第25話:ちょっとした楽しい時間
気を引き締め直し、家に帰ることにする。悩んでも仕方がない。
何事もなく一日が過ぎていった。現在、サキとユキノを除いて、みんな演劇部に集まっている。
「あ、そういえば、みんなサキから何か聞いた?」イチカが尋ねた。
まだ詳しい話を明かせないことは分かっている。僕は彼女のために、ちょっとした嘘をついた。
「あ、うん。サキが休んでいる間、ユキノが練習を手伝ってあげてたみたいだよ。だから二人とも部活を休んでいたんだ!」
「でも、だったらどうして彼女は休んでいたの?」
「昨日僕もユキノと一緒にいたよ。彼女が言うには、サキは期末テストの勉強で忙しかったみたいだ。部活を休んで個別指導(家庭教師)に通っていたって。そう聞いたよ」とスキが言った。
(あ、そっか。スキもサキの秘密を知らないんだ。それに先日、彼女が美咲と一緒にいるところを目撃された時もここにいなかった。彼も彼女がここにいることを知らないんだろうな)
「あ、そうだ、それ本当よ! 私もそう聞いてたわ!」とイチカが呟いた。
(今はスキに美咲のことを知られたくない。僕たちはみんな同じ学校に通っていたから、彼も彼女を知っている。彼女が何を企んでいるか知ったら、彼がどう反応するか分からない)
「でも、それならどうして彼女は……と一緒にいたの?」
僕は黙るように彼女に視線を送る。
(だめだ、イチカ、その名前を言わないでくれ!)
彼女は気づき、言葉の途中で口をつぐんだ。
「何が?」
「あ、ううん何でもないの。ただ……先日学校で彼女を見かけた気がしただけ、それだけよ」
「ああ、そうだね。学校には来ていたからね。ただ、代わりに個別指導に行くために部活に来ていなかっただけさ」
「なるほどね……」
彼女は『とりあえず合わせるけれど……』と言いたげな表情で僕を見つめていた。でも、後で真相を教えてほしいと思っているのは目に見えている。少なくとも昨日見たことくらいは教えてあげないといけないだろう。
「とにかく、今日はそろそろ終わりにしよう! 今日は僕が残って掃除をするから、みんなは帰っていいよ。どうせみんな勉強しなきゃいけないんだろ」
それを合図に、みんな荷物をまとめて帰っていった。イチカは時間をかけて荷造りをし、みんなが帰るのを待っていた。
「あの、レンジ??」
彼女はドアのところで立ち止まり、僕を呼んだ。
「え?」
道具を仕舞うために用具入れに向かおうとしていたところだった。
「あの……私残って手伝うわ」
「あ、本当かい?! ありがとう!」
僕は箱を用具入れに運びながら言った。小道具を整理していると、彼女が顔を覗かせた。
「あの……ここにもう少しものがあるわよ……」
「あ、ありがとう、イチカ!」
彼女はゆっくりと中に入ってきた。
(きっとサキについて話したいんだろう。彼女から切り出してくれるのを待とう)
明日使うための別の箱を取り出す。
「ねえ……その箱には何が入っているの? それ、使わないわよ……」
「え? あっ!」
箱の中を覗き込む。間違えたものを持ってきてしまっていた。ピエロの衣装とジャグリング用のピンを取り出すと、二人して笑い出してしまった。
「あはは! 私ってばなんてバカなのかしら! 違う箱じゃない!」
「ううん……君がそれ着るべきだと思うな!」
彼女は僕を見て笑い始めた。彼女が笑っているのを見ると嬉しくなる。僕は振り向き、小道具を手にした。
「ねえ、イチカ……これ見て!」
鼻にピエロの赤い鼻をつけ、首に大きな蝶ネクタイを巻いて、素早く振り返った。彼女は大爆笑した。
「ハロー、みんな! 僕はピエロのドードーだよ!」
「もう! レンジ、面白すぎるわ!」
僕がピエロのクラクションを鳴らすと、二人とも床に転がり込んで笑い転げた。
(うわぁ……イチカとこんなに楽しく笑い合ったの、すごく久しぶりな気がするな!)
「はぁ……掃除を終わらせて、ここを出ましょう!」
「あはは、そうだね……もう遅くなってきたしね!」
おかしな小道具を仕舞い、本命の箱を取り出した。
「よし、これだよ。これが明日使うやつさ! もうこれ見たかい?」
「え? ううん……何かしら?」
彼女は箱から布地を取り出し始めた。
「これはユキノが縫い始めた衣装だよ! まだ完全に完成してはいないけれど、着られる状態さ!」
彼女はブラウスを取り出し、感心したように眺めた。
「すごぁい……ユキノって本当に器用ね?」
「本当にね! 感動しちゃうよ! 僕は役がないけれど、彼女が作ったものなら着てみたくなるよ。とにかく、彼女は明日ここに来られないけれど……修正が必要かどうか確認するために、みんなに試着してみてほしいんだって」
「分かったわ! わぁ……なんだかわくわくしてきたわ」
ドレスに見とれている彼女を用具入れに残し、僕は小道具の袋を外へ運んだ。
(最近、イチカが明るくなってくれて嬉しいな。この劇をやるのは良いアイデアだったかもしれない)
用具入れに戻ると、鏡の前に立つイチカの姿が見えた。彼女はドレスを体に宛てがい、うっとりと自分に見惚れていた。
「あっ――!」
彼女は恥ずかしそうにそれを手放した。
「イチカ……それ、君の衣装だよ」
「えっ……そうなの? これ、私の一番のお気に入りなの……わぁ……どうして私の好みが分かったのかしら?」
彼女はそれを手にとり、感嘆の眼差しで見つめた。
(あのドレス、本当に似合っているな……着たらどんな感じになるんだろう……)
試着してみないかと言いかけそうになった。けれど急に恥ずかしくなって、思い直した。
「ええと……本当に君によく似合っていると思うよ」
「本当にそう思う?」
彼女は再びそれを自分の体に宛てがった。
「うん。すごく可愛いよ! 君みたいに……」
「えっ?」
「えっ?!」
ハッとして僕は口をつぐんだ。
(聞こえていなかったらいいんだけど)
彼女はクスッと笑った。
「ありがとう、レンジ……そう言ってもらえて嬉しいわ。あなたのために着るのが待ちきれないわ……」
「え?」
(今度は僕の番だ。彼女、なんて言ったんだ?)
「だから……劇のために着るのが待ちきれないってことよ! きっとすごく盛り上がるわ!」
恥ずかしそうに、彼女は背を向けた。彼女はドレスを畳み、箱に戻した。
「よしっ! 作業に戻りましょう!」
ついに箱の片付けが終わった。その時、突如として響いたノックの音に僕たちは跳び上がった。
「今の音は何?! みんな帰ったと思ってたけれど」
「分からない。風かな? 風でまた箒が倒れたのかもしれない」
「あ、窓を開けっぱなしにしていたっけ?」
「そうだと思う……」
「そっか……ふーむ」
「とにかく、これを外へ運び出そう」
「分かったわ!」
彼女は小さめの小道具の箱を持ち上げ、ドアに向かって歩き出した。僕は衣装を受け取り、彼女の後を追う。
「あ、やっぱり風のせいね。ドアが閉まっちゃったみたい」
彼女は体に重みをかけてドアを押した。
「え? あら、嫌だ……」
彼女は箱を置き、ドアノブを回した。
「ドアノブが……」
「あの」
「レンジ、私たち閉じ込められたみたい」




