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翌朝。
リディアは、昨日より少しだけ落ち着いていた。
王都に残りたい。
領地へ帰りたい。
どちらも本当。
それなら。
両方できる方法を探せばいい。
まず、王立図書院へ行った。
「半年ほど、採用を延期することはできますか?」
担当官は少し驚いた。
「半年ですか?」
「はい。いったん領地へ戻って、それから王都へ戻る形で」
担当官は書類を確認した。
「残念ですが、今回の採用枠は来月からの勤務を前提としています」
「では、三か月なら?」
「期間の問題ではありません。辞退されるのであれば、空いた枠には次の方が入ります」
分かっていた。
仕事なのだから、自分のためだけに席を空けておいてくれるわけがない。
それでも。
少し期待していた。
今まで頑張ったのだから。
試験にも受かったのだから。
戻れる道くらい、残っていてほしかった。
廊下へ出ると、先輩に呼び止められた。
「駄目だった?」
「顔に出ています?」
「少し」
二人で歩きながら、リディアは聞いた。
「先輩は、王都に来るとき迷いませんでしたか?」
「迷ったわよ」
「本当ですか?」
「何だと思ってたの」
先輩が笑う。
「私、故郷に婚約者がいたの」
初めて聞いた。
「図書院に受かったとき、向こうは一緒に来られなかった。家業があったから。だから婚約は解消したわ」
「……後悔しませんでしたか?」
先輩は少し歩みを緩めた。
「したわよ」
「したんですか?」
「するでしょう。十年一緒に育った人よ」
「でも、それなら……図書院を選んだのは間違いだったんですか?」
先輩は立ち止まった。
「どうしてそうなるの?」
「だって、後悔したのでしょう?」
「したけど、図書院へ来たこともよかったと思ってるわ」
「……両方?」
「両方」
また、その言葉だった。
「結婚していたら幸せだったかもしれないし、図書院へ来て幸せだった日もたくさんある。一つ選んだからって、もう一つを惜しんじゃいけないわけじゃないでしょう」
その日の午後。
リディアは屋敷で地図を広げた。
王都からフェルナー領まで十二日。
王都で働きながら、頻繁に領地へ帰る。
無理。
では、領地に図書館を作る?
古文書を整理して、学べる場所を作る。
家族のそばにいながら、本にも関われる。
一瞬、気持ちが明るくなる。
けれど。
王立図書院にしかない本がある。
王都にしか集まらない学者がいる。
ここでなければ触れられない資料がある。
領地に図書館を作っても。
それは、王立図書院ではない。
「……違う」
「何がです?」
いつの間にか、ナナが後ろにいた。
「全部取ろうとしてる」
リディアは地図を見る。
王都。
領地。
十二日の距離。
「私、何も失いたくないんだわ」
王都を選んで、家族との時間を失うのが嫌。
領地を選んで、図書院を失うのも嫌。
だから。
どちらも失わない方法が、どこかにあるはずだと思っていた。
もっと考えれば。
もっと情報を集めれば。
自分なら見つけられる気がしていた。
「ねえ、ナナ」
「はい」
「どちらを選んでも、何かはなくなるのね」
ナナは少し間を置いてから、
「そうかもしれません」
と答えた。
思ったより、悲しくなかった。
むしろ。
少しだけ、肩の力が抜けた。
夜。
リディアは例の紙を開いた。
『王都に残りたい。』
『領地へ帰りたい。』
その下に、一行だけ足した。
『どちらを選んでも、惜しい。』
それ以上は、書かなかった。




