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朝。
王立図書院から届いた採用通知を、机の上に置いた。
その隣には、何日も書き続けた紙。
王都に残りたい。
領地へ帰りたい。
どちらを選んでも、惜しい。
そこまで分かった。
でも。
まだ決めてはいない。
採用通知を開く。
正式採用の日。
所属する部署。
最初に与えられる仕事。
何度読んでも、胸が高鳴る。
本当にやりたい。
だからこそ怖かった。
これを手放して、あとで後悔したら。
きっと自分を責める。
分岐鏡にまで、あんな未来を見せてもらったのに。
正解は目の前にあったでしょう、と。
そう思う日が来るかもしれない。
その日の午後。
リディアはまた神殿へ行った。
鏡はもう使えない。
分かっている。
それでも、何か知っている人に聞きたかった。
「またいらしたのですね」
「……また来ました」
リディアは鏡の前に立った。
「私は、間違えたくないだけなんです」
神官は黙って聞いていた。
「あとで、こちらを選べばよかったって思いたくない。だから、あの鏡を見れば分かると思っていました」
「分かりましたか?」
「余計に分からなくなりました」
神官が少し笑った。
「選ばなかった未来の一場面を見たからといって、正解が分かるとは限らないのでしょうね」
「それなら、何のための鏡なんですか?」
「さあ」
「神官なのに?」
「神官にも分からないことはあります」
リディアは思わず笑った。
少しして、尋ねる。
「もし、選んで後悔したら、どうすればいいんですか?」
神官は今度は少し長く考えた。
「そのとき、また考えるしかないのでは?」
「それだけ?」
「それだけです」
神々の鏡を守る人が、ずいぶん普通のことを言う。
「ありがとうございました」
頭を下げる。
「決まりましたか?」
リディアは少し考えた。
「いいえ」
「そうですか」
「でも」
もう一度、鏡を見る。
そこには今の自分しかいない。
「今日は、帰ります」
*
屋敷へ戻ると、ナナが待っていた。
「馬車をお願い」
「明日の?」
「ええ。七刻で」
「予定通りで?」
リディアは一度、息を吸った。
「領地へ帰るわ」
口にした瞬間、胸が苦しくなった。
本当にこれでいいの?
今ならまだ変えられる。
図書院へ行って、採用を受けると言えばいい。
鏡の中の自分。
紺色の制服。
銀の鍵。
笑っていた顔。
惜しい。
ものすごく、惜しい。
「……理由は、聞かないの?」
「お聞きした方がよろしいですか?」
リディアは考えた。
家族が大事だから。
父が心配だから。
妹に会いたいから。
どれも少しずつ本当だった。
「今は、帰りたいから」
ナナは静かに頷いた。
「承知しました」
その夜。
王立図書院への辞退の手紙を書いた。
封をした瞬間、すっきりはしなかった。
正しかったとも思わなかった。
今すぐ封を破きたいくらいだった。
リディアは例の紙を開いた。
長いこと眺めてから、一番下に書いた。
『領地へ帰る。』
それだけ書いて。
紙を閉じた。




