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第8話 5000万G

第8話 5000万G


 公開競売当日。


 迷宮都市アルトナ中央競売場は、朝から熱気に包まれていた。


 巨大な円形ホール。


 赤い絨毯。


 磨き上げられた白大理石の床。


 天井には魔導灯が浮かび、黄金色の光を降らせている。


 貴族、商人、騎士団、大手ギルド。


 都市中の金と権力が集まっていた。


「す、すごい人……」


 エミリが呆然と呟く。


 ラパンの席は会場の隅だ。


 対して中央最前列には、鉄血の牙が陣取っている。


 バルトロは豪奢な毛皮外套を羽織り、椅子へふんぞり返っていた。


 その口元には、余裕の笑み。


「見ろよ、あいつら」


「場違いにもほどがある」


「職人ギルドが競売だってよ」


 周囲から嘲笑が漏れる。


 エミリの肩が小さく震えた。


 だが隣で、キースは静かに紅茶を飲んでいる。


「緊張しますか?」


「……します」


「正常です」


 キースは淡々と言った。


「ただし価値は変わりません」


 エミリは小さく頷く。


 震える指先を握り締めた。


 やがて競売が始まる。


 司会者の声がホールへ響いた。


「本日の目玉商品! 鉄血の牙より、迷宮第七層“黒角竜”の魔核!」


 歓声が上がる。


 巨大な魔獣素材が運び込まれた。


 黒く脈打つ魔核。


 禍々しい威圧感。


 観客たちがどよめく。


「おお……!」


「さすが鉄血の牙!」


「これぞ最強ギルドだ!」


 バルトロが満足そうに笑う。


「はっ、これが“本物”だ」


 競売価格が跳ね上がる。


 五百万。


 八百万。


 一千万。


 最終的に一千二百万Gで落札された。


 拍手。


 歓声。


 バルトロはちらりとラパンを見る。


「雑魚職人どもには無理な世界だろ?」


 エミリが俯く。


 その時だった。


「次の商品です」


 司会者が少し困惑した顔で言う。


「アトリエ・ラパン出品。“魔力付与式防護礼装”」


 会場が静まる。


「……服?」


「ドレスだと?」


「競売で?」


 失笑が広がった。


 バルトロは腹を抱えて笑う。


「ぎゃはははっ! 本気か!?」


「帰れよ裁縫屋!」


「ここは遊び場じゃねぇぞ!」


 エミリの顔が青くなる。


 だがキースは静かだった。


「行ってください」


「……はい」


 エミリは震える足で壇上へ向かった。


 スポットライトが当たる。


 眩しい。


 観客の視線が刺さる。


 逃げたい。


 怖い。


 でも――。


 エミリは深呼吸した。


 そして布を外す。


 瞬間だった。


 会場から音が消えた。


 深い紺色のドレスが、光を受けて静かに輝いている。


 夜空みたいだった。


 銀糸が星のように瞬く。


 柔らかな曲線。


 繊細な刺繍。


 だがただ美しいだけではない。


 布の奥に、強靭な魔力が流れている。


 誰も声を出せなかった。


「……美しい」


 静かな声。


 全員が振り向く。


 最前列。


 白銀の髪を持つ少女が立っていた。


 王都公爵家令嬢、セレスティア。


 その瞳は、ドレスから離れない。


 エミリは息を呑んだ。


 公爵令嬢。


 こんな場所で会う存在じゃない。


 セレスティアはゆっくり壇上へ近づく。


「これは、あなたが?」


「……は、はい」


「信じられない」


 彼女はそっとドレスへ触れた。


 指先が滑る。


 シルクのように柔らかい。


 だが芯がある。


「まるで魔力が呼吸しているみたい」


 会場がざわつき始める。


 バルトロが苛立った声を上げた。


「たかが服だろうが!」


 その時、キースが立ち上がった。


「性能試験を行います」


「性能?」


 キースは騎士団長ガレスを見る。


「お願いします」


 ガレスは無言で壇上へ上がった。


 短剣を抜く。


 鈍い銀光。


 エミリが息を止めた。


 キースは静かに言う。


「斬ってください」


 観客がざわめく。


「おいおい!」


「正気か!?」


 だがガレスは迷わなかった。


 短剣が振り下ろされる。


 ギィンッ!!


 硬い音が会場へ響いた。


 誰かが悲鳴を上げる。


 だが。


 ドレスは裂けていない。


 銀糸が淡く光り、刃を受け止めていた。


 沈黙。


 そして――


「は……?」


 誰かが呟く。


 ガレスはさらに強く斬りつける。


 だが破れない。


 セレスティアが目を見開いた。


「防刃性能……」


 キースは淡々と言った。


「さらに軽量。通気性強化済み。長時間着用による疲労軽減効果もあります」


「ば、馬鹿な……」


「戦闘と日常技術を融合した結果です」


 バルトロの顔から笑みが消えていた。


 観客たちがざわめく。


「なんだあれ……」


「伝説級じゃないか……!」


「欲しい……!」


 エミリは呆然としていた。


 自分のドレスが。


 みんなに見られている。


 認められている。


 胸が熱かった。


 司会者が震える声を上げる。


「そ、それでは入札を――」


「一千万G」


 即座に声が飛ぶ。


 どよめき。


「に、二千万!」


「二千五百万!」


「三千万!」


 会場が爆発した。


 怒号のような入札が飛び交う。


 エミリは立っていられなかった。


 足が震える。


「うそ……」


 マルコも口を開けている。


「さ、三千万……?」


 ルナがぼそっと呟く。


「草いっぱい採れる」


 キースは少し吹き出した。


 そして。


 静寂を切り裂くように、セレスティアが立ち上がる。


「五千万G」


 空気が止まった。


 誰も動かない。


 司会者が固まる。


「ご、五千万……?」


 セレスティアは真っ直ぐドレスを見つめていた。


「私はこれを“作品”として欲しい」


 その声は静かだった。


 だが絶対だった。


「落札します」


 槌が落ちる。


 ガァンッ!!


「ら、落札!! 五千万G!!」


 会場が揺れた。


 悲鳴。


 歓声。


 どよめき。


 誰もが立ち上がっている。


 バルトロの顔が真っ青だった。


「ご、五千万……だと……」


 エミリの視界が滲む。


 五千万。


 借金を返しても余る。


 工房を守れる。


 みんなを守れる。


 その時、セレスティアがエミリへ微笑んだ。


「素晴らしい仕事でした」


 エミリの目から涙が溢れた。


「……っ、ありがとうございます……!」


 キースは静かに会場を見渡した。


 価値は最初からそこにあった。


 ただ、正しく値札が付いていなかっただけだ。


 そして今。


 世界がようやく、それに気づき始めていた。



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