第19話:流されるわけにはいかない
「バカは本当に学ばないわね! 同じレッスンを二度も教えるのは本当に嫌なんだけど……でも、私の言うことを聞かないなら……イチカに自分から辞めさせるしかないみたいね」
(気のせいかもしれない。彼女はただ大げさに言っているだけだろう。でも、このまま放っておいていいのだろうか? ちゃんと問い詰めるべきだろうか?)
「美咲……どうしてそんなにイチカのことが気になるんだ? もしかして……彼女に嫉妬してるのか?」
美咲が勢いよく首を向け、僕を睨みつけた。これまで見たこともないような怒りに満ちた目だった。
「何……ですって? どうして私が『彼女』なんかに嫉妬しなきゃいけないわけ? 自分が何て言ったか分かってるの?」
彼女は怒りで煮えくり返っていた。
(うわ……どうやら逆鱗に触れちゃったみたいだ……)
「いいえ……『新入りの嫉妬』なんかじゃないわ……私は『怒って』いるのよ。あの子は私の役を奪って、私から大切なものを盗んだ……。私はただ、それを取り戻しただけ。私がやったことは正義よ! だから、私が『嫉妬してる』なんて二度と口にしないで……」
彼女の血は煮えたぎっているようだった。彼女が何と言おうと、僕にはやはり嫉妬にしか見えなかった。自分が欲しかった役にイチカが選ばれたという事実を、彼女はどうしても受け入れられないのだ。
「ねえ……私に見えているものが、あんたには見えないの? あのイチカって子は……ずる賢いのよ。ただ、それを隠すのがすごく上手いだけ……。大人しくてミステリアスなフリをして、周りに気づかれないようにしてるけど……私は馬鹿じゃないわ……。あの子はずっと前から計画していたのよ。私がその役を欲しがっているって知っていた……私にはあの役が『必要』だったのに……。あの役を手に入れることだけが、両親に自分を証明する唯一の方法だったの……。『彼』は私を推薦してくれるはずだった……。それなのに、あの子はどういうわけか、静かに、秘密裏に、彼の気持ちを変えさせたのよ……。あの子は彼を騙して自分を選ばせた……。自分が何をしているのか、よく分かっているのよ……」
(『彼』って誰だ? 彼女は誰の話をしているんだ? 他に誰がこのことに関わっていたっていうんだ?)
「あんたも気をつけていないと、あの子に背中から刺されるわよ……。みんな私のことを悪役だと思っているけど……それはイチカの本当の姿を知らないからよ。特にあんたはね」
彼女はゆっくりと僕の方へ歩み寄ってきた。僕は本能的に後ずさりした。
「あんたは純粋すぎるのよ……。彼女のことが好きだと思い込んでいるけれど、それは彼女が上手く立ち回っているからよ。あんなの、ただ顔が可愛いだけ。私の美しさには足元にも及ばないけどね……。すぐに、あの子はあんたのことも傷つけるわ」
「美咲……君、本当に怖いよ……。君は自分の言っていることが分かっていないと思う。君は僕のようにイチカを知らないじゃないか。彼女は他人を傷つけるようなことなんて、絶対にしない」
「あの子はあんたを完全にコントロールしているのよ、レンジ。でも、聞きなさい……私が助けてあげる……。自分の演劇部を成功させたいんでしょう?」
「あ、ああ、そうだけど……」
僕は一歩後ずさりして、机にぶつかった。彼女は僕に歩み寄る。
「だったら、私と組みなさいよ……。こんなバカげた部活は終わりにして……私のところに入りなさい。なんなら部活を乗っ取らせてあげてもいいわ、そうすればまだ『あんたの』部活って呼べるでしょ……」
「入りたいだなんて、誰が言ったんだ?」
彼女はもう本当に近くにいて、その息遣いさえ感じられるほどだった。これ以上後ろには下がれない。僕は机と彼女の体の間に挟まれてしまった。
「だって、あんたは私が持っているものを欲しがっているもの……」
彼女の顔が近づき、色っぽい眼差しで僕の目を見つめてきた。彼女は片膝を机の上に乗せ、胸元を僕に近づけるように身を乗り出してきた。
僕は緊張して生唾を飲み込んだ。いじめっ子のくせに、彼女からは信じられないほど甘い香りがする。まるで催眠術にでもかかりそうだ。僕は必死に理性を保とうとした。
「私の両親が誰だか知ってる? 私が何者か、分かってる?」
僕は言葉が出ず、ただ首を横に振った。
「私の両親は、この国で最も権威のある演劇学校の一つを経営しているの。お金持ちで、有名人よ。つまり私は……一種のセレブってわけ……」
彼女は僕の肩に片手を置き、軽く後ろへ押し倒すようにした。彼女の髪が顔にかかり、僕の首筋をくすぐる。
「もし私たちのところに入れば、必要なものは何でも与えてあげる……。プロの役者としての訓練も受けられるし……たっぷりお給料だって払われるわ……。それに、あんたは手に入れることができるのよ……」
彼女は僕の耳元に唇を近づけ、囁いた。「『私』を……ね?」
彼女の手が僕の頬を撫で始めた。「男の子なら誰だって、セレブと付き合うことを夢見るんじゃないの? 男の子なら誰だって、こんな体をした女の子を欲しがるんじゃない?」
彼女の脚は僕の太ももにぴったりと押し付けられている。その胸元は僕の目のすぐ下にあった。美咲は確かに美しく、間違いなくセレブの娘だ。彼女がプロポーションや容姿にしっかり気を配っているのは明らかだった。
ほんの一瞬だけ、こんなに美しい女の子と一緒にいるところを見られたらどんな気分だろうかと想像してしまった。セレブを自分の彼女と呼べたらどんな感じだろうか、と。でも、同時に……
(彼女が美しいことは否定できない……。でも、彼女が僕や僕の友達に与えたすべての苦痛を無視することなんてできない……。それに、もし付き合ったとして、一体どんな関係になってしまうのか分かったもんじゃない……)
僕は深呼吸をして、美咲の手に自分の手を重ねた。そして顔を上げ、彼女の目を見つめ返した。
「ダメだ、美咲。ごめん。君とは付き合えない」
彼女は驚きで目を見開いた。僕は彼女の二の腕に両手を添え、優しく押し返した。彼女は困惑した表情で僕を見つめる。
「な、何よ……?! 冗談……でしょ? 正気でこんな提案を断る男がどこにいるっていうの? どれだけの男が私と付き合いたがっているか、分かってるの?」
僕は姿勢を正し、彼女の目を見た。
「だったら、その中の誰かを楽しませてあげればいい。僕と僕の友達を傷つけた人に、好意を持つことなんてできないんだ。ごめん」
彼女はショックを受けたまま後ずさりした。きっと、誰かに拒絶されることなんて慣れていないのだろう。突然、彼女が泣き出した。いや、笑っているのか……?
「ハッ……ハハ……アハハハハハ!! 私が本気だと思ったの?! あんたみたいなヤツと私が付き合うわけないでしょ!」
彼女は胸の前で腕を組み、冷酷な目で僕を睨みつけた。
「でも、私の計画が失敗したことは分かったわ……。どうやら『プランB』を使うししかねそうね……」
「プラン……B? 何を……するつもりだ?」
彼女は悪意に満ちた視線を投げかけた。美咲は再び笑い出す。
「アハハ! 何よその顔! 心配しないで……ただの冗談だから……。本当に誰かを傷つけたりなんてしないわよ……少なくとも、本気ではね」
彼女はまた笑い始めた。
(彼女、本当にどこかおかしいよ……。でも、この状態の彼女に何を言っても無駄だろうな……)
「もうここで話すことはないわ。馬鹿な壁に話しかけても意味がないもの。あの時チャンスがあった時に、そのまま進めておけばよかったわ……。でも、よく言うじゃない……『最初は上手くいかなくても……もう一度やり直せ』ってね」
そう言うと、彼女は髪をファサッと払い、ツンと頭を高く上げてドアから出て行った。
(今の……どういう意味だ?)
荷物をまとめ、僕は家に帰ることにした。美咲のことが頭から離れない。彼女からは、本当に嫌な予感しかしない。
(サキは、あいつが今この学校にいることを知っているんだろうか……)
僕はイチカを守ることしか考えられなかった。教室を出て、ドアを閉める。ほんの一瞬、廊下の反対側にある空き教室から物音が聞こえたような気がした。
(うーん。きっと気のせいだろう……)
僕はそのことを気に留めず、考え事にふけりながら家路についた。




