九話「 四月一日 響 」
「ただいまー」
昼下がりの交番に響いた軽い声に、誠は書類から顔を上げた。
「帰れ」
「久しぶりに会った友人への第一声がそれ?」
ケタケタと笑いながら肩を竦める男は、誠の肩に凭れ掛かる。
甘い顔立ちの整った容姿は俳優やホストと言われても納得できる。細身に見えるが警察官らしく鍛えられた身体をしており、その笑顔だけで女性が振り返る。
誠とは全く正反対な男、四月一日 響は誠の同僚であり友人でもあった。
響は本来は交番勤務だが、この一ヶ月は刑事課へ駆り出されていた。
「いやー、まさか一ヶ月も女装潜入する羽目になるとは思わなかったわ」
「四月一日さんの女装とか、絶対綺麗ですよね」
「俺、一瞬見たけど分からなかったっす」
「オレは見た。初恋奪われたわ」
周囲の警官達が口々に騒ぐ。
響は優れた容姿だけでなく観察眼が鋭く尾行も聞き込みも上手い。
刑事課から何度も借り出される理由の一つだった。
「そういや嫁ちゃん元気?」
「梨紗だ」
「そろそろ学校終わる時間だろ?来るわけ?」
「知らん」
「知ってるだろ」
「知らん」
「いや絶対知ってるだろ」
「知らん」
頑な誠に響は苦笑する。
誠が知らないはずがない、がそれを第三者に教える気など全くない。
相変わらず真面目な男だな、と響は笑いながらも、その会話を頭の片隅に残した。
数時間後、パトロールに出ていた響は頭を抱えていた。
「響くん!どうして返信してくれなくなったの!?」
潜入先マンションの隣人だった女が、まさか響の職場近くまで押しかけてきたのだ。
助けた覚えはある。
だが付き合った覚えはない。
そもそも返信も何も連絡先の交換すらしてないのだが。
あ、なんか変なスパムが来てたらブロックしたけどアレだったのでは?と響は記憶を探る。
「……困ったな」
とにかく下手に騒がれると周りにも職場にも迷惑が掛かる。どうするか、と頭をフル回転させた結果、一つの案が浮かんだ。
「そうだ」
「ちょっと響くん!」
「待って待って、実はキミに紹介したい人がいるんだ」
「は!?まさか彼女!?」
「ちょっと待っててねー」
怒鳴る女から数歩離れて、響は真っ先に梨紗へ連絡を入れた。
どうやら学校帰りで、この近くにいるらしい。
要件があって来て欲しい、とお願いすれば、梨紗は『少しだけなら…』と渋々承諾してくれた。
第一関門突破。
そして同時に、誠へメッセージを送る。
『誠、至急。梨紗ちゃんを保護しろ』
『梨紗を?どういうことだ』
『今、梨紗ちゃんと偶然会った。悪い、今すぐ説明できない』
『とにかく梨紗ちゃんだけは離したい。場所は××駅前の・・・・』
ピロン、と誠に現在地を送信する。
同時に響はすぐに梨紗へ電話をかけた。
「あ、梨紗ちゃん?いや、ここ人通りが多いから迷ってないかお兄さん心配しちゃってさー♪」
勿論それは、誠から梨紗へ連絡が行かないようするための方便だ。
案の定、誠の着信は梨紗へ繋がらなかった。
「あ、梨紗ちゃんこっちこっち!」
「響さん、用事ってなんです?」
やって来た梨紗は訝しげな顔で響を見上げるも、直ぐ「梨紗!!」と聞き慣れた声に梨紗は即振り向いた。
「まこちゃん?」
派出所から全力疾走してきたのか、汗を浮かべた誠は躊躇する間もなく梨紗の手を掴んだ。
「移動するぞ」
「え?」
手を掴まれ、そのまま引っ張られる。
何も分からない梨紗は目を白黒させるだけだった。
唯一響だけは、計画通りだと満足気に笑っている。
「ちょっと響くん!」
梨紗を連れ去ろうとする誠を呼び止める前に、痺れを切らしたのか女が此方へ突進してきた。
大方梨紗を見て彼女と誤解しているのだろう。
響は満面の笑みを浮かべ、梨紗と誠の2人をご披露するように手を広げた。
「あ、紹介するね。俺の彼氏彼女でーす♡」
「「は?」」
誠と女の声が綺麗に重なる。
逆に梨紗からは何言ってんだコイツ、と言わんばかりの冷めた視線が注がれる。
結果ストーカー女は「二股とかキモい!」など響を罵倒して立ち去っていった。
響の完全勝利である、が・・・・
「説明しろ」
ドスを効かせた誠の声に、響は苦笑いを浮かべ振り返ったがすぐに後悔した。
誠の背後から黒いオーラが見えている。
下手に言い訳をしたら命が狩られる、間違いない。
「いやー、実はあの子にストーカーされててさ」
「・・・だからといって梨紗を巻き込むな」
「悪かったって。でも旦那も呼んでるから安全だったし、結果的に追い払えたじゃん♡」
「よくない」
怒りが収まらない誠に、響は笑って誤魔化す。
さてもう1人の巻き込まれ被害者の梨紗はというと。
「旦那♡」
響の旦那発言に、とても嬉しそうに頬を染め喜んでいた。
「梨紗、喜ぶな」
「えへへ♡」
そんな2人のやり取りに響は思わず吹き出した。
やっぱりこの夫婦は面白い。
そう思いながら。
END
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