22 残高確認はしちゃダメですか?
空から国境を越え、一気にソーン大草原まで南下したガルーダは、そこから進路を西にとってカスマンド最南端の町グルリアへ向かった。
国境地帯は岩山だけが連なる荒涼とした風景が続いていて、正確な国境線など引かれてはいない。
空から見たグルリアの町はそこそこに賑わっているように見えたが、町に入るための門には緩やかな警備態勢が敷かれているだけで、アランが提示した狩人互助組合の永久特別組合員証を見せられた警備兵は驚きはしたものの、カルアをアランの同伴者と認め、ガルーダを使役獣と認定して町に入ることを許可した。
町を歩くと、そこは犬人族の国だけあって、様々な形の犬耳を頭に乗せた人々が行き交っていた。
それまでの経験から、獣人族の尾は服の中に隠しておくのが普通だと思っていたアランは、そこで初めて尾を服の切れ目から外に垂らしている人たちに驚くと同時に感心した。
そして、ロマンダリアに住む豹人族が尾を服の中に隠すのは、尾を恥ずかしがっているのではなく、身長に比して長い尾が活動の妨げになることが往々にしてあることをカルアに教えられて納得した。
獣人族と一口に言っても色々あるんだなぁ。
カリンさんもロマンダリアのホテル生活は慣れないことだったのか。
今度会う時があったら謝らなきゃ。
ガルーダを連れて街並みを眺めながらゆっくりと歩いていると、町のどこへ通じているのか分からないが、何本かの道が枝分かれする分岐点に差し掛かった。
バッグから地図を取り出して犬人族の国カスマンドの詳細な地図のページを開くと、最南端の町グルリアを探して、点滅しているポイントを見つけると、自分たちが門の方から北東方向に進んできたのが分かった。
道路の分岐点は、ここから真っ直ぐ北に向かうと町の東側を通って高級住宅地に続いていること、左折して町の中心部の南側を通る道を進むと商店が多く立ち並ぶ地域であり、その先を右折して町の中心部の西側を北向きに通る道沿いには、服飾工房や食品加工の工房が建ち並んでいた。
そこで、町の中心部に入るためにはどの道を通ればいいのか地図を目で追うと、自分たちが入って来た門は、狩人たちが岩山地帯に狩りに行くために使う門であり、町の人たちや他の町から訪れる商人たちが頻繁に使うのは、実はグルリアの北にある大きな門だということが朧げながら見て取れた。
「なんだこりゃ、おかしな造りの町だな・・・」
「どうなさいましたか、だんな様?」
「ボク達が入って来た門からは、直接町の中心部には行けないんだ」
「あら、どうしてでしょうか?」
「分からない。けど、とにかく一度北側に出てから中心部に下りて来なきゃいけないことは確かだから、このまま町の観光がてらのんびり歩いて行こうか」
「はい。私はだんな様について行くだけですから」
アランは道端で何かの臭いを嗅いでいたガルーダを呼び寄せて、
「ごめんね、ガルーダ、初めての町だからこの枷を付けさせてね」
と言って首輪とそれに繋がる鎖をバッグから取り出した。
ガルーダは怒ることなく素直に首を差し出してそれを付けさせたが、鎖を持つのはアランじゃダメだとばかりに、首輪と反対側の鎖の端を咥えてカルアに差し出した。
豹人族の特徴である丸い耳を頭に乗せた絶世の美女が、ケームを連れて歩く姿はたちまち町中に知れ渡り、中心部に続くメインロードを南に下る頃には道の両脇に見物人の姿が見られるほどになっていた。
ほどなくアラン達が歩いている先に、見慣れた建物が現れた。
狩人互助組合の建物って、基本的にどこも同じ造りをしてるんだ。
ま、分かりやすくていいけど。
狩人互助組合の建物の前に着くと、そこでも同じように使役獣を預かる係の者が出てきて、ガルーダの鎖を受け取ろうとしたが、係の者に向かって短く
『ケェッ!』
と一声鳴いたガルーダは、カルアに連れて行けとでも言うように自分から獣舎の方へ歩き出した。
「カルア、獣舎に預けたら戻って来てね」
「承知しました、だんな様」
「あのぅ、あのケームは人を襲ったりしませんよね?」
恐る恐るといった感じで訊ねてきた係の者に、
「人を襲ったことは・・・・・、無いことはないけど、相手が悪人に限るよ」
思わせぶりに答えたアランは、尚も
「あまりおかしな態度は取らないことをお勧めしときます」
と、トドメを刺すように言った。
「は、はい。肝に銘じて・・・」
ガルーダを獣舎に入れて帰って来たカルアと共に、アランは呆ける獣舎係の若者をその場に置き去りにして建物に入って行った。
「いらっしゃいませ。狩人互助組合グルリア支部へようこそ」
広いロビーでどの窓口へ行くべきかアランが迷っていると、すかさず『案内係』という腕章を巻いた妙齢の女性職員が近寄って来た。
「活動資金を引き下ろしたくて来たんですが、どの窓口に行けばいいか分からなくて」
アランがそう告げると案内係の女性は
「失礼ですが、組合員証を拝見できますでしょうか?」
と訊いてきた。
いつもの通り永久特別組合員証を提示すると、これまたいつもの通り案内係の女性の背筋がピンと伸びて、
「失礼いたしました。こちらへお越し下さい」
と、カウンターの横にある談話スペースに2人を連れて行った。
「こちらで少々お待ち下さいませ。只今係の者を呼んで参ります」
と告げてその場を離れた。
すると、順番を待っていたかのように別の女性職員がお茶を持って現れて、
「どうぞお楽になさっていて下さいませ」
と笑顔で言って去って行った。
なんだかなぁ・・・。
組合員証を見せると驚かれる…。
固まってボクの依頼を熟せなくなる…。
う~ん、パターン化してなきゃいいけどねぇ。
さほど待つこともなく、口座管理担当の女性職員がアラン達の前に立った。
「お待たせいたしました。口座管理を承っております、ラーラ・ベルと申します」
ときれいなお辞儀をした。
「お世話になります」
と、同じくアランとカルアも立ち上がって礼をした。
「本日はどのようなご用向きで当支店をご利用いただけますでしょうか?」
あれ?
案内係の女の人はボクの名前と用事を伝えなかったのかな?
「先ほどの案内係の方にはお伝えしたんですが、当面の活動費を口座から引き出したくて伺ったんですけど・・・」
「それは大変失礼をいたしました。では、失礼ですが組合員証を拝借願えますか?」
「あぁ、コレどうぞ」
言われるままに永久特別組合員証をラーラに渡したアランは、必要な額を伝えようとして彼女の顔を見たが、その目既には泳いでいて、
「名誉総裁・・・」
「狩人皇帝・・・」
「ロマンダリア救国の英雄・・・」
と、読み上げるようにアランの称号を口にした。
「あのぉ、恥ずかしいですからそういうの声に出して言わないで下さると嬉しいんですけど・・・」
おーい、戻ってこいよー!
なんか、目が逝っちゃってるんだけど。
早くお金を下ろしてホテルを紹介してほしいなぁ。
・・・・・しばらくムリかも。
たっぷり2分は呆けた後、この世の人に戻ってくれたラーラは、
「お幾らほどご用意させていただきましょうか?」
と訊いてきた。
が、その後小声で
「潰れちゃう。全額下ろされたらココは潰れちゃう・・・」
と呟き続けた。
「だから、支部一つ潰すほどお金預けてませんから」
アランが懸命に取り繕っていたら、
「あ、だんな様。ロマンダリア政府から報奨金が振り込まれてるかもしれませんね」
と、カルアが無惨にもトドメを刺してしまった。
尚も独り言を呟き続けるラーラを、
「とりあえず、残高がいくらあるか確認していただけませんか?」
と言って、カウンターの方へ送り返した。
それから、いくら経ってもラーラが帰って来ないので、そっとカウンターの方を窺ってみると、そこにはアランの組合員証を握りしめて百面相を繰り広げている彼女の姿があった。
「こまったねぇ、カルア。これじゃ今夜は野宿するハメになるかも・・・」
「それはそれで。あたしはだんな様とご一緒出来るなら、ホテルの部屋だろうとテントの中だろうと、たとえ岩獅子に囲まれて一夜を過ごすことになっても全然構いませんけど」
ここにもフツーじゃないのが居たんだ。
岩獅子は遠慮したいけど、カルアの胸に顔をうずめて寝るのは素敵だね。
女性職員の状態が普通ではないと感じ取った管理職らしき男性が、ラーラを問い質してアランの件を把握すると、その足でラーラを伴ってカウンター横の談話スペースにやって来た。
「お客様には大変ご迷惑をおかけしております」
と言って、きれいなお辞儀を見せてくれた。
「それで、お客様には本日どのようなご用向きで当支部にお越しいただいたのでございましょうか?」
「その質問、これで3度目なんだけど・・・」
「はっ、それは重ね重ねご迷惑をおかけしました」
「まぁ、いいですけど」
「支部長、この店潰れちゃう・・・」
「何か言ってますけど、ラーラさん?」
「はぁ、いえ、私にもラーラ・ベルの意図は図り兼ねておりまして・・・」
「ボクは口座の残高を見てほしいって言っただけなんですが」
「は。左様でございましたか。ではすぐに確認してお知らせ申し上げます」




