第3話 利益率240%のポーション
第3話 利益率240%のポーション
工房の朝は早い。
まだ外が薄暗いうちから、アトリエ・ラパンの窓には灯りがともっていた。煮沸用の鍋から白い蒸気が立ち昇り、薬草の青い香りが室内を満たしている。
キースは机に広げた帳簿へ視線を落としていた。
「通常ポーションの市場価格は一本百G……」
羽ペンを走らせながら呟く。
「原価が八十G。利益二十G。薄利すぎるな」
「普通はそんなものですよ?」
エミリが不思議そうに首を傾げる。
「薬草って高いですし……瓶も必要だし……」
「問題はそこじゃありません」
キースは顔を上げた。
「品質です」
その言葉に、奥で薬草を仕分けていたルナがぼんやり瞬きをした。
「品質……?」
「市場のポーションは質が低い。だから大量に飲まないと効かない」
キースは一本の市販ポーションを掲げた。
濁っている。
底には薬草の繊維が沈殿していた。
「雑な採取。雑な抽出。火力管理も適当。これでは効率が悪い」
マルコがびくりと肩を震わせる。
「お、俺……やります」
「お願いします」
キースは静かに頷いた。
「ルナさんは最高品質の薬草を。マルコさんは温度管理。エミリさんは遮光布の試作を」
「しゃ、遮光布?」
「薬効劣化を防ぎます」
エミリの目が丸くなる。
キースは前世の知識を思い出していた。
薬品管理。
温度。
光。
湿度。
どの世界でも、本質は変わらない。
「やってみましょう」
工房の空気が変わった。
ルナは籠を抱えて飛び出していく。
マルコは真剣な顔で火床へ向かった。
エミリは布棚から黒布を引っ張り出してくる。
昨日まで死んだようだった工房が、今日は妙に騒がしかった。
キースはその様子を見ながら、小さく笑う。
人は、自分の仕事に意味を見出した瞬間から変わる。
昼過ぎ。
ルナが戻ってきた。
額に汗を浮かべながらも、籠の中の薬草は傷一つない。
「採れた」
「ありがとうございます」
キースが薬草を確認すると、魔力の光が葉脈を滑るように流れていた。
品質は相変わらず98。
化け物だ。
「じゃ、じゃあ始めます……!」
マルコが鍋へ水を張る。
火を入れる。
ぱち、ぱち、と静かな音。
普通の料理人なら勢いよく燃やすところを、マルコはじわりと熱を通していく。
室内へ薬草の匂いが広がった。
甘い。
爽やかだ。
普通のポーション特有の鼻を刺す臭みがない。
キースは鍋を覗き込み、思わず眉を上げた。
液体が澄んでいる。
「……なんで濁らないんです?」
「沸かしすぎると薬草が死ぬので……」
「感覚で?」
「は、はい……」
恐ろしい男だ。
マルコは温度計もなしに最適温度を維持している。
しかも長時間。
鍋の縁に浮く泡の大きさすら均一だった。
エミリが小瓶を並べながら尋ねる。
「キースさん、本当に売れると思いますか……?」
「売れます」
「でも、うちは無名ですよ?」
「だからこそ品質で殴るんです」
「ひ、品質で殴る……」
エミリがぽかんとした。
キースは笑う。
「良い商品は口コミで勝手に広がる」
数時間後。
完成した液体は、まるで青い宝石のようだった。
透き通っている。
淡い光を帯び、瓶の中で静かに揺れていた。
「……綺麗」
エミリが呟く。
キースは鑑定を発動した。
高純度回復ポーション。
回復効率312%。
通常比三倍。
思わず息を呑む。
「本当にできた……」
「そ、そんなに凄いんですか?」
「市場を壊せます」
静かな声だった。
その日の夕方。
ラパンは南区の露店街へ小さな屋台を出した。
夕暮れの市場は騒がしい。
焼き串の煙。
酒臭い笑い声。
防具屋の呼び込み。
そんな中、エミリは緊張した顔で立っていた。
「だ、大丈夫かな……」
「笑ってください」
「えっ」
「店員が不安そうだと客も不安になります」
「は、はいっ」
ぎこちなく笑うエミリ。
キースは小さく苦笑した。
すると、鎧姿の冒険者が足を止める。
「なんだこれ?」
「新型ポーションです」
「見ねぇ顔だな」
「試しますか?」
キースは一本差し出した。
冒険者は警戒しながら飲む。
次の瞬間だった。
「――は?」
男が目を見開く。
「な、なんだこれ!?」
ざわ、と周囲が振り向いた。
男は自分の腕を何度も握る。
「傷が……消えてる……」
「効きますので」
「いや効きすぎだろ!?」
男が叫ぶ。
「いつもの三倍くらい回復したぞ!?」
一瞬で人が集まり始めた。
「マジか?」
「飲ませろ!」
「おい、俺にも!」
エミリが慌てる。
「ひゃ、ひゃあ!?」
「落ち着いて。値段は一本三百Gです」
キースが言うと、周囲がどよめいた。
「高っ!」
「ぼったくりか!?」
だが最初の男が怒鳴る。
「安い!!」
全員が静まった。
「普通のポーション三本分効くぞこれ! むしろ安い!」
空気が変わる。
「お、おい、一本くれ!」
「俺も!」
「売り切れる前に!」
冒険者たちが殺到した。
銀貨が飛び交う。
エミリは半泣きになりながら瓶を渡していた。
「ちょ、ちょっと待ってください~!」
ルナはぼんやりした顔で薬草を補充し、マルコは汗だくで追加生産している。
キースは騒然とする市場を見渡した。
計算通りだった。
通常ポーション。
原価八十G。
利益二十G。
対してラパン製。
原価六十G。
売価三百G。
利益二百四十G。
しかも飛ぶように売れる。
品質で市場を殴る。
それが最も強い。
「き、キースさん!」
エミリが叫ぶ。
「完売しました!」
「追加生産ですね」
「え、えええぇぇ!?」
市場の奥では、別の冒険者たちが騒いでいた。
「なんだあのポーション!?」
「回復量おかしいぞ!」
「どこの工房だ!?」
夕焼けの中、アトリエ・ラパンの小さな看板が風に揺れる。
その瞬間だった。
向かいの通りで、赤い徽章の男が足を止めた。
鉄血の牙。
男は険しい顔で屋台を睨む。
「……なんだ、あれは」




