮せよ」
「はっ!」
「なんだったんでしょうか、今の茶番は・・・?」
「とりあえず、グルリアのご領主様にご招待を受けることになったみたいだね、これは」
「あたしの知らないだんな様の一面が出てしまわれましたか…」
「カルアはボクのことどんな風に思ってるのかな?」
その後、謎の僧兵集団の毒気に中てられたアランとカルアは、町中の散策もそこそこに宿へと戻った。
時間的に夕食にはまだ早かったので、二人は部屋で明日のことを話し合うことになった。
グルリアというこの町の領主がどういう人物かは分からないが、辺境伯といえばかなりの地位と実力を兼ね備えた貴族と思って間違いない。
国王のお膝元で政治闘争に明け暮れる高位の貴族などに比べても、重要度はかなり高いものとなる。
一般に辺境伯という特殊な呼称は、地位的に見れば伯爵と同レベルと考えられがちだが、問題が何もない土地に敢えて辺境伯などという領主を配するはずがない。
何らかの問題、例えば隣国との紛争地帯であったり、例えば重要な交易路の管理であったり、例えば度々国内に侵入を果たそうとする盗賊団対策であったり、例えば魔物が多く棲む土地であったり・・・。
呼称や爵位だけでは解決できない問題に対処するだけの実力と、それを可能にする収入つまりは領地を維持できなければならないわけだ。
そういうカスマンド国内でも指折りの貴族に呼び出されるのだから、それなりの対応が必要になるとアランは考えていた。
それは、この町の構造と何らかの関係があるかもしれないなと、思い浮かんだ考えを吟味しようとしたところで夕食だと告げられた。
夕食は、贅を凝らしたという印象はなかったが、一品一品が素晴らしい味付けと盛り付けを施されていて、どこかの貴族の晩餐と言われても納得してしまいそうだとアランは思った。
オードブルには、淡水に生息する貴重な軟骨魚類の卵を薄味に塩漬けしたものに柑橘類の果汁を味わい程度にふりかけ、それをサクサクした食感の薄い無発酵パンにのせたカナッペ。
スープは海から遠いグルリアでは貴重なウミガメの肉と、香味野菜やスパイスの香りを程よくきかせたコンソメ。
野菜の一皿は、オーベルジュの自家農園で栽培した蕪を柔らかく煮込み、ブイヨン・ド・レギュームのジュレで柔らかく固めた冷菜と熱々のパースニップやフェンネルの根を一皿に盛り合わせ、溶け出すジュレの味わいで食べるひと品。
魚料理は、淡白な白身魚のソテーを薄めの塩味と胡椒でさっぱりと。
メインの前のソルベは、酸味を抑えた柑橘果汁を蜂蜜で優しい甘さに仕立てて。
メインの肉料理は、グレイン牛のサーロインを絶妙の火加減でミディアムレアに焼き上げたステーキに玉ねぎとデミグラスソースを合わせたシャリアピン風。付け合わせはシンプルにフライドポテトのみで。
最後にデザートのチョコレートケーキとアールグレイ風の柑橘系の香る紅茶で締めくくりとなった。
今日の夕食を調理してくれた料理人に賛辞を呈するべく、シェフをテーブルに呼んでもらったアランは、
「ただただ素晴らしい料理でした。おかげでボクはこの町が好きになりました」
と伝えて、食事を終えた。
夕食の間ワインもリキュールも飲まなかった二人は、明日もたらされる筈の辺境伯からの招待状を思って、酔っぱらうどころではなかったことを少し残念に思っていた。
ソムリエに任せれば、きっと今日の食事に最適な酒を出してもらえたのだろうが、それは明日以降のお楽しみとして取っておこうと暗黙の了解を交し合った。
部屋に戻ったアランは、カルアが世話をしている伝書ツバメを一羽肩に留まらせて短い伝文を足に括り付けた後、窓から放した。
伝書ツバメの大きな特徴は、ホームグラウンドとして刷り込まれている場所以外に、自分が最後に放された場所を覚えていることだった。
それは、アランが今宿泊しているオーベルジュを動かない限り、ホテル・ド・ランダリウムとの間で信書の遣り取りが可能であることから、暁の花園の運営に関しても、カリンとシャナの件に関しても、事態の推移が比較的リアルタイムに近い形で把握できる便利な通信手段であった。
伝書ツバメは、その飛行速度が鳥類最速であることから、重要な案件の意志疎通には結構な頻度で用いられていた。
もちろん、アランがガルーダに跨って飛ぶ方が圧倒的に速いことは事実であったが、頻繁にランダリウムへ行くことの意味が今のところあまりないこともあって、伝書ツバメの活用という手段を選択する結果となっていた。
ただ、一般的にはそう廉価な生物ではなく、完全にテイムされた伝書ツバメの価値は5リュアンを下回ることはなく、航続距離に比例して価格が跳ね上がった。
つまり、アランが今夜窓から放した伝書ツバメの場合だと、ゴドリック大陸をほぼ横断する距離を飛ぶことが求められるわけで、一般的に隣接した都市間で用いられるもののおよそ10倍の値段がした。
こんなものが簡単に手に入れられるのは偏にガルーダがアランに褒めて欲しさに狩って来た獲物のおかげであるから、チート以外の何物でもなかった。
「だんな様、ちょっとよろしいでしょうか?」
窓から伝書ツバメを見送っていたアランに、リビングルームからカルアの訪いの声がかかった。
「なに、カルア」
「辺境伯のお屋敷に行く折の服装は、どうなさいますか?」
「そうか、相手はカスマンドの有力貴族だもんね。普段着ってわけにはいかないか」
「だんな様はあまり服装に頓着なさいませんから、こういう場合に着るものがありませんので、この機会に明日招待状が届く前にでも購われてはいかがですか?」
「ふむ。それはそうなんだろうけど、どういう服を着るのがいいのか、ボクにはさっぱり分からなくてさ。カルアはそういうの得意なの?」
「とんでもない! あたしは至って普通の庶民ですからそんな知識など欠片も持ち合わせがありません!」
「いや、そこって威張るとこなの?」
結局、分からなければ人に訊けとばかりに、明日の朝食の後フロントの老人に訊ねることにした。
夕食後に知ったことだが、フロントにいつもいるあの老人はこのオーベルジュのオーナーで、息子であるシェフと宿を経営しているそうだ。
若い頃は、首都ナンバサの最高級ホテルである、オテル・ド・カスマンドの厨房で腕を振るっていたそうで、40歳になったのを契機に故郷のグルリアに戻ってオーベルジュを開いたのだとか。
職業的知識の一環として、改まった折りの服装についても知識がありそうな経歴に、全幅の信頼を置いてしまったアランとカルアは、その夜何も悩むことなく二人の世界に埋没していった。




