第2話 ゴミスキル監査
第2話 ゴミスキル監査
朝の工房には、乾いた薬草の香りが満ちていた。
窓から差し込む白い陽光が、空気中の埃をきらきら照らしている。昨夜の雨が嘘のように晴れていたが、アトリエ・ラパンの空気は重いままだった。
「……本当に、買い取るんですか?」
エミリが不安げに尋ねる。
キースは帳簿を閉じながら頷いた。
「ええ。ただし条件があります」
「条件……?」
「まず、全員の仕事を見せてください」
工房の奥で、マルコがびくりと肩を揺らした。
「し、仕事って……俺たち、戦えませんけど……」
「知っています」
「薬草採るだけだよ……」
床にしゃがっていたルナも眠たそうに呟く。
キースは二人を見渡した。
「だから見るんです。あなたたちの“仕事”を」
その言葉に、エミリが少しだけ顔を上げた。
「……馬鹿に、しないんですか」
「する理由があります?」
即答だった。
エミリは目を丸くする。
キースは立ち上がり、机の上へ銀貨を積んだ。
「今日は監査です」
「か、監査?」
「能力査定みたいなものです。まずはルナさん」
ルナはぼんやり瞬きをした。
「……わたし?」
「薬草採取を見せてください」
「ん……」
気の抜けた返事をしながら、ルナは籠を持った。
キースたちは都市外れの採取地へ向かう。
朝露の残る草原には、青い薬草が群生していた。湿った土の匂いと、柔らかな風が頬を撫でる。
ルナは無言でしゃがみ込む。
白い指が土へ沈んだ。
キースは目を細める。
普通の採取者は、茎を引き抜く。
だがルナは違った。
根の周囲をほぐし、細い根毛を一本も切らないよう丁寧に土を剥がしていく。
まるで眠っている赤子を起こさぬような手つきだった。
「……すご」
エミリが呟く。
ルナは無言のまま薬草を籠へ入れた。
葉は傷ひとつない。
魔力の青白い光が、葉脈を淡く流れている。
キースは鑑定を発動した。
視界に数字が浮かぶ。
通常採取薬草。
品質35。
対して――
ルナ採取。
品質98。
キースの呼吸が止まった。
「……は?」
「ん?」
「いや、ちょっと待ってください」
キースは薬草を手に取る。
みずみずしい。
香りが全然違う。
普通の薬草特有の青臭さがなく、澄んだ甘い香気が鼻を抜けた。
「根の魔力循環が切れてない……」
「根を傷つけると、死んじゃうから」
ルナは当然のように言った。
「みんな引っこ抜くけど」
「普通はそうしますね」
「だから品質落ちる」
キースは絶句した。
前世でも見たことがある。
超一流の職人は、自分の価値を理解していない。
できて当然だと思っている。
だがこれは異常だ。
品質98。
国家級素材だ。
「ルナさん」
「なに」
「あなた、自分がどれだけ凄いかわかってます?」
「草むしりだよ?」
真顔だった。
キースは額を押さえた。
「……なんだこの化け物集団」
「ば、化け物……?」
エミリが青ざめる。
「褒めてます」
キースは深く息を吐いた。
「次、マルコさん」
工房へ戻ると、マルコは緊張した顔で待っていた。
「お、俺、そんな大したことできませんよ……」
「肉を焼いてください」
「え?」
「なんでもいいです」
マルコは困惑しながら、保存庫から硬そうな魔獣肉を取り出した。
赤黒い肉塊だった。
普通なら煮込み用だ。
焼けば硬くなる。
「これ、安いやつですけど……」
「構いません」
マルコは火床へ向かう。
炭へ火を入れた瞬間、キースの眉が動いた。
火が静かだ。
無駄に暴れない。
ぱちぱちという音すら一定だった。
マルコは肉を網へ置く。
煙が立つ。
香ばしい匂いが工房へ広がった。
ジュウ……と脂が落ちる。
だが焦げない。
火が強すぎない。
弱すぎもしない。
マルコは肉をじっと見つめていた。
汗が額を流れる。
火加減を調整する指先は震えていない。
「……そこだ」
小さく呟き、肉を返した。
断面から透明な肉汁が溢れる。
キースは目を見開いた。
普通の調理。
歩留まり52%。
だがマルコの調理は――
歩留まり91%。
あり得ない数字だった。
「でき、ました……」
皿に乗せられた肉から湯気が立つ。
香りだけでわかる。
これは美味い。
キースはナイフを入れた。
信じられないほど柔らかい。
繊維が壊れていない。
一口食べた瞬間、肉汁が舌いっぱいに広がった。
「……うまい」
思わず漏れる。
マルコがびくっと震えた。
「ほ、本当ですか?」
「本当です。なんですかこれ」
「え、えっと……硬くならない温度を探して……」
「感覚で?」
「は、はい……」
キースは頭を抱えた。
火力制御。
温度調整。
この男、熱管理の天才だ。
ポーション精製。
金属加工。
布仕上げ。
応用範囲が広すぎる。
エミリが不安そうに尋ねた。
「キースさん……?」
キースはゆっくり顔を上げた。
「確認しますが」
「は、はい」
「あなたたち、今まで何を売ってたんです?」
全員がきょとんとした。
「や、安い薬草とか……」
「あと雑用……」
「服の修繕とか……」
キースは椅子へ深く座り込んだ。
信じられない。
国家級の技術者たちが、ゴミみたいな単価で使い潰されている。
鉄血の牙が囲い込みたがる理由もわかった。
この工房は宝の山だ。
エミリが恐る恐る言った。
「……そんなに、凄いんですか」
キースは真っ直ぐ彼女を見る。
「凄いなんてもんじゃない」
静かな声だった。
「あなたたちは、正しく運営すれば都市を変えられる」
全員が息を呑む。
窓の外で、風が看板を揺らした。
古びた『アトリエ・ラパン』の文字が、朝日に照らされている。
キースは笑った。
久しぶりだった。
胸が高鳴っている。
潰れかけの会社。
埋もれた才能。
腐った市場。
最高だ。
「面白くなってきた」




