23 やっぱりカルアも肉が好き
待つほどもなく、ラーラに支部長と呼ばれた男性が戻って来た。
心なしか顔が青ざめ、額に汗が浮いているように見えたが、アランは敢えて見なかったことにした。
「お待たせいたしました。アラン・リード様の口座の現在の残高でございますが、68.000リュアンでございます」
「えっ・・・。68.000・・・・・リュ・・アン?」
「はい。一昨日、ロマンダリア政府より振り込まれております」
「確か、元々9.000リュアン入ってて、ロイアント商会に3.000リュアン支払ったから、6.000リュアンしか残ってないはずなんですけど、なんで68.000リュアンも・・・?」
「当狩人互助組合よりの活動費が振り込まれておりますので、合計68.000リュアンとなっております」
それまで黙って聞いていたラーラが復活したように、小さな声で呟いた。
「それ全額下ろされたらどうするんですか、支部長」
「しませんよ、そんなこと!」
アランが慌ててそれを否定した。
「では、本日は如何ほどご入り用でございましょうか?」
「とりあえず、20リュアン下ろしていただけますか」
「はい、それではすぐにご用意いたしますので、カウンターの方までお越しいただけますか」
「はいはい。どこにでも」
やっとのことで必要な額のお金を手にしたアランは、支部長に紹介されたオーベルジュ・ド・グルリアという宿泊できるレストランのフロントにいた。
「狩人互助組合の支部長さんから紹介されて来たんですが、部屋は空いてますか?」
フロントカウンターを拭いていた老人が、営業スマイルを貼り付けた顔をアランに向けたが、隣に立っているカルアの美しさに目を丸くした。
心なしか、老人の頭に乗った垂れ耳が持ち上がったように見えたが、営業スマイルは崩さなかった。
さすが、プロだねぇ。
職業意識に徹してるじゃないですか。
ここなら、安心して泊まれるかもね。
「はい、ございますよ。」
「次の間付の部屋があれば、そっちの方がありがたいんですが」
「特別室は結構お高くなりますが、予算的には大丈夫でしょうか?」
「あ、値段は気にしないんで、空いてるならそこをお願いします」
「一泊2ブーイですが」
「では、とりあえず6日お願いできますか」
そう言って、アランは3リュアンをカウンターに置いた。
「これは、失礼申し上げました。すぐにお部屋のご用意をいたしますので、レストランの方でお茶でも飲んでお待ちください」
レストランのテーブルの席に着いたアランとカルアは、出されたお茶を一口飲んで驚いた。
「これは、美味しいお茶ですね、だんな様」
「こんなの初めて飲んだよ。今夜の食事が楽しみになって来たね」
そんな二人の会話が聞こえたか、
「お褒めいただいてありがとうございます。これはお茶受けですが、よろしかったらお召し上がり下さい」
と言って、ハスキー犬のような尖った耳のシェフらしき男性がスコーンのような焼き菓子を出してきた。
「ジャムを付けてお召し上がり下さると、一層お茶に合うかと思います」
「まぁ、ありがとうございます」
カルアは二つに割ったスコーンの半分に赤いジャムをつけてアランに差し出した。
「旨いねぇ、これ。ホントにお茶にピッタリだよ」
一口齧ったアランはその美味しさに目を見開いた。
「カルアも遠慮せずに食べて」
「はい、だんな様の後で頂戴します」
そんなに遠慮しなくてもいいのに・・・。
一緒に食べたらもっと美味しいと思うよ、カルア。
「このジャムは何で出来てるんですか?」
「はい、ルパーブと赤スグリをミックスしております」
「それで赤い色がきれいに出てるんだ。甘さもくどくないから食べやすいね」
「お気に召していただいたようで、なによりです」
「そんなに高尚な舌をしてるわけじゃないけど、今夜の食事が楽しみです」
「はい、ご期待に沿えるよう微力を尽くします」
そんな会話をしているうちに、部屋の用意が整ったようで、パピヨンのような大きな耳をした若い客室係の女性が呼びに来てくれた。
「お部屋の支度が整いましたので、ご案内させていただきます」
「はい。では、だんな様。先に入って荷物を整理しておりますので、頃合いを見てお迎えに参ります」
と言って、客室係とカルアが行ってしまった。
さて、手持無沙汰になっちゃったぞ。
仕方ないから、昼ご飯どこで食べるか探してみるかな。
アランはお決まりの地図とペットボトルを取り出していつもの作業に取り掛かった。
ここから南に延びる道を突き当たった辺りが屋台街になってるのか。
なんか、このすごい機能を無駄に使ってる気がするなぁ・・・。
ガルーダもエサを貰っている頃だろうし、ボク達もそろそろ・・・。
アランが南の屋台街で何を食べようか考えているところに、カルアが呼びに来た。
「ねぇ、カルア。時間もあることだし、お昼ご飯でも食べに行こうか」
「はい。だんな様のご用意がよろしければ、このまま行きましょうか」
二人連れだって南に向かって歩きながら、何気なしにアランが言った言葉にカルアが敏感に反応したのは、正直意外だった。
「カルアはいつもボクに尽くしてくれるけど、何か自分でやってみたいこととかないの?」
「あたしは・・・」
「だんな様のやりたいことがあたしのやりたいことです、っていうのは無しだよ」
「あたしは、ごく普通の家庭でごく普通に育ってきました」
「うん」
「それが暁の花園に家族を殺されて、自分も知らない男の妾になれって追い掛け回されて、正直生きることが辛くて仕方なかったんです」
「そうだったね」
「男に変装したり、町中を逃げ回ったり、もういっそのこと死んじゃおうかと思ったこともありました」
「ヒドイ話だよね、ほんとに」
「でも、そんなどん底にいた時にだんな様に助けていただいたんです」
「うん」
「その上、あたしみたいな女を妻にしていただいて、とんでもない価値のある指輪までいただいて、どうやったらこのご恩をお返しできるか考えたんです」
「それで?」
「どうやってもお返しできないほどのご恩を頂戴したんだから、この先だんな様にもっと相応しい方が現れるまで、精一杯だんな様に尽くそうと・・・」
それが本心なのか、話しているカルアの目に光るものがあった。
そして、それは堪え切れなくなったように大きな瞳から流れだし、後から後から溢れるようにカルアの頬を濡らし続けた。
「カルアはさ、ボクの一番大切な人なんだよ。だからさ、もっとカルアの喜んでる顔が見たいし、笑ってる姿が見たいんだ」
「それは、アタシに許されることなんでしょうか?」
「なんでそんなにボクとの間に垣根を作ろうとするのかな、カルアは?」
「だんな様とあたしでは、人としての値打ちが違いすぎます」
「カルアがボクをそんな風に思っているっていうのは、正直ちょっとショックだな」
「でも、これはあたしの正直な気持ちなんです」
「それは分かったけど、一言だけカルアに聞いて欲しいことがあるんだ」
「はい。覚悟してうかがいます」
「へっ?」
「あたしにとってだんな様は過ぎた殿方です。だから、あたしの事が重荷だと感じたら遠慮なくそうおっしゃって下さいね」
「なんでそうなるかな?」
「だって…」
「そうじゃなくて、カルアはさ、ボクが選んだ人なんだよ。ボクが傍に居て欲しいと思った人なんだよ。そこだけは忘れないで欲しいんだ」
「それは・・・」
「だから、ボクと二人きり時のだけでもいいから、もっと可愛いカルアの素顔を見せてよ」
「・・・・・」
「それに、ボクにもっと相応しい女の人が出て来るまでなんて、言わないで欲しいんだけど」
「でも、だんな様は何人も奥様を持たれる方になります」
「じゃ、たとえそうなったとしても、第一夫人はカルアだから!」
「それはあまりに・・・」
「それだけは譲らないよ、ボク」
「・・・・・はい」
そこまで話しているうちに、二人は屋台街にたどり着いた。
「さて、何が食べたい?」
「あたしは、だんな様が・・・」
「だ・か・ら、それはダメだって」
「では、お言葉に甘えて、・・・、その・・・」
「なに?」
「肉が、食べたいです」
いい傾向だね、と思ったアランが目をやった先に、『グレイン牛』という幟が見えた。
よねちゃんが3枚もお代わりしたステーキと同じブランドだね。
屋台であれを出せる店があるとは思わなかったよ。
試しに食べてみるかとその屋台に近づいてみると、グレイン牛の串焼きと、骨から出汁を取ったスープが売りの店のようだった。
屋台で串焼きを焼いている店主らしき獣人を見ると、頭に乗っている耳の形が犬人族のものとは明らかに違っていて、それはロマンダリアでいつも見ていた豹人族の特徴である丸い耳だった。
「おじさん、グレイン牛って、ホントなの?」
アランの言葉に敏感に反応した店主らしき豹人族の男は、
「おっと、グレイン牛を知ってるなんざ通だね」
と嬉しそうに答えた。
「でも、あまり売れてるようには見えないけど」
「グレイン牛はロマンダリアのブランド牛でさ、カスマンドじゃ今いち知名度が低いのが問題だな」
「美味しい肉なのにね」
「そうともよ。この肉の旨さを知ってるんなら、食べてくんな」
「じゃ、3本ちょうだい」
「あいよ。1本12ムオンだ。3本で30ムオンでいいぜ」
串焼きを受け取って、ついでに一杯10ムオンのスープも2杯注文した。
合計で50ムオンを払ったアランは、傍のテーブルに席を取って、食べ始めた。
「柔らかい肉ですね、だんな様」
「カルアは食べたことなかったかな、グレイン牛?」
「高級ブランドでしたから、なかなかあたしの家では・・・」
「そうなんだ。庶民の味ってわけでもないのか」
「肉の串焼きも、普通なら1本8ムオンですから」
「値段も売れ行きに関係してるってわけだね」
二人はすぐに串焼きを食べ終わったが、まだ食べ足りなかったのと美味しかったのとで、もう3本追加してグレイン牛を堪能した。
二人の食べっぷりを見ていた他の客たちも、値段が高いので躊躇していたのだろうが、あまりに旨い旨いと言って食べるので、試しに買ってみる人が現れて、瞬く間に串焼きの屋台に行列ができてしまった。




