四話「警察官の非番」
今日は誠が非番の日。
学校がお休みの日と重なる事があまりない貴重な日でもある。
梨紗と誠は、最寄り駅の側にある家具や生活雑貨が充実している雑貨店に来ていた。
キッチン用品から家具まで並ぶ広い店内を、梨紗は楽しそうに誠と腕を組んで歩いている。
デートにしては、なんとも色気もなく華のない光景かもしれない。
けど、梨紗からすれば誠が隣にいるだけで全てがキラキラと輝いてみえるのだ。
「あ、これ可愛い」
ふと梨紗の視界に入ったのは、ハートのデザインのマグカップ。取手の部分までハート型になっていて思わず足を止めてしまう。
お値段もそこまで高くないし、デザインも派手すぎない。
なにより、誠とお揃いのペアカップ。
いい、とても最高ではないか。
うへへ♡と妄想してニヤけてしまう梨紗に、誠がハートのマグカップへチラッと視線を向けたが、何も言わない。
買おうかな、とマグカップへ手を伸ばしかけた矢先にスマホの着信が鳴る。
着信相手をみた誠の表情が、僅かに引き締まった。
きっと仕事の電話だ。
梨紗はすぐに気付き、組んでいた腕をそっと解いた。
誠もまた自然な動作で梨紗から少し距離を取る。
「はい、城島です」
仕事中とプライベート。
その切り替えは、もう何度も見てきた光景だった。
『城嶋、悪い。以前のお前の担当していた件なんだが進展があった』
電話越しに聞こえる声に、誠の眉が僅かに動く。
『人手が足りない。応援に来られるか』
「分かりまし―――」
そこまで言いかけて、誠は言葉を止めて振り返った。
梨紗は何も言わない。
ただ、じっと誠を見つめていた。
言葉を詰まらせる誠に、梨紗はふわりと柔らかく笑った。
「お仕事、気をつけてね」
「ーッ!すまない、梨紗」
罰が悪そうに口元を歪めながらも誠は梨紗に背を向けて駆け出そうとする。
だが梨紗の「ちょっと待って」と呼び止めに誠は反射的に振り返えった。
チュッ、と小さなリップ音と柔らかな温もりが誠の頬に触れる。
誠の頬から顔を離した梨紗は、うっすらと顔を赤くしながらも誠を愛しげに見上げて…
「いってらっしゃい、まこちゃん」
笑って送り出してくれる梨紗に、誠の耳が熱くなる。
「行ってくる」
そう返せたのが、精一杯だった。
遠ざかる誠の姿を梨紗は見えなくなるまで見つめ続ける。
人混みの中へ消えると同時に梨紗は、先ほどのハートのマグカップへ視線を向けた。
「また今度ね」
その今度がいつになるかはわからないけど、これも巡り合わせ。
きっと買うタイミングではなかったのだ。
時間が余ってしまった事だし、疲れにいい夜食メニューを考えなくちゃ、と梨紗は名残惜しむことなく雑貨店を後にした。
*
翌朝、キッチンで珈琲を淹れようとしていた梨紗は、ふと違和感に気づき動きを止めた。
「あれ……?」
食器棚の中に、見覚えのあるマグカップ。
昨日、誠と一緒に見ていたハートのマグカップだった。
「えっ……」
梨紗は恐る恐るマグカップを手に取った。
幻じゃない。
でも梨紗は買った記憶なんてない。
雑貨店を後にし、夜食を作って誠の帰りを待っていたけど日を跨いでも帰って来なかったので、梨紗は先に就寝した。
いつ誠はこのマグカップを買ったのだろうか。
わからないけど、ただ一つだけ分かることがある。
誠は覚えていてくれたのだ。
梨紗との会話を。
反射的に誠への寝室の扉へ視線が向く。
今すぐ誠の部屋に飛び込んで抱き着きたい。
ありがとう、だいすき♡って言いたい。
でも昨日は、非番だったのに呼び出しで出勤したから勤務時間が調整されて、今もまだ眠っているはず。
起こしたくない。
梨紗はその場から動かない。
代わりにマグカップを両手で抱え込んで、額へこつん、と当てる。
「えへへ♡」
ふにゃり、と頬が緩む。
誠が覚えていてくれた。
それだけなのに。
胸がいっぱいになる。
今日もまた。
誠のことがだいすきだと思った。
END
***♡***
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