五話「きゅん死寸前」
夜の派出所は静かだった。
本来なら誠はとっくに帰宅していたはずだったが、夜勤担当が勤務開始直前に応援要請が入り戻れなくなった。
結果、誠は残業を余儀なくされた訳である。
帰宅が遅くなることは梨紗へ連絡済みだ。
今日は帰宅を諦めて、溜まっている書類整理を片付けていた。
そんな時、ガタンッと派出所の扉が乱暴に開く。
「お巡りさん!こいつよろしく!」
派手な化粧をした若い女が、一人の男を押し込んだ。
男は顔を真っ赤にしてふらついたと思ったら床に倒れこんだ。
「この盛った猿男!お前なんて牢屋にぶち込まれてろ!」
そう叫ぶと女はさっさと走り去ってしまった。
誠は深いため息を吐く。
痴話喧嘩は自宅でやってほしいものだ。
「名前は」
「へへっ……」
「住所は」
「へへへっ……」
酔っ払い相手の身元確認ほど面倒なものはない。
誠が渋々メモを取り始めた、その時だった。
「まこちゃん?」
聞き慣れた声に、誠が顔を上げる。
入り口に立っていたのは梨紗だった。
「梨紗」
「残業って聞いたから、お夜食と着替え持ってきたよ」
梨紗は夜食が入ってるだろう紙袋と着替えを詰めた鞄を持ち上げて誠にみせた。
「うおっ!?」
「?」
「すげぇ可愛い!」
先程まで床に倒れ込んでいた酔っ払いは、勢いよく飛び起きてふらふらと千鳥足で梨紗へ近付いた。
「ねぇねぇキミさ、オレと――」
火照って赤くなった手が梨紗へ伸び、指先が肩に触れようとした。
「触るな」
が、冷たく鋭い声と共に男の手首が掴まれる。
自分を覆う影に男は反射的に顔を上げた。
そこには誠がいた。
ただそれだけだった。
怒鳴られたわけでもない。
殴られたわけでもない。
それなのに猛獣に睨まれたような、そんな錯覚に男の背筋が粟立つ。
「ひ、ひぃいい!?」
込み上げる恐怖に男は全力でその場から駆け出した。
「おい、待て」
だが、誠の呼び止める声に男は大きく肩を震わせた。
振り返ることすらできない。
一刻も早くこの場から離れなければ。
そんな本能的な恐怖だけが男を突き動かす。
「す、すみませんでしたぁぁぁ!!」
男は鼻水や涙など顔の至る所から汁を撒き散らし叫びながら暗い夜道へ消えていった。
シン、と静寂が梨紗と誠を包み込む。
誠は深いため息を吐きながら、梨紗の方へ戻り荷物を受け取った。
「わざわざ持ってきてくれたのか」
「うん♡」
「ありがとう」
きっと誠が連絡をしたときに準備をしたのだろう。
せめて何も要らないと事前に伝えておくべきだった。
そう思いながら誠は荷物を派出所内へ置く。
「家まで送る。帰るぞ」
梨紗、と名を呼ぼうとした矢先、正面から梨紗が抱きついてきた。
「梨紗」
「もうちょっとだけ」
そう言いながら背中に回した腕に力を込め、誠の胸へ頬を擦り寄せる。
「……おい」
誠が僅かにたじろぐも、梨紗は離れない。
むしろ幸せそうに誠の胸へ頬を擦り寄せてくるだけだ。
誠は観念したように小さく息を吐く。
耳が熱い。
「せめて中に入れ」
そう言って派出所の中へ梨紗を招き入れた。
梨紗は満面の笑みを浮かべる。
だってまこちゃんが守ってくれた姿が、あまりにもかっこよすぎて。
まるで王子様みたい、ううん、王子様以上だ。
思い出しただけで、胸が苦しくて好きの気持ちがとまらない。
本当に、梨紗の心はきゅん死寸前だ。
END
***♡***
最期までお読みいただきありがとうございました。
梨紗と誠の日常を今後も応援していただけるのでしたら、いいねや下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(全部入れると10pt)で評価していただけると、いろんな方に読んでいただけるようになるのですごく嬉しいです。
※pixivにて小説の一部エピソードを漫画・イラストを公開しています。
どのシーンなのかはお楽しみに°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
お勧めBGM M/!/L/K/ 「好/き/す/ぎ/て/滅/!」だと私は思います。




