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選ばなかった未来ばかりが美しく見える  作者: 水瀬める


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4



翌朝。


リディアは、昨日より少しだけ落ち着いていた。


王都に残りたい。


領地へ帰りたい。


どちらも本当。


それなら。


両方できる方法を探せばいい。


まず、王立図書院へ行った。


「半年ほど、採用を延期することはできますか?」


担当官は少し驚いた。


「半年ですか?」


「はい。いったん領地へ戻って、それから王都へ戻る形で」


担当官は書類を確認した。


「残念ですが、今回の採用枠は来月からの勤務を前提としています」


「では、三か月なら?」


「期間の問題ではありません。辞退されるのであれば、空いた枠には次の方が入ります」


分かっていた。


仕事なのだから、自分のためだけに席を空けておいてくれるわけがない。


それでも。


少し期待していた。


今まで頑張ったのだから。


試験にも受かったのだから。


戻れる道くらい、残っていてほしかった。


廊下へ出ると、先輩に呼び止められた。


「駄目だった?」


「顔に出ています?」


「少し」


二人で歩きながら、リディアは聞いた。


「先輩は、王都に来るとき迷いませんでしたか?」


「迷ったわよ」


「本当ですか?」


「何だと思ってたの」


先輩が笑う。


「私、故郷に婚約者がいたの」


初めて聞いた。


「図書院に受かったとき、向こうは一緒に来られなかった。家業があったから。だから婚約は解消したわ」


「……後悔しませんでしたか?」


先輩は少し歩みを緩めた。


「したわよ」


「したんですか?」


「するでしょう。十年一緒に育った人よ」


「でも、それなら……図書院を選んだのは間違いだったんですか?」


先輩は立ち止まった。


「どうしてそうなるの?」


「だって、後悔したのでしょう?」


「したけど、図書院へ来たこともよかったと思ってるわ」


「……両方?」


「両方」


また、その言葉だった。


「結婚していたら幸せだったかもしれないし、図書院へ来て幸せだった日もたくさんある。一つ選んだからって、もう一つを惜しんじゃいけないわけじゃないでしょう」


その日の午後。


リディアは屋敷で地図を広げた。


王都からフェルナー領まで十二日。


王都で働きながら、頻繁に領地へ帰る。


無理。


では、領地に図書館を作る?


古文書を整理して、学べる場所を作る。


家族のそばにいながら、本にも関われる。


一瞬、気持ちが明るくなる。


けれど。


王立図書院にしかない本がある。


王都にしか集まらない学者がいる。


ここでなければ触れられない資料がある。


領地に図書館を作っても。


それは、王立図書院ではない。


「……違う」


「何がです?」


いつの間にか、ナナが後ろにいた。


「全部取ろうとしてる」


リディアは地図を見る。


王都。


領地。


十二日の距離。


「私、何も失いたくないんだわ」


王都を選んで、家族との時間を失うのが嫌。


領地を選んで、図書院を失うのも嫌。


だから。


どちらも失わない方法が、どこかにあるはずだと思っていた。


もっと考えれば。


もっと情報を集めれば。


自分なら見つけられる気がしていた。


「ねえ、ナナ」


「はい」


「どちらを選んでも、何かはなくなるのね」


ナナは少し間を置いてから、


「そうかもしれません」


と答えた。


思ったより、悲しくなかった。


むしろ。


少しだけ、肩の力が抜けた。


夜。


リディアは例の紙を開いた。


『王都に残りたい。』


『領地へ帰りたい。』


その下に、一行だけ足した。


『どちらを選んでも、惜しい。』


それ以上は、書かなかった。


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