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第5話 戦わずして騎士団を制圧

第5話 戦わずして騎士団を制圧


 迷宮都市アルトナ中央区。


 石造りの騎士団本部は、朝日に照らされ白く輝いていた。


 巨大な鉄門の前で、エミリは青ざめた顔をしている。


「む、無理です……!」


「何がです?」


「騎士団ですよ!? 王都直属ですよ!? わ、私なんかが営業なんて……!」


 声が裏返る。


 両手には大きな布包み。


 中にはラパン製の新型作業服が入っていた。


 キースは淡々と言う。


「大丈夫です」


「大丈夫じゃないです……っ」


「エミリさん」


「は、はい……」


「商品を一番理解してるのは誰です?」


 エミリは言葉に詰まる。


「……私、です」


「なら、あなたが説明するべきです」


 冷たい朝風が吹き抜ける。


 騎士たちの訓練音が中庭から響いていた。金属がぶつかる高い音。掛け声。汗の匂い。


 エミリはぎゅっと布包みを抱き締める。


「でも、失敗したら……」


「失敗しても死にません」


「うっ……」


「戦闘は騎士の仕事です。営業は経営者の仕事ですよ」


 エミリは唇を噛んだ。


 経営者。


 その言葉はまだ、自分には大きすぎる。


 だがキースは本気でそう思っている。


 それが少しだけ嬉しかった。


「……行ってきます」


「はい」


 騎士団受付。


 鎧姿の受付騎士が、露骨に怪訝な顔をした。


「アトリエ・ラパン?」


「し、新型作業服のご提案に……」


「今忙しい」


 ぴしゃりと言われる。


 エミリの肩が震えた。


 だがキースは後ろで口を挟まない。


 エミリは小さく息を吸った。


「五分で終わります」


「……は?」


「もし価値がないと思われたら、すぐ帰ります」


 受付騎士が眉をひそめる。


「うちは遊び場じゃないんだぞ」


「知っています」


 エミリは真っ直ぐ言った。


「だから来ました」


 空気が少し変わった。


 奥から低い声が響く。


「通せ」


 現れたのは、大柄な男だった。


 短く刈った白髪。無数の古傷。


 騎士団長ガレス。


 周囲の空気が一瞬で張り詰める。


「面白い目をしてる小娘だ」


 ガレスはエミリを見下ろした。


「五分やる」


「ありがとうございます!」


 会議室へ通される。


 石造りの室内は冷えていた。


 エミリは緊張で指先が震える。


 だが隣を見ると、キースが静かに頷いた。


 ――大丈夫。


 その目がそう言っていた。


 エミリは布包みを開いた。


 中から現れたのは、深緑色の作業服。


 一見地味だ。


 だが縫製が異様に美しい。


 ガレスが片眉を上げる。


「服か」


「はい」


「騎士団に服を売りに来たのか?」


「戦う人のための服です」


 エミリはゆっくり言った。


「軽量。防刃。疲労軽減。通気性強化」


 ガレスが鼻で笑う。


「そんな都合のいい装備があるか」


「あります」


 エミリは真っ直ぐ答えた。


 キースは黙って見ている。


 エミリの声は震えていた。


 だが逃げていない。


「まず、生地です」


 エミリは服を広げた。


「普通の防具下は重くて蒸れます。でもこれは違います」


「ほう?」


「糸の編み込みを変えました。汗を逃がして熱を溜めません」


 ガレスが服を受け取る。


 その瞬間、少し表情が変わった。


「……軽いな」


「はい」


「だが軽いだけじゃ意味がない」


「試してください」


 エミリは机へ短剣を置いた。


 ガレスが目を細める。


「切れと?」


「はい」


 騎士団長は遠慮なく布へ短剣を叩き込んだ。


 ギィンッ、と鈍い音。


 刃が止まる。


 室内が静まり返った。


「……なんだこれは」


 ガレスが短剣を見た。


 布は裂けていない。


 エミリは深呼吸する。


「糸へ魔力を均等に通しています」


「均等?」


「はい。普通は魔力が偏るので、一点から裂けます。でもこれは力を分散するので……」


 言いながら、エミリは気づく。


 自分は今、説明している。


 相手へ価値を伝えようとしている。


 前の自分なら絶対できなかった。


「……続けろ」


 ガレスの声は真剣だった。


 エミリは頷く。


「それと、内側に柔らかい層を入れてます」


「柔らかい?」


「長時間着ても疲れにくいんです」


「馬鹿な」


「本当です」


 キースが口を挟む。


「騎士は長距離移動が多い。重さと蒸れは疲労へ直結します」


「……確かに」


「疲労は判断力を鈍らせる。つまり死亡率に繋がる」


 ガレスが黙った。


 空気が変わる。


 これは服の話じゃない。


 部下の生存率の話だ。


「着てみますか?」


 エミリが恐る恐る尋ねる。


「……貸せ」


 数分後。


 訓練場。


 騎士たちがざわついていた。


「団長が新装備?」


「なんだあれ」


 ガレスは深緑の作業服を着て木剣を振る。


 重い鎧ではない。


 だが動きが異様に軽い。


 風を切る音が変わった。


「……軽い」


 ガレスが呟く。


 さらに走る。


 止まる。


 踏み込む。


 動きが滑らかだ。


「汗が籠もらん……」


 騎士たちも騒ぎ始める。


「なんだそれ!?」


「動きやすそうだぞ!」


 ガレスは無言で木剣を部下へ投げた。


「斬れ」


「えっ」


「全力でだ」


 若い騎士が困惑しながら剣を振る。


 鈍い音。


 だが服は裂けない。


 どよめきが広がった。


 ガレスはゆっくりエミリを見る。


「……なぜこれを今まで誰も作れなかった?」


 エミリは息を呑む。


 その問いに、キースではなく自分が答えた。


「生活用の技術だからです」


「生活用?」


「私たちは戦えません。でも、毎日着る服を作ってきました」


 エミリは胸を張る。


「だから、“長く着ても壊れない服”なら誰より詳しいんです」


 沈黙。


 そして――


 ガレスが笑った。


 豪快な笑いだった。


「ははっ! 面白い!」


 周囲の騎士たちが目を丸くする。


「気に入った」


 ガレスはキースを見る。


「いくらだ」


 キースは即答した。


「年間契約でお願いします」


「ほう」


「百着単位です」


「強気だな」


「価値がありますので」


 ガレスはニヤリと笑った。


「いいだろう」


 エミリの呼吸が止まる。


「え……」


「正式採用だ。騎士団装備として導入する」


 その瞬間だった。


 エミリの目から涙が落ちた。


「……っ」


 声にならない。


 ずっと馬鹿にされてきた。


 裁縫なんて役に立たないと。


 戦えない雑用だと。


 でも今。


 騎士団長が、自分の技術を必要としている。


 キースが静かに言った。


「おめでとうございます、エミリ社長」


「しゃ、社長……」


 夕方。


 ラパンへ戻ると、キースは帳簿を開いた。


 羽ペンが数字を書く。


 契約金。


 前金。


 継続収入。


 そして。


 月次収支。


 初めて、黒字の数字が刻まれた。


 エミリはその文字を見つめたまま、涙を拭った。


「……黒字」


「はい」


「私たち……まだやれるんですね」


 キースは静かに笑った。


「ここからですよ」



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