二話「小さなサイン」
誠と梨紗は夫婦だが、実は寝室は別である。
理由は単純。
誠が梨紗へ手を出さないため。
そしてお互いの時間を確保するためでもある。
だから梨紗にも自室があり、誠にも自室がある。
もっとも梨紗は大いに不満だった。
夫婦なのだから一緒に寝たい。
せめて寝顔くらい見たい。
朝一番からイチャイチャしたい。
あわよくば手を出してほしい。
そんな欲望だだ漏れな理由で、梨紗は時々早起きをして誠の部屋へ突撃する。
だが。
「まこちゃん!おはよう♡」
「おはよう、梨紗」
「えっ」
既に起床してスーツ姿に着替えている誠。
しかもネクタイまで締まっている。
「何で!?」
「起きるのが遅い」
「わぁぁぁん!!」
今日も梨紗の敗北である。
だがそんな二人にも例外があった。
*
リビングにある四人掛けの大きなソファ。
そこに誠が横になっている時がある。
それは大抵、仕事が上手くいかなかった日。
事件が重かった日。
誰かを救えなかった日。
誠は何も言わない。
仕事のことも愚痴も、梨紗に決して零さない。
ただ腕で目元を覆い、黙ってソファへ横になる。
梨紗は誠にブランケットをかけて、ソファへ上がり誠の懐へ潜り込む。
何があったの、とも聞かない。
大丈夫だよ、とも言わない。
ただ、誠をぎゅっと抱きしめる。
誠は何も言わない。
けれど、ゆっくりと腕が動いて梨紗を抱きしめる。
「おやすみなさい、まこちゃん」
「ああ」
短い返事、それだけ。
もし誠が本当に一人になりたいなら、彼は自室へ行く。
梨紗もそのときは誠の部屋に決して入らない。
だけどソファにいるときは。
“一人にしてほしい”ではなく。
“一人になりたくない”、そんな誠の小さなサイン。
もっとも梨紗は基本的に一人になりたいと思うことがない。
誠が仕事なら寂しい。
誠が出張なら寂しい。
誠が買い物へ行けば付いて行きたい。
出来ることなら四六時中くっついていたい。
けれど、それを誠に押し付けたいわけではない。
誠が一人でいたいなら邪魔はしない。
誠が自室に籠もるなら入らない。
ただ誠が一人でいたくない時だけは。
その時だけは、こうして隣にいたいと思うのだ。
END
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