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選ばなかった未来ばかりが美しく見える  作者: 水瀬める


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5



朝。


王立図書院から届いた採用通知を、机の上に置いた。


その隣には、何日も書き続けた紙。


王都に残りたい。


領地へ帰りたい。


どちらを選んでも、惜しい。


そこまで分かった。


でも。


まだ決めてはいない。


採用通知を開く。


正式採用の日。


所属する部署。


最初に与えられる仕事。


何度読んでも、胸が高鳴る。


本当にやりたい。


だからこそ怖かった。


これを手放して、あとで後悔したら。


きっと自分を責める。


分岐鏡にまで、あんな未来を見せてもらったのに。


正解は目の前にあったでしょう、と。


そう思う日が来るかもしれない。


その日の午後。


リディアはまた神殿へ行った。


鏡はもう使えない。


分かっている。


それでも、何か知っている人に聞きたかった。


「またいらしたのですね」


「……また来ました」


リディアは鏡の前に立った。


「私は、間違えたくないだけなんです」


神官は黙って聞いていた。


「あとで、こちらを選べばよかったって思いたくない。だから、あの鏡を見れば分かると思っていました」


「分かりましたか?」


「余計に分からなくなりました」


神官が少し笑った。


「選ばなかった未来の一場面を見たからといって、正解が分かるとは限らないのでしょうね」


「それなら、何のための鏡なんですか?」


「さあ」


「神官なのに?」


「神官にも分からないことはあります」


リディアは思わず笑った。


少しして、尋ねる。


「もし、選んで後悔したら、どうすればいいんですか?」


神官は今度は少し長く考えた。


「そのとき、また考えるしかないのでは?」


「それだけ?」


「それだけです」


神々の鏡を守る人が、ずいぶん普通のことを言う。


「ありがとうございました」


頭を下げる。


「決まりましたか?」


リディアは少し考えた。


「いいえ」


「そうですか」


「でも」


もう一度、鏡を見る。


そこには今の自分しかいない。


「今日は、帰ります」


*


屋敷へ戻ると、ナナが待っていた。


「馬車をお願い」


「明日の?」


「ええ。七刻で」


「予定通りで?」


リディアは一度、息を吸った。


「領地へ帰るわ」


口にした瞬間、胸が苦しくなった。


本当にこれでいいの?


今ならまだ変えられる。


図書院へ行って、採用を受けると言えばいい。


鏡の中の自分。


紺色の制服。


銀の鍵。


笑っていた顔。


惜しい。


ものすごく、惜しい。


「……理由は、聞かないの?」


「お聞きした方がよろしいですか?」


リディアは考えた。


家族が大事だから。


父が心配だから。


妹に会いたいから。


どれも少しずつ本当だった。


「今は、帰りたいから」


ナナは静かに頷いた。


「承知しました」


その夜。


王立図書院への辞退の手紙を書いた。


封をした瞬間、すっきりはしなかった。


正しかったとも思わなかった。


今すぐ封を破きたいくらいだった。


リディアは例の紙を開いた。


長いこと眺めてから、一番下に書いた。


『領地へ帰る。』


それだけ書いて。


紙を閉じた。



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