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自称現実主義者の異世界トリップ〜自称リアリストは異世界で逆ハーの夢を見るか?〜  作者: GUOREN
現実主義者(自称)が異世界トリップ?

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9.

恭しく掲げられ、部屋に入ってきた使用人が手にしていたもの。


そこに鎮座していたのは、見紛うはずもない私の私物──


あの安物のビジネスバッグだった。


使い勝手の良さだけをとことん追求し、可愛げという概念をゴミ箱へ捨て去ったような、無骨極まる黒のナイロンフォルム。


私の美意識からは光年単位でかけ離れているが、その無機質な佇まいは、間違いなく私の愛用品だった。


それを見た瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。

こんな無骨なやつでも、異世界で再会すると妙に心強かった。


私のバッグっ……!


思わず手が伸びたのを必死でこらえた。

もし今ここで抱きしめたら、確実に変な人扱いされる。

でも、それでも抱きしめたいくらいには恋しかった。



「まず、ジャポンさん。貴方に確かめてもらいたいものがあります」


ジャポンさん……

ああ、誰かに呼ばれるたびに精神がじわりじわり削られる。


とっさに口をついた偽名だけど、もっとマシな候補はなかったのかな私。

自らのネーミングセンスの壊滅っぷりに、私はガックリと項垂れた。


それを見たアークオーエンさんが、不思議そうに首を傾げる。

その端正な顔立ちと"首を傾げる"という無垢な仕草のミスマッチ。


あざといっ……!

なんでそんな仕草が自然に出るの。

こっちは余裕ゼロなんですけど。

悔しいが、絵になりすぎていて腹立つ。


「いえ、なんでもありません」


私は力なくジェスチャーで返し、使用人からバッグを受け取った。


まずは、中身の無事を確認しなければならない。


バッグを膝の上に置き、中身をゴソゴソ探る。

指先に触れる、慣れ親しんだ素材の感触。


ノートPC、スマートフォン、そしてMP3プレイヤー。

これらは、かつて"現場"でも重宝した、私の"三種の神器"だ。


特にスマホは、まだガラケーが主流だった頃に、新しい物好きが高じていち早く手に入れた最新機種。


買った当時は「そんな板切れで何ができるんだ」と笑われたが、今となっては、これなしでは業務効率が80%も低下する。

……は、言い過ぎか。

ともかく手放せないものだ。


外に取り出して「これは何だ?」と質問攻めにされるのは御免なので、鞄の口を少しだけ開き、指先だけで電源を確認する。


……電源、入る。


暗い鞄の中で、液晶のバックライトがささやかに灯った。


どうやらあの落雷という過剰なエネルギーに巻き込まれても、私の精密機器たちは沈黙していなかったらしい。


充電はPCがソーラー充電で、スマホはそこから充電すれば問題ない。

よしっ。

後はPCが壊れていませんように。


「それは、貴方の物ですか?」


点検に没頭していると、不意にアークオーエンさんに声をかけられた。

私は短く頷く。


このバッグは、あの落雷のあった日、車の助手席に置いていたものだ。

なぜ車ごとではなくバッグだけがここに届いているのかは謎だが、今は中身が揃っていることだけを喜ぶべきだろう。


「そうですか。わかりました。……それでは、この後お時間頂きまして、貴方に会って頂きたい人物がいます。ご了承頂けるようでしたら、別の部屋を整えてからとなりますが、案内の者を寄越そうと思います。よろしいでしょうか?」


丁寧な口調ではあるが、拒否権など微塵も感じさせない。

この男、人の上に立ち慣れている。


その絶対的な支配感。

指示を受ける側としては、逆に安心するほどだ。


「はい、問題ありません」


淀みなく答えた私に、アークオーエンさんは穏やかに微笑んだ。


っ………!

だから、そんなとこだぞ……


先ほどまでの刺すような鋭い視線が、バッグの持ち主だと分かった瞬間、わずかに軟化した。


「そうですか。では、今から手配してまいります」


席を立ちそうな気配がしたので、慌てて質問を繰り出した。


「あの、1つよろしいでしょうか?」


「構いませんよ。私で答えられる範囲でしたら」


優雅に応える様がなんとも言えない色気に……

巻き込まれるな私……


「あの……私の今の立場といいますか状況を教えてください。囚人として、今後どのような刑に処されるのか。それを知りたいです」


アークオーエンさんが「え?」と小さく声を漏らし、目を見開いた。


一瞬だけ驚きを露わにした後、彼はスッと片手で顔を覆った。


その、長い指先から流れるような一連の仕草。


無防備さと色気が混ざり合った彼の雰囲気に、一瞬、意識を持っていかれる。


くっ。

お願い、やめて。

こっちは命の危機で精一杯なのに、色気で別の意味の危機を作らないでほしい。


私は首を左右に振って、無理矢理意識を元に戻した。


ふぅ。


どうやら顔を覆うのは、彼が思考を巡らせる際の癖らしい。


「貴方が囚人でないことは、たった今証明されました。私の言葉が足りず、申し訳ありません。貴方はもう、囚人ではありません。それが貴方の物であるならば、容疑は晴れたことになります」


若干焦ったような声音になっていた。


この人が声を乱すところはきっとレアなんだろうなぁ。


意識が目の前の男に向きそうになるが、いやいや待て待て、今の言葉おかしい。


このバッグが私のものであれば、"容疑"が晴れる。

どんな超理論だ。


証拠能力ゼロっぽい私物で無罪確定って、この国の司法どうなってるの。


疑問は尽きないが、これ以上蒸し返して牢屋生活に戻されるのは絶対、ぜーったいに御免だ。


「……そうですか。理解しました」


私は深く頷き、感情を押し殺した"鉄の無表情"をキープした。


「では、貴方の了承を得た旨をお相手に伝えねばなりません。私は一旦、これで失礼いたします。後ほど案内の者が来ますので、それまでどうぞおくつろぎください」


彼が立ち上がると同時に、私もスッと席を立つ。


アークオーエンさんは私に笑顔を1つ残すと、流れるような優雅な足取りで扉へ向かった。


だが、扉に手をかけたところで、彼はふと足を止めた。


肩越しに、こちらを振り返る。


——その一瞬。


纏っていた柔らかな空気が、すっと剥がれ落ちた。


感情を含まない、為政者の目だ。


だが、それは本当に刹那で。

私がまばたきをした時には、彼はもう、あの穏やかな微笑みに戻っていた。


「……では、後ほど」


扉が、静かに閉まる。


その音と同時に、私はドサリと椅子に座り込んだ。


——あの笑顔は反則だ。

あんなの、正面から食らったら誰だって沈む。


どこまでも様になる人だ。

一挙手一投足に無駄がない。

まさに、完成された所作だ。


取引先の重役や、ピリついた"現場"の責任者と対峙する時とはまた違う。

この部屋の空気には、常に"死"が混ざっていた。


少しでも挙動を誤れば、背後のローアム隊長か、あのどことなく不機嫌な騎士が、迷わず私の息の根を止めていただろう。


背筋がじわりと冷え、シャツは汗で濡れきっていた。


お風呂入りたい……

汗も汚れも、全部流したい。

——というか、この世界に風呂ってあるんだろうか。

湯船に浸かれないとか、それはそれで死活問題だし。


無事に"容疑"とやらが晴れて、本当に良かった。


思わずほぅっとため息をつく。


今は、後ろの2人の気配も随分と穏やかだ。

命の危機が去り、私の身体がふわふわしていた。


私は再び深く息を吐き、アークオーエンさんの残像を思い出す。


怜悧でありながら、艶のある色気を併せ持つ男。


例えるなら、それは抜き身の日本刀だ。


銀の光沢に、禍々しいほどの刃紋の輝き。

武器としての圧倒的な殺傷能力を誇りながら、鞘に収まっている時の佇まいは"静"そのもの。


その矛盾が生む、極限の機能美に近い美しさ……


……彼のような色気のある人物が、いわゆる"魔性の男"ってやつなのかな。

近寄らないのが一番。

うんうん。


そう自分に言い聞かせた、その時。


空気が──

ほんのわずかに、冷えた。


背筋をなぞるような、微細な温度の変化。


部屋のどこかで、誰かの呼吸がひとつ沈んだ気がした。


その直後。


声だけが、頭上から"落ちてきた"。


低く、尖っていて、感情を隠す気配が一切ない。


ただ、その声の主が"怒っている"という事実だけが、空気を震わせていた。


私は、弾かれたように顔を上げた。


視界が揺れる。


そして──














「…………ああいうのが、好みなのか」

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