21 後始末
カルアと二人、ホテル・ド・ロマンダリアを出て行く朝、アランはカリンとシャナの部屋を訪れていた。
「カリンさん、起きていらっしゃいますか?」
呼びかけにドアを開けたのは、いつもの通りシャナだった。
「ちょっと待ってくださいね、おにーちゃん」
「シャナちゃん、おはよう」
「おはよー。お母さんにもご用意がありますからね、おにーちゃん」
「ち、ちょっと、何言ってるのシャナ!」
後ろで慌てる声がする。
これもいつもの光景だと、アランは思った。
部屋を片付ける様子が伝わってくるが、これはベッドメイキングをしているんだな、と初めてカリンとシャナの部屋を訪れた時のことを思い出す。
「お待たせしました、お入り下さい、アラン様」
「失礼します」
中へ一歩踏み込んだアランは、あの時と違ってそれなりに衣服も荷物も増えていることを目で確認した。
「今日は、出発のご挨拶に伺いました」
「世界中を旅して周る、でしたわね、アラン様の夢は」
「はい。ゴドリック大陸だけじゃなくて、他の大陸にも行ってみたいですから」
「今日、行かれるんですか?」
「えぇ、細々とした後始末もようやく終わったので、これから行こうと思っています」
「それは、寂しくなりますね・・・」
雰囲気的に聞き辛いところだけど、ハッキリさせなきゃ。
「それで、今日はだんな様の消息のことでお聞きしておかなきゃいけないことがあるかと」
その言葉は、カリンも予想していたらしく、目を伏せはしたがそのことから逃げる素振りは見せなかった。
「内戦も収束の方向に向かっているみたいですけど、私には夫を探す手段がなくて・・・」
「そのことなんですが、うちの連中をシャーメシル国内に入れてみようかと考えています」
「まぁ、暁の花園でしたっけ、みなさん本業で忙しいでしょう」
「あいつらは、生まれ変わって他人の役に立つことがしたいって言ってますから、その点に関してはご安心ください」
「こんな高級なホテルに滞在させていただいている上に、そんなことまでしていただいたら、私にはご恩をお返しすることができません」
「そんなことは考えないで下さい。ボクもカルアも、カリンさんのアドバイスをもらって随分気が楽になったんですから」
「あんなのは、女同士のちょっとした世間話ですよ。アドバイスなんて言えるほど高級なことなんか何も言ってません」
「それに、この部屋も少し手狭になってきちゃいましたね。シャナちゃんの服だけでも結構な量だし」
「そんなのは、キチンと整理しておけば問題ないですから」
う~ん、カリンさんが遠慮の塊に変身しちゃったぞ。
ホントはだんな様のこと探しに行きたいんだろうな・・・。
そうか・・・、そうだよ!
その手が使えるじゃないか。
「では、ここから先はボクの勝手なお節介だと思って下さるとありがたいんですが」
「まだ何かお考えですか。私たちにはもう十分に・・・」
「シャナちゃん」
「はーい」
「シャナちゃんは、ガルーダのこと怖い?」
「ううん、怖くなーい。ガルちゃんは優しいですから」
「じゃぁ、お空飛んでも怖くないかな?」
「お空、飛んだことないから、わかんなーい!」
そうか、そりゃそうだよね。
これは、ボクの聞き方が悪かったね。
「じゃ、ボクと一緒にガルーダに乗ってみようか?」
「えぇ、いいのー? やったー!」
遠慮するカリンも一緒にホテルの獣舎の前まで来た3人は、ガルーダを呼び出した。
いつもと違うメンバーが居ることを理解したガルーダは、シャナの前に蹲るようにして頭を下げた。
「シャナちゃん、ガルーダが撫でてって言ってるよ」
「撫でていいのー?」
「いいよ。いい子いい子してごらん」
「はーい」
シャナは物怖じすることなくガルーダの頭を撫でて、アランの方を見た。
「じゃ、ちょっと乗ってみようか」
「うん!」
シャナとアランを乗せたガルーダは、それはそれはゆっくりと舞い上がって、ある程度の高さまで上昇すると、そこから水平移動に転じた。
「わーい、気持ちいいな」
ガルーダめ、ボクの時と態度違うじゃないか!
しばらく遊覧飛行を続けたあと、ガルーダはゆっくりと舞い降りた。
「カリンさん、どうぞ」
「あ、あたしは遠慮しておき・・・、きゃっ!」
尻込みするカリンに姿勢を低くしたガルーダが近づいて、頭を下げて擦り寄って来た。
「それはガルーダの親愛の情を表現する態度ですよ。ケームが同族以外にこんな態度をとることは滅多にないですから、頭を撫でてやって下さい」
カリンがアランにとって大切な人だということが分かっているかのように、ガルーダはカリンの前で姿勢を崩さなかった。
恐る恐るといった感じでガルーダの頭に手を伸ばしたカリンは、撫でてみて初めてその羽毛の柔らかさを知ったようにガルーダの触り心地を堪能した。
「じゃ、次は乗ってみましょうか」
「えっ、えっ、乗る・・・? うそ・・・」
カリンの前で体をわずかに横に向け、翼を差し出したガルーダは、早く乗れとばかりに『くぅ~』と鳴いた。
「ガルーダが早く乗れと言ってますよ、カリンさん」
「あの、なんで突然ケームに乗らなきゃいけなくなったんでしょう?」
「ガルーダにとっても、その姿勢は楽じゃないんですよ。できれば早く乗ってやって下さい」
「え、あ、はい」
シャナの時と同じように、水の一杯入ったコップを載せても微動だにしないほど安全にゆっくりと、カリンを乗せたガルーダは空へと舞い上がり、しばらく遊覧飛行のように周辺をゆっくりと飛んだ後、また安全に着地した。
じゃ、一番おとなしい仲間を呼んでおくれ、ガルーダ。
カリンさんとシャナちゃんを怖がらせないで飛べる子だよ。
アランの願いを聞いたガルーダは、一声鳴いた後、もう一声高く鳴いた。
すると、観光名所になった古城跡の方角から一頭のグリフォンが飛んで来た。
その個体は、首筋に沿って黄色い羽根の色をグルリと一周させた少し小さいグリフォンだった。
小さい個体は、飛びながらガルーダと何度か鳴き合わせをして意思の疎通を確認した後、ゆっくりとアランたちの前に着地して、ガルーダと同じように姿勢を低くした。
大丈夫だよね、ガルーダ。
キューイ
と鳴いたガルーダが承諾の印のように羽をタラップのように伸ばしてきた。
それは、乗れという合図で、小さいグリフォンもその姿勢を真似るようにカリンとシャナに羽を伸ばしてきた。
「じゃ、この子に名前を付けてやろうか、シャナちゃん」
「はーい。えっとね、えーっとねぇ、ナール。ナールがいいよ」
「ナールか。いい名前だね」
「うん!」
「じゃぁ、ママと一緒にナールに乗って飛んでみようか」
「えっ、また乗るんですか? ほんとに、また?」
「ママー、早く乗ろーよ」
アランを乗せたガルーダと、カリンとシャナ母娘を乗せたナールは、少しの間並んで飛びながら乗り手との意思の疎通を確認した。
ナールとシャナとの間に確かな絆が芽生えたと判断したアランは、一度地面に降りてから二人に言った。
「ボク達は今日旅立つので、これは置き土産です。だんな様を探したり、シャーメシルとの連絡を取るのに使って下さい」
「わーい、シャナのケームだ。ナールだよ、ママ」
「お気持ちは大変ありがたいのですが、このケームに与えるエサを用意することが出来そうにありません。それに、普段はどこに置いておけばいいか分からないし・・・」
「それなら大丈夫ですよ、カリンさん。ケームは自分でエサを取れますから」
「でも、やっぱりホテルの獣舎にいつも繋いでいるのも可哀想だし」
「それもご心配なく。普段は自由にさせておいて構いません。用がある時だけ呼べば来ますよ」
「呼ぶ? 呼ぶって、どうやって呼べばいいんでしょうか?」
「それは、シャナちゃんが知ってますよ、ね、シャナちゃん」
「はーい。 任せてくださーい!」
「あなた、そんなこと出来るの?」
「うん!」
「いつの間に?」
「今だよ」
「今って?」
「今だよ。さっき一緒に飛んだでしょ、ママ」
「・・・・・」
カリン母娘とアランとカルア、4人揃って最後の食事を取った後、アランはフロントマネージャーに一つ注文を出した。
「カリンさん母娘の部屋を、次の間付きのものに変えて下さい。荷物も増えて手狭になって来てるようなんで」
「かしこまりました。今日中にご用意させていただきます」
「それと、従業員用の寮みたいなものがあればそこの部屋をお借りしたいんですが」
「従業員寮ですか。あるにはありますが」
「母娘の護衛と雑用をこなすために、3人ほど置いておきたいもので」
「なるほど。かしこまりました。人選を済ませていただければ、それも今日中にご用意させていただきます」
「では、ボク達が居なくなった後も、彼女たちのことはくれぐれもよろしくお願いします」
「お任せ下さい。今後も最高のおもてなしをお約束させていただきます」
その後、ホテル・ド・ロマンダリアを巣として認識している伝書ツバメを3羽譲ってもらったアランは、カルアと共にガルーダに跨って空へ舞い上がって行った。




