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六話「 世界に一つ 」

梨紗と誠は、少し街から離れた大型ショッピングモールで買い物をしていた。

いつも買っている洗剤と海外メーカーの大容量洗剤を片手に梨紗は迷っていた。


「ねぇ、まこちゃん。この洗剤‥‥」

隣にいる誠へと振り返るも、誠の姿はなかった。


「まこちゃん?」

振り返れば、数メートル後ろで立ち止まっていた。

誠の視線は全く別の場所へと向けられていた。


「きゃん!」

誠の視線の先にあるのは、特設会場。

柵の中を子犬達が元気よく走り回っている。


『わんわん子犬ふれあいフェア』


大きな看板の真横のサークルで。

小さな柴犬が小さい足で柵に捕まり、尻尾を振りながら誠の方を見つめていた。


「……」

誠は何も言わない。

ただ少しだけ足を止めて、その様子を見ている。


「わぁ、可愛いね。確か柴犬、だよね」

「・・・あぁ」

「尻尾がくるん、としてて可愛い」

「あぁ」

ん?と梨紗は誠の返答に気付いた。

もしかして誠は犬が好きなのでは?と誠を観察する。


「まこちゃん」

「・・・あぁ」

「わんちゃん、かわいいね」

「あぁ」

あ、これ犬がほんとに好きだ。


だけど残念なことに梨紗と誠の住まいであるマンションはペット禁制である。

尚且つ誠の勤務は不規則で、梨紗も学校のため面倒をみれる人がいない。

誠が犬を飼わない理由なんて、考えるまでもない。


うむむ、と梨紗は頭を悩ませた。

だがふと特設会場の奥にあるコーナーが見えた瞬間、梨紗の瞳がキラリと輝いた。


「ひらめいた」

そんな梨紗の反応に、誠は気づかないまま尻尾をぷりぷり振って見上げてくる子犬にメロメロになっていた。




犬は飼えない。

なら代わりになる物を作ればいい。

梨紗が目をつけたのは特設会場の奥にあった、ぬい活コーナー。

マスコットならいつでもそばに持ち歩ける。

お手軽に作れる、とあったので梨紗でも簡単にできると考えて、その日のうちに制作キットを購入した。


ブスッと針が絆創膏のガーゼを貫通して、指先へ突き刺さる。


「いったぁあああ!?」

遅れて響く梨紗の悲鳴。

深く刺したのか、ジワリと絆創膏のガーゼが赤黒く滲む。

指先を押さえながら梨紗は涙目になった。


考えが浅はかだった。

初心者向けで誰でも簡単なマスコット制作キット。

気付けば十本の指全てに絆創膏が貼られて、いま同じ場所を刺し二度絆創膏を貼り替えることになるとは。


「ぬい活してる人って凄かったんだ……」

絆創膏を貼り替えながら、心の底からそう思った。

まさかぬいぐるみ作りがこんなにも過酷だったなんて。


世のぬい活民達への尊敬が止まらない。


もっとも本来なら二十分程度で完成する代物である。

単純に梨紗の手先が壊滅的だっただけだ。


だが本人は気付いていない。


再び針を手に取る。

例え全ての指がボロボロになったとしても、梨紗は針を手に取る。

全ては誠の喜ぶ顔を見るために。


もし誠がこの現場に居たなら、間違いなく止めていただろう。

だがそんな時に限って夜勤や非常招集が続いていて

梨紗と誠はすっかりすれ違い生活を送っていた。


だから梨紗を止める者は誰もいなかった。



「できたぁー!!」

あれから1週間後、梨紗は完成した作品を高々と掲げた。

達成感が凄い。

途中で何度心が折れかけたか分からない。

その代償として指は絆創膏だらけになったけれど、それでも諦めなくてよかった。


梨紗は完成した作品を机の上へ置いた。

耳は左右で大きさが違う。

胴体も妙に長い。

足の位置も少しおかしい。


猫だろうか。

妖怪だろうか。

口の裂け方や飛び出る舌だけならワニに近い気もする。


だが梨紗は満足そうに頷いた。


「むふふ♡私にしては会心の出来じゃないかな?ワンちゃん」


まさかの犬だった。

更に当初予定していたマスコットサイズより二回りほど大きくなってしまったが、それも愛嬌である。


何より大切なのは。

誠のために作ったという事実だ。


世界にひとつだけ。

まこちゃん専用のワンちゃんである。


梨紗は早速、犬らしきぬいぐるみを掴んで部屋を飛び出した。

今日は久しぶりに誠と休日が重なった日。

リビングでは誠が珈琲を飲みながら新聞へ目を通している。


「まこちゃん!」

「なんだ」

「これプレゼントだよ」


そう言って差し出されたのは、犬らしき何か。

誠は無言になる。

犬、か?

たぶん犬、恐らく犬。

少なくとも梨紗は犬だと思っている。


だが誠の視線は、すぐにぬいぐるみから外れた。

絆創膏だらけの梨紗の指。

ボロボロになっている梨紗の手と少し緊張しているのか強張っている梨紗の姿。


それだけで十分だった。


「ありがとう、梨紗」

その言葉に梨紗の顔がぱっと明るくなる。


「えへへ♡」

嬉しそうに笑う梨紗を見て、誠は小さく息を吐いた。

だけど、その表情はどこか柔らかかった。




翌日、誠はいつも通り出勤していた。

自身の机へ向かい梨紗からもらった犬を机に飾り、書類へ目を通していたが。

気づけば誠は犬を掴み、ズボンの後ろポケットへねじ込んでいた。


ふわふわとぬいぐるみ特有の柔らかく温かい心地に、誠の頬が少しだけ緩んだ。

そこに誠の側を横切った同僚が、誠の後ろポケットから何かが顔を覗かせているに気付いた。


「城嶋」

「なんだ」

「それなんだ?」

誠は顔も上げずに「犬だ」と即答した。


同僚は今一度ポケットから顔を覗かせている生物を見つめる。

耳の大きさは左右で違う。

口は若干裂け、舌がベロリと飛び出している。


どう見ても犬ではない。


「えっと……ワニ?」

「犬だ」


迷いのない回答を告げ、誠は書類を捲る。

その迷いのない回答に「あー、犬ね。なるほどなるほど」と一度は納得しかけたものの数秒後には、ん?と我に帰る。


「犬?犬!!?」


思わず声が裏返り、派出所内の視線が一斉に集まる。

誠は何も答えない。

ただ当たり前のように書類へ目を通し続ける。


世界にたった一つしかない梨紗がくれた犬を連れたまま。




END

***♡***

最期までお読みいただきありがとうございました。


梨紗と誠の日常を今後も応援していただけるのでしたら、いいねや下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(全部入れると10pt)で評価していただけると、いろんな方に読んでいただけるようになるのですごく嬉しいです。


※pixivにて小説の一部エピソードを漫画・イラストを公開しています。

どのシーンなのかはお楽しみに°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

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