表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/11

第4話 5S革命

第4話 5S革命


 嫌な予感というものは、だいたい当たる。


 その日、アトリエ・ラパンへ戻った瞬間、キースは足を止めた。


 工房の扉が半開きになっている。


 中から、乾いた笑い声が聞こえた。


「ははっ、ひっでぇなこれ!」


「ゴミ工房にはお似合いだろ!」


 鉄血の牙だ。


 キースが中へ入ると、鼻を刺すような酸っぱい臭いが広がっていた。


 床一面に薬草が散乱している。


 棚は倒され、瓶は割れ、乾燥中だった素材は泥水をかけられていた。


 エミリが呆然と立ち尽くしている。


「……そんな」


 マルコは拳を震わせ、ルナはしゃがみ込んで濡れた薬草を拾っていた。


 赤い徽章を付けた男が、にやにや笑う。


「おうおう、ずいぶん繁盛してるらしいじゃねぇか」


「営業妨害ですよ」


 キースは淡々と言った。


「証拠でもあんのか?」


 男は棚を蹴飛ばした。


 木箱が崩れ、中身が床へ転がる。


「お前らみたいな雑魚ギルドが調子乗るから悪ぃんだよ」


「帰ってください」


「あ?」


「ここ、掃除するので」


 一瞬、男がぽかんとした。


「……は?」


「片付けの邪魔です」


 取り巻きたちが吹き出した。


「聞いたか?」


「掃除だってよ!」


「やっぱ頭おかしいぜこいつ!」


 ひとしきり笑ったあと、男たちは去っていった。


 扉が乱暴に閉まる。


 工房に静寂が落ちた。


 ぽたり、と天井から雨漏りが落ちる。


 エミリが震える声で言った。


「ごめんなさい……私、ちゃんと鍵閉めたのに……」


「エミリさんのせいじゃありません」


「でも……!」


「むしろ好都合です」


「……え?」


 キースは散乱した工房を見回した。


 道具。


 素材。


 棚。


 動線。


 全部が滅茶苦茶だ。


 だが逆に、よくわかる。


 この工房は、今まで“勘”で回っていた。


 職人の技術だけで持っていたのだ。


 だから荒らされると脆い。


「ちょうどいい」


 キースは袖をまくった。


「工房を作り直しましょう」


 その日の夜。


 工房には明かりが灯っていた。


 エミリたちは床に座り込み、不安そうにキースを見ている。


 キースは炭で床へ線を引いていた。


「まず整理です」


「せ、整理……?」


「必要な物と不要な物を分ける」


 キースは割れた棚を指差した。


「これは捨てます」


「ええっ!? もったいない!」


「壊れてます」


「で、でも……!」


「使わない物は、作業の邪魔になります」


 エミリが口を閉じる。


 キースは次に薬草棚へ向かった。


「次、整頓」


「違うんですか?」


「違います」


 キースは棚の位置を変え始めた。


「使う頻度が高い物ほど近くへ置く」


 薬草を火床の近くへ。


 瓶を作業台の横へ。


 布を採寸台の後ろへ。


 無駄な移動を減らしていく。


 マルコが目を丸くした。


「……近い」


「でしょう?」


「いつも取りに行ってたのに……」


「歩く時間は利益を生みません」


 キースは床にさらに線を引いた。


「ここは薬草区画。ここは裁縫区画。通路には絶対に物を置かない」


 エミリがぽかんと聞く。


「ど、どうしてですか?」


「探す時間が消えるからです」


「探す……」


「人間は、物を探してる時間が一番無駄なんですよ」


 キースは真っ直ぐ彼女を見る。


「だから道具に“住所”を作るんです」


 エミリの瞳が揺れた。


「住所……」


「針はここ。糸はここ。布切り鋏はここ。戻す場所を固定する」


 キースは針箱を棚へ置いた。


「どこにあるかわかれば、人は迷わない」


 エミリは静かに工房を見回した。


 今まで、みんな感覚で動いていた。


 忙しくなると道具が消える。


 探す。


 焦る。


 散らかる。


 さらに時間が消える。


 それが当たり前だった。


「……道具の住所を決めるんですね」


 小さな声だった。


 だがその瞬間、キースは気づく。


 エミリの目が変わった。


 ただの職人の目ではない。


 “管理する側”の視点だ。


「その通りです」


 エミリはゆっくり立ち上がった。


「マルコさん、火床近くに鍋を移しましょう」


「えっ」


「ルナちゃん、薬草は種類ごとに棚を分けるの。回復系と解毒系を混ぜたら駄目」


「……ん」


 突然動き始めたエミリに、二人が驚く。


 キースは黙って見ていた。


 成長する人間は早い。


 理解した瞬間、一気に変わる。


 夜が更ける。


 工房には汗の匂いと木屑の香りが満ちていた。


 古い棚を削る音。


 布を畳む音。


 薬草を分類する音。


 散らかっていた工房が、少しずつ姿を変えていく。


 翌朝。


 キースは工房へ入った瞬間、目を細めた。


 空気が違う。


 通路が広い。


 物が床にない。


 朝日が窓から真っ直ぐ差し込んでいた。


「すごい……」


 マルコが呟く。


「歩きやすい……」


 ルナも珍しく周囲を見回していた。


「物が見つかる……」


 エミリは棚を撫でながら、小さく笑った。


「綺麗……」


 キースは作業を開始させた。


「ポーション製造、始めます」


 すると全員が気づく。


 速い。


 圧倒的に速い。


「薬草!」


「もうあります!」


「瓶!」


「右の棚です!」


「布!」


「後ろです!」


 探さない。


 迷わない。


 ぶつからない。


 作業が流れる。


 まるで工房そのものが生き物になったようだった。


 二時間後。


 マルコが呆然と鍋を見た。


「……え」


「どうしました?」


「もう終わった……」


 いつもの五倍近い量のポーションが並んでいた。


 エミリが口を押さえる。


「うそ……」


 キースは静かに頷いた。


「人間は能力が低いんじゃない」


 工房を見渡す。


「無駄で疲れてるだけです」


 その時だった。


 外から声が聞こえた。


「おい! ポーションまだあるか!?」


「昨日のやつ欲しい!」


「早く開けてくれ!」


 冒険者たちだ。


 昨日の客が、また押し寄せている。


 エミリが目を見開いた。


 工房の窓から朝日が差し込む。


 整った棚。


 並ぶ商品。


 働く仲間たち。


 昨日まで潰れかけていた場所とは思えなかった。


 エミリは胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……キースさん」


「なんです?」


「工房って……こんなに変わるんですね」


 キースは少し笑った。


「職人が一流なら、環境も一流にするべきです」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ