第6話 戦えない職人ギルドは不要ですか?
第6話 戦えない職人ギルドは不要ですか?
朝から空気が重かった。
アトリエ・ラパンの前に、黒塗りの馬車が止まっている。
扉にはギルド連合の紋章。
周囲の店主たちが、遠巻きにこちらを見ていた。
「……来たか」
キースは窓から馬車を眺めた。
エミリの顔が青い。
「ど、どうしよう……」
「落ち着いてください」
「でもギルド連合ですよ!? 査察なんて初めてです!」
扉が開く。
硬い靴音。
入ってきた男は、灰色の長衣をまとっていた。
痩せた顔。
細い目。
冷たい視線。
「ギルド連合査察局所属、フェルドだ」
空気が張り詰める。
後ろには護衛騎士までいる。
フェルドは工房を見回した。
「ここがアトリエ・ラパンか」
「はい」
エミリが震える声で答える。
フェルドは書類を取り出した。
「通達を伝える」
冷たい声だった。
「貴ギルドには重大な疑義がある」
マルコがごくりと喉を鳴らす。
「疑義……?」
「戦闘実績不足だ」
その言葉に、空気が凍った。
「ギルドとは本来、都市防衛へ貢献する存在。だが貴様らは討伐記録ゼロ。迷宮攻略実績ゼロ。魔獣討伐数ゼロ」
フェルドは鼻で笑う。
「よって、ギルド資格剥奪の審査対象となった」
「っ……!」
エミリの顔色が消える。
「そ、そんな……!」
「異議があるなら提出しろ。ただし期限は本日中だ」
フェルドは机へ書類を叩きつけた。
「戦えぬギルドに存在価値はない」
沈黙。
工房の空気が重い。
マルコが俯く。
ルナも手を止めた。
やはりそうだ。
自分たちは戦えない。
だから価値がない。
そう言われ続けてきた。
フェルドはさらに続ける。
「最近少し売れた程度で調子に乗ったか? 生産職ごときが」
「生産職“ごとき”?」
静かな声だった。
フェルドが顔を上げる。
キースだ。
「なんだ貴様」
「経営責任者です」
「なら理解できるだろう。ギルドとは武力組織だ」
「違います」
即答だった。
「ギルドとは、都市機能を維持するための事業組織です」
フェルドの眉が動く。
「……何?」
「討伐だけで都市は回らない」
キースは静かに帳簿を開いた。
「数字で話しましょうか」
羽ペンが紙を滑る音だけが響く。
「アトリエ・ラパン再建前。所属職人数四名」
さらさらと数字を書き込む。
「現在、雇用人数は十七名」
「……」
「うち九名は、鉄血の牙系列工房から切り捨てられた元職人です」
フェルドの目が細くなる。
エミリが驚いた顔でキースを見る。
知らなかった。
キースは黙って職人を増やしていたのだ。
「平均賃金は以前の一・八倍。離職率ゼロ」
「だから何だ」
「納税額です」
キースは新しい紙を差し出した。
「先月比で南区の商業税収が十二%上昇しています」
フェルドの顔がわずかに変わる。
「……なに?」
「ラパンの売上増加によって、周辺店舗の流通量も増加した」
キースは淡々と言葉を重ねた。
「薬草業者。瓶工房。染色屋。配送業者。全て利益が増えています」
エミリが息を呑む。
そんなことまで見ていたのか。
「つまりラパンは単独で利益を出しているだけではない」
キースは机を指で叩いた。
「地域経済そのものを回復させている」
フェルドが黙る。
護衛騎士たちも顔を見合わせた。
キースは止まらない。
「さらに騎士団装備契約により、補修コスト二七%削減。負傷率一三%低下」
「……っ」
「遠征継続時間も増加。結果、迷宮素材流通量が上昇」
フェルドの頬を汗が流れた。
「ま、待て……」
「つまり」
キースは静かに笑う。
「あなた方が“価値がない”と言った生活職人たちは、実際には都市経済を支えている」
工房が静まり返る。
外から聞こえる荷車の音。
朝の市場の喧騒。
全部、誰かの仕事で成り立っている。
キースはフェルドを見据えた。
「討伐数だけでギルドを測る?」
「…………」
「随分と雑な経営ですね」
フェルドの顔が赤くなる。
「き、貴様……!」
「数字は嘘をつきません」
冷たい声だった。
「戦えないから価値がない? 違う。あなた方は“価値を測る能力がなかった”だけです」
その瞬間だった。
「……ふ、ふざけるな!」
工房の外から怒鳴り声。
扉が勢いよく開く。
入ってきたのは、鉄血の牙ギルドマスター、バルトロだった。
巨大な体。
赤い外套。
獣のような目。
「そんな雑魚どもが都市を支えてるだぁ!? 笑わせるな!」
空気が荒れる。
マルコが怯え、エミリが顔を強張らせた。
だがキースは動かない。
バルトロはフェルドへ怒鳴る。
「こんな連中さっさと潰せ! 戦えねぇゴミ職人だぞ!」
その言葉に、工房の奥で小さな音がした。
ルナだ。
いつも無表情な彼女が、珍しく顔をしかめていた。
「……ゴミじゃない」
「あ?」
小さな声。
だが震えていない。
ルナは薬草を抱えたまま言った。
「ちゃんと役に立ってる」
マルコも拳を握る。
「お、俺たち……頑張ってる……!」
エミリが二人を見る。
胸の奥が熱かった。
今まで下を向いていた仲間たちが、自分の仕事を否定されて怒っている。
それが、たまらなく嬉しかった。
フェルドは沈黙したまま帳簿を見る。
数字。
雇用。
税収。
流通。
全部、事実だ。
否定できない。
キースは静かに言った。
「査察官殿」
「……なんだ」
「まだ、ラパンに価値がないと?」
長い沈黙。
やがてフェルドは苦々しく吐き捨てた。
「……再審査とする」
エミリが息を呑む。
「資格剥奪は保留だ」
バルトロが怒鳴る。
「おい!?」
「黙れ!」
フェルドが初めて声を荒げた。
「この数字では、即時剥奪の理由が立たん……!」
バルトロの顔が歪む。
キースは静かに笑った。
理不尽は、感情では倒せない。
だが数字は、時に剣より強い。
フェルドは帰り際、低く呟いた。
「……貴様、本当に何者だ」
キースは答えた。
「ただの経営者ですよ」




