第7話 職人たちの誇り
第7話 職人たちの誇り
夜の工房は静かだった。
窓の外では、迷宮都市アルトナの灯りが星みたいに揺れている。遠くから酒場の笑い声が聞こえ、時折、夜警の鐘が鳴った。
アトリエ・ラパンの工房には、布を擦る音だけが響いている。
しゃり……しゃり……。
エミリは机へ向かったまま、針を動かしていた。
細い指先が、銀糸を布へ通していく。
淡い魔力光が、縫い目を滑るように流れた。
明日の公開オークションへ出す、最高傑作。
魔力付与ドレス。
工房の空気は張り詰めていた。
誰もが無言だ。
だが、その沈黙は昔とは違う。
絶望じゃない。
集中だ。
「マルコさん、温度お願いします」
「は、はい!」
マルコが慌てて火床を調整する。
赤く燃えていた炭火が、少しだけ落ち着いた。
熱風が柔らかくなる。
エミリは小さく頷いた。
「ありがとう。今ちょうどいい」
「わ、わかるんですか?」
「うん。糸の伸び方が変わるから」
マルコは目を丸くした。
少し前まで、自分たちはただの雑用係だった。
だが今は違う。
自分の仕事が、誰かの仕事へ繋がっている。
それがわかる。
ルナが薬草茶を机へ置いた。
「眠気覚まし」
「ありがとう、ルナちゃん」
湯気が立つ。
優しい香りだった。
エミリはふっと笑う。
「これ好き。落ち着く」
「眠くならないよう調整した」
「そんなことまでできるの?」
「ん」
ルナは相変わらず無表情だ。
でも少しだけ誇らしそうだった。
キースは工房の隅で帳簿を閉じた。
静かに彼らを見ている。
以前のラパンは、暗かった。
みんな下を向いていた。
怒鳴られ、搾取され、自分の仕事を恥じていた。
だが今は違う。
職人の目をしている。
エミリが立ち上がった。
「……できた」
全員が息を呑む。
机の上に広げられたドレスは、月光を閉じ込めたみたいだった。
深い紺色。
銀糸が星空みたいに輝いている。
触れればするりと滑り、見る角度で色が変わる。
「うわぁ……」
マルコが思わず声を漏らした。
ルナも珍しく目を見開いている。
エミリは恐る恐るキースを見る。
「……どう、ですか」
キースはゆっくり近づいた。
布へ触れる。
軽い。
なのに芯がある。
魔力の流れも均一だ。
完璧だった。
「綺麗です」
エミリの肩が小さく震える。
「ほ、本当に?」
「ええ」
キースは真っ直ぐ言った。
「王都へ出しても通用します」
その瞬間、エミリの目に涙が浮かんだ。
「……っ」
「エミリさん?」
彼女は慌てて顔を背けた。
「す、すみません……」
「なぜ謝るんです?」
「だって……」
声が震える。
「昔は、裁縫なんて意味ないって言われてたから……」
工房が静まる。
エミリはドレスを抱き締めた。
「戦えないし、魔法も弱いし……だから、服なんて誰でも作れるって……」
ぽたり、と涙が落ちる。
「でも私、それしかできなくて……」
マルコが俯いた。
ルナも黙っている。
みんな同じだった。
役立たず。
雑用。
戦えないゴミ。
何度もそう言われた。
エミリは涙を拭った。
「……でも」
小さく笑う。
「私、初めて、自分の仕事を好きだと思えました」
その言葉に、空気が止まった。
キースは静かに彼女を見る。
前世で何度も見た。
能力がない人間なんていない。
ただ、自分の価値を否定され続けた人間がいるだけだ。
キースは穏やかに言った。
「君たちは最初から、一流だった」
エミリの目から涙が零れる。
マルコも目を赤くしていた。
「お、俺も……ですか」
「もちろんです」
キースは火床を見る。
「あなたの温度管理は異常です」
「い、異常……」
「褒めてます」
ルナがぼそっと呟く。
「わたしも?」
「あなたは国家級採取師ですよ」
「草むしりなのに?」
「草むしりじゃありません」
キースは即答した。
「命を扱う技術です」
ルナが少し黙る。
そして、小さく笑った。
本当に少しだけ。
でも、初めて見る笑顔だった。
外では風が吹いている。
工房の窓が小さく鳴った。
マルコがぽつりと言う。
「俺……前のギルドで、料理しかできないって笑われて……」
拳を握る。
「悔しかったです」
「ええ」
「でも最近、お客さんが“あのポーションは飲みやすい”って言ってくれて……」
マルコは目を伏せた。
「俺の火加減、意味あったんだって……」
エミリが笑う。
「ありますよ。すごく」
ルナも頷いた。
「マルコの温度、すごい」
「る、ルナちゃん……」
キースは黙ってその光景を見ていた。
人は金だけでは動かない。
誇りだ。
自分の仕事が誰かを助けている。
その実感が、人を立たせる。
その時だった。
外から騒ぎ声が聞こえた。
「ラパンのポーションくれ!」
「もう売り切れか!?」
「追加ないのか!?」
マルコが驚く。
「こ、こんな時間なのに……」
エミリが窓から外を見た。
夜だというのに、工房前へ冒険者たちが集まっている。
みんなラパンの商品を求めていた。
エミリは静かに呟く。
「……信じられない」
「信じてください」
キースが言った。
「価値ある仕事は、必ず誰かが見つけます」
エミリはドレスを見つめた。
銀糸が、灯りの中できらきら輝いている。
昔は嫌いだった。
裁縫する自分が。
戦えない自分が。
でも今は違う。
この手で作ったものが、人を守る。
誰かを笑顔にする。
それが嬉しかった。
キースは窓の外を見る。
明日は公開オークション。
鉄血の牙も来る。
潰しに来るだろう。
だが、もう以前のラパンではない。
職人たちは、自分の価値を知ってしまった。
それは強い。
とても強い。
「さて」
キースは静かに笑った。
「明日は市場をひっくり返しましょうか」




